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インタビュー動画
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「藤崎さん、お疲れ様!今日はよろしくね」
「川原さん、お疲れ様です。こちらこそよろしくお願い致します」
「えっと、スカーフは持って来てくれた?」
「はい。全種類持って来ました」
「ありがとう!」
今日はSNSの動画撮影の為、恵真は滑走路に面したガラス窓がある会議室に呼ばれていた。
事前に言われていた通り、ネクタイを締めた制服姿でスカーフを手に部屋に入ると、川原が撮影の準備をしていた。
「じゃあコメント欄にお客様から頂いた質問を私がいくつか選んだので、それに答えてもらう形で進めるわね。あとで編集も出来るから、思った事を何でも話してくれて大丈夫よ」
「はい、ありがとうございます」
促されて席に座った時、遅くなりました!と男性パイロットがドアを開けて入って来た。
「倉科さん!」
恵真は慌てて立ち上がり、お辞儀する。
「お疲れ様です」
「お疲れ、恵真ちゃん。今日もよろしくね」
「え?は、はい」
何がどうよろしくなんだろうと考えていると、テーブルを挟んだ反対側の席に倉科が座るやいなや、早速川原が声をかける。
「はい、じゃあ始めるわね。よーい…」
どうぞと、手で合図をされて倉科が話し出す。
「皆様、こんにちは。日本ウイング航空、機長の倉科と…」
「あ、副操縦士の藤崎です」
倉科に目線を送られ、恵真は慌てて同じように名乗った。
「先日は私達の写真にたくさんの高評価やコメントを頂き、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
流れに合わせて、恵真も頭を下げる。
(え、倉科さんが進行役なの?二人で撮影なんて、聞いてないんだけど…)
戸惑いつつも、とにかく笑顔で話を合わせる。
「えー、色々なコメントを頂きましたが、藤崎さんについてのコメントも多かったですね。女性パイロットが増えてきたとは言え、まだまだ皆様のお目にかかることは少ないようです。まずは藤崎さんに、皆様から寄せられた質問に答えてもらおうと思います。藤崎さん、準備はよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
一体どんな質問なのだろうと、恵真は背筋を伸ばして身構える。
「ではまず初めに…」
川原がカメラの横で大きく文字を書いた紙を見せる。
「女性パイロットは珍しがられますか?というご質問です。これは多数頂きました。どうですか?藤崎さん」
「あ、はい。ご質問ありがとうございます。確かに社内でも女性パイロットは少ないですね。日本ウイング航空には、現在25名の女性パイロットがいますが、私も滅多に会えません」
「はは!そうですね。私もなかなか見かけません。藤崎さんとも、先日の写真を撮った時が初めましてだったしね。皆様も空港にいらした際は、ぜひ女性パイロットを探してみてくださいね」
すると川原が、別の紙を掲げた。
「えーっと、では次に参りましょう。『女性パイロットはネクタイではなく、スカーフなんですね?』というコメント。こちらもたくさん頂きました」
「はい、ありがとうございます。あの写真ではスカーフを着用していましたが、実はネクタイも支給されています」
「今日は藤崎さんもネクタイですね」
「はい。女性パイロットはネクタイ1種類、スカーフは4種類支給されています」
そう言って、恵真はテーブルにスカーフを並べてみせる。
「色や柄、あとは大きさも違ったりします。会社のカラーである、スカイブルーを基調にしていますが、ピンクと2色使いのものもあります」
「へえー、どれもきれいだね。ちなみに藤崎さんはどれがお気に入りですか?1番よく使うのは?」
「え?あ、そうですね…。実は私はいつもネクタイでして。スカーフは、あの写真の時に初めて着けました」
ええー?!と倉科が驚く。
「そうなの?もったいない。もっと着けたらいいのに」
「はい。せっかく支給されているのにすみません」
「いやいや、単にスカーフも似合うのではないかと思って。皆様いかがでしょう?藤崎さんに似合いそうなスカーフがどれか、よろしければコメントお待ちしております」
ひえっと首をすくめる恵真の横で、倉科は川原の手にした質問に目をやる。
「それでは続いてのご質問は、私も参加させて頂きます。えーっと『ズバリ!パイロットはモテますか?』あはは、これはどうでしょう?藤崎さん」
「私はまったくモテませんが、倉科キャプテンはおモテになります」
倉科が思わず吹き出して笑う。
「ちょ、ちょっと色々ツッコミ入れていいかな?私はそんなにおモテになりませんよ。おモテって言葉が合ってるのかも気になりますが…」
「いいえ、倉科キャプテンがおモテにならない訳はありません。私は実際に現場を見ております」
真顔で言い切る恵真に、倉科はタジタジになる。
「なんだか暴露されそうなのでこの辺で…。あとは皆様のご想像にお任せ致します。えー、次は『パイロットになって良かった事は?』これは何かありますか?藤崎さん」
「はい、たくさんあります。憧れていたパイロットになれた事も嬉しかったですが、何よりも、大切な仲間や先輩方に出会えた事は私の財産になりました。まだまだ新米の私に、皆さんとても優しく親身になって指導してくださいます。その事に日々感謝して、少しでも先輩方に近づけるよう、努力し続けなければと思っています」
すると倉科が、カメラに向かって内緒話をするように片手を口元にやり、声のトーンを落とした。
「そんなこと言ってますが、実は藤崎さんは顔に似合わず、かなりの腕前なんですよ。涼しい顔して男前な操縦します」
お、男前ー?!と、恵真は目を見開く。
「倉科キャプテン。男前とは一体…」
「あはは!いや、失礼。操縦している時の藤崎さんも、素敵ですよ」
恵真は眉毛をハの字に下げて戸惑った。
「困った表情もいいですが、藤崎さんはやはり操縦桿を握っている時が1番魅力的です。皆様、ぜひ藤崎さんが乗務する飛行機に乗りに来てくださいね!」
もはや話についていけなくなった恵真をよそに、倉科は話をまとめる。
「それでは今日はこの辺で。この動画を気に入って頂けましたら、高評価やコメントをどうぞよろしくお願い致します。ご覧頂きありがとうございました」
「ありがとうございました」
倉科に続いて恵真も慌てて頭を下げ、二人でカメラに向かって手を振った。
「はい!オッケーです」
川原がカメラを止め、恵真はホッとして小さく息をつく。
「倉科キャプテン、さすがの進行ぶりですね。とっても良かったです。また凄い数のいいね!がもらえそう」
嬉しそうな川原に、恵真は控えめに声をかける。
「あの、川原さん。編集よろしくお願いします。色々ばっさりカットしてくださいね」
「えー、全然そんな所見当たらなかったわよ。このまま使えると思うわ。ねえ?キャプテン」
「うん、恵真ちゃんの困った顔も可愛かったしね。またファンが増えちゃうよ。コメントが楽しみだな。亜紀ちゃん、これいつアップするの?」
「なるべく早く上げますね。これから急いでテロップをつけるので明日中には」
「えっ、あの…」
その前にチェックさせてはもらえないでしょうか?と言いかけた恵真は、楽しげに盛り上がる倉科と川原の会話に口を挟む事が出来ずに、むなしく挙げた手を引っ込めた。
◇
「ただいま…」
恵真は誰もいない部屋に呟いて靴を脱ぐ。
今日は乗務はなく、インタビューのあとデスクワークと自習をしてから帰宅した。
大和は国内線往復で、そろそろ帰ってくるはずだった。
キッチンで夕食の支度をしながら、恵真はインタビューの事を思い返す。
(倉科さんと一緒なんて、聞いてなかったのに…)
てっきり川原から質問されて、それに自分が一人で答える様子を撮影するものだとばかり思っていた。
(それになんだか、終始倉科さんに振り回されて終わった感じがする)
どんな動画になったのだろう。
あの内容で大丈夫なのだろうか?と、倉科のセリフを思い出す。
(会社としてあれでいいのかしら?あー、色々恥ずかしい)
ボンヤリしていて、うっかりトマトを切る手を滑らせてしまった。
「痛っ!」
痛みを感じて思わず顔をしかめた時、「ただいま」と玄関から大和の声が聞こえてきた。
「お帰りなさい」と返事をするが、その場を動けずに切った左手の人差し指をぎゅっと押さえていると、大和がパタパタと駆け寄って来た。
「恵真?どうした?!」
「ごめんなさい。手が滑って…」
血が滲む指を慌てて隠そうとすると、大和にパッと手を掴まれる。
「見せて」
大和はすぐさま恵真の人差し指を確認すると、少し上に掲げながらティッシュを傷口に当て、グッと握りしめた。
男性の力で押さえられると、かなり圧迫される。
「キツイと思うけど、我慢して」
「はい」
しばらくそうしてからそっとティッシュを外すと、出血は止まっていた。
「良かった。これならすぐ治りそうだ。痛みは?」
「いえ、もうほとんどありません」
頷いた大和は救急箱を持ってくると、傷口を消毒してから絆創膏を貼る。
「傷も浅いし、このままきれいに治ると思う」
安心したように微笑んだが、恵真を椅子に座らせると、大和はひざまずいて恵真を見上げ真剣に話し出した。
「恵真。パイロットは健康が第一だ。体調だけでなく、怪我にも注意しなければいけない」
「はい。すみませんでした」
「今回は軽く済んだから乗務にも差し支えないと思うけど、もう少し酷かったら操縦桿は握れない。乗務停止になる」
恵真は深刻な顔で頷く。
「いい?日常生活でも、ひとときもパイロットである事を忘れてはいけないよ」
「はい」
「よし。でも本当に軽く済んで良かった。恵真のきれいな指に傷が残ったら大変だからな」
大和は恵真の頭をクシャッとなでて笑いかけた。
その途端、ホッとした恵真の目から涙がこぼれ落ちる。
「恵真?痛むの?」
「ううん。ごめんなさい、怪我をしてしまって…。本当にすみませんでした」
「謝ることはないよ。ごめん、俺が悪かった。順序を間違えたな。こっちが先だった」
そう言って大和は恵真を抱きしめる。
「食事を作ってくれてありがとう。指、痛かっただろ?ごめんな。もう大丈夫か?」
恵真の心の中が、じわっと温かくなる。
「うん、平気。でももう少しこうしてて?」
「分かった」
大和は恵真の頭をぎゅっと抱き寄せた。
◇
夕食は簡単なもので済ませ、念の為お風呂も湯船に浸からずシャワーだけで済ませると、恵真は早々にベッドに入る。
大和も今夜は恵真に合わせて、早めに寝ることにした。
「恵真は明日オフだったよな?乗務は明後日から?」
「はい、そうです」
「それなら指も問題ないな。明日はゆっくり過ごして」
大和は腕の中に恵真を抱き寄せてキスをする。
恵真は安心したように、可愛い笑顔をみせて大和に身体を預けた。
そんな恵真の頭を愛おしそうになでながら、大和が口を開く。
「それにしても、いつも慎重な恵真が手を滑らせるなんて。何かあったの?」
「あ、えっと、少し考え事をしていて…」
考え事?と大和は眉をひそめる。
「何を考えていたの?悩み事?」
「あの、今日SNSの動画撮影があったんです」
「ああ。広報課に頼まれてたインタビューだよね?」
「そうです。それで私はてっきり、一人で質問に答える様子を撮るのだと思っていたんですけど、倉科さんも一緒だったんです」
思いがけない話に、えっ!と大和は驚く。
「倉科さんと一緒に?」
「はい。撮影の準備をしていたら遅れて倉科さんがいらして、そのまますぐに撮影が始まったんです。なんだかよく分からないまま、倉科さんが進行してくださって。お客様からの質問に答える形だったんですけど、倉科さんのお言葉が、なんだかこう…、私は戸惑う事が多くて。どんな動画になるのか、心配になってきたんです」
「ふーん。それを思い返していて指を?」
「はい。不注意ですみませんでした」
「いや、もう謝らなくていいから」
恵真の髪をなでながら、大和は考え込む。
(恵真がこんなに気にするなんて。倉科さんは何を言ったんだ?)
すると、ふと恵真が顔を上げた。
「あの、大和さん」
「ん?何?」
「私、大和さんのことが大好きなんです」
「え、な、何?急に」
完全な不意打ちに、大和は思わず顔を赤らめる。
「今日、倉科さんとインタビューで話している時に思ったんです。私は大和さんとお話するのが1番楽しいなって。大和さんと一緒にいる時が1番幸せなの」
そう言ってふふっと笑うと、大和の胸に頬を寄せてくる。
「恵真…」
素直で可愛くて、甘えん坊で純粋で…
(まったく…。どこまで俺を翻弄するんだ?)
大和は片腕をついて少し身体を起こすと、恵真の瞳を覗き込んだ。
「恵真、俺も世界で1番恵真が好きだ。俺の幸せは恵真がそばにいてくれることだ。これからもずっと」
潤んだ瞳で恵真が頷く。
「私も。大和さんに抱きしめてもらうと、身体中に幸せが込み上げてくるの。温かくて優しくて、いつも私を守ってくれる大和さんが大好き」
ふっと微笑んだ大和は、大事そうに恵真の頬に手を添えると、たくさんの愛を込めてキスをした。
「川原さん、お疲れ様です。こちらこそよろしくお願い致します」
「えっと、スカーフは持って来てくれた?」
「はい。全種類持って来ました」
「ありがとう!」
今日はSNSの動画撮影の為、恵真は滑走路に面したガラス窓がある会議室に呼ばれていた。
事前に言われていた通り、ネクタイを締めた制服姿でスカーフを手に部屋に入ると、川原が撮影の準備をしていた。
「じゃあコメント欄にお客様から頂いた質問を私がいくつか選んだので、それに答えてもらう形で進めるわね。あとで編集も出来るから、思った事を何でも話してくれて大丈夫よ」
「はい、ありがとうございます」
促されて席に座った時、遅くなりました!と男性パイロットがドアを開けて入って来た。
「倉科さん!」
恵真は慌てて立ち上がり、お辞儀する。
「お疲れ様です」
「お疲れ、恵真ちゃん。今日もよろしくね」
「え?は、はい」
何がどうよろしくなんだろうと考えていると、テーブルを挟んだ反対側の席に倉科が座るやいなや、早速川原が声をかける。
「はい、じゃあ始めるわね。よーい…」
どうぞと、手で合図をされて倉科が話し出す。
「皆様、こんにちは。日本ウイング航空、機長の倉科と…」
「あ、副操縦士の藤崎です」
倉科に目線を送られ、恵真は慌てて同じように名乗った。
「先日は私達の写真にたくさんの高評価やコメントを頂き、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
流れに合わせて、恵真も頭を下げる。
(え、倉科さんが進行役なの?二人で撮影なんて、聞いてないんだけど…)
戸惑いつつも、とにかく笑顔で話を合わせる。
「えー、色々なコメントを頂きましたが、藤崎さんについてのコメントも多かったですね。女性パイロットが増えてきたとは言え、まだまだ皆様のお目にかかることは少ないようです。まずは藤崎さんに、皆様から寄せられた質問に答えてもらおうと思います。藤崎さん、準備はよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
一体どんな質問なのだろうと、恵真は背筋を伸ばして身構える。
「ではまず初めに…」
川原がカメラの横で大きく文字を書いた紙を見せる。
「女性パイロットは珍しがられますか?というご質問です。これは多数頂きました。どうですか?藤崎さん」
「あ、はい。ご質問ありがとうございます。確かに社内でも女性パイロットは少ないですね。日本ウイング航空には、現在25名の女性パイロットがいますが、私も滅多に会えません」
「はは!そうですね。私もなかなか見かけません。藤崎さんとも、先日の写真を撮った時が初めましてだったしね。皆様も空港にいらした際は、ぜひ女性パイロットを探してみてくださいね」
すると川原が、別の紙を掲げた。
「えーっと、では次に参りましょう。『女性パイロットはネクタイではなく、スカーフなんですね?』というコメント。こちらもたくさん頂きました」
「はい、ありがとうございます。あの写真ではスカーフを着用していましたが、実はネクタイも支給されています」
「今日は藤崎さんもネクタイですね」
「はい。女性パイロットはネクタイ1種類、スカーフは4種類支給されています」
そう言って、恵真はテーブルにスカーフを並べてみせる。
「色や柄、あとは大きさも違ったりします。会社のカラーである、スカイブルーを基調にしていますが、ピンクと2色使いのものもあります」
「へえー、どれもきれいだね。ちなみに藤崎さんはどれがお気に入りですか?1番よく使うのは?」
「え?あ、そうですね…。実は私はいつもネクタイでして。スカーフは、あの写真の時に初めて着けました」
ええー?!と倉科が驚く。
「そうなの?もったいない。もっと着けたらいいのに」
「はい。せっかく支給されているのにすみません」
「いやいや、単にスカーフも似合うのではないかと思って。皆様いかがでしょう?藤崎さんに似合いそうなスカーフがどれか、よろしければコメントお待ちしております」
ひえっと首をすくめる恵真の横で、倉科は川原の手にした質問に目をやる。
「それでは続いてのご質問は、私も参加させて頂きます。えーっと『ズバリ!パイロットはモテますか?』あはは、これはどうでしょう?藤崎さん」
「私はまったくモテませんが、倉科キャプテンはおモテになります」
倉科が思わず吹き出して笑う。
「ちょ、ちょっと色々ツッコミ入れていいかな?私はそんなにおモテになりませんよ。おモテって言葉が合ってるのかも気になりますが…」
「いいえ、倉科キャプテンがおモテにならない訳はありません。私は実際に現場を見ております」
真顔で言い切る恵真に、倉科はタジタジになる。
「なんだか暴露されそうなのでこの辺で…。あとは皆様のご想像にお任せ致します。えー、次は『パイロットになって良かった事は?』これは何かありますか?藤崎さん」
「はい、たくさんあります。憧れていたパイロットになれた事も嬉しかったですが、何よりも、大切な仲間や先輩方に出会えた事は私の財産になりました。まだまだ新米の私に、皆さんとても優しく親身になって指導してくださいます。その事に日々感謝して、少しでも先輩方に近づけるよう、努力し続けなければと思っています」
すると倉科が、カメラに向かって内緒話をするように片手を口元にやり、声のトーンを落とした。
「そんなこと言ってますが、実は藤崎さんは顔に似合わず、かなりの腕前なんですよ。涼しい顔して男前な操縦します」
お、男前ー?!と、恵真は目を見開く。
「倉科キャプテン。男前とは一体…」
「あはは!いや、失礼。操縦している時の藤崎さんも、素敵ですよ」
恵真は眉毛をハの字に下げて戸惑った。
「困った表情もいいですが、藤崎さんはやはり操縦桿を握っている時が1番魅力的です。皆様、ぜひ藤崎さんが乗務する飛行機に乗りに来てくださいね!」
もはや話についていけなくなった恵真をよそに、倉科は話をまとめる。
「それでは今日はこの辺で。この動画を気に入って頂けましたら、高評価やコメントをどうぞよろしくお願い致します。ご覧頂きありがとうございました」
「ありがとうございました」
倉科に続いて恵真も慌てて頭を下げ、二人でカメラに向かって手を振った。
「はい!オッケーです」
川原がカメラを止め、恵真はホッとして小さく息をつく。
「倉科キャプテン、さすがの進行ぶりですね。とっても良かったです。また凄い数のいいね!がもらえそう」
嬉しそうな川原に、恵真は控えめに声をかける。
「あの、川原さん。編集よろしくお願いします。色々ばっさりカットしてくださいね」
「えー、全然そんな所見当たらなかったわよ。このまま使えると思うわ。ねえ?キャプテン」
「うん、恵真ちゃんの困った顔も可愛かったしね。またファンが増えちゃうよ。コメントが楽しみだな。亜紀ちゃん、これいつアップするの?」
「なるべく早く上げますね。これから急いでテロップをつけるので明日中には」
「えっ、あの…」
その前にチェックさせてはもらえないでしょうか?と言いかけた恵真は、楽しげに盛り上がる倉科と川原の会話に口を挟む事が出来ずに、むなしく挙げた手を引っ込めた。
◇
「ただいま…」
恵真は誰もいない部屋に呟いて靴を脱ぐ。
今日は乗務はなく、インタビューのあとデスクワークと自習をしてから帰宅した。
大和は国内線往復で、そろそろ帰ってくるはずだった。
キッチンで夕食の支度をしながら、恵真はインタビューの事を思い返す。
(倉科さんと一緒なんて、聞いてなかったのに…)
てっきり川原から質問されて、それに自分が一人で答える様子を撮影するものだとばかり思っていた。
(それになんだか、終始倉科さんに振り回されて終わった感じがする)
どんな動画になったのだろう。
あの内容で大丈夫なのだろうか?と、倉科のセリフを思い出す。
(会社としてあれでいいのかしら?あー、色々恥ずかしい)
ボンヤリしていて、うっかりトマトを切る手を滑らせてしまった。
「痛っ!」
痛みを感じて思わず顔をしかめた時、「ただいま」と玄関から大和の声が聞こえてきた。
「お帰りなさい」と返事をするが、その場を動けずに切った左手の人差し指をぎゅっと押さえていると、大和がパタパタと駆け寄って来た。
「恵真?どうした?!」
「ごめんなさい。手が滑って…」
血が滲む指を慌てて隠そうとすると、大和にパッと手を掴まれる。
「見せて」
大和はすぐさま恵真の人差し指を確認すると、少し上に掲げながらティッシュを傷口に当て、グッと握りしめた。
男性の力で押さえられると、かなり圧迫される。
「キツイと思うけど、我慢して」
「はい」
しばらくそうしてからそっとティッシュを外すと、出血は止まっていた。
「良かった。これならすぐ治りそうだ。痛みは?」
「いえ、もうほとんどありません」
頷いた大和は救急箱を持ってくると、傷口を消毒してから絆創膏を貼る。
「傷も浅いし、このままきれいに治ると思う」
安心したように微笑んだが、恵真を椅子に座らせると、大和はひざまずいて恵真を見上げ真剣に話し出した。
「恵真。パイロットは健康が第一だ。体調だけでなく、怪我にも注意しなければいけない」
「はい。すみませんでした」
「今回は軽く済んだから乗務にも差し支えないと思うけど、もう少し酷かったら操縦桿は握れない。乗務停止になる」
恵真は深刻な顔で頷く。
「いい?日常生活でも、ひとときもパイロットである事を忘れてはいけないよ」
「はい」
「よし。でも本当に軽く済んで良かった。恵真のきれいな指に傷が残ったら大変だからな」
大和は恵真の頭をクシャッとなでて笑いかけた。
その途端、ホッとした恵真の目から涙がこぼれ落ちる。
「恵真?痛むの?」
「ううん。ごめんなさい、怪我をしてしまって…。本当にすみませんでした」
「謝ることはないよ。ごめん、俺が悪かった。順序を間違えたな。こっちが先だった」
そう言って大和は恵真を抱きしめる。
「食事を作ってくれてありがとう。指、痛かっただろ?ごめんな。もう大丈夫か?」
恵真の心の中が、じわっと温かくなる。
「うん、平気。でももう少しこうしてて?」
「分かった」
大和は恵真の頭をぎゅっと抱き寄せた。
◇
夕食は簡単なもので済ませ、念の為お風呂も湯船に浸からずシャワーだけで済ませると、恵真は早々にベッドに入る。
大和も今夜は恵真に合わせて、早めに寝ることにした。
「恵真は明日オフだったよな?乗務は明後日から?」
「はい、そうです」
「それなら指も問題ないな。明日はゆっくり過ごして」
大和は腕の中に恵真を抱き寄せてキスをする。
恵真は安心したように、可愛い笑顔をみせて大和に身体を預けた。
そんな恵真の頭を愛おしそうになでながら、大和が口を開く。
「それにしても、いつも慎重な恵真が手を滑らせるなんて。何かあったの?」
「あ、えっと、少し考え事をしていて…」
考え事?と大和は眉をひそめる。
「何を考えていたの?悩み事?」
「あの、今日SNSの動画撮影があったんです」
「ああ。広報課に頼まれてたインタビューだよね?」
「そうです。それで私はてっきり、一人で質問に答える様子を撮るのだと思っていたんですけど、倉科さんも一緒だったんです」
思いがけない話に、えっ!と大和は驚く。
「倉科さんと一緒に?」
「はい。撮影の準備をしていたら遅れて倉科さんがいらして、そのまますぐに撮影が始まったんです。なんだかよく分からないまま、倉科さんが進行してくださって。お客様からの質問に答える形だったんですけど、倉科さんのお言葉が、なんだかこう…、私は戸惑う事が多くて。どんな動画になるのか、心配になってきたんです」
「ふーん。それを思い返していて指を?」
「はい。不注意ですみませんでした」
「いや、もう謝らなくていいから」
恵真の髪をなでながら、大和は考え込む。
(恵真がこんなに気にするなんて。倉科さんは何を言ったんだ?)
すると、ふと恵真が顔を上げた。
「あの、大和さん」
「ん?何?」
「私、大和さんのことが大好きなんです」
「え、な、何?急に」
完全な不意打ちに、大和は思わず顔を赤らめる。
「今日、倉科さんとインタビューで話している時に思ったんです。私は大和さんとお話するのが1番楽しいなって。大和さんと一緒にいる時が1番幸せなの」
そう言ってふふっと笑うと、大和の胸に頬を寄せてくる。
「恵真…」
素直で可愛くて、甘えん坊で純粋で…
(まったく…。どこまで俺を翻弄するんだ?)
大和は片腕をついて少し身体を起こすと、恵真の瞳を覗き込んだ。
「恵真、俺も世界で1番恵真が好きだ。俺の幸せは恵真がそばにいてくれることだ。これからもずっと」
潤んだ瞳で恵真が頷く。
「私も。大和さんに抱きしめてもらうと、身体中に幸せが込み上げてくるの。温かくて優しくて、いつも私を守ってくれる大和さんが大好き」
ふっと微笑んだ大和は、大事そうに恵真の頬に手を添えると、たくさんの愛を込めてキスをした。
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