夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい

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8年ぶりの再会

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 (えーっと、このホテルだよね?)

 ホテルの名前を確かめてからエントランスに入り、広くて解放的なロビーをぐるっと見渡す。

 (うわー、天井が高くて素敵!こんなゴージャスな場所に来るなんて、いつ以来?)

 高級ホテルとまではいかず、いわゆるファミリー向けのホテルだったが、それでも普段職場と自宅の往復しかしない心にとっては、豪華な雰囲気だ。

 上を見上げていると、ふいに、久住!と呼ばれて心は振り返った。

 大きな柱の横にあるソファから立ち上がり、にこやかな笑顔で近づいて来る一人の男性。

 ダークネイビーのシックなスーツに、爽やかなブルーのネクタイを合わせた背の高いその男性は、洗練された雰囲気をまとった優雅な足取りで、なんだか映画の中の俳優さんみたいだなと、心はぼんやり眺める。

 「久しぶり!元気だった?」

 目の前で立ち止まった男性にそう声をかけられ、ようやく心は我に返る。

 「え、ええ?!ひょっとして、伊吹くん?」

 すると今度は男性が目を丸くする。

 「え、そうだけど…。何?なんか俺、おかしい?」
 「いやだって、高校の制服じゃないから、びっくりして」
 「ええ?!制服着て来る方がびっくりじゃないか?」

 さっきまでの爽やかさもどこへやら、昴は真顔で驚いている。

 「制服ー?!ここに制服で現れたら、それは私もびっくりよ」

 心がそう言うと、昴はますます困惑したようにうろたえる。

 「ちょ、ちょっと、あの。久住、一旦話を戻さないか?もう一回やり直していいか?」
 「え、やり直し?何をやり直すの?」
 「うん、あの、3分前の気分に戻って待っててくれる?」

 そう言うと、くるりと向きを変えて先程までいたソファへ向かう。

 やがてソファの前で立ち止まると、気持ちを入れ替えるように深呼吸してから、昴は心を振り返った。

 「久住、久しぶり!元気だったか?」
 「伊吹くん!久しぶりだねー。なんだか見違えちゃった」
 「え、そう?」
 「うん。だって私、高校時代の制服姿の伊吹くんが頭の中にあったから、一瞬誰かと思っちゃった」

 すると昴は、ポンと手のひらを打った。

 「あー、そういうことか!」

 ん、何が?と心が首をかしげる。

 「いや、ようやく久住の言ってることが分かったよ。良かった。俺、ちょっと宇宙人に遭遇した気分だった」

 宇宙人?!と、心は抗議の声を上げる。

 「久しぶりに会った同級生に、宇宙人ってどうなの?!」
 「ご、ごめん。だってほんとに、どうしようかと思ったんだもん」
 「なんで?私、普通でしょ?どこをどうやったら宇宙人だと思うの?魚屋さんに間違われるなら分かるけど」
 「さ、魚屋?!な、なんで魚屋?」
 「あ、分からない?それならいいんだー。良かった!」

 そう言ってにっこり笑う心に、昴はもう一度、宇宙人を見るような目で困惑した。

*****

 「伊吹様、お待ちしておりました。本日もご来店ありがとうございます」
 「片桐さん、ご無沙汰しております。今日はよろしくお願いいたします」

 顔馴染みのレストランのマネージャーとにこやかに会話し、ようやくいつもの調子を取り戻した昴は、心を振り返って紹介する。

 「片桐さん、こちらは私の高校時代の同級生、久住さんです」
 「初めまして、久住と申します」
 「これはこれは。伊吹様がこのような素敵なお嬢様とご一緒にいらっしゃるなんて。当店のマネージャー、片桐と申します。お目にかかれて光栄です」

 丁寧にお辞儀をしてくれ、心も笑顔で、こちらこそと頭を下げる。

 昴と心は個室に案内され、まずはこちらをどうぞとドリンクを勧められた。

 「わあ、美味しい!」

 冷たくてフルーティーな味わいのジュースに、思わず心は声に出してしまう。

 「ありがとうございます。そちらは当店オリジナルのフルーツミックスでございます。マンゴーやパイナップル、オレンジなど、その時々のフレッシュな果物を使って作っております」
 「へえ、だからこんなに深い味わいなんですね。まろやかでみずみずしくて、本当に美味しいです」

 そう言って、またゆっくりジュースを味わう心に、片桐も昴も嬉しそうに笑みを浮かべた。

 少し雑談をしたあと、片桐はテーブルにパンフレットを広げて見せる。

 「早速ですが、こちらが当店の春のパーティープランでございます」

 心は、綺麗な桜のイラストが描かれたパンフレットを覗き込んだ。

 「伊吹様のお話ですと、高校の同窓会、人数も35名様とのことで、こちらの2時間30分のプランはいかがでしょうか?お料理はビュッフェスタイル、お飲物はアルコールも含めたフリードリンクとなっております」

 昴がある程度、事前に話をしておいてくれたらしい。
 それに見合ったプランの見積もりも、片桐は準備しているようだった。

 心が身を乗り出していると、昴がパンフレットを心の前に引き寄せてくれる。

 ありがとうと言って、心はパンフレットのメニューの項目をじっくり見てみた。

 ピザやパスタ、パエリアやリゾット、サラダなどの他に、アボカドとサーモンの生ハム巻き、鴨ロースのハニーマスタード添えや鯛のカルパッチョ、チキンのトマトクリームカチャトーラ、特製ビーフシチュー、デザートやフルーツも豊富にある。

 (うわー、どれもこれも美味しそう!)

 写真を見ながらそう思った時、ぐうーー…と、心のお腹が鳴った。

 一瞬の静けさのあと、昴がぶっと吹き出す。

 「久住、分かりやすいな!あはは」
 「だ、だって、どれも美味しそうなんだもん」
 「ありがとうございます」

 そう言う片桐も、笑いを堪えている。

 「いやー、良かった。さっきまで言葉がちゃんと通じなくてどうしようかと思ってたけど、今なら分かる。久住、お腹減ってるんだろ?」
 「ちょ、そんな、確かめなくてもいいでしょ!」

 心は顔を真っ赤にして小声で昴を咎める。

 「まあ時間も時間だしな、俺も腹減った。片桐さん、コース料理を二人分お願いしていいですか?」
 「かしこまりました」

 にっこり笑ってから、片桐は一礼して部屋をあとにした。

*****

 「んー、やっぱり美味しい!」

 やがて運ばれてきたカルパッチョやフリッター、ニョッキやピザ、アクアパッツァを、心はじっくり堪能する。

 食後のティラミスも絶品で、口の中に広がるほろ苦さと濃厚な味わいに、片手を頬に当ててうっとりしていると、昴はまたぷっと小さく吹き出した。

 「久住、しゃべると訳分かんないけど、黙ってると分かりやすいな」

 心は一気に真顔になる。

 「伊吹くん、さっきから言ってるけど、それどういう意味?」
 「どういうって、そのまんまだけど?ところで久住って、今なんの仕事してるの?」

 急に仕事の話題になり、心は思わず口をつぐむ。

 「仕事は、その…」
 「ん?」
 「あ、そう言う伊吹くんは?えっと、商社マンだっけ?」
 「俺?いや、俺のことはいいからさ。久住は?何やってるの?」
 「私は、その…。まあ、色々。ちょっと説明しにくい、かな?」

 そう言うと、昴の顔からすっと笑みが消えた。

 「そっか、ごめん」
 「ううん、私こそごめんね」
 「いや、俺が悪かった。それより片桐さんとの話、途中になってたけど、どうする?同窓会のお店」

 話の流れを変えるように昴が言い、心も、そうだったと思い出す。

 「さっき見せてもらったプラン、とってもいいと思う。それに、実際に食べてみてお料理も美味しかったし、お店の雰囲気も素敵。でも…」

 でも?と、昴が先を促す。

 「うん、その…。予算っておいくらなのかな?」

 声を潜めると、昴も、ああ、と頷いた。

 「そうだよな。前に同じようなプランで会社の送別会した時は、確か一人7千円だったかな?ちょっと高いか…」

 心は、愛理の言葉を思い出す。
 7千円なら妥当と言っていたっけ。

 「大丈夫じゃないかな?もちろん、もう少し抑えられたら嬉しいけど。あと、女の子は少食だったりお酒飲まなかったりする子もいるから、もし可能なら男子と少し値段の差をつけてくれるとありがたいかも」

 そうだな、と言って頷いたあと、昴は、ちょっとごめんと席を外した。

 数分後に戻ってきた昴は、嬉しそうに心に一枚の見積もり書を見せる。

 「これでどう?」

 え?と、心は受け取った紙を見てみた。

 先程、片桐が提案したパーティープランの内容と日時が書かれている。

 そして料金は…
 男性 お一人様につき6500円
 女性 お一人様につき6000円
 税金、サービス料含む

 ええー?!と、心は思わず大きな声を上げる。

 「いいの?これ、さっきのメニューと同じ内容で?ドリンクもフリーで?」
 「ああ。提案された内容のままだよ。ギリギリまでがんばって下げてもらった。それに、次回来店時に使える20%割引チケットも、全員に配ってくれるらしい」
 「すごーい!本当に?嬉しい!良かったー」

 心は興奮して昴の手を取り、ブンブン振って握手した。
  
 しばらくして現れた片桐にも、同じようにブンブン握手する。

 「こんなに喜んでいただけるなんて、私も嬉しいです」

 片桐は、若干苦笑いしながらも、心の喜びように目を細めていた。

*****

 「あー、良かったねー!あんなに美味しいレストランを値段ギリギリまで下げてもらえて。フリードリンクで、しかも割引チケットのプレゼント!あと、オープンテラスも解放してくれるって!絶対みんな喜ぶよ。ねっ?」

 ホテルを出て歩きながら、心は昴の顔を見上げて笑う。

 「ん?ああ、そうだな」

 心の勢いに半分呑まれて、昴は頷いた。

 「早速私、あとでグループにメッセージ送っておくね!いやー、片桐さんがんばってくれたなあ。だって、土曜日の夜だよ?ゴールデンタイムなのに、私達の為にあんなにリーズナブルに貸し切りにしてくれるなんてねー。私、個人的にもひいきにするわ。友達にも紹介しよう!」

 そこまで言って、ふと立ち止まる。

 「ん?どうしたの?」

 昴が心を振り返ると、心は両手で頬を押さえて、大変!と呟いた。

 「私、さっきお会計せずに出て来ちゃった!」
 「え?ああ、それなら大丈夫だよ」
 「大丈夫って?どういうこと?」

 そして心は思い出した。
 途中で昴が席を外したことを。

 「もしかして、伊吹くんが払ってくれたの?私の分まで?」
 「気にすることないよ」
 「えー、気にするよ!待って、今払うね」

 心が財布を取り出そうとすると、昴が手で止めた。

 「本当にいいから。一緒に幹事をやってくれるお礼に。あと、8年ぶりに再会した記念に」

 そう言って、またもやイケメン俳優のような雰囲気で微笑む。

 「…いいの?」

 半ばぼーっとしつつ、心は呟く。

 「もちろん」
 「じゃあ、お言葉に甘えて…。ありがとうございます。ごちそうさまでした」
 「どういたしまして」

 ふふっと、昴は心に笑いかける。

 「その代わりと言ってはアレだけど、幹事の仕事は私が出来る限りがんばるからね!」
 「え、無理しなくていいよ」
 「ううん。伊吹くん、忙しいもんね。私、そんな飛び回ったりしない仕事だから。あ、今思ったんだけど…」
 「うん、何?」

 心は昴に向き合う。

 「伊吹くん、同窓会の当日も大丈夫?もしお仕事あるなら、遠慮せずにそう言ってね」

 昴は、ふっと頬を緩めた。

 「ありがとう、今のところ大丈夫だよ。ただ、準備のやり取りや連絡で、すぐには返事出来ない時もあるかも。海外に行ってると時差もあるし…。返信遅かったらごめんな」
 「ううん、そんなの気にしないで。でも本当に忙しいんだね。身体、気をつけてね」

 心が真剣に言うと、昴は明るく、ありがとう!と笑った。
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