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ひと晩
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「久住、ほら、しっかりしろって」
自分のマンションに着き、支払いを済ませると、昴は心を支えてタクシーを降りる。
エレベーターで25階へ行き、部屋に入ると、心は崩れ落ちるように玄関に寝転んだ。
「わー、久住!ちょっと、そんなところで寝るなって!」
なんとかソファに座らせて、冷たいミネラルウォーターを飲ませる。
「どうだ?少しは落ち着いたか?住所、言えるか?」
心から住所を聞いたら、再びタクシーで送り届けるつもりだった。
だが、心はいっこうに口を開かない。
「なあ、久住。うちはどこだ?何か、免許証とかあったら見せてくれないか?」
すると、いきなり心はパッと目を開き立ち上がった。
「お、久住?帰れるか?今、タクシー呼ぶから…」
「トイレ行きたい」
「え?ああ、こっちだ」
昴が案内すると、心はすたすたとついてくる。
良かった、足取りもしっかりしてる、と安心していると、心は洗面所で手を洗った後、いきなり昴の歯ブラシを掴んだ。
「え、わー!久住、それ俺のだ」
歯磨き粉を付けようとする心から歯ブラシを取り上げると、心はムッとした顔で怒り出す。
「歯磨きしたいのに!」
「わ、分かった、分かったから。確か、ホテルのアメニティーの…。あった!はい、これを使って」
封を切って取り出した歯ブラシを心に握らせる。
ついでに歯磨き粉も付けてやると、心は満足そうに頷いて歯磨きを始めた。
(ふう、やれやれ。って、今度は何を?)
歯磨きを終えた心は、ばしゃばしゃと顔を洗い始めた。
そして目の前にある洗顔フォームを手にして、中身を手のひらに出す。
「ちょ、それ、男用だぞ?メイク落としでもなんでもないぞ?」
昴の声など気にも留めず、心は黙って豪快に顔を洗うと、ふう!とすっきりした顔で微笑んだ。
「あ、あの久住?そろそろ住所を…」
とにかくそれだけは聞き出さなければと、昴が必死で声をかけるが、心はくるりと向きを変えて洗面所をあとにした。
リビングに戻るのかと思いきや、心は廊下の途中のドアを開けて中に入る。
「く、久住、そこは寝室…」
そう言って引き留めようとした昴は、いきなり服を脱ぎ始めた心にびっくりして慌ててドアを閉めた。
「くーずーみー!」
困り果ててドアに頭を付ける。
しばらくして物音がしなくなると、昴はドアをノックした。
「久住?入るぞ?いいか?」
返事はない。
昴は、そっとドアを開けて恐る恐る部屋を覗き込む。
ベッドの上で布団にくるまり、心はすやすやと眠っていた。
床には、脱ぎ捨てられたワンピースが無造作に置かれている。
昴は、はあーと深いため息をついた。
*****
「久住、久住?おい、朝だぞ。仕事に遅れるんじゃないか?」
結局ソファで夜を明かした昴は、翌朝の7時に寝室へ行き、心を起こした。
掛け布団の上から、すらりとした腕が素肌をさらしており、昴はなるべく見ないように目を細めて布団ごと心を揺する。
「んー…」
心が気だるげに顔をしかめて、ゆっくりと目を開けた。
キャーという悲鳴に備えて、昴は大きく一歩下がって身構える。
だが、心は昴を見ると、今何時?と短く言った。
「え?今、7時だけど」
「今日遅番だから、9時まで寝られるの。お休みなさい」
そう言って、またスーッと寝息を立てる。
「あ、そう…。お休み」
昴は呆然としながら、とりあえず寝室をあとにした。
9時にもう一度起こしに行くと、今度はパチリと目を開け、うーん…と伸びをする。
「おはよう、伊吹くん」
にっこり笑う心に、昴は顔を引きつらせる。
「お、おはよう、久住さん」
予期せぬ心の言動に、理解不能となった昴は、もはや親しい口調には戻れず、よそよそしくそう言う。
「はあー、良く寝た」
心はガバッと身体を起こし、昴は慌てて背を向けた。
「じゃ、じゃあ、朝ご飯用意するから」
「ありがとう!すぐ行くね」
そそくさと部屋を出た昴は、ドアを後ろ手に閉めてため息をつく。
(はあー。俺、めちゃくちゃ振り回されてる気がする。凄いな、これが宇宙人の遠心力か…)
もはや思考回路も正常には働かない。
今までの己の経験や学んできた知識も、何の役にも立たない。
昴は、考えるのはやめて、流れに身を任せることにした。
*****
「美味しいねー、このクロワッサン。バターがたっぷりだね」
「そうだね」
「外はサクサクッとしてて、中はしっとりふわふわ。絶品だね」
「そうだね」
心が宇宙人なら、昴はロボットだろう。
思考回路を絶ち、ひたすら笑顔で同じセリフを言う。
「朝から凄く贅沢な気分!仕事もがんばれそう」
「そうだね」
「でも、夕べはごめんね。ベッド使わせてもらっちゃって」
ようやく人間らしさを取り戻し、昴は、お?と心を見る。
「夕べのこと、覚えてるの?」
「うん、覚えてるよ。私ね、絶対歯磨きしないと寝られないの。ちゃんと磨いたでしょ?」
「そうだね」
またロボットに戻ってしまう。
「愛理の家に泊まらせてもらった時も、感心されたの。心、ベロンベロンなのに、ちゃんと歯磨きするんだねーって。多分、意識なくても磨けるんじゃないかな。凄いでしょ?」
「そうだね」
「さてと!そろそろ帰るね。シャワー浴びてから仕事行きたいし。伊吹くん、泊まらせてくれてありがとう!お世話になりました」
「え?あ、ああ。いいけど」
昴は、人間に戻って考える。
「車で送って行くよ。うちどこ?」
「え、いいの?」
「うん。住所教えてくれたら」
それが一番の難関だと思っていると、心はあっさり住所を口にする。
(よ、ようやく教えてくれた!)
もはや感動すら覚える。
昴は、頭の中にしっかり記憶した。
自分のマンションに着き、支払いを済ませると、昴は心を支えてタクシーを降りる。
エレベーターで25階へ行き、部屋に入ると、心は崩れ落ちるように玄関に寝転んだ。
「わー、久住!ちょっと、そんなところで寝るなって!」
なんとかソファに座らせて、冷たいミネラルウォーターを飲ませる。
「どうだ?少しは落ち着いたか?住所、言えるか?」
心から住所を聞いたら、再びタクシーで送り届けるつもりだった。
だが、心はいっこうに口を開かない。
「なあ、久住。うちはどこだ?何か、免許証とかあったら見せてくれないか?」
すると、いきなり心はパッと目を開き立ち上がった。
「お、久住?帰れるか?今、タクシー呼ぶから…」
「トイレ行きたい」
「え?ああ、こっちだ」
昴が案内すると、心はすたすたとついてくる。
良かった、足取りもしっかりしてる、と安心していると、心は洗面所で手を洗った後、いきなり昴の歯ブラシを掴んだ。
「え、わー!久住、それ俺のだ」
歯磨き粉を付けようとする心から歯ブラシを取り上げると、心はムッとした顔で怒り出す。
「歯磨きしたいのに!」
「わ、分かった、分かったから。確か、ホテルのアメニティーの…。あった!はい、これを使って」
封を切って取り出した歯ブラシを心に握らせる。
ついでに歯磨き粉も付けてやると、心は満足そうに頷いて歯磨きを始めた。
(ふう、やれやれ。って、今度は何を?)
歯磨きを終えた心は、ばしゃばしゃと顔を洗い始めた。
そして目の前にある洗顔フォームを手にして、中身を手のひらに出す。
「ちょ、それ、男用だぞ?メイク落としでもなんでもないぞ?」
昴の声など気にも留めず、心は黙って豪快に顔を洗うと、ふう!とすっきりした顔で微笑んだ。
「あ、あの久住?そろそろ住所を…」
とにかくそれだけは聞き出さなければと、昴が必死で声をかけるが、心はくるりと向きを変えて洗面所をあとにした。
リビングに戻るのかと思いきや、心は廊下の途中のドアを開けて中に入る。
「く、久住、そこは寝室…」
そう言って引き留めようとした昴は、いきなり服を脱ぎ始めた心にびっくりして慌ててドアを閉めた。
「くーずーみー!」
困り果ててドアに頭を付ける。
しばらくして物音がしなくなると、昴はドアをノックした。
「久住?入るぞ?いいか?」
返事はない。
昴は、そっとドアを開けて恐る恐る部屋を覗き込む。
ベッドの上で布団にくるまり、心はすやすやと眠っていた。
床には、脱ぎ捨てられたワンピースが無造作に置かれている。
昴は、はあーと深いため息をついた。
*****
「久住、久住?おい、朝だぞ。仕事に遅れるんじゃないか?」
結局ソファで夜を明かした昴は、翌朝の7時に寝室へ行き、心を起こした。
掛け布団の上から、すらりとした腕が素肌をさらしており、昴はなるべく見ないように目を細めて布団ごと心を揺する。
「んー…」
心が気だるげに顔をしかめて、ゆっくりと目を開けた。
キャーという悲鳴に備えて、昴は大きく一歩下がって身構える。
だが、心は昴を見ると、今何時?と短く言った。
「え?今、7時だけど」
「今日遅番だから、9時まで寝られるの。お休みなさい」
そう言って、またスーッと寝息を立てる。
「あ、そう…。お休み」
昴は呆然としながら、とりあえず寝室をあとにした。
9時にもう一度起こしに行くと、今度はパチリと目を開け、うーん…と伸びをする。
「おはよう、伊吹くん」
にっこり笑う心に、昴は顔を引きつらせる。
「お、おはよう、久住さん」
予期せぬ心の言動に、理解不能となった昴は、もはや親しい口調には戻れず、よそよそしくそう言う。
「はあー、良く寝た」
心はガバッと身体を起こし、昴は慌てて背を向けた。
「じゃ、じゃあ、朝ご飯用意するから」
「ありがとう!すぐ行くね」
そそくさと部屋を出た昴は、ドアを後ろ手に閉めてため息をつく。
(はあー。俺、めちゃくちゃ振り回されてる気がする。凄いな、これが宇宙人の遠心力か…)
もはや思考回路も正常には働かない。
今までの己の経験や学んできた知識も、何の役にも立たない。
昴は、考えるのはやめて、流れに身を任せることにした。
*****
「美味しいねー、このクロワッサン。バターがたっぷりだね」
「そうだね」
「外はサクサクッとしてて、中はしっとりふわふわ。絶品だね」
「そうだね」
心が宇宙人なら、昴はロボットだろう。
思考回路を絶ち、ひたすら笑顔で同じセリフを言う。
「朝から凄く贅沢な気分!仕事もがんばれそう」
「そうだね」
「でも、夕べはごめんね。ベッド使わせてもらっちゃって」
ようやく人間らしさを取り戻し、昴は、お?と心を見る。
「夕べのこと、覚えてるの?」
「うん、覚えてるよ。私ね、絶対歯磨きしないと寝られないの。ちゃんと磨いたでしょ?」
「そうだね」
またロボットに戻ってしまう。
「愛理の家に泊まらせてもらった時も、感心されたの。心、ベロンベロンなのに、ちゃんと歯磨きするんだねーって。多分、意識なくても磨けるんじゃないかな。凄いでしょ?」
「そうだね」
「さてと!そろそろ帰るね。シャワー浴びてから仕事行きたいし。伊吹くん、泊まらせてくれてありがとう!お世話になりました」
「え?あ、ああ。いいけど」
昴は、人間に戻って考える。
「車で送って行くよ。うちどこ?」
「え、いいの?」
「うん。住所教えてくれたら」
それが一番の難関だと思っていると、心はあっさり住所を口にする。
(よ、ようやく教えてくれた!)
もはや感動すら覚える。
昴は、頭の中にしっかり記憶した。
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