Good day ! 3

葉月 まい

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幸せボケ?

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1ヶ月健診の日がやって来た。

双子にとっては、初めてのお出かけだ。

「えーっと、母子手帳に診察券、保険証、あとはミルクとおむつと…」

双子の外出は、とにかく荷物が多い。

授乳を済ませてから、ベビーキャリーをセットしたベビーカーに二人を乗せて玄関を出る。

エレベーターで駐車場まで下りると、ベビーキャリーをそのまま車に乗せてシートベルトで固定した。

「これ、本当に便利だな。一人ずつ抱っこして乗せ換えなくていいもんな」
「ええ。それにシートベルトで固定するのも、思ったよりスムーズに出来ますね。これなら、私一人で二人を乗せてお出かけ出来そう」
「えー?タフだな、恵真。でもそんな必要ないよ。俺がいつでもつき添うから」

車で10分程の、懐かしい病院に行く。

待合室は、同じように生後1ヶ月の赤ちゃんで賑わっていた。

恵真の体調も問題なし。

双子も、翼は3515g、舞は3502gと、順調に大きくなっていた。

「何か心配な事はない?気になる事とかは?」
「いえ、特には」
「そう、良かったわ。じゃあこれからは予防接種も始まるから、忘れないように予定を立ててね」
「はい、分かりました」

助産師との相談もすぐに終わり、四人でまたマンションに帰る。

「お疲れ様。帰って来ましたよー」

翼も舞も、ぐずることなくご機嫌でお出かけを終える。

授乳とおむつ替えを済ませると、二人ともすーっと眠りについた。

「恵真、お疲れ様。俺達も昼ご飯にしよう」
「はい、ありがとうございます」

二人でゆっくりと食事を楽しむ。

「恵真、明日から俺も乗務に復帰する」
「あ、はい。そうでしたね」

恵真は真剣な顔で頷く。

明日からは、一人で二人を見なければいけない。

覚悟はしていたが、恵真はふと心細くなる。

すると大和が立ち上がり、恵真の隣の席に移動して肩を抱いた。

「恵真。不安なら誰かに手伝ってもらおう。おふくろも、言えば喜んで飛んで来ると思うし、長野のお母さんにここに泊まりに来てもらってもいい。ベビーシッターを頼んだり、とにかく恵真の望むようにしよう」

恵真は少しうつむいて考えてから、笑顔で顔を上げた。

「ありがとうございます。でもまずは、私一人でやってみますね。もし大変だったら、すぐにお母様に電話します」
「本当にそれで大丈夫?」
「ええ」
「分かった。おふくろには、いつでも手伝いに来てもらえるように話しておく。それに俺も、しばらくは5割の短日数乗務を申請してある。月に10日の乗務だし、ステイも免除してもらった」

ええ?!と恵真は驚く。

「大丈夫なんですか?そんな融通効かせてもらって…」
「ああ。部長もそうした方がいいって言ってくれてる。だから明日乗務したら明後日から2連休だ。3日に1回のペースで乗務する」
「そうですか。なんだか申し訳ないな…」

ポツリと呟く恵真に、大和は顔を覗き込んで話し出す。

「恵真。何度も言ってるけど、恵真が気を遣う必要はないよ。それに今後も後輩達があとに続けるように、俺達が道を作っておこう。それと…」

それと?と、恵真は首をかしげる。

「どうやら部長は、俺達家族にスポットを当てて紹介したいらしい。パイロット夫婦に双子ときたら、まあ、多少は注目されるみたいだからな。インタビューや取材も、これから頼みたいと言っていた。それに協力して恩返ししよう」
「それで恩返しになりますか?」
「んー、まあ少しはなるんじゃない?どんなふうに取り上げられるかは分からないけどね」

とにかく!と大和は語気を強める。

「恵真は一人で抱え込まないでね。もっと周りを頼って、甘えられるならどんどん助けてもらおう。いい?」
「はい」
「それと、いつでも俺に連絡してきて。フライトで出られなくても、降りたらすぐにかけ直すから」
「分かりました」

大和は頷くと、恵真の頭を抱き寄せる。

「忘れないで。俺はいつだって恵真の一番近くにいる」

耳元で優しくささやかれ、恵真は心がじわっと温かくなるのを感じた。

「はい、大和さん」

恵真は微笑むと、そっと大和の胸に頬を寄せた。



「じゃあ、恵真。行ってきます」

翌朝。
大和は舞の授乳とおむつ替えを済ませ、寝かしつけてから玄関に向かった。

まだ起きている翼を抱いて、恵真が大和を玄関で見送る。

「行ってらっしゃい。フライト、お気をつけて」
「ありがとう。何かあったらいつでも連絡してね。おふくろも、すぐに駆けつけるって言ってた」
「はい、分かりました」
「じゃあ、翼、行ってくるよ。ママを頼んだぞ」

大和は翼の手を握ってから、恵真の頭を抱き寄せて頬にキスをする。

「行ってきます」

そう言って大和が出ていくと、パタンと玄関のドアが冷たい音を立てて閉まる。

(頑張らなきゃ。今日は私一人でなんとかしなきゃ)

シーンと静まり返った玄関で、恵真が、きゅっと口元を引きしめた時だった。

「あー!」

ふいに翼が声を出す。

「ん?どうしたの?翼」

顔を覗き込むと、翼は恵真をじっと見ながら手足を動かしている。

まるで、ママ!僕がいるよ、大丈夫だよ!と言っているようだった。

「ふふ、翼、頼もしいな」

恵真は翼に微笑むと、リビングに戻った。

舞の隣に翼と一緒に横になり、恵真はスノードームを逆さにしてからオルゴールを鳴らす。

雪の中を踊る人形を見つめながら、恵真は翼に話しかけた。

「ねえ、翼。この踊ってる男の子と女の子、翼と舞でしょう?楽しそうね。ママね、このオルゴールの曲、大好きなの」
「あー!」

まるで相づちのように、翼が声を上げる。

「ふふ、翼、お話するの上手ね」
「うー!」
「あはは!ほんとに上手よ。パパに動画送ってあげようか」

恵真は、スマートフォンを片手に翼に話しかける。

「佐倉 翼くーん!」
「あー!」
「ふふ、お返事上手ね。じゃあ、パパのこと好きな人ー?」
「あー!」
「あはは!ママのことは好きー?」
「うー!」
「じゃあ、舞のことも好きかなー?」
「あーうー!」
「ふふふ、良く出来ましたー!」
「あー!」

恵真は笑いながら録画を止めると、早速大和に送る。

「翼、パパきっとびっくりするよー。お話上手だねって、褒めてくれるよ」

恵真が笑顔で翼のお腹をこちょこちょとくすぐると、翼は楽しそうに手足を動かす。

先程までの暗い気持ちが嘘のように、恵真は翼と笑い合った。



かすかな物音がして、恵真は目を覚ます。

(あれ?いつの間にか寝てたのかな?)

あれから翼と舞に交互に授乳し、二人が同時に寝ている間に、大和が用意してくれていた昼食を食べた。

大和は、更衣室で動画を観たらしく、翼、凄いな!と返信が来ていた。

そのあとも、また交互に授乳やおむつ替えをし、ようやく二人が同時に眠って静かになると、どうやら恵真もまどろんでいたらしい。

ふと顔を上げると、大和が舞を抱いているのが目に入った。

「大和さん!」

思わず声を出すと、大和は、しーっと口元に人差し指を立てる。

そして舞を抱きながら、恵真の近くに腰掛けた。

「翼、良く眠ってる」
「あ、ええ。舞は?起きてましたか?」
「いや、寝てたよ。でも俺が帰って来たのが分かったみたいで、顔を覗き込んだら目を覚ましたんだ。だから抱っこしてたところ」
「そうだったんですね。お帰りなさい」
「ただいま、恵真」
 
大和は優しく恵真にキスをする。

「一人で大変だったでしょ?あとは俺がやるから、ゆっくり休んで」
「ううん、思ってたよりも楽でした。それに、ふふ、翼が面白くて…」
「ああ、あの動画ね。翼、ほんとに凄いな」

二人で、ぐっすり眠っている翼を振り返る。  

「なんだか、私が翼に元気をもらいました。それに舞もとってもいい子だったし。ね?舞」

恵真は、大和が抱いている舞に微笑みかける。

「幸せだなー。みんなが待ってるこの部屋に帰って来るのが、本当に楽しみでさ。俺、帰りの車の中でずっとニヤけてたよ」
「うふふ、フライトお疲れ様でした」
「恵真もお疲れ様。一人で見てくれてありがとう。今、夕食用意するから」

大和は舞を恵真に預けると、着替えてキッチンに行く。

「恵真、野菜スープと八宝菜でいい?」
「はい、ありがとうございます」

恵真が食べている間、大和は舞にミルクを飲ませる。

「そう言えば、もう二人ともベビーバス卒業だよな?」
「ええ。大人と同じお風呂で大丈夫です」
「それなら、俺があとで一緒にお風呂に入るよ」
「はい、お願いします。良かったねー、舞」

交代して今度は恵真が舞を抱っこし、大和が食事をする。 

そのうちに翼も起きてきた。

翼に授乳をしてから、大和が先にお風呂に入る。

しばらくすると、ピー!と呼び出し音がして、恵真はまず翼の服を脱がせてタオルに包んでからバスルームに連れて行った。

「よーし、翼。一緒にお風呂入るか!」
 
ベビーソープとガーゼを近くに置いて、恵真は舞のもとに戻る。

バスルームからは、大和が翼に話しかける楽しそうな声がした。

「舞もパパとお風呂に入ろうねー」

舞の服を脱がせてタオルに包むと、またバスルームに行く。

入れ違いに翼を受け取って、舞を預けると、恵真はリビングで翼の身体を拭いて服を着せた。

翼に白湯を飲ませてからもう一度バスルームに行き、今度は舞を受け取る。

「んー、ベビーバスを卒業すると随分楽になったなあ」

舞にも白湯を飲ませながら、恵真は独りごつ。

大和はしばらく短日数乗務で、帰宅も遅くとも20時には帰れるシフトにしてもらっている。

お風呂は毎日大和に頼めると思うと、それだけでも随分気が楽だった。

「ふう、楽しかったな」

タオルで頭を拭きながら、大和がリビングに戻って来る。

「お疲れ様でした。はい、冷たい麦茶です」
「ありがとう!いやー、翼も舞も、反応が面白かったよ。翼は、はしゃいでお湯をバシャバシャさせるし、舞は、ここどこ?みたいに、じーっと俺を見つめてくるし」
「ふふ、そうなんですね」
「双子っていっても、やっぱり性格違うよな。どんな子に育つんだろう、二人とも」
「楽しみですね」
「ああ」

恵真は大和と微笑み合う。

少しずつ、家族四人の生活にも慣れ、幸せな日常を重ねていく。

恵真はその事がとても嬉しかった。



「恵真、近くのカフェでお茶でもしてきなよ」

次の日。
双子に授乳を済ませ、ぐっすりお昼寝を始めたのを見て、大和が恵真に声をかけた。

「え?カフェでお茶、ですか?誰が?」
「だから、恵真だよ。一人でゆっくりしておいで」

ええー?と、恵真は思わず大きな声を出してしまい、慌てて口元を押さえる。

「あの、どうして私が一人でお茶を?」

小声で聞くと、大和があっさり言う。

「どうしても何も、恵真だって一人の時間が必要だからだよ」
「いえ、私は別にそんな時間は…」
「いいから行っておいで。ほら、早く!」

大和は強引に、恵真を玄関から見送る。

(え、双子を置いてそんな。一人でカフェなんて…)

そう思い、閉まったばかりのドアを開けると、大和が仁王立ちしていた。

「えーまー!いいから、行っておいで!」
「は、はい!」

半ば追いやられるようにして、恵真はマンションを出た。

歩いて5分のカフェに行き、ディカフェで淹れてもらったコーヒーを味わう。

(ふう、何しよう)

いきなり一人になっても、何をしていいのか分からない。

すぐに帰ろうかとも思ったが、また大和に睨まれるかも、と思い、もうしばらく留まる事にした。

(そうだ!こずえちゃん、どうしてるかな?)

恵真の出産の話しかしていなかったが、こずえも11月に入籍予定だったはず。

早速恵真は、こずえにメッセージを送った。

すると、どうやらオフで家にいたらしく、こずえからすぐに返信が来た。

『え、今カフェにいるの?私もすぐ行く!自転車で5分で着くから、待ってて!』

ええ?!と驚いていると、本当に5分後にこずえが現れた。

「恵真ー!久しぶり」

こずえは恵真をぎゅっとハグする。

「こずえちゃん、びっくりした!本当にすぐ来るんだもん」
「へへへー、前に話したでしょ?この近くに部屋借りたって」
「あ、そうだったね!じゃあ、伊沢くんとは?その…」
「うん、紙切れ出したよ。区役所に」
「本当にー?!入籍したんだね、おめでとう!」
「ありがとう!あ、私も飲み物買ってくるね」
「あ、そうだね」

カウンターに向かうと、こずえはすぐにコーヒーを手に戻って来た。

「ごめんね。私、自分の出産で頭がいっぱいで。11月11日だったよね?入籍。遅くなったけど、おめでとう!改めてお祝い贈らせてね」
「ありがとう!恵真、大変な毎日だもんね。落ち着いてから話そうって、伊沢とも言ってたんだ」
「そんな、気を遣わなくて良かったのに。とにかくおめでとう!もう本当に私も嬉しい!」

興奮気味に話していた恵真は、ん?と途中で首をひねる。

「どうかした?恵真」
「あ、その。こずえちゃん、伊沢くんのこと何て呼んでるの?」
「へ?伊沢のこと?そのまんまだよ。伊沢って」
「ええー?結婚したのに?」
「だって、紙切れ一枚出したからって、何かが劇的に変わる訳じゃないでしょ?」
「紙切れって…。いや、結婚したんだもん。こずえちゃんだって、伊沢 こずえになったんでしょう?」
「あはは!そうか。でもまあ、伊沢はあだ名みたいなもんだからね」

いやいや、と恵真は手を振る。

「伊沢くんだって、きっと名字じゃなくて下の名前で呼んで欲しいと思ってるよ、きっと」
「そうかな?ね、そう言えば、伊沢の下の名前、知ってる?」
「あ、えーっと。何だったかな?確か…」
「でしょー?私も忘れてたの。それで聞いちゃった。あんた、下の名前何だったっけ?って」

ええー?!と、これまた恵真は仰け反って驚く。

「こ、こずえちゃん、そんな聞き方…」
「それでね、何だったと思う?優太ゆうたよ、優太。もう、そのまんまじゃない?」
「そ、そうか。そうだったね。伊沢くん、確か優太って名前だったね」
「そうなのよー。いかにもって感じよね」
「それなら名前で呼んであげなよ。喜ぶよ?きっと」
「ええー?今更そんな…」

こずえはうつむいて小声になる。

「あれ?こずえちゃん、もしかして照れてるの?」
「ちょ、恵真!」
「あ、そうなんだ!こずえちゃんたら、可愛い!うふふ」
「もう!からかわないでよね」
「そっかあ。じゃあ、もうすぐクリスマスでしょ?プレゼント渡してロマンチックな雰囲気になったら、名前を呼んであげなよ。伊沢くん、もう感激してドキュンだよ」
「ドキュン?恵真、そんな言葉どこで使うのよ」
「いいから、ね?絶対ドキュンだって」
「だから、何なのよ?そのドキュンって」
「呼んでみたら分かるから、ね?」

もう、何なのよーと、眉間にシワを寄せるこずえに、恵真はまた笑いかけた。



「大和さん!聞いて聞いて!」

こずえと別れたあと、恵真は急いでマンションに戻り、リビングのドアを開ける。

大和が双子に添い寝しながら、ふふっと笑いかけてきた。

「恵真、ご機嫌通り越して興奮だね。どうしたの?」
「あ、ごめんなさい。大きな声出しちゃって」
「大丈夫だよ。二人とも良く寝てる」

大和は起き上がると、恵真とソファに並んで座る。

「あのね、さっきカフェでこずえちゃんにメッセージ送ったら、すぐ来てくれたの。それで一緒におしゃべりしたんだけど、こずえちゃん、伊沢くんと入籍したんだって!」

へえー!と大和も驚く。

「知らなかったなあ。そうか、伊沢が。あ、そう言えば…」
「え?どうかしたんですか?」
「うん。昨日部長がさ、俺と野中さんと伊沢見て、『お前達三人とも頭にお花が咲いてるな』って言ったんだ。何の事?って一瞬思ったけど、そうか、そういう事だったんだ」
「なるほど。赤ちゃんが産まれた野中さんと大和さん、結婚した伊沢くん。三人とも幸せそうに見えたんでしょうね」
「ああ、そうだろうな。呆れ気味だったから、幸せボケトリオ、みたいに思われたのかも」

幸せボケトリオ…と、恵真は苦笑いする。

「でも良かったね。久しぶりに友達に会えて」
「うん!大和さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。いつでもここに遊びに来てもらったらいいよ。伊沢も一緒に」
「ほんとに?」
「もちろん!」

大和が頷くと、恵真は更に明るい笑顔をみせた。
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