恋は秘密のその先に

葉月 まい

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新年の決意

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 アラームの音で目を覚ました真里亜は、ぼんやりと天井を見上げて呟く。

「うーわー、現実だ。帰って来たよ、夢の世界から」

 しばしボーッとしてしまうが、気持ちを切り替えよう!と気合いを入れて起き上がる。

 ニューヨークからは昨日帰ってきたばかり。
 時差ボケが心配だったが、少し遅めに起きたせいか身体は元気だ。

 紺のスーツに着替えて髪を束ねると、いつもの地味な自分の姿に鏡を見ながら苦笑いする。

「あはは。スイッチ完全に切り替わった感じ」

 唯一いつもと違うのは、胸元に輝くネックレス。

 真里亜はそっと右手で触れると、嬉しさに微笑んだ。

「よし!今日も一日がんばろう!」

 仕事用のバッグを手に、玄関へと向かう。

 と、ふと思い出して部屋に戻った。

「これを忘れるところだった。ふふっ、早速今日から使おう!」

 ティファニーブルーの包みを手に、また幸せそうに微笑むと、今度こそ玄関を出た。

 *****

 コンコンとノックの音がして、文哉は顔を上げる。

「どうぞ」
「失礼いたします」

 お辞儀をして副社長室に入って来たのは、真里亜だった。

「真里亜?!どうした?今日は休んでいいんだぞ?」
「あ、はい。でもやることが色々ありますし」
「昨日帰国したばかりで疲れてるだろう?無理しなくても」
「いえ、たっぷり寝たので体調もばっちりです。それに副社長が出勤されてるんですから、秘書も一緒でないと。今日は社長にキュリアスの件、ご報告に伺わなければいけないですよね?」
「そうだけど…」

 戸惑う文哉をよそに、真里亜はテキパキと準備を進める。

 分かりやすく分類分けした書類を文哉のデスクに置くと、真里亜は給湯室に向かった。

 (いつの間にこんなにたくさんの書類を?)

 文哉は、真里亜の作った資料をペラペラとめくる。

 目を通しながら、あ!そう言えばこれ忘れてたな、という項目もあり、自分が作ろうとしていた資料がいかにずさんだったかを思い知らされた。

 (うん、完璧だ。真里亜のこの資料さえあれば、あとは何もいらないな)

 それなら早速、社長に報告に行こうと内線電話に手を伸ばした時、どうぞ、と真里亜がデスクにマグカップを置いた。

「ありがとう。ん?このカップは?」

 いつもの見慣れたカップではなく、新品のそのカップには、オシャレなニューヨークの街並みが描かれている。

「ふふっ、ティファニーのマグカップです」
「え?ティファニーって、ニューヨークの?」
「はい。副社長が私にプレゼントを選んでくれている時に、私も何か贈りたくて。なんて、全然釣り合わない物ですみません」
「何を言う。すごく嬉しいよ。ニューヨークは俺にとって、大切な街になったから」
「私にとっても、です」

 そう言って真里亜は、お揃いのカップを文哉に見せる。

「ありがとう、真里亜。大切に使わせてもらうよ」
「はい」

 二人はニューヨークの思い出を胸に、見つめ合って微笑んだ。

 *****

「いやー、二人ともご苦労様。長旅、疲れただろう?早速来てもらって悪いな」

 社長室に挨拶に行き、手土産を渡すと、社長はニコニコと二人を労った。

「キュリアス USAのCEOとも電話で話したよ。フミヤとマリアになら任せられると言って、正式に国際セキュリティシステム開発プロジェクトにAMAGIを招いてくださることになった。すごい快挙じゃないか、よくやってくれたな」
「ありがとうございます」

 二人はニューヨークでCEOのジョンと話した内容、今後の予定、社内でのチームの立ち上げなどを、資料を使って社長に説明する。

「なるほど。他の国を代表してプロジェクトに加わっている企業も、そうそうたるものだな。ここにAMAGIが参加させてもらえるのか。身が引き締まるな」
「はい。必ず結果を残せるよう、全力で取り組んで参ります」
「ああ、頼んだぞ。それからこの件は、世間にはトップシークレットだ。なにせ、ハッカーに対抗するプロジェクトだからな。万が一知られて、先手を打たれるようなことがあってはならない。くれぐれも情報漏洩には気をつけるように」
「かしこまりました」

 二人がしっかり頷いてみせると、社長はソファに背を預け、急に別人のようににこやかになる。

「仕事の話は終わりだ。それで?私に何か報告は?」

 は?と、文哉は思わず聞き返す。

「仕事以外の報告、ですか?」
「そうだ。文哉の父親として、聞いておきたい」
「えっと、何のお話でしょうか?」
「おいおい。私に隠し通せるとでも?これでも私は、社員20万人を抱えるAMAGIの社長だぞ?何でもお見通しだからな。それとも何か?トップシークレットにしておきたいのか?」

 もはや文哉は、返す言葉が見つからない。

 社長、いや、父親が、何の話をしているのかさっぱり見当がつかず、首をひねる。

「なんだ、まだまだお子ちゃまの域なのか。初々しくていいな。正式に決まったら、きちんと報告しなさい。楽しみにしているよ」

 そう言うと、妙にご機嫌な様子で社長はゆったりとコーヒーを口にした。

 *****

「おー、お帰り!真里亜ちゃん。ニューヨークはどうだった?」
「はい、とても充実した時間でした。住谷さん、長らく仕事をお休みさせていただいて、ありがとうございました」

 社長室から戻ってくると、真里亜は秘書課のオフィスに挨拶に行った。

 12月28日とあって、他の皆はもう年末の休暇に入っており、オフィスにいたのは住谷だけだった。

 久しぶりの再会に、二人は笑顔になる。

「真里亜ちゃんの方こそ、大きな仕事をこなして大変だったでしょ?お疲れ様。今日も休んだら良かったのに」
「いえ、大丈夫です。住谷さん、これは秘書課の皆さんへのお土産です。あと、これは住谷さんへ」
「えっ、俺に?何だろう。開けてもいい?」
「はい」

 住谷はワクワクと、綺麗にラッピングされた包みを開ける。

「お!これは、書類ケース?スタイリッシュだなー。日本では見ないデザインだね。さすがはニューヨーク」

 ブラックで艷やかな革張りのA4サイズのケースは、マグネットの被せ蓋が斜めになっており、ロイヤルブルーの縁取りもおしゃれだ。

「どう?仕事が出来る男って感じ?」

 住谷は、小脇に抱えてドヤ顔をしてみせる。

「あはは!ええ、とってもお似合いです」
「ありがとう、真里亜ちゃん。大事に使わせてもらうよ」
「はい。あ、それと住谷さんにご相談があって」
「ん、何?」

 真里亜は、手にしていたタブレットを操作しながら口を開く。

「ニューヨーク滞在中にお世話になったキュリアス USAの方々に、新年のご挨拶を兼ねてお礼の品を贈ろうと思いまして。海外の方々なので、やはり日本ならではの品を選びたいのですけど…」

 リストアップした名簿をタブレットで見せながら、住谷に説明する。

「オフィスの社員の皆様にはお菓子を、お世話になったカレンさんとサムさんには何か別の物を、そしてCEOと奥様にも喜んでいただけるような品を贈りたいと思っています」
「なるほど。それなら秘書課でも、外国の方向けの贈り物のカタログをいくつか持ってるよ」
「本当ですか?!」
「ああ。一緒に選ぼうか?」
「はい!ありがとうございます」

 住谷が頷いてデスクに向かった時、内線電話が鳴った。

「はい、秘書課の住谷で…ああ、副社長。お疲れ様です。どうかしましたか?え、私ですか?今、真里亜ちゃんと一緒にいますが何か…。は?はい、分りま…イテッ!」

 どうしたのかと真里亜が目で尋ねると、住谷はやれやれと肩をすくめて受話器を置く。

「文哉のやつ…。『お前、今何してる?』って聞くから、真里亜ちゃんと一緒だって答えたら、『今すぐ副社長室に来い!』って叫んでガチャン!もう耳がキーン、だよ」

 あはは、と真里亜は力なく笑う。

「仕方ない。暴れ回って電話を破壊される前に行こう。カタログ持って行くから、向こうで一緒に選ぼうか」
「はい。ありがとうございます」

 二人は連れ立って副社長室に戻った。

「定番で言うと、このお菓子かな」
「わー、可愛い!繊細で美しくて…。これは見るだけでも楽しめますね」
「ああ。日持ちもするし、味も食べやすいと思う。秘書課でも取り寄せて味見したけど、美味しかったよ」
「そうなんですね!じゃあ、まずこれは決まり!あとはもう少し数があるものを…」

 副社長室のソファに並んで座り、真里亜と住谷はプレゼントを選ぶ。

 カタログやインターネットのサイトを見ながら、日本らしさを感じられ、尚且つ喜ばれそうなお菓子などを片っ端から見ていく。

 桜や富士山、金魚などをモチーフにしたおかきやあられ、カラフルで味も色々楽しめる金平糖、抹茶や和三盆を使った和菓子など、どれにしようかと真剣に話し合う。

「カレンさんには、この風呂敷バッグがいいかなー。サムさんは、この手ぬぐいとか喜んでくれそう」
「へえー、そうなんだ」
「CEOの奥様には、この桜の柄のストールがいいかも?」
「うん、実用的でいいと思う。ニューヨークは寒いしね。CEOには、うーん、迷うね」

 顔を寄せ合い、これは?あ、こっちもいいかも…と、二人は時間も忘れて熱中していた。

 そんな真里亜と住谷の様子が、文哉は気になって仕方ない。

 今すぐ真里亜を自分の近くに呼び寄せたかったが、仕事の話をしているのだから、と己に言い聞かせていた。

「あっ!住谷さん、これは?江戸切子のペアグラス」
「おおー、いいね!夫婦でお酒を楽しんでもらえるし。それなら日本酒も一緒に贈ろうか」
「ええ、そうしましょう!」
「うん、決まりだな」

 二人は一層顔を近づけて、嬉しそうに微笑み合う。

 (あー、もうだめだ!)

 文哉は住谷をジロリと睨みながら、地の底からのような低い声で言った。

「智史、離れろ」

 真里亜に向けていた笑顔を残したまま、住谷は文哉を振り返る。

「は?どうして?」
「俺の女だ」

 しばらくの沈黙の後、住谷は、ヒーッ!と仰け反って驚いた。

 *****

 ランチに注文したデリバリーが届くと、真里亜は1階のエントランスまで受け取りに部屋を出て行く。

 すると住谷が両手を頭の後ろで組み、ソファにもたれて意味ありげに文哉を見た。

「俺の女、ねえ…」

 文哉はパソコンに目を落としたまま、ぶっきらぼうに答える。

「それがどうかしたか?」
「はー!こりゃまた、人が変わったようだな。俺があんなにお膳立てしても全く手を出さなかったお前が、まさか『俺の女だ』なんて豪語するとは。一体、何があったんだ?」
「絶対に教えない」
「うわー、これはマジですね。もしや、真里亜ちゃんが大事そうに手で触れてたあのネックレスも、お前がプレゼントしたのか?」

 無言を貫くと、肯定と取ったらしい。
 住谷はますます、信じられないと言わんばかりに感心する。

「へえー!お前が?どんな女の子にも冷たくしてきたあのお前が?彼女にプレゼント、それもアクセサリーを贈るなんて!」
「何が言いたい?」
「いや、喜んでるんだよ。お前もようやく人間らしくなったなって。そうか、愛の力ってすごいんだな」

 あー、俺も彼女欲しいーと、住谷は切実な思いで天井を仰いだ。

 *****

 その日は一日がかりで、真里亜はキュリアス USAに贈る品を手配していた。

 カレンに連絡を取り、ジョンと奥様に日本酒を贈ろうかと思うが、大丈夫だろうか?お二人のお酒の好みは?と聞く。
 すると、お酒は何でもいけるご夫婦で、日本酒も喜ばれると思う、と返事が来た。

「良かった!住谷さん、美味しい日本酒ってどれですか?おすすめはありますか?」
「えーっと、そうですね。それでしたら私がいくつかピックアップして、あとでお知らせいたします」
「え?あ、はい。よろしくお願いします」

 急に他人行儀な口調になった住谷に首を傾げつつ、真里亜は他の品を注文していった。

 そして、同封するお礼状を英文で書く。
 気づくと、定時の18時になっていた。

「真里亜ちゃん、残りは明日にしたらどう?」
「あ、はい。住谷さん、明日も出勤されますか?私、キュリアス ジャパンの社長にも、ニューヨークのご報告とお礼状、あとは贈り物の手配もしたくて…」
「ああ、分かった。明日も出勤するから一緒にやろう」
「すみません、年末なのに」
「気にしないで、どうせ暇だから。あと年賀状関係も、送り漏れがないか一緒にチェックしてもらえるかな?」
「はい、もちろんです。ではまた明日、よろしくお願いします」

 真里亜が帰る支度をしていると、住谷が文哉に声をかけた。

「副社長。真里亜ちゃんを車でご自宅までお送りしてもよろしいですか?ご心配なら、ドライブレコーダーをチェックしていただいて構いませんから」
「ああ、分かった。頼む」
「かしこまりました」

 じゃあ下で待ってるね、と真里亜に言い残し、住谷は先に部屋を出た。

「それでは、お先に失礼いたします」

 文哉にお辞儀をしてドアに向かおうとした時、真里亜、と文哉が呼び止めた。

 はい、と振り向くと、すぐ目の前に文哉が近づいていた。

 わっ、と驚く真里亜を文哉が両手で抱え込む。

 ギュッと全身を抱きしめられ、気づくと文哉に深く口づけられていた。

 ん…、と真里亜がくぐもった声を上げる。

 情熱的な文哉の色気と、想いをぶつけるような熱いキスに、真里亜の身体から力が抜ける。

 文哉はますます強く真里亜を抱きしめ、自分の胸に真里亜を掻き抱いた。

「ちょ、あの、副社長室で、こんな」

 ようやく真里亜が文哉の胸を押し返し、顔を赤くして慌てて離れる。

「仕方ないだろ?真里亜が俺をこんなに焦らしたんだから」
「そ、そんな。私はただ仕事を…」

 言葉の途中で、文哉はまた真里亜を抱きしめた。

「真里亜、今夜はここに泊まっていく?」

 耳元でささやかれた真里亜は、もう耳まで真っ赤になり、必死で首を横に振る。

「あの、住谷さんをお待たせしているし、もう行きます」

 スルリと文哉の腕から逃れ、真里亜はドアの前で文哉を振り返った。

「じゃあ、あの…。また明日ね、文哉さん」

 恥ずかしそうにそう言うと、急いでドアから出て行く。

 パタンとドアが閉まっても、文哉はしばらくニヤニヤと頬がゆるんだままだった。

 *****

 翌日の12月29日。

 真里亜は住谷と一緒に、また贈り物の手配とお礼状の作成、そして年賀状の送付確認に追われていた。

「よし。これでひと通り終わったかな?」
「はい。ありがとうございました、住谷さん」
「他は?何か手伝うことある?」
「いえ、もう充分です。住谷さんも、年末年始ゆっくりしてくださいね。今年一年、本当にお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします」

 良いお年を、と挨拶して、真里亜と文哉は住谷を見送った。

「真里亜。お正月は実家に帰るの?」

 二人きりになった副社長室で、文哉が声をかける。

「特に決めてないですけど、数日間は帰る予定です。副社長は、いつから休暇に入るんですか?」
「んー、年明けの準備が終わりそうにないからなあ。ずっとここに泊まったままかも…」

 ええ?!と真里亜は驚く。

「年越しもここで?」
「ああ、多分。真里亜は実家でゆっくりしておいで」

 すると真里亜は、黙ってうつむいた。

「どうかした?真里亜」
「えっと、あの…」
「ん?」

 真里亜は言いにくそうに、そっと文哉の顔を上目遣いに覗き込む。

「年越しそば、ここで一緒に食べてもいい?」
「えっ?」

 (年越し…。それは大晦日、新年へと日付が変わる瞬間を一緒に。つまり、その…)

 文哉は真顔になり、頭の中で真剣に考える。

「ご迷惑、ですか?」

 おずおずと聞いてくる真里亜に、文哉はブンブン首を振る。

「まさか!とんでもない」
「良かった!じゃあ明日も出勤して、副社長室の大掃除しますね」
「いいよ、大掃除なんて。ゆっくり休んでて」
「でも…、私も会いたいし」
「え?誰に?」

 思わず真面目に聞くと、真里亜は拗ねたようにうつむいた。

「え、もしかして俺に?!」

 コクリと真里亜が頷く。
  
 (そんな…。真里亜からそんなふうに言ってくれるなんて)

「分かった。ありがとう!待ってるから」
「はい!」

 真里亜は嬉しそうに微笑んだ。

 *****

 12月30日。

 真里亜は、文哉の仕事の邪魔にならないように気をつけながら、副社長室の大掃除をする。

 プライベートルームも、ベッドやバスルームを掃除し、ガラス拭きやゴミ捨てなど、ホテルのように綺麗に仕上げた。

 ランチは、近くで営業しているカフェでテイクアウトし、副社長室で二人で食べる。

 年明けから着手するキュリアス USAの仕事の準備も、二人で相談しながら進めた。

 そしていよいよ大晦日。

 真里亜は朝から自宅マンションの部屋を掃除し、それが終わると料理に取り掛かる。

 時間をかけて何品も作り、小さめの重箱に詰めると、最後に天ぷらを揚げた。

「わっ、もうこんな時間!」

 外が暗いな、と思っていたら、いつの間にか夕方の5時になっていた。

「えーっと、夕食も作って、あとはお酒とおつまみも…」

 まるでパーティーみたい、と思いながら、真里亜はキッチンで次々と料理を作り、スーパーで買い物をしてから副社長室に向かった。

「わあ!真里亜、すごい荷物だな」

 両手いっぱいに紙袋を持って現れた真里亜から、文哉は急いで荷物を受け取る。

「ふう。思いがけずたくさん持って来ちゃいました」

 そう言って笑うと、真里亜は早速文哉に尋ねる。

「副社長、夕食は?」
「まだだ。何か適当に頼もうかと思ってたところで」
「それなら、私が用意してもいいですか?」
「え?用意って、夕食を?」
「はい。温めるだけなので、少し待っていてくださいね」

 真里亜は持って来た紙袋を全て給湯室に運ぶと、中から鍋を取り出して火にかける。

 家で作ったすき焼きを、鍋ごと持って来ていたのだった。

 その間に、いくつか食材を冷蔵庫にしまう。

 鍋が程良くグツグツすると、副社長室のソファテーブルに運んだ。

「うわー、いい匂いだな」

 文哉はパソコンの手を止めて、いそいそとソファにやって来る。

「じゃあ、食べましょうか。今年最後のお食事が、私の作ったものでごめんなさい」
「何を言ってるんだ。最高に贅沢な食事だよ」

 真里亜は嬉しさに微笑むと、どうぞと文哉を促す。

「いただきます」

 目を輝かせて食べ始めた文哉は、うん!美味しい、と真里亜に笑いかけた。

「良かったです」

 真里亜も微笑んで、二人でゆっくりと今年最後の夕食を楽しんだ。

 食事の後は、お酒やおつまみと一緒に、二人で他愛もない話をする。

 ニューヨークの思い出、これからの仕事のこと、キュリアス USAとの仕事に対する意気込み。

 真里亜は改めて、文哉が次期社長であることを認識する。

 文哉はその覚悟を持ち、将来を見据えて努力していた。

 多くの社員とその家族の生活を守るという重責にも負けず、一つ一つの仕事に真摯に取り組んでいくという気概。

 真里亜はそんな文哉を尊敬し、信頼し、そして更に好きになった。

「今年は大きな仕事のチャンスをもらって、本当に良い一年だった。全ては真里亜のおかげだよ」
「いえ、そんな。副社長の実力です」 
「真里亜が否定しても、俺は確信している。全ては真里亜のおかげだ。そして俺の幸せも、真里亜と出逢えたことだ」
「私も。副社長と出逢えたことが、何よりの幸せです」

 二人で静かに微笑み合う。
 文哉がそっと真里亜を抱き寄せようとした時だった。

「あ、大変!もう年が明けちゃう!」

 時計を見上げた真里亜は慌てて給湯室に行き、そばを茹で始める。

「そんなに慌てなくても。年越しながら食べればいいんじゃないの?」 
「え、そうなんですか?年が明ける前に食べ終えなきゃいけないと思ってました」
「ええ?そうなのか?」
「いえ、分からないです。副社長のご家庭では、食べながら年越ししてました?」
「うーん、適当だったかな?」
「どれが正解なんでしょうね?」

 そんなことを言いながら、茹で上がったそばに持って来た海老の天ぷらを載せる。

「では、いただきまーす!」

 食べ始めてしばらくすると、ふと文哉が思いついたように話し出す。

「真里亜。どうやって年越しの瞬間を迎えるか、正解が分かった」
「え?年越しそばを食べながらかどうかってことですか?」
「うん。正解は、食べ終えてから」
「そうなんですね!じゃあ、急いで食べちゃいます」

 23時58分。
 年越しそばを食べ終えた真里亜は、ドキドキしながら時計を見つめる。

「わあ、いよいよですね。どうしよう、緊張してきちゃった。さようならー、2024年。とっても素敵な一年になりました。ありがとうございます。2025年も良い年になりますように」

 真里亜は両手を組んで祈るように呟いた。
  
「真里亜」

 ふいに呼ばれて、真里亜は文哉を見上げる。
  
「はい」
「あと10秒で新年だ。年越しの瞬間は、こうやって迎えるのが正解」

 そう言うと文哉は、真里亜を抱き寄せてキスをした。

 優しく長く、うっとりするほど幸せなキスを…。

「明けましておめでとう、真里亜」
「明けましておめでとうございます、副社長」

 はにかんだ笑顔の真里亜と、新年の挨拶をする。

「これが年越しの正解なの?」
「そうだよ。毎年こうやって年を越そう。一年間の感謝を込めて、そして新年も必ず真里亜を幸せにすると誓って」
「はい」

 真里亜は照れて顔を赤くしながらうつむく。

「真里亜、一つだけ不満がある」
「えっ?!何ですか?」

 文哉の言葉に、真里亜は驚いて顔を上げた。

「おめでとうございます、副社長はないだろう。仕事の挨拶じゃないぞ?」
「あ!ごめんなさい。ここ、副社長室だから、つい…」
「やれやれ、スイッチ入ってなかったな。おいで、真里亜」
「え?あの…」

 戸惑う真里亜を、文哉は隣のプライベートルームに連れて行く。

 照明は敢えて絞り、文哉は真里亜をベッドの端に座らせた。

「真里亜。今年は勝負の年になる。必ずキュリアスの仕事を成功させてみせるよ。それには真里亜の力が必要だ。俺をサポートして欲しい」
「はい、必ず。全力でサポートします」
「ありがとう、真里亜」

 優しく見つめ合い、どちらからともなく顔を寄せてキスをする。

 文哉は何度も真里亜にキスをしながら、そっとベッドに押し倒した。

「真里亜…」
「文哉さん」

 潤んだ瞳で名前をささやかれ、文哉の心は一瞬にして火をつけられる。

「真里亜、お前が好きだ。真里亜…」
「ん…、文哉さん」

 口づけては耳元でささやき、真里亜の身体を抱きしめて素肌に触れていく。

 やがて真里亜の身体を覆うものは何もなくなり、ただ一つだけ、胸元にダイヤモンドのネックレスが輝いていた。

 文哉はその姿を見て、ゾクッと身体を震わせる。

「最高に綺麗だ。俺の真里亜…」
「文哉さん、大好き」

 ねだるように甘くささやいて微笑む真里亜に、文哉は一気に覆いかぶさった。

 何も考えられない。
 ただ互いの愛に溺れるひととき。

 身体を重ね、心が重なる。
 二人はしっかりと手を握り合い、幸せな愛の時間に身を委ねていた。
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