Good day ! 3

葉月 まい

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新たな世界の始まり

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3月19日。
その日恵真は、那覇往復のフライトを担当していた。

羽田から那覇の往路は機長の原田がPF(Pilot Flying)を務め、復路は恵真がPFとして操縦桿を握ることになった。

那覇での休憩中、恵真はスマートフォンのカレンダーを見ながら考え込む。

3月15日に印がついており、その日に生理が来るはずだった。

(今日で4日遅れ。もしかすると…)

いつも体調管理に気をつけている恵真は、生理が遅れる事はめったにない。

海外フライトの時差の関係でホルモンバランスが乱れ、少し遅れる事があっても、せいぜい2、3日程度だった。

(今日これから来るかもしれない。でも、もし来なかったら?)

明日と明後日はオフだ。
恵真は心に決める。

(明後日の朝になってもまだなら、妊娠検査薬を試してみよう)

もし陽性だったら、すぐに病院へ行く。
そこで妊娠確定と言われたら、会社に連絡をしなければならない。

そしてその瞬間から………
しばらくの間、乗務停止。

それはつまり、操縦桿を握れなくなる事を意味するのだった。

機長とのブリーフィングを終えてシップに向かうと、予定通り那覇を離陸する。

飛行中、恵真は空を飛ぶ楽しさを心に刻み込み、美しい景色を目に焼きつけた。

無事に羽田に着陸し、乗客が降機を始めてしばらくすると、CAから報告が入る。

「お客様の降機、完了致しました。キャビンも異常ありません」
 「了解です。お疲れ様でした」

続いて整備士がコックピットにやって来て、機長の原田にフライトの状況を確認する。

「お疲れ様でした。何かスコーク(不具合)はありましたか?」
「No Squawk. シップコンディションもオールノーマルです」
「了解しました。お疲れ様でした」

そのやり取りを聞きながら、恵真はじっと座ったままコックピットの感覚を身体に染み込ませていた。

やがて原田が恵真に声をかける。

「じゃあ藤崎くん、降りようか」
「はい、お疲れ様でした。ありがとうございました」

返事をした恵真は、もう一度操縦桿をそっと握ってから立ち上がる。

原田に続いてコックピットのドアまで来ると、くるりと向きを変え、恵真は操縦席に向かって深々とお辞儀をした。



翌日、3月20日の朝。

フライトがある大和を、恵真は玄関で見送る。
 
「じゃあ恵真。行ってきます」
「行ってらっしゃい、大和さん。お気をつけて」
「ああ」

大和は恵真の頬に優しくキスをしてから、玄関を出ていった。

「さてと…」

恵真はいつもの家事をこなしながらも、どこかソワソワと落ち着かなかった。

毎日測っている体温も、いつもより高い日が続いている。

食料品の買い出しに行った際、思い切って妊娠検査薬も購入した。

夕食の準備を済ませても、やはりまだ生理は来なかった。

いよいよ緊張感が高まってくる。

(出来たのかな?私と大和さんの、赤ちゃん…)

考えただけで、顔が真っ赤に火照るのが分かった。

ソファに座り、思わず両手で頬を押さえる。

(とにかく落ち着いて。えっと、まずは明日の朝、検査薬を試してみる。それで陽性なら病院へ行って、それから…)

頭の中でやるべき事を考えていると、いきなり視界に大和の顔が入ってきた。

「きゃあ!え、や、大和さん?!びっくりしたー」
「びっくりしたのはこっちだよ。どうしたの?恵真」
「え、どうもしてませんけど…」
「そんな訳ないでしょ?玄関でただいまって声かけても返事がないし、すぐうしろから恵真?って呼びかけても気づかないし」
「そうだったんですか…。え?もうそんな時間?大変、すぐに夕食の用意しますね」
「ちょっと待って、恵真」

急いで立ち上がる恵真の手を大和が掴んだ時、恵真の膝の上にあった箱がコトッと床に落ちた。

「ん?何これ」
「あ!大和さん、それは…」

恵真よりも先に箱を拾い上げた大和が、じっと箱に書かれた文字を読む。

次の瞬間、大きく目を見開いて息を呑んだ。

「え、恵真…。これって…」

時が止まったかのように、大和は箱を手にしたまま固まっている。

「あの、大和さん?これはですね」
「恵真、もしかして、その…」
「あ、いえ。まだ検査してなくて」
「そうなのか?!じゃあ、今からしよう!」

ええー?!と、思わぬ展開に恵真は戸惑う。

「ほら、早く!あ、でもゆっくり歩くんだぞ。急ぐなよ」

早くと急かしながら、急ぐなと言う大和も、どうやら冷静ではいられないらしい。

恵真は仕方なく、検査薬を試してみた。

「えーっと、ここに2本線が出たら陽性なんだよな。1分後か…って、もう出てる!」
「ええ?!」

説明文と検査スティックを見比べる大和の手元を、恵真も一緒に覗き込む。

「こ、これって…」
「陽性?…ですか?」
「ああ。そうだな…」

しばらく呆然としたあと、じわじわと実感が湧いてきた大和が、喜びを爆発させる。

「やった!恵真、凄いぞ!」
「や、大和さん。ちょっと…」
「あっ、ごめん!大丈夫か?恵真」

思わず強く抱きしめてしまい、慌てて大和は手を緩める。

「あ、はい。大丈夫です」
「良かった」

大和は改めて、ソファの隣に座る恵真を優しく抱き寄せた。

「恵真、夢みたいだ。俺達の赤ちゃんが出来たんだよな?」
「はい」

恵真の目から涙がこぼれ落ちる。

「嬉しい…。こんなにも嬉しいなんて。私と大和さんの赤ちゃんが、お腹にいるの?」

あれこれ考えて落ち着かなかった数日間が嘘のように、恵真はただ幸せが込み上げてきた。

「そうだよな?恵真のお腹の中に、俺達の…」

声を詰まらせて、大和は恵真の肩に顔をうずめる。

「ありがとう、恵真。本当に、ありがとう」
「ううん。私の方こそ、ありがとうございます」
「大切にする。恵真も、お腹の子も。俺が全力で守るから」
「はい」

二人はしばらく、泣き笑いの表情で抱き合っていた。

ようやく気持ちを落ち着かせて、大和が恵真に改めて尋ねる。

「恵真、もしかして一人で悩んでたの?」
「あ、いえ。悩んでいた訳ではなくて、いつ検査しようかって考えていて…」
「どうして俺に相談してくれなかったの?」
「それは、まだ何もはっきりしなかったから…」

すると大和は、真剣な顔で恵真に向き直った。

「恵真、約束して。これからはどんな些細な事でも、まず俺に話すって。いい?どんな事でもだよ?」

大和はじっと恵真を見つめて続ける。

「迷ったり悩んだり、一人で抱え込んだりしないで。分かった?」

はい、と恵真は素直に頷く。

「検査薬も、一人で試すつもりだったの?」
「あ、えっと。明日の朝試して、陽性なら病院へ行こうと」
「どうしてそれを俺に言わなかったの?」
「だって、もし陰性だったらお騒がせしちゃうだけだし。病院ではっきり診断してもらってから、大和さんには伝えるつもりだったの」

大和は少しうつむいてから顔を上げる。

「恵真。俺に気を遣うんじゃなくて、もっと自分に気を遣って。俺は恵真を守る為にそばにいるんだから、ちゃんと俺に恵真を守らせて欲しい。恵真だけじゃない。これからは、お腹の子も一緒なんだからね?」
「はい」
「よし。じゃあ、明日一緒に病院へ行こう」

ええ?!と恵真は驚く。

「大和さん、明日は乗務があるでしょう?」
「Show Up(出社)は12時だ。朝一番で病院に行けば間に合うよ。どこの病院へ行くつもりだったの?」
「えっと、隣の駅前に評判がいいレディースクリニックがあるから、そこに行こうかと」
「そこまで調べる前に教えてくれたら良かったのに。でも気づかなかった俺が悪いんだな。恵真、一人であれこれ考えさせてごめん。そばにいたのに、情けない」

ううん、と恵真は慌てて首を振る。

「大和さん、最近は夜遅くまでのシフトで、私は反対に朝早かったから。すれ違いであまり話す時間もなかったし」
「いや、だからこそもっと恵真の様子に気をつけるべきだった。ごめん、恵真。俺、もっとしっかりしなきゃな。これからは、大事な恵真と赤ちゃんを必ず俺が守っていく。約束するから」
「はい」

恵真は目に涙を浮かべて微笑んだ。



翌朝、受付の開始時間に合わせて、二人はクリニックに来ていた。

初診で予約がない為、1時間以上待ってようやく名前を呼ばれる。

ご主人もご一緒にどうぞ、と言われて、二人で診察室に入った。

「初めまして。医師の萩原はぎわらです。えっと、市販の検査薬で陽性だったんですね。では早速内診してみましょう。ご主人はこのままお待ち頂けますか?」

優しそうな女性の先生に促されて、恵真だけ隣の部屋に移動する。

ドキドキしながら超音波検査を受け、再び大和の待つ診察室に戻ると、先生は1枚のエコー写真を見せながらにっこり笑う。

「おめでとうございます。妊娠されてますね」

わあ…と、恵真は嬉しさに顔をほころばせて、口元に手をやる。

大和も微笑んで、恵真の肩を抱き寄せた。

「今は4週6日目です。出産予定日は11月の22日ですね。あら、語呂がいいわね」

えっ!と二人は驚きの声を上げる。

(11月22日って、私達が婚約した日?凄い偶然)

二人で顔を見合わせていると、更に先生は話を続けた。

「この写真のここ。ほら、黒くて丸いのが写ってるでしょう?これが胎嚢といって、赤ちゃんのお部屋です。これが一つ目で、こっちが二つ目」

うんうんと頷きながら話を聞いていた二人は、ん?と首をひねる。

「二つ…ですか?」
「そう。つまり双子ちゃんね」

えええー?!と、恵真と大和は仰け反って驚く。

「ふ、ふ、双子?!つまり、赤ちゃんは二人?」
「そうよ。ダブルでおめでたいわね」

ふふっと笑ってから、でも…と先生は表情を変える。

「脅かす訳ではないけれど、決して手放しでは喜べないの。まだ赤ちゃんの心拍も確認出来ていないし、まずは来週また確認してみないとね。その後も、双子ちゃんは何かとリスクが高くなります。妊娠中の安定期はないと思っていてください」

恵真は真剣な顔で頷く。
すると大和が口を開いた。

「あの、私に出来る事はありますか?妻にはなるべく安静にしてもらい、家事なども自分がやります。それ以外に何か出来る事はあるでしょうか?」
「まあ、優しい旦那様ね。もう充分、分かっていらっしゃるわ。でもあと一つだけ」
「はい、何でしょう?」
「奥様を、毎日楽しい気分にさせてあげてください。きっとお二人は、とても真面目に慎重に赤ちゃんを守っていかれるのだとお見受けしました。でも、神経質になり過ぎるとストレスになりますからね。どうか毎日、ゆったりと穏やかに過ごしてくださいね」
「はい」

二人でしっかりと頷く。

ではまた来週!と、にこやかに見送られて、恵真と大和は診察室をあとにした。

「はあ、びっくりしたなあ」

待合室に戻った途端、大和が大きく息をつく。

「ほんと。出産予定日が婚約記念日だった事にも驚いたけど、まさか双子だなんて」

恵真もそう言いながら、エコー写真をじっと見つめた。

「でも俺、じわじわと嬉しさが込み上げてきた。双子ちゃんだぞ?どうしよう、めちゃくちゃ楽しみだ!可愛いだろうなー」

既に目がハートになりそうな大和に、恵真も思わずふふっと笑う。

やがて「佐倉 恵真さーん!」と受付で呼ばれ、会計を済ませてから駐車場の車に乗り込んだ。

「えーっと、まだ10時半か。一旦マンションに戻って恵真を降ろしてから仕事に行くよ」

そう言ってエンジンをかける大和に、恵真がゆっくり口を開く。

「大和さん。私も一緒に会社に行きます」
「え、どうして?恵真は今日オフでしょ?」
「妊娠したことを、会社に報告しないといけないので。普通のお仕事ならもっとあとでもいいのでしょうけど、パイロットはそうはいきません。航空法で定められてますから…」
「恵真…」

大和は言葉を失う。

(そうだ。航空身体検査の基準で妊娠は不適合となる。つまり恵真は…しばらく飛べない)

ぐっと唇を噛みしめてから、大和は恵真を見つめた。

「分かった。俺も一緒に報告に行く」
「はい。ありがとうございます」

自分一人では心細かった恵真は、ホッとして微笑んだ。



「そうなんですね!おめでとうございます」

二人でオフィスに行き部長を探したが、今日は公休で不在だと言われ、先日紹介されたばかりの佐野に話をする事にした。

妊娠したと告げると、目を輝かせて喜んでくれる。

「ありがとうございます。ただ心拍の確認もまだなので、手放しで喜べる段階ではないのです」
「そうですか、分かりました。ではこの事は部長にだけ伝えます」
「はい、ありがとうございます。それと…私は今日から乗務停止ですよね?」

気丈にそう言う恵真の手を、大和は隣でぎゅっと握りしめた。

「そうですね。本人の申告があった時から、一旦乗務は停止になります。ただ、現在の航空法では、妊娠13週から26週の間は乗務出来る事になっていますし、うちの社でも、本人が希望して医師が認めれば、その期間は乗務可能です。藤崎さんもそうされますか?」
「いえ。私はその期間も乗務はしません」

双子を妊娠していては、医師の許可は下りないだろう。  
 
それに恵真は、たとえ双子ではなかったとしても、妊娠中の乗務はしないつもりだった。

今は何よりも、全力で赤ちゃんを守りたい。

「分かりました。でももし、やっぱり乗務したいと思ったら、遠慮なくお知らせくださいね」

今後の勤務形態や、産休、育休制度などについては、また後日詳しくお話しますと言われ、恵真はしばらく自宅待機となった。

「それじゃあ、大和さん。フライト気をつけて行ってきてくださいね」

オフィスを出てから、恵真は大和を笑顔で見送る。

大和は恵真をぎゅっと抱きしめた。

「恵真、一緒にいられなくてごめん。帰ったらゆっくり話をしよう」
「はい。待ってます」
「くれぐれも身体を大事にね。マンションへは、タクシーで帰るんだよ」

ええ?そんな…と渋る恵真に、大和は鋭い視線で首を振る。

「ダメだ。必ずタクシーを使って。赤ちゃんの為でもあるんだからね?」
「はい」

恵真が頷くと大和は優しく微笑み、恵真のお腹にそっと手を当てた。

「行ってくるよ。ママと一緒にお留守番頼むな」

ふふっと笑う恵真の頬に、大和はそっと口づけた。



「ただいま」

マンションに帰って来た恵真は、ふうと小さく息をついた。

しばらくソファに座り込み、ぼんやりとしてしまう。

(なんだかまだ信じられない。でも、いるんだよね?私達の赤ちゃん)

無意識にお腹に手を当てる。

(必ず守るから、二人とも元気に大きくなってね)

よし!と気合いを入れて、恵真は早速昼食の準備をする。

身体に良いもの、栄養のバランスが良いものは普段から意識しているが、これからは妊娠中のメニューについても調べよう。

そう思っていると、スマートフォンに大和からのメッセージが届いた。

『恵真、無事に帰れた?』

恵真はすぐに返信する。

『はい。ちゃんとタクシーで帰って来ました。これからお昼ご飯にします。身体に良いものを食べますね』

するとすぐまた返事が来る。

『しっかり食べてゆっくり休んでね。イルカのぬいぐるみでお腹を守って寝るんだよ』

「やだ、大和さん。あんなにあのイルカにヤキモチ焼いてたのに」

おかしくて思わず恵真が笑っていると、また次のメッセージが来た。

『それと、今日いくつか恵真宛に荷物が届くよ。置き配にしてあるから、都合がいい時に玄関の横チェックしてみて』

ん?荷物って?と首をかしげるが、
『じゃあ、フライト行ってきます』
と書かれて、慌てて『行ってらっしゃい!気をつけて』と送信した。

昼食後、イルカのぬいぐるみを抱えてベッドで少し昼寝をする。

(ふわー、良く寝た。このイルカちゃん抱いてると、安心するなあ)

恵真はイルカの頭をグリグリとなでてからベッドを降りた。

キッチンでミネラルウォーターを飲んでいると、ふと大和のメッセージを思い出す。

(そうだ、荷物が届くって何だろう?)

とにかく見てみようと玄関を開けると、すぐ横に箱が3つ並んで置かれていた。

(えーっと、書籍に食料品?)

早速ソファに座って、まずは書籍と書かれた箱を開けてみる。

「わあ!これって…」

中には、妊娠に関する本が何冊か入っており、双子を妊娠したら、というものもあった。

パラパラとページをめくってみると、恵真の知りたかった妊娠中の食生活や、妊娠カレンダー、赤ちゃんの成長の様子などが詳しく書かれている。

「凄い!とっても助かる」

あとでじっくり読もうと、恵真は他の箱を開けてみた。

「何これー?美味しそう!」

有名なシェフが監修した身体に優しいメニューが、きれいに包装されたレトルトパウチでたくさん入っている。

「温めるだけで食べられるのね。野菜たっぷりのスープ、お魚とお肉もあるんだ。ひゃー、食べるのが楽しみ!」

最後の箱には、カフェインレスのコーヒーや紅茶、妊婦さん用のハーブティーやプルーンなどのおやつも入っていた。

「そっか!カフェインレスならコーヒーも飲んでいいのね。凄い、大和さん。1回妊娠した事あるみたい」

そんな訳はないのに、恵真は本気でそう考えて感心する。

とにかく大和の気遣いが嬉しく、カフェインレスの紅茶を飲みながら本を読んでいると、あっという間に夜になっていた。

「恵真、ただいまー」
「お帰りなさい!」

玄関から大和の声がして、恵真は満面の笑みで出迎えに行く。

「ただいま」

大和はいつものように恵真の頬にキスをしてから、そっと恵真のお腹に手を当てる。

「ただいま。おちびちゃん達」
「ふふっ、お帰りなさい」
「恵真、ちゃんと身体休められた?」
「はい!ぐっすりお昼寝しました。それに大和さん、たくさんの荷物ありがとうございます」
「お、ちゃんと届いたの?」
「ええ。どれも本当に有り難くて、私が欲しかった物ばかり!」

良かった、と大和は微笑んで恵真の頭にポンと手を置く。

「夕食は、早速今日届いたものを頂いてもいいですか?」
「もちろん!味見して、美味しかったらまた頼もう。他にも色んなメニューがあったから」
「はい」

二人でキッチンに並び、いくつか選んでから皿に移し替えてレンジで温める。

いただきますと手を合わせてから、スープやリゾット、魚のポワレなどをじっくり味わう。

「んー、美味しい!味付けも優しくて身体に良さそうですね」
「そうだな。油っこくないし、カロリーも計算されてる。また他にも頼んでみよう。恵真もあとで選んでみて。あ、デザートもあったぞ」

デザート!と恵真は目を輝かせる。

「ああ。好きなだけ頼んでね」
「うん!」

食後のカフェインレスコーヒーをソファで飲みながら、大和は恵真の肩を抱き寄せて話し出す。

「恵真。俺はこの先、恵真と赤ちゃんの為ならなんだってする。恵真が毎日を心穏やかに過ごせるように、赤ちゃんが二人ともすくすく大きくなるように、俺がみんなを守っていく。だから何でも話してね」
「はい」
「それから…。恵真はこれからしばらく自宅待機になる。毎日、好きな事をしてゆっくり過ごして欲しい。でも、もしかしたら気分転換したくなるかもしれない。それに」

そこまで言ってから、大和はうつむいて口をつぐむ。

「大和さん?」
「うん、あの。恵真、もし空が恋しくなったら、その気持ちをちゃんと俺にぶつけて欲しい。決して一人で我慢しないで。俺が全部受け止めるから」

恵真は大和の言葉をじっと考えてから顔を上げる。

「はい、ありがとうございます。今の私は、スイッチが切り替わったみたいに、赤ちゃんのことで頭がいっぱいです。この子達をしっかり守って育てるのが、今の私の仕事です。でも…」

言い淀む恵真を、大和が優しく抱きしめる。

「どうなるか、自分でもまだ分かりません。ずっとずっと空を飛ぶことばかり考えてきて、頭の中は飛行機のことばかりだった私が、この先何年か飛べない。それってやっぱり、不安で…」

大和は恵真の頭を抱き寄せて、何度もなでる。

「もしかしたら、空が恋しくて、飛行機が恋しくて、飛びたくてたまらなくなってしまうかも…」
「うん」
「赤ちゃんのことを第一に考えていても、やっぱりどうしても頭の片隅に考えてしまうかも…。飛びたいって、そう思ってしまう時が来るかも」
「うん」

涙を堪える恵真に、大和は優しく笑いかける。

「そう思うのが当然だよ。だって恵真は、優秀なパイロットなんだから。それに赤ちゃん達も、きっと恵真を誇りに思ってくれる。僕のママは凄いんだぞ!って。あ、いや、私のママか?」

真顔で呟く大和に、思わず恵真はふふっと笑う。

「とにかく!恵真は凄いママなんだ。だから空が恋しくなっても、決してそれを悪い事だと思わないで。自分を責めたりしないで。飛びたいなーって思ったら、我慢せずに口に出して。俺も、赤ちゃん達も、その度に恵真を誇りに思うよ。そして全力でサポートする。必ずまた、恵真が空を飛べるように」
「また、空を飛べる…?」

ポツリと恵真が呟く。

「ああ、必ず飛べる。空飛ぶ双子ちゃんママの誕生だ!楽しみだな」

大和の笑みに、恵真の心が軽く、そして明るくなる。

「はい!必ずまたいつか、空を飛びたいです!」
「よし、また一緒に飛ぼう!その時には、俺達の双子をキャビンに乗せてな」
「わあ…なんて素敵!」
「だろ?楽しみだな」
「はい!」

恵真はキラキラと目を輝かせて頷く。

大和はそんな恵真に優しく笑いかけてから、そっと抱き寄せてキスをした。
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