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幸せと喜び

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「マルクス様!」

翌日の昼前にようやく屋敷に着くと、プリムローズがエントランスの扉から急いで駆け寄って来た。

よく見ると、その目は今にも泣き出しそうに潤んでいる。

「心配いたしました。マルクス様、ご無事ですか?」
「ああ、大丈夫だ。心配かけたな」

アンディから降りると、マルクスはプリムローズの頭にポンポンと手をやる。

元気そうなマルクスの姿に、プリムローズはやっと安心して笑顔をみせた。

「よかった…。サミュエルも無事なの?」
「はい。どこも何ともありません、プリムローズ様」
「そう、本当によかったわ。アンディも元気?」

プリムローズが頭をなでると、アンディはブルルッと応える。

「ふふっ、元気そうね。喉が乾いたでしょう?お水をあげるわね」

手綱を引いて厩舎に向かおうとするプリムローズに、サミュエルが声をかける。

「プリムローズ様、私が…」
「大丈夫よ。サミュエルも先に部屋で休んでいて。レイチェルとすぐに行きます」

そう言うとサミュエルからも手綱を受け取り、プリムローズはレイチェルと厩舎へ向かった。



汗を流してから着替えたマルクスが部屋に行くと、テーブルの上には所狭しと料理が並んでいた。

「うわ、すごいご馳走だな」
「ふふっ、たくさん召し上がってくださいね。デザートもありますから」
「オレンジの?」
「ええ、もちろん」
「楽しみだな。まずは料理をいただこう」 

マルクスとサミュエルは、パクパクと勢い良く料理を平らげていく。

プリムローズはレイチェルと微笑み合って、そんな二人の様子を嬉しそうに見守っていた。

デザートにオレンジのブランマンジェを食べ終えると、プリムローズはマルクスをベッドに促す。

「とにかく少し休んでください」

サミュエルもレイチェルに連れられて仮眠を取りに行き、マルクスは隣の寝室で横になった。



軽く休憩するつもりだったが、疲れが溜まっていたのか、いつの間にかマルクスはぐっすり寝入っていた。

ふと目が覚めると辺りは真っ暗で、一体ここはどこなのかと不安に駆られる。

「…プリムローズ」

思わず呟くと、カチャッとかすかな音と共にドアが開いた。

ほのかな灯りが隣の部屋から射し込み、プリムローズが顔を覗かせる。

「どうかなさいましたか?マルクス様」

プリムローズの優しい声に、マルクスは心から安堵して頬を緩める。

「プリムローズ、ここへ」
「はい」

ベッドに近づいてくるプリムローズを待ち切れず、手を伸ばして抱き寄せた。

枕元にひざまずくプリムローズの髪を何度もなでて、幸せを噛みしめる。

「よかった、そなたがいてくれて。ここに帰って来られて、本当によかった」

なぜだか分からないまま、マルクスはそんな言葉を繰り返す。

プリムローズは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「はい。わたくしもマルクス様が帰って来てくださって、本当に嬉しいです」
「プリムローズ…」

マルクスの心に、しびれるような切なさが込み上げてくる。

プリムローズの柔らかい手を握ると、マルクスは視線を落としてから話し出した。

「俺は今まで、生きることに幸せを見い出せなかった。戦いの最前線で命を散らしても構わない。この国の役に立って死ねるなら本望だと思っていた。だが今は、そなたのもとに帰りたいと願ってしまう。そなたの笑顔を見たい。そなたの手に触れたいと。プリムローズ…。そなたといれば、生きる喜びを感じられる。俺は、幸せなんだと」

そう言ってマルクスが戸惑うように視線を上げると、プリムローズは優しく微笑んで頷いた。

「わたくしもです。ローレンの家を出て、わたくしはただ心を閉ざして生きていくつもりでした。己の命と引き換えに生んでくれた母の為にも、懸命に生きていこう。幸せなど望まない。命を全うするその時まで、ただ必死に毎日を過ごそう。そう思っていました。ですが今は、マルクス様のそばにいられることが何よりも嬉しくて。マルクス様に名を呼ばれると、心から幸せを感じます。生きていてよかったと」
「プリムローズ…」

マルクスは胸に込み上げる愛しさのまま、プリムローズを抱き寄せようとする。

だが、ハッとして手を緩めた。

(そうだ。プリムローズはいつでも好きな時に、ここを出て行く約束だった。プリムローズは俺の…、偽りの妃候補なのだから)

マルクスは目を伏せると、慈しむようにプリムローズの手を握る。

今のマルクスには、ただそうすることしかできなかった。
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