夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい

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勘違い妄想?

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 「あ、心ー!こっちこっち」

 待ち合わせのカフェに入ると、奥のテーブルで手招きしている愛理と慎也の姿があった。

 「ごめんね、お待たせしちゃって」

 愛理の横の席に座りながらそう言うと、全然!と愛理が笑う。

 「こっちこそ、仕事終わりに呼び出して悪いな」

 慎也もそう声をかけてきた。

 「ううん。私も気分転換になるし、楽しみにしてたの。あ、ドリンク買ってくるね」
 「いいよ、座ってな。何がいい?」
 「えっと、アイスのカフェモカにしようかな」

 オッケーと、慎也はカウンターに向かう。

 今日はゴールデンウィークの中日。
 休みの取れない忙しい毎日だが、今日の心は15時上がりの時短勤務の日だった。

 昴がサンフランシスコへ行き、幹事の仕事を心配した慎也と愛理が、心に会わないかと声をかけてくれたのだった。

 「愛理は慎也くんと朝から会ってたの?」

 心が聞くと、愛理は首を振る。

 「ううん。さっき来たところ」
 「あれ?そうなの?てっきり、どこかに遊びに行ってるんだと思ってた」
 「え、なんで?」
 「なんでって。つき合ってるんだから、デートくらいするでしょ?」

 すると愛理は、ゴホッと飲んでいたコーヒーにむせ返る。

 「大丈夫?愛理」
 「だ、大丈夫じゃない!心、一体いつの話をしてんのよ。私が慎也とつき合ってたのなんて、高校の時だよ?しかも高2の1年間だけ!」
 「えっ!そうだったの?知らなかったー」

 愛理は、はー?と冷めた目で心を見る。

 「心って、本当にそういう恋愛話に疎いんだね。今もそうなの?彼氏は?」
 「いないよ」
 「やれやれ、作ろうと思えば作れるのに」

 ん?どういうこと?と思っていると、慎也が戻ってきた。

 「はい、心。カフェモカ」
 「ありがとう。500円で足りる?」

 硬貨を出すと、慎也は手で押し戻した。

 「いいよ、これくらい。幹事も引き受けてくれたんだしさ。気持ち良くおごらせてくれ」
 「そっか。じゃあお言葉に甘えて。ありがとう」
 「どういたしまして。それより、なんの話してたの?」

 すると愛理が、あきれ気味に口を開く。

 「心がさー、もうからっきし恋愛に興味がないの。高校生の時のまんまよ」
 「へえー、じゃあ相変わらずもったいないことしてんのか」

 心は、ますます首をかしげる。

 「ねえ、どういう意味なの?さっきから」

 慎也と愛理は、互いに顔を見合わせてから心に向き直る。

 「お前さ、高校生の時モテてたの知ってる?」

 心は驚いて、ズズッとストローの音を立ててしまった。

 「ゴホッ、え、な、何?誰がモテてたの?」
 「だから、お前だよ。クラスの男子、結構心のこと狙ってたんだぜ?」
 「ま、まさか!それはないよ。私、1度も誰にもその…、そんなこと言われてないよ?」

 隣で愛理がため息をつく。

 「知らぬは本人ばかりなり、ね」

 そして、ぐっと心に顔を近づけた。

 「心、私がどれだけ男子に頼まれたか知ってる?心に俺のことそれとなく聞いてみてくれ、とか、デートの橋渡ししてくれ、とか。心はどういうタイプが好きなんだ?とかね」

 …はっ?と、心は目が点になる。
 固まっていると慎也が話し出した。

 「心ってさ、見た目と中身が全然違うだろ?黙ってると、もの静かでおとなしくて、なんかこう、か弱そうに見えるらしい。だから、一部のそういうタイプが好きなやつらが、心っていいなーってずっと狙ってたぞ。なんだったかなー、真っ白なワンピースに麦わら帽子かぶってそう、とか言ってたな」 

 ぶっ!と、愛理が吹き出す。

 「うーわ、凄い勘違い妄想ね。心がスカート履くなんて制服くらいなのに」
 「そっ!みんな、心の私服姿知らないんだよな。お前、集まってワイワイ出かけるのとかも来なかっただろ?」

 心は当時のことを思い出す。

 確かに、みんなでカラオケ行こう!と愛理や慎也に誘われても、心は断っていた。

 「うん。なんか私さ、大勢の人と過ごすの苦手で。気おくれするというか、居心地悪くなっちゃうんだよね」

 そういう性格だから、イルカ達を相手にする今の仕事を選んだのかもしれない。

 「まあな、それはいいんだよ。無理に行く必要なんてない。けど、それで余計に心を狙うやつらが増えたんだ。なんだろう、高嶺の花、みたいに?」
 「はあー?!絶対そんなことないって!私からしたら、愛理の方がよっぽどモテてたよ」
 「そりゃ、私はモテたわよ。でもね、心のことを好きだった子達はなんていうか、純粋に、心ひと筋!って感じだったの。心には、私みたいに、とりあえずちょっとつき合ってみない?なんて、慎也のノリで言い寄ったりしない」

 愛理の暴露に、今度は慎也が咳き込む。

 「バ、バカ!お前、今頃何言ってんだよ?」
 「あーあ、そんな軽い言葉に乗っちゃうなんて、確かにあの頃の私はバカだったわー」

 心は思わず、ふふっと笑う。 

 「へえー、慎也くんと愛理ってそんな感じでつき合い始めたんだね。でも、私はとってもお似合いだなーって思ってたよ」
 「思ってたよーって、心、どこ見てたのよ?まったく。自分が見られてることも気付かないでさ」

 腕組みする愛理に頷いたあと、慎也はふと思い出したように言った。

 「で、そんな心と同じようなやつが、昴だよ」
 「そうそう!心の男版!」

 はあ?!と、心はまたしても慎也と愛理を怪訝そうに見る。

 「昴もさ、一部の女子にやたらとモテてたんだよ。本人は全く気付いてなかったけどね。女の子達も、特にアタックしなかったし。多分、優等生で手の届かない存在、みたいに思われたんだろうな。告白とかせず、ただ遠くから見てるだけでいい、みたいな」

 慎也がそう言うと愛理も頷く。

 「つまりさ、見た目で勘違いされたんだよね、心も昴も。二人とも、周りの人とはちょっと違う雰囲気醸し出してたからさ。離れた場所から眺めるだけでいい、憧れの存在って感じに思われたのかな?ま、全然そんなんじゃないってことは、私も慎也も良く知ってるけどね」
 「ははは、そうだな」

 もはや二人の話について行けずに、半ばボーッとしていると、心の前に慎也が身を乗り出してきた。

 「だからさ、心配だったわけ。よりによって、昴と心が幹事になるなんて。どうやってコミュニケーション取るんだ?会話出来るのか?ってな」
 「そう。だから私と慎也でそれとなく見守ってたの。でも、思ったより大丈夫そうね」

 心は、へ?と間抜けな返事をする。

 「へ?じゃなくて!心、幹事やってて別に困ったことないか?昴とも、ちゃんと言葉通じてるか?」

 真顔で聞く慎也に、心は頷く。

 「うん、大丈夫だよ。伊吹くん、忙しいのにあれこれやってくれて。お店も伊吹くんのおかげで良い所を安くしてもらえたし、動画の編集もしてくれたの」
 「そっか!なら良かった」

 慎也が安心したように笑う。

 すると愛理が、
「でも、ちょっと気になるわー。心、昴とどんな会話してるの?」
と言い、慎也も
「あー、確かに。あの昴とあの心だもんな」
と頷いた。

 何よそれー?と、心は唇を尖らせる。  

 「ね、メッセージとかどんな感じなの?」

 愛理が興味津々に聞いてくると、慎也もウンウンと頷く。

 「気になるわー。ちょっと教えて」
 「だから、普通だよ?この間は私から、無事にサンフランシスコに着きましたか?とか、慎也くんが河合先生に連絡してくれました、とか送って」
 「それで?昴の返事は?」

 えっと、なんだったかな…と、心はスマートフォンを確認する。

 「無事にサンフランシスコに着きました。オフィスで久住のメッセージを読み、コーヒーにむせ返ってしまいました。忙しいのに、色々とありがとう!とか、そんな感じ」
 「ん?何その、コーヒーにむせ返るって?」
 「さあ、なんだろね?」

 そう言って心がグラスのストローに口を付けると、愛理と慎也は互いに顔を見合わせながら眉根を寄せていた。

*****

 「うわー、今日も素敵な景色!」

 愛理達と別れたあと、ふと思い立って心は昴のマンションに向かった。

 集合ポストから手紙を取り出し、カードキーをかざしてエレベーターに乗る。

 お邪魔しまーす…と恐る恐る部屋に入ると、あの日と同じ夕焼けが目に飛び込んできた。

 「なんて綺麗…」

 鞄を床に置き、窓際に立ち尽くす。
 暖かい光が、今日も全身を丸ごと包み込んでくれる。

 (癒やされるなあ、そして救われる)

 言葉はなくても、自然はこんなにも心を満たしてくれる。

 (人と人は、時には言葉で傷つけ合ってしまうけれど、自然は何も言わずに癒やしてくれる。イルカ達もそう。あの子達とは、言葉がなくても通じ合える。それに、私はいつもあの子達に癒やされて救われている)

 そんなことを思いながら、心はただひたすら、沈みゆく夕陽を見つめていた。

 やがて水平線にスーッと吸い込まれるように夕陽が見えなくなると、辺りは一気に暗くなり、急に気温も下がったように感じる。

 心はようやく窓のそばを離れた。
 ダイニングテーブルの真ん中にメモが置かれていて、久住へ、という文字が目に入る。

 心は手に取って読んでみた。

 『久住へ
 来てくれてありがとう!
 心ゆくまで夕陽を眺めていって』

 そして小さなクッキーの包みと、インスタントのカプチーノのカップが置かれていた。

 「ふふ、これ読む前に、もう夕陽眺めちゃった」

 きっと本当は、留守番なんて頼む必要はなかったのだろう。
 昴は心に、ただこの景色を見せてくれようとしたのだ。

 昴の気遣いに嬉しくなり、心はもう一度メモを読んで微笑んだ。
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