Good day ! 3

葉月 まい

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忘れ得ぬ一日

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そしていよいよ、6月6日。
恵真と大和の結婚式の日を迎えた。

空は朝から気持ち良く晴れ渡っている。

「恵真、体調は大丈夫?」
「はい!絶好調です」
「ははっ!でも張り切り過ぎないようにね」

ゆっくり朝食を食べてから、二人で車でホテルに向かう。

20分程で到着し、早速恵真は控え室でヘアメイクに取りかかる。

壁には、あの純白のウェディングドレスが掛けられていた。

妊娠中ということで、靴はフラットなもの、パニエも軽くて動きやすいものにしてもらっていた。

「花嫁様。髪型やメイクのご希望はありますか?」

若くて明るいヘアメイクの女の子が、恵真に尋ねる。

「えっと、特には。でもあの、派手な感じはちょっと…」
「ふふふ、分かりました。こんなにきれいな花嫁様ですもの。私も派手にするつもりはありません。ではお任せでもよろしいですか?」
「はい。お願いします」

メイクを始めてしばらくすると、両家の両親が到着したと連絡が入る。

大和が「ロビーのラウンジでお茶でもしてくるよ」と言って、控え室を出ていった。

「花嫁様もすらりとされてますけど、新郎様もとっても背が高くてハンサムですね。んー、じゃあ、由緒正しいどこかの国のプリンスとプリンセスってイメージでいいですか?」
「は、はい?」

恵真は、キョトンとして聞き返す。

「ふふふ、イメージ湧いてきました。腕が鳴っちゃいますよー」
「はあ…」

とにかくここは大人しくしておこうと、恵真はじっと鏡を見つめていた。



「恵真?そろそろ出来た?」

1時間後に戻って来た大和は、控え室に入るなり、驚いたように目を見開いた。

「恵真…」

髪をアップにして煌めくティアラを載せ、はにかんだ笑顔で目を伏せている恵真は、清らかな透明感が溢れ、息を呑むほど美しい。

まだメイクの仕上げの途中で、ドレスはこれから着替えるとの事だったが、大和はひと足先に着替えて、チャペルで待つことにした。

大和の髪型を整えたヘアメイクの女の子が、「花嫁様のドレス姿、楽しみにしていてくださいね!」と笑って、大和を送り出す。

「さあ!では花嫁様。ドレスに着替えましょうか」
「はい」

恵真は立ち上がり、着てきたワンピースを脱いでそっとドレスに身を包む。

「ひゃー!美しすぎるー!」

自分でメイクしたというのに、女の子は恵真のドレス姿に感激して頬を押さえている。
 
胸元にキラキラと輝くネックレス、耳にも軽く揺れるイヤリングを着けて、最後に長いベールをふんわりと載せてもらうと、いよいよ恵真の気持ちも高まってきた。

「ではそろそろお時間です。チャペルに向かいましょう」

介添えのスタッフに声をかけられ、恵真は真っ白なブライダルシューズを履いた。

手袋をはめると、流れるようなラインの豪華なクレッセントブーケを手に控え室を出る。

ゆっくりと中庭を横切って歩いていくと、チャペルの扉の前で父親がモーニングコート姿で待っていた。

「恵真、びっくりするほど化けたな」
「ちょっと、お父さん!」
「ははは!誰もお前が、普段はネクタイにスラックスで操縦桿を握ってるとは思わんだろうな」
「確かに。なんだか私も不安だな。変じゃない?大丈夫かな?」

すると父は、ふっと笑いかけてきた。

「最高にきれいだよ、恵真。小さい頃は、大人しくて引っ込み思案で、親としては心配だった。なのにいつの間にかしっかり者、いや、それどころか頑固者になって、ある日いきなりパイロットになるなんて言い出した。あの時、父さんと母さんは、お前の手を離そうって決めたんだ。恵真は自分の力で羽ばたける子だって。本当にその通りになったな。そして、こんなにも輝く女性になった。恵真、これからは大和さんとしっかり手を取り合って、二人で幸せになるんだぞ」
「お父さん…ありがとう」

恵真は涙で声を詰まらせた。

天井の高いチャペルに、オルガンの音が厳かに鳴り響く。

皆が注目する中、ゆっくりと後方の扉が左右に開かれた。

明るい陽射しがサーッと射し込み、思わず大和は目を細める。

眩い光の中に、より一層の輝きをまとった恵真の姿があった。

美しく、高貴で、純潔で…

こんなにも心が震える瞬間があるのだろうか。

大和は瞬きも忘れて、恵真に見とれる。

恵真は父親と腕を組み、深々とお辞儀をしたあと、一歩一歩バージンロードを歩き始めた。

パイロットである自分にとって、恋愛は無用だと思っていた。

だが、恵真と出会って自分の世界は大きく開けた。

愛することの幸せ、愛されることの幸せを知り、守るべき人の為に強くなれた。

パイロットにならなければ、出会えなかったであろう恵真。

これまでの全てに、大和は感謝する。
恵真と出会えた奇跡に…
そして恵真と結ばれた奇跡に…
恵真のお腹に芽生えた二つの小さな命に…

やがて恵真と父親が、大和のもとにたどり着く。

大和と恵真の父は、互いに深々と頭を下げた。

「大和さん、空飛ぶ頑固者をもらってくれてありがとう。これからも、娘と孫をよろしくお願いします」
「お父さん。こちらこそ、ありがとうございます。大事なお嬢さんと小さな二つの命は、私が必ず、一生お守りします」

父は頷くと、娘に向き直る。

「恵真、大和さんといつまでも幸せにな」
「ありがとう、お父さん」

恵真の手は、父から大和へと託される。

大和はしっかりと恵真の手を取り、微笑みかけた。

「恵真、とてもきれいだ」
「大和さんも、とても素敵です」

二人で微笑み合い、腕を組むと、ゆっくりと祭壇を上がる。

牧師が聖書を読み上げ、皆で賛美歌を歌う。

列席者が着席すると、牧師は誓いの言葉を述べた。

「新郎、佐倉 大和。あなたは、藤崎 恵真を妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、妻を愛し、敬い、ともに助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

大和は力強く答える。

「はい、誓います」

頷いた牧師は、恵真に向き合う。

「新婦、藤崎 恵真。あなたは、佐倉 大和を夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、夫を愛し、敬い、ともに助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

恵真はしっかりと顔を上げて答えた。

「はい、誓います」

大和は、そっと恵真のお腹に右手を添えてささやく。

「この小さな命にも誓うよ。必ず幸せにする」

恵真は目を潤ませて頷いた。

二人は向かい合い、互いの指に指輪をはめる。

そして大和は、そっと恵真のベールを上げた。

改めて二人は見つめ合う。

「恵真。俺が生きていくこの先の人生は、必ず君と小さな命が一緒だ。君達を、一生俺が守っていく。必ず幸せにしてみせるよ」
「はい。私もあなたと一緒に、必ずこの命を守っていきます。たくさんの幸せで包んでいきます。ずっとずっと、あなたと一緒に」

恵真の瞳から溢れた涙を、そっと指で拭いながら大和が微笑む。

やがてゆっくりと、大和は優しく恵真に口づけた。

皆が拍手で二人を祝福する。

大和と恵真は、二人で恵真のお腹に手を重ねた。

「幸せになろう。俺達、家族四人で」
「はい」

二人は笑顔で誓い合い、幸せなこの瞬間を心に刻み込んだ。



「はい、では撮りまーす!」

挙式のあと、スタジオで両家の集合写真を撮り、更に二人だけの写真を撮ると、今度はホテルのロビーへと場所を移した。

ゆるいカーブを描く大きな階段で、大和が恵真に手を差し伸べる様子をカメラマンがうしろから撮影する。

恵真のウェディングドレスのトレーンが、真紅の階段に大きく広がり、見ている人達の間から感嘆のため息が聞こえてきた。

「まあ、なんてきれいなんでしょう」
「映画の中の王子様とお姫様みたいね」
「美しいわねえ、見とれちゃうわ」

そんな声の中、私達もこんな結婚式したいね、というカップルの声も聞こえてきた。

カメラマンは次々と色んなポーズを要求し、二人は言われるがままに笑顔で固まる。

(えーっと、いつまで続くのかしら?)

だんだん笑顔が苦笑いになってきた頃、ようやく、お疲れ様でした!と撮影が終わった。

ふう、と恵真は小さく息をつく。

大和の手を借りて階段の下まで降りた時、ふいに大和が、恵真、あと30分時間くれる?と聞いてきた。

「え?なあに?」

恵真は首をかしげる。

「うん、ほら、せっかくきれいなドレス姿だから、もう少し写真を撮りたいんだ。体調は平気?」
「ええ、大丈夫だけど…」
「良かった。じゃあ少し移動しよう」

そう言うと、大和は恵真の腰を抱いてロビーを横切り、エントランスを出た。

「ええ?!ちょ、ちょっと大和さん?」

ホテルから出ていこうとするなんて、とスタッフを振り返ると、にこやかな笑顔で見送られる。

(何がどうなってるの?)

恵真が困惑した時、滑るように1台のリムジンが二人の前に横付けされた。

「恵真。さ、乗って」
「は、はい?」

恵真はもう、思考回路が止まったように何も考えられなくなる。

大和に促されるまま、ドレス姿でリムジンに乗り込んだ。

「えっと、大和さん。これから一体どこへ?」
「すぐ分かるよ」

え?と首をかしげながら窓の外を眺めているうちに、恵真はだんだん驚きを隠せなくなった。

「や、大和さん?まさか、ここって」

目の前に、大きく迫ってくるもの。
それは………

「さあ、着いたよ。降りよう」

大和がドアの外から恵真に手を差し伸べる。

高ぶる気持ちを必死で抑えながら、恵真はゆっくりと車から降り立った。

目の前には、大きな大きな、そして大好きな………

「大和さん…どうして」

恵真は涙が込み上げてきて、それ以上言葉を続けられない。

なぜなら、あんなにも焦がれて、乗りたくて、操縦したくてたまらなかった、大好きな飛行機が目の前にあったから。

「昨日、部長から連絡があったんだ。ハンガーに787が停まってるから、記念撮影しに来たらいいよって」
「え、しゃ、写真を?」
「そう。ホテルの人に話して、お願いしたんだ。ほら」

大和の視線を追って振り向くと、もう一台の車からカメラマンとヘアメイクの女の子が降りてきた。

「うわー、凄い!迫力あるー!」
「これはもう、シャッター切る手が止まりそうにない」

カメラマンと女の子は、興奮して飛行機を見上げている。

「恵真、大好きなもう一人の恋人と一緒に撮りたいだろ?」

大和はいたずらっぽく笑ってみせる。

「私の、大好きな…」

恵真はゆっくりと飛行機に近づいた。

触れたくて、乗りたくて、でも我慢していた大好きな飛行機。

そっとエンジンカバーに手を触れる。

丸みのある白くて大きなエンジンカバー。
ナセルという樽型のその端は、騒音を低減する為にギザギザになっている。

恵真は、シェブロン・ノズルと呼ばれるその形を、ゆっくりと手でなぞった。

そしてすらりと左右に伸びた主翼を見上げる。

シャープで、しなやかな形。
翼の先端を後方に折り曲げるようにして伸ばした、レイクドウイングチップ。

まるで空を飛ぶ鳥のような、計算され尽くした美しい翼。

(なんてきれいなのかしら…)

ハイテク技術が詰め込まれた最新の機体は、空に飛び立つと美しい自然の風景に溶け込む。

そんな感覚になるこの機種の操縦が、恵真は大好きだった。

手を伸ばし、ボディに触れて目を閉じる。

心の中に蘇る、コックピットからの景色。

(またいつか、必ず戻るから。待っていてね)

ふっと微笑んでから目を開けると、隣で大和が優しく見守ってくれていた。

「ちゃんと話せた?」
「うん!待っていてねって」
「そっか」

二人で微笑み合った時、うしろから誰かが近づいてくる足音がした。

「佐倉、藤崎ちゃん。おめでとう!」
「野中さん!」

そしてすぐうしろから、また別の声がした。

「おめでとうございます!佐倉さん、恵真」
「伊沢くん!」

次々と、大勢の人が集まってくる。

「おめでとう!佐倉くん、藤崎くん」
「おめでとうございます!佐倉キャプテン、藤崎さん」

部長に川原、佐野、そして倉科の姿もあった。

「おめでとう!佐倉、恵真ちゃん。本当にどこまでもかっこいいな、二人とも」
「倉科さん。ありがとうございます」

顔なじみのCAやグランドスタッフ、整備士…。
様々な制服の皆に囲まれ、笑顔になる二人を、カメラマンがカシャカシャと撮影する。

「よーし、みんな集まれー!集合写真撮るぞー」

野中の声掛けで、皆が二人の周りに集まる。

うしろには、もちろん大好きな飛行機。

恵真は心の底から込み上げる幸せに胸を震わせながら、輝くような笑顔をみせた。



「はあー、とっても素敵でしたねー。もう私、感動で胸がいっぱいですよ」

ヘアメイクの女の子が、うっとりとした口調で言う。

ホテルに戻ると、恵真はウェディングドレスを着替えて、ヘアチェンジをしてもらっていた。

このあとの食事会では、大和が以前選んでくれたラベンダーカラーのドレスを着ることにしていた。
大和も、もちろんあの時のスーツだ。

「わあ!これはまた、可愛らしいドレスですね。じゃあ髪型はダウンスタイルで、お花を飾りましょうか」 

ふんわりとゆるく下ろした髪のサイドを編み込んで、小さな生花をあちこちに飾ってもらう。

「とってもキュート!また新郎様が惚れ直しちゃいますね。美男美女のお二人で、私もとても幸せな気持ちにさせて頂きました。どうぞ末永くお幸せに」

笑顔で見送ってくれるヘアメイクの女の子にお礼を言って、恵真は大和とホテルのフレンチレストランへ行く。

個室に通されると、既に話が盛り上がっていた両家の両親が、改めておめでとう!と祝ってくれた。

皆で料理を味わい、挙式の様子を振り返り、赤ちゃんの話題で盛り上がる。 

終始笑顔で、皆は楽しいひとときを過ごした。



「恵真、お疲れ様。体調はどう?」
「大丈夫。きっと今日の楽しさは、お腹の二人にも届いたと思う」
「はは!それなら良かった」

二人でソファに並んで座り、窓からの景色を眺める。

滑走路を飛び立つ飛行機がよく見えるこの部屋は、二人がつき合うきっかけとなった日の、あのスイートルームだった。

今夜はここで1泊することにしている。

「大和さん、本当にありがとうございます」
「え?何が?」
「色々、もう全部です。結婚式を挙げるつもりがなかった私に、こんなにも素敵で幸せな一日をくれて。本当にありがとうございました」
「こちらこそ。きれいな恵真の幸せそうな笑顔が見られて、本当に嬉しかった。結婚式はしなくていい、なんて言う頑固者の恵真を説得して良かったな」

最後はニヤッと笑う大和に、恵真はぷうーっと膨れる。

「もう、みんなして私を頑固者扱いして。お父さんなんて、空飛ぶ頑固者って言うし。しかもあの場面で!」
「あはは!そうそう。お父さんのあのワードは、なかなか良かったな」

思い出したのか、大和はしばらく笑い続けた。

そして優しく恵真に微笑みかける。

「でも恵真は、パイロットとしての素質も腕もピカイチだ。頑固者くらいがちょうどいい。それにこれからは、ママになって飛ぶんだ。しかも双子ママ。もう最強だな!」
「最強って…。怪獣みたいなんですけど」
「あはは!こんな可愛い怪獣、見たことないよ」

笑いが止まらない大和は、どうやら怪獣の恵真を想像しているらしい。

「もう!この間はゴリラの私を想像して笑ってたし。大和さんったら…」

そう言う恵真も、つられて笑みがこぼれた。

「大和さんと一緒なら、毎日が楽しくて幸せ。パイロットの先輩としても、心強くて頼りがいがあって。大和さんこそ、最強のパパです」

恵真…と、大和が恵真を見つめる。

「ありがとう!二人で最強のパパママ・パイロットになろうな」
「はい!」

この人と一緒なら、私は必ず幸せになれる。

この人がいてくれるなら、私はもっと強くなれる。

この先の未来に、輝く光が射し込む気がして、恵真は思わず笑顔になる。

そんな恵真の肩を右手で抱き寄せ、左手を恵真のお腹に添えると、大和は優しく恵真にキスをした。

幸せな今日のこの日をしっかりと心に刻みながら、二人はいつまでも抱きしめ合っていた。
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