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子どもと大和
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大和が、お子様向けの夏休みイベントに参加する日が来た。
マンションでパイロットの制服を着ると、恵真と一緒に車でトレーニングセンターへ向かう。
「恵真?さっきから何をソワソワしてるの?」
前を向いて運転しながら、大和が尋ねた。
「え、だ、だって。大和さんが、パイロットの制服姿で…」
「それが何?」
「あの、かっこ良くて…」
思わず赤くなる頬を、恵真は両手で押さえる。
「は?恵真、何を言ってるの?俺が制服着てるのなんて、別に珍しくもなんともないでしょ?」
「いえ、あの。久しぶりに見ると、改めてかっこいいなって」
恥ずかしそうに小さくそう言う恵真に、だんだん大和もドギマギし始める。
「ちょ、恵真。調子狂うから、普通にしてて。運転中だし、その。俺も照れるから…」
「は、はい。大人しくしてます」
恵真は借りてきた猫のように、じっと身を固くして座っていた。
なんとか無事にトレーニングセンターに着くと、大和は恵真の肩を抱きながらビルに入る。
「大和さん、あの。一人で歩けますから」
「ダメだ。普段歩き慣れてない場所では、小さな段差にもつまずきやすいからな」
顔の火照りがようやく治まったところだったのに、また恵真の頬は赤くなる。
だが頑として大和は譲らず、恵真を守って歩き続けた。
「あ、佐倉キャプテン!藤崎さん!」
社員用のエントランスから中に入り、IDカードでセキュリティーゲートを抜けると、川原と佐野がこちらに気づいて手を振る。
「お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。子ども達、今日はパイロットに会えるのを楽しみにしていると思います」
「がっかりされないように、頑張ります」
「あら、そんな事ある訳ないですよ。むしろ大人気で、周りを取り囲まれちゃうと思います」
川原がそう言って笑うと、佐野も、サインねだられちゃうかもー、と笑う。
サ、サイン?と大和は眉間にシワを寄せる。
「芸能人っぽく、サラサラーッと書いてくださいね」
「無理ですよ!そんなの」
川原と佐野は、あはは!と笑いながら、ラウンジへ大和達を促す。
「では簡単に打ち合わせしますね。まず、ツアー開始は10時ちょうど。客室乗務員がアテンドして、施設を回ります。そのあと、CAとパイロットに別れてお仕事体験してもらいます。パイロットには、10人の男の子が希望してくれています。みんな小学生です」
資料を手に、大和は頷く。
「保護者の方は、少し離れた所から見学してもらうので、私達が誘導しますね。男の子達はコックピットのコーナーに集まってもらい、ジャケットを着ます。そこに佐倉キャプテンがジャーンと登場します」
「と、登場?!それはどういう…」
大和が面食らったように聞く。
「そうですね。その時の様子次第ですけど、とにかく、わー!っと盛り上がるように登場してもらいます」
「は、はあ…。そんな事出来るかどうか…」
早くも大和は不安げな顔をする。
「大丈夫です。佐倉キャプテンは普通にしてても充分かっこいいですから、どうぞご心配なく。簡単に挨拶したらコックピットに座って、実際に操作しながら、操縦の説明をお願いします。そのあと子ども達に、一人ずつ操縦を体験してもらい、佐倉キャプテンと記念撮影をします。あとはもう、おそらく子ども達から質問攻めにされると思いますので、よろしくお願いします」
何かご不明な点は?と聞かれ、はあ、特にはと、大和は煮え切らない返事をする。
「では、私達はそろそろアテンドのお手伝いに行って来ますね。佐倉キャプテンと藤崎さんは、まだしばらくここでゆっくりしていてください。あとでお迎えに参りますから」
そう言って、川原と佐野はラウンジを出ていった。
「えっと、大和さん。何か飲みますか?」
恵真がウォーターサーバーへ行こうとすると、大和が遮った。
「恵真は座ってて」
冷たいミネラルウォーターのカップを二つ手にして戻って来ると、テーブルに置く。
「ありがとうございます」
恵真は良く冷えたミネラルウォーターを飲んで、ひと息ついた。
「それにしても、大和さんとここにいるのがなんだか不思議です」
「ん?どうして?」
「だって私達、訓練の時しかここには来ないじゃないですか。だから大和さんと一緒にいるのは、これが初めてかも」
あ、そうか、と大和も頷く。
「俺達の初めて、まだあったんだな。なんか新鮮だな」
「ふふ、そうですね」
すると真剣な表情で大和が話し出した。
「恵真。次に恵真がここに来るのは、きっと復帰前の訓練の時だ」
恵真は思わず大和の顔を見る。
「それは、また空を飛ぶ為の?」
「ああ、そうだ。子育てをしながら、少しずつでいい。一緒に頑張ろう。俺も全力でサポートする。いつかまた、二人で一緒に飛ぶ日の為に」
大和の言葉を噛みしめてから、恵真は、はいとしっかり頷いた。
◇
「そろそろスタンバイお願いしまーす」
佐野が呼びに来て、恵真と大和は立ち上がる。
ひと足先にコックピットエリアに行くと、大和は通路に身を隠して子ども達の到着を待つ。
恵真は部屋の入り口で参加者を出迎え、川原や佐野と一緒に誘導した。
「はい、ではパイロットのお仕事をするお友達はこちらに集まってくださいね」
「保護者の方は、こちらでご見学ください」
そして子ども達一人一人にジャケットを着せる。
「うわー、皆さんかっこいいですね。パイロットの制服、ばっちり似合っています」
川原が言うと、男の子達は嬉しそうに笑顔で保護者に向かってポーズを取る。
いいね、こっち見て!と、母親達もしきりに写真を撮っていた。
「さあ、では皆さんお待ちかね。いよいよ、本物のパイロットの登場です。今日は皆さんに会いに、機長がやって来ましたよ。それでは早速呼んでみましょう。佐倉キャプテンー!」
佐野の声を聞き、大和が笑みを浮かべながら颯爽と現れた。
うわー!という男の子達の声よりも更に大きく、きゃーー!!という母親達の声が上がる。
大和は男の子達の前まで来ると、キリッとした顔で挨拶する。
「皆さん、ようこそ。日本ウイング航空の機長、佐倉です。今日は皆さんに会えるのを楽しみにして来ました。どうぞよろしくお願いします」
よろしくお願いします!と男の子達も声を揃えてお辞儀をした。
大和は微笑んで頷くと、まずは男の子達の制服姿を褒める。
「皆さん、もう立派なパイロットですね。とてもかっこいいです。では早速、コックピットで操縦をしてみましょう」
大和がコックピットの左席に座り、子ども達が周りを取り囲む。
「パイロットは、飛行機の先頭にあるコックピットと呼ばれる場所で、飛行機を操縦します。コックピットは、こんなふうにたくさんのスイッチや計器やモニターが並んでいて、とても狭いです。機長は左の席に座り、右に座る副操縦士と一緒に、協力して飛行機を飛ばしています」
子ども達は頷きながら大和の話を聞いている。
恵真はうしろからその様子を、何枚も写真に収めた。
「パイロットは、たくさんのお客様の命を預かって空を飛びます。例えばこれがテレビゲームなら、失敗してもリセットして1からやり直せますが、パイロットはそうはいきません。お客様の大切な命は、みんな1つだけだからです。なのでパイロットは何度も訓練をして、日々勉強を重ねています」
さっきまではしゃいでいたのが嘘のように、男の子達はシンと静まり返っている。
どの子の目も、真剣そのものだった。
「それでは皆さんも、実際にこの席に座って操縦をしてみましょう。この黒いハンドルのようなものは、操縦桿と言います。こんなふうに両手でしっかりと握ってください。そして、上に行きたい時は、この操縦桿を手前に引きます」
大和は実際に操縦桿を手前に引いてみせる。
「下に下りたい時は、向こう側に押します。右に行きたい時は右に、左に行きたい時は左に倒します」
男の子達は、手で真似をしながら聞いている。
「では順番に座ってやってみましょう」
川原が男の子達を並ばせて、最初の子が大和と入れ違いに機長席に座った。
「まずは操縦桿を両手で握ります。そして、飛行機を離陸させましょう。操縦桿を手前に引いてください。そうです」
席に座った男の子は、真剣に大和の声に合わせて操縦桿を動かす。
「では右に行ってみましょう。そうですね。反対に左へ。上手です。最後に着陸します。操縦桿を向こう側に押してください」
男の子が操縦桿を前に倒すと、大和は笑顔で拍手した。
「ナイスランディング!」
保護者からも拍手が起こり、男の子は誇らしげに振り返って満面の笑みを浮かべた。
他の子ども達にも、一人一人丁寧に操縦をレクチャーし、サムアップで一緒に記念写真を撮る。
全員終わると、子ども達は一斉に大和に質問し始めた。
「あの!どうやったらパイロットになれますか?」
「そうだな、まずはパイロットになりたいと思う気持ちをいつまでも持ち続けること。そしてどんな事も一生懸命頑張り、仲間を大切にする。それが大事です」
「じゃあ、パイロットになって良かったことは?」
「無事に目的地に着いて、お客様が笑顔で飛行機を降りていくのを見た時は、良かったなと思います。それと、コックピットからきれいな空が見られるのも、嬉しいです」
「母ちゃんが、パイロットになったらきれいなキャビンアテンダントと結婚出来るって言ってました!ほんとに?」
「ははは!確かに、キャビンアテンダントと結婚しているパイロットもいるので、嘘ではないかな」
どんな質問にもしっかり子ども達と目を合わせて答える大和に、恵真はなぜだかドキドキして見とれてしまう。
その時、すぐ近くの母親達の会話が聞こえてきた。
「この機長さん、かっこいいし優しいし、モテるでしょうねえ」
「そりゃそうよ。ほら、結婚指輪してるし」
「そうよね。やっぱり奥様は美人のCAかしらね」
ひえー、と恵真は思わず後ずさる。
するとさっき質問した男の子が、また大きな声で大和に聞いた。
「ねえ、やっぱり機長さんも、きれいなキャビンアテンダントと結婚したの?」
その途端、ぴたりと母親達が会話を止め、耳をそばだてる。
「違うよ。きれいなキャビンアテンダントではなくて、きれいでかっこ良くて、優秀なパイロットと結婚したんだ」
ええーー?!と、子ども達と母親達の声が響き渡る。
恵真は顔を引きつらせて、ジワジワと壁際に下がった。
◇
「はい、恵真。ミルクティー」
「ありがとうございます!」
夕食後にお茶を飲みながら、二人はソファでくつろぐ。
(はあー、とにかくバレずに済んで良かった)
自分が大和の結婚相手だと知られずに、無事にイベントが終わった事にホッとする。
大和の淹れてくれた美味しいミルクティーを味わいながら、恵真は今日撮った写真を見返していた。
(大和さん、かっこ良かったなあ。パイロットの制服姿もキリッとしてるし。それに子ども達にあんなに真剣に向き合って、優しく質問にも答えて…)
今日の様子を思い出し、恵真はぽーっと夢見心地になる。
(知らなかった。大和さんって、あんなにも子どもに優しいのね)
お腹の子ども達にも、きっとあんなふうに優しく話しかけるのかな…
想像した恵真は、頬を両手で押さえながら照れ笑いする。
(楽しみだな。素敵なパパの大和さん。ふふっ)
すると隣から、遠慮がちな大和の声がした。
「あの、恵真?さっきから、真顔になったり急にニヤけたり…。ちょっと、怖いんだけど…」
えっ!と恵真は、真っ赤になって仰け反る。
「やだ!もう、見ないでください」
「どうして?」
「だって、恥ずかしいもん」
そう言って両手で顔を押さえる恵真を、大和はぎゅっと抱きしめた。
「や、大和さん?」
「こんなに可愛い恵真の顔を見ないなんて、そんなのできっこない」
うっ、と恵真は言葉を詰まらせる。
「あの、もう、本当に恥ずかしいので」
「ふうん。じゃあいいよ。恵真が寝たあと、じっくり寝顔を堪能するから」
ふふんと笑う大和に、恵真は息を呑んでますます顔を赤らめた。
◇
スヤスヤと眠る恵真をうしろから抱きしめて、大和は恵真のお腹に手を当てる。
本当はこちらを向いて寝て欲しいが、赤ちゃんの位置で寝やすい向きがあるのだろう。
仕方なく大和は我慢して、イルカのぬいぐるみを抱いている恵真のお腹をなでる。
すると、ポコッとお腹が動いた。
(お、いつものわんぱくちゃんの方だな。元気なのはいいけど、ママを寝かせてあげてくれよ)
踵でグーッと恵真のお腹を押す赤ちゃんに、大和が優しくトントンとすると、赤ちゃんは大人しくなった。
(いい子だな。よしよし)
大和はまた恵真のお腹をなでる。
と、ふいに恵真が、ん…と身じろぎして、大和の方に寝返りを打った。
(わあ、やった!)
恵真のあどけない寝顔を見て、大和は嬉しくなる。
額にそっとキスをすると、恵真は頬を緩めて大和の胸元に顔を寄せてきた。
幸せで胸がいっぱいになりながら、大和は恵真の髪を何度もなでる。
(へへーん、今日はイルカちゃんに勝ったぞ!)
恵真をぐっと抱きしめたいが、大きなお腹を圧迫してはいけない。
大和は優しく恵真を抱きしめた。
(二人きりでこうやって静かに眠れるのも、あと少しか…。赤ちゃん達が産まれたら、きっと大変な毎日になるんだろうな)
それでも…。
いつか子ども達が大きくなって巣立っても、自分はいつまでも恵真と一緒だ。
そう思うと、大和はより一層恵真を愛おしく感じる。
(恵真がいてくれる限り、俺はこの先もずっと幸せだ。二人で可愛い赤ちゃん達を、大切に育てていこう)
大和はもう一度、そっと恵真の頬に口づけた。
マンションでパイロットの制服を着ると、恵真と一緒に車でトレーニングセンターへ向かう。
「恵真?さっきから何をソワソワしてるの?」
前を向いて運転しながら、大和が尋ねた。
「え、だ、だって。大和さんが、パイロットの制服姿で…」
「それが何?」
「あの、かっこ良くて…」
思わず赤くなる頬を、恵真は両手で押さえる。
「は?恵真、何を言ってるの?俺が制服着てるのなんて、別に珍しくもなんともないでしょ?」
「いえ、あの。久しぶりに見ると、改めてかっこいいなって」
恥ずかしそうに小さくそう言う恵真に、だんだん大和もドギマギし始める。
「ちょ、恵真。調子狂うから、普通にしてて。運転中だし、その。俺も照れるから…」
「は、はい。大人しくしてます」
恵真は借りてきた猫のように、じっと身を固くして座っていた。
なんとか無事にトレーニングセンターに着くと、大和は恵真の肩を抱きながらビルに入る。
「大和さん、あの。一人で歩けますから」
「ダメだ。普段歩き慣れてない場所では、小さな段差にもつまずきやすいからな」
顔の火照りがようやく治まったところだったのに、また恵真の頬は赤くなる。
だが頑として大和は譲らず、恵真を守って歩き続けた。
「あ、佐倉キャプテン!藤崎さん!」
社員用のエントランスから中に入り、IDカードでセキュリティーゲートを抜けると、川原と佐野がこちらに気づいて手を振る。
「お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。子ども達、今日はパイロットに会えるのを楽しみにしていると思います」
「がっかりされないように、頑張ります」
「あら、そんな事ある訳ないですよ。むしろ大人気で、周りを取り囲まれちゃうと思います」
川原がそう言って笑うと、佐野も、サインねだられちゃうかもー、と笑う。
サ、サイン?と大和は眉間にシワを寄せる。
「芸能人っぽく、サラサラーッと書いてくださいね」
「無理ですよ!そんなの」
川原と佐野は、あはは!と笑いながら、ラウンジへ大和達を促す。
「では簡単に打ち合わせしますね。まず、ツアー開始は10時ちょうど。客室乗務員がアテンドして、施設を回ります。そのあと、CAとパイロットに別れてお仕事体験してもらいます。パイロットには、10人の男の子が希望してくれています。みんな小学生です」
資料を手に、大和は頷く。
「保護者の方は、少し離れた所から見学してもらうので、私達が誘導しますね。男の子達はコックピットのコーナーに集まってもらい、ジャケットを着ます。そこに佐倉キャプテンがジャーンと登場します」
「と、登場?!それはどういう…」
大和が面食らったように聞く。
「そうですね。その時の様子次第ですけど、とにかく、わー!っと盛り上がるように登場してもらいます」
「は、はあ…。そんな事出来るかどうか…」
早くも大和は不安げな顔をする。
「大丈夫です。佐倉キャプテンは普通にしてても充分かっこいいですから、どうぞご心配なく。簡単に挨拶したらコックピットに座って、実際に操作しながら、操縦の説明をお願いします。そのあと子ども達に、一人ずつ操縦を体験してもらい、佐倉キャプテンと記念撮影をします。あとはもう、おそらく子ども達から質問攻めにされると思いますので、よろしくお願いします」
何かご不明な点は?と聞かれ、はあ、特にはと、大和は煮え切らない返事をする。
「では、私達はそろそろアテンドのお手伝いに行って来ますね。佐倉キャプテンと藤崎さんは、まだしばらくここでゆっくりしていてください。あとでお迎えに参りますから」
そう言って、川原と佐野はラウンジを出ていった。
「えっと、大和さん。何か飲みますか?」
恵真がウォーターサーバーへ行こうとすると、大和が遮った。
「恵真は座ってて」
冷たいミネラルウォーターのカップを二つ手にして戻って来ると、テーブルに置く。
「ありがとうございます」
恵真は良く冷えたミネラルウォーターを飲んで、ひと息ついた。
「それにしても、大和さんとここにいるのがなんだか不思議です」
「ん?どうして?」
「だって私達、訓練の時しかここには来ないじゃないですか。だから大和さんと一緒にいるのは、これが初めてかも」
あ、そうか、と大和も頷く。
「俺達の初めて、まだあったんだな。なんか新鮮だな」
「ふふ、そうですね」
すると真剣な表情で大和が話し出した。
「恵真。次に恵真がここに来るのは、きっと復帰前の訓練の時だ」
恵真は思わず大和の顔を見る。
「それは、また空を飛ぶ為の?」
「ああ、そうだ。子育てをしながら、少しずつでいい。一緒に頑張ろう。俺も全力でサポートする。いつかまた、二人で一緒に飛ぶ日の為に」
大和の言葉を噛みしめてから、恵真は、はいとしっかり頷いた。
◇
「そろそろスタンバイお願いしまーす」
佐野が呼びに来て、恵真と大和は立ち上がる。
ひと足先にコックピットエリアに行くと、大和は通路に身を隠して子ども達の到着を待つ。
恵真は部屋の入り口で参加者を出迎え、川原や佐野と一緒に誘導した。
「はい、ではパイロットのお仕事をするお友達はこちらに集まってくださいね」
「保護者の方は、こちらでご見学ください」
そして子ども達一人一人にジャケットを着せる。
「うわー、皆さんかっこいいですね。パイロットの制服、ばっちり似合っています」
川原が言うと、男の子達は嬉しそうに笑顔で保護者に向かってポーズを取る。
いいね、こっち見て!と、母親達もしきりに写真を撮っていた。
「さあ、では皆さんお待ちかね。いよいよ、本物のパイロットの登場です。今日は皆さんに会いに、機長がやって来ましたよ。それでは早速呼んでみましょう。佐倉キャプテンー!」
佐野の声を聞き、大和が笑みを浮かべながら颯爽と現れた。
うわー!という男の子達の声よりも更に大きく、きゃーー!!という母親達の声が上がる。
大和は男の子達の前まで来ると、キリッとした顔で挨拶する。
「皆さん、ようこそ。日本ウイング航空の機長、佐倉です。今日は皆さんに会えるのを楽しみにして来ました。どうぞよろしくお願いします」
よろしくお願いします!と男の子達も声を揃えてお辞儀をした。
大和は微笑んで頷くと、まずは男の子達の制服姿を褒める。
「皆さん、もう立派なパイロットですね。とてもかっこいいです。では早速、コックピットで操縦をしてみましょう」
大和がコックピットの左席に座り、子ども達が周りを取り囲む。
「パイロットは、飛行機の先頭にあるコックピットと呼ばれる場所で、飛行機を操縦します。コックピットは、こんなふうにたくさんのスイッチや計器やモニターが並んでいて、とても狭いです。機長は左の席に座り、右に座る副操縦士と一緒に、協力して飛行機を飛ばしています」
子ども達は頷きながら大和の話を聞いている。
恵真はうしろからその様子を、何枚も写真に収めた。
「パイロットは、たくさんのお客様の命を預かって空を飛びます。例えばこれがテレビゲームなら、失敗してもリセットして1からやり直せますが、パイロットはそうはいきません。お客様の大切な命は、みんな1つだけだからです。なのでパイロットは何度も訓練をして、日々勉強を重ねています」
さっきまではしゃいでいたのが嘘のように、男の子達はシンと静まり返っている。
どの子の目も、真剣そのものだった。
「それでは皆さんも、実際にこの席に座って操縦をしてみましょう。この黒いハンドルのようなものは、操縦桿と言います。こんなふうに両手でしっかりと握ってください。そして、上に行きたい時は、この操縦桿を手前に引きます」
大和は実際に操縦桿を手前に引いてみせる。
「下に下りたい時は、向こう側に押します。右に行きたい時は右に、左に行きたい時は左に倒します」
男の子達は、手で真似をしながら聞いている。
「では順番に座ってやってみましょう」
川原が男の子達を並ばせて、最初の子が大和と入れ違いに機長席に座った。
「まずは操縦桿を両手で握ります。そして、飛行機を離陸させましょう。操縦桿を手前に引いてください。そうです」
席に座った男の子は、真剣に大和の声に合わせて操縦桿を動かす。
「では右に行ってみましょう。そうですね。反対に左へ。上手です。最後に着陸します。操縦桿を向こう側に押してください」
男の子が操縦桿を前に倒すと、大和は笑顔で拍手した。
「ナイスランディング!」
保護者からも拍手が起こり、男の子は誇らしげに振り返って満面の笑みを浮かべた。
他の子ども達にも、一人一人丁寧に操縦をレクチャーし、サムアップで一緒に記念写真を撮る。
全員終わると、子ども達は一斉に大和に質問し始めた。
「あの!どうやったらパイロットになれますか?」
「そうだな、まずはパイロットになりたいと思う気持ちをいつまでも持ち続けること。そしてどんな事も一生懸命頑張り、仲間を大切にする。それが大事です」
「じゃあ、パイロットになって良かったことは?」
「無事に目的地に着いて、お客様が笑顔で飛行機を降りていくのを見た時は、良かったなと思います。それと、コックピットからきれいな空が見られるのも、嬉しいです」
「母ちゃんが、パイロットになったらきれいなキャビンアテンダントと結婚出来るって言ってました!ほんとに?」
「ははは!確かに、キャビンアテンダントと結婚しているパイロットもいるので、嘘ではないかな」
どんな質問にもしっかり子ども達と目を合わせて答える大和に、恵真はなぜだかドキドキして見とれてしまう。
その時、すぐ近くの母親達の会話が聞こえてきた。
「この機長さん、かっこいいし優しいし、モテるでしょうねえ」
「そりゃそうよ。ほら、結婚指輪してるし」
「そうよね。やっぱり奥様は美人のCAかしらね」
ひえー、と恵真は思わず後ずさる。
するとさっき質問した男の子が、また大きな声で大和に聞いた。
「ねえ、やっぱり機長さんも、きれいなキャビンアテンダントと結婚したの?」
その途端、ぴたりと母親達が会話を止め、耳をそばだてる。
「違うよ。きれいなキャビンアテンダントではなくて、きれいでかっこ良くて、優秀なパイロットと結婚したんだ」
ええーー?!と、子ども達と母親達の声が響き渡る。
恵真は顔を引きつらせて、ジワジワと壁際に下がった。
◇
「はい、恵真。ミルクティー」
「ありがとうございます!」
夕食後にお茶を飲みながら、二人はソファでくつろぐ。
(はあー、とにかくバレずに済んで良かった)
自分が大和の結婚相手だと知られずに、無事にイベントが終わった事にホッとする。
大和の淹れてくれた美味しいミルクティーを味わいながら、恵真は今日撮った写真を見返していた。
(大和さん、かっこ良かったなあ。パイロットの制服姿もキリッとしてるし。それに子ども達にあんなに真剣に向き合って、優しく質問にも答えて…)
今日の様子を思い出し、恵真はぽーっと夢見心地になる。
(知らなかった。大和さんって、あんなにも子どもに優しいのね)
お腹の子ども達にも、きっとあんなふうに優しく話しかけるのかな…
想像した恵真は、頬を両手で押さえながら照れ笑いする。
(楽しみだな。素敵なパパの大和さん。ふふっ)
すると隣から、遠慮がちな大和の声がした。
「あの、恵真?さっきから、真顔になったり急にニヤけたり…。ちょっと、怖いんだけど…」
えっ!と恵真は、真っ赤になって仰け反る。
「やだ!もう、見ないでください」
「どうして?」
「だって、恥ずかしいもん」
そう言って両手で顔を押さえる恵真を、大和はぎゅっと抱きしめた。
「や、大和さん?」
「こんなに可愛い恵真の顔を見ないなんて、そんなのできっこない」
うっ、と恵真は言葉を詰まらせる。
「あの、もう、本当に恥ずかしいので」
「ふうん。じゃあいいよ。恵真が寝たあと、じっくり寝顔を堪能するから」
ふふんと笑う大和に、恵真は息を呑んでますます顔を赤らめた。
◇
スヤスヤと眠る恵真をうしろから抱きしめて、大和は恵真のお腹に手を当てる。
本当はこちらを向いて寝て欲しいが、赤ちゃんの位置で寝やすい向きがあるのだろう。
仕方なく大和は我慢して、イルカのぬいぐるみを抱いている恵真のお腹をなでる。
すると、ポコッとお腹が動いた。
(お、いつものわんぱくちゃんの方だな。元気なのはいいけど、ママを寝かせてあげてくれよ)
踵でグーッと恵真のお腹を押す赤ちゃんに、大和が優しくトントンとすると、赤ちゃんは大人しくなった。
(いい子だな。よしよし)
大和はまた恵真のお腹をなでる。
と、ふいに恵真が、ん…と身じろぎして、大和の方に寝返りを打った。
(わあ、やった!)
恵真のあどけない寝顔を見て、大和は嬉しくなる。
額にそっとキスをすると、恵真は頬を緩めて大和の胸元に顔を寄せてきた。
幸せで胸がいっぱいになりながら、大和は恵真の髪を何度もなでる。
(へへーん、今日はイルカちゃんに勝ったぞ!)
恵真をぐっと抱きしめたいが、大きなお腹を圧迫してはいけない。
大和は優しく恵真を抱きしめた。
(二人きりでこうやって静かに眠れるのも、あと少しか…。赤ちゃん達が産まれたら、きっと大変な毎日になるんだろうな)
それでも…。
いつか子ども達が大きくなって巣立っても、自分はいつまでも恵真と一緒だ。
そう思うと、大和はより一層恵真を愛おしく感じる。
(恵真がいてくれる限り、俺はこの先もずっと幸せだ。二人で可愛い赤ちゃん達を、大切に育てていこう)
大和はもう一度、そっと恵真の頬に口づけた。
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・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
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