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寂しさを胸に

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「プリムローズ様。どうぞこちらのお部屋をお使いください。すぐに紅茶とケーキをお持ちします」
「あ、はい!あの、どうぞお構いなく」

ここはプリンセスのお部屋?と思いながら、プリムローズは案内された部屋の中をキョロキョロと見回した。

壁紙や家具は薄いピンクとクリーム色でまとめられ、広い部屋の真ん中に置かれているのは豪華なソファセット。

壁際のベッドは天蓋つきで、一人で寝るには大きすぎる。

壁一面の窓からバルコニーに出られるようで、その先には綺麗に幾何学模様を描く見事な庭園が広がっていた。

「プリムローズ様、あとでクローゼットにドレスをお持ちします。いつでもお好きな時にお着替えくださいませ。他に何かご入用のものはございますか?」

侍女に聞かれて、プリムローズはブンブンと首を横に振る。

「何もありませんわ。充分過ぎます」
「かしこまりました。ではどうぞ、ごゆっくり」

侍女達は丁寧にお辞儀をしてから退出する。

プリムローズは、高級なティーカップで紅茶を味わいつつ、小さくため息をついた。

(どんなに美味しくても、一人で飲んでは寂しいだけね)

サミュエルとレイチェル、そしてマルクスと四人で、ガーデンで過ごしたティータイムを思い出す。

(楽しかったなあ。マルクス様、いつも私の作ったお菓子を美味しそうに食べてくださって。一番お好きなのは、オレンジタルトかしら?ううん、どれも美味しいと言ってくださったわよね。次はオレンジピールチョコレートを作るお約束だったのに)

気がつけばマルクスのことばかり考えてしまい、プリムローズはケーキを食べる手を止めて、またため息をついた。



「お帰りなさいませ」

夕方になり、屋敷に帰って来たマルクスをレイチェルが出迎える。

「ああ」

小さく頷くと手綱をサミュエルに預け、マルクスは足早に部屋に入った。

湯に浸かって身体を温めると、夕食を食べる。

「今夜は温かいシチューでございます。お風邪を召されませんように」
「ありがとう」

マルクスは淡々と食事の手を進める。

レイチェルが最後にデザートを運んできた。

プレーンのチーズケーキ。

美味しいはずのチーズケーキを、マルクスは寂しさを噛みしめるように味わった。



プリムローズが離れを出てから一週間が経った。

「プリムローズ様、おはようございます」
「おはようございます」
「朝食をどうぞ」
「ありがとうございます」

今日もプリムローズは、一人寂しく食事を取る。

食事が終わればすることは何もなくなった。

(こんな毎日、息が詰まりそう)

庭園を散歩してもいいと言われたが、侍女と近衛隊にぐるりと周りを囲まれ、プリムローズは気が休まらなかった。

(そうだ!お菓子を作らせてもらおう)

そう思い、厨房に入らせて欲しいと侍女に頼むと、即座に断られる。
 
「お客様を厨房になど、いけませんわ」

プリムローズはしょんぼりと肩を落とす。

だがなんとか言い訳を考えた。

「えっと、それがわたくし、少し食べ物のアレルギーがありまして。自分で作ったデザートでないと、お腹を壊してしまいますの。お食事は大丈夫なのですが、デザートだけは自分で作りたくて」

言いながら、なんだそれは?と自分でも首をひねってしまう。

だが侍女達は、まあ!それは大変と納得してくれた。

「では、シェフ達が使っていない時間なら、ご自由に厨房をお使いいただいて構いませんわ」
「本当ですか?ありがとうございます!」

プリムローズは久しぶりに笑顔を浮かべた。



「わあ、なんて素晴らしいの!」

誰もいない厨房に入ると、プリムローズはあまりの広さと充実した設備や道具に目を輝かせる。

「調味料や香辛料、リキュールもこんなにたくさん!あ、これってもしかして、バーナーかしら?これがあれば、クレームブリュレのキャラメリゼができるわね」

プリムローズはわくわくしながら、早速ボウルに卵やミルクなどの材料を入れて、泡立て器で混ぜ始める。

「えーっと、オレンジソースを最後にかけるけれど、キャラメルもオレンジ風味にできるかしら?」

あれこれと考えながら作っていると、休憩を終えたらしい若いシェフが一人戻ってきた。

「おや?何を作っていらっしゃるのですか?」
「あ、はい。オレンジ風味のクレームブリュレを作りたくて…」
「へえ。私はデザートを専門とするパティシエなのですが、お手伝いしてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです!よろしくお願いいたします」

二人であれこれ相談しながら、試行錯誤して作っていく。

「バニラビーンズをたっぷり使っているので、オレンジはキャラメルだけに混ぜてはいかがですか?」
「ええ、そうですね。リキュールと、すりおろしたピールも少し混ぜてみたいです」
「いいですね。仕上げは少しとろみのあるオレンジソースをかけましょうか」
「はい!とても美味しそうです」

バーナーの使い方も教わり、プリムローズは真剣に焦げ目をつけていく。

「なかなかお上手ですね。初めてとはとても思えません」
「本当ですか?」
「ええ。それにこのオレンジ風味のクレームブリュレは、とても良いアイデアですね。早速試食してみましょう」

二人で厨房の丸椅子に座り、出来上がったばかりのクレームブリュレを食べてみる。

スプーンをキャラメルに入れると、カリッと小気味良い音がした。

そっと口に運んで味わうと、シェフは大きく頷いた。

「うん!とても美味しい」
「本当に!想像以上に美味しくできましたわ」
「プリムローズ様。これを今夜のディナーのデザートにお出ししてもよろしいですか?」
「え?どなたに、ですか?」
「国王陛下ご一家です」

は?!とプリムローズは声を上ずらせた。

「いえいえいえ、いけません!そんな、わたくしごときが作ったものなど、陛下のお口に入れる訳にはまいりませんわ」
「ですが私は、今夜のデザートにこれ以上のものを作る自信がありません」
「まさかそんな!ご冗談を。とにかく、これはいけません!」
「そうですか…」

シェフは諦めたように肩を落とす。

「では、プリムローズ様のデザートにお出ししますね。よく冷やして、最後にバーナーで焼いてからサーブいたします」
「はい。よろしくお願いします。楽しみ!」

プリムローズはシェフと顔を見合わせて微笑んだ。
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