恋とキスは背伸びして

葉月 まい

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誕生日の夜に

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カチャッと部屋のドアが閉まり、成瀬はゴクリと喉を鳴らす。

(落ち着け、落ち着くんだ。まずはソファでくつろいでから、タイミングを見てプロポーズを)

よし、と己に気合を入れると、さり気なく美怜に話しかけた。

「美怜、ルームサービスでフルーツとワインをもう少し頼もうか」
「本部長、若ーい!まだお腹空いてるんですか?」
「いや、そういう訳じゃないけど。ほら、改めて美怜の誕生日をお祝いしたくて。ケーキもあるしね」

レストランのスタッフは「お部屋でごゆっくりどうぞ」と言って、ホールケーキを箱に入れて持たせてくれていた。

「そうでしたね。ケーキは別腹です!じゃあ、ちょっと着替えて来ますね」
「わー、だめだめ!」

かっこつけるのも忘れて、成瀬は必死に美怜を止める。

「どうしてですか?ケーキ食べる時、ドレス汚したら大変ですし」
「いいから、そんなの気にしないで。なんならアーンって食べさせてあげるから」
「えー?アーンこそ、ボロボロ落っことしそうですよ」
「いいの、とにかくいいから、ほら、座って」

成瀬は強引に美怜をソファに座らせると、これはもうスピード重視でいこうとギアを入れる。

「美怜、はい、紅茶。それからケーキのお皿とフォークね」
「ありがとうございます。本部長、てきぱきしててかっこいいですね」
「ええ?!どこが?」

こんな姿を褒められてもちっとも嬉しくないが、とにかくスピーディーにいかねば。
そのうちに「お腹いっぱーい。眠ーい」と言い出しかねない。

「美怜、ほら。ろうそく吹き消してね。あ、待って!電気消すから」

成瀬はまたしてもてきぱきとろうそくに火をつけてから、壁のスイッチに走る。

「すごーい、本部長。シャキシャキしてますね」

それはレタスの褒め言葉ではないか?と思うが黙っておく。

とにかくこのタイミングを逃す訳にはいかない。

「美怜、二十六歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとうございます!こんなふうにお祝いしてもらえるなんて、本当に嬉しいです」

ろうそくのほのかな灯りの中、美怜はにっこり笑ってから一気にろうそくを吹き消した。

「おめでとう!美怜。ほら、ケーキもどうぞ」
「ありがとうございます」

切り分けたケーキを食べて、美味しい!と笑顔になる美怜に、眠くない?と成瀬は尋ねる。

「何ですか?その質問。このケーキ、睡眠薬入りなの?」
「いやまさか、違うよ。お腹が一杯になったら眠くなるんじゃないかなと思って」
「えー、なんだかお子様扱いですね。私もう二十六ですよ?」
「そうだよな。まだ九時だしな。こんなに早く寝ないよね」
「うん、大丈夫」

それならゆっくりおしゃべりでも、と成瀬はようやく落ち着いてケーキを食べ始めた。

「美怜、クリスマスイブなんだけどさ。今年は平日でお互い仕事があるだろう?夜からしか会えないけど、どこか行きたいところある?レストランとか、ホテルとか」
「ううん。クリスマスイブって、四日後でしょう?今日たくさん楽しいことさせてもらったから、もう充分」
「そうか。それなら、俺のマンションに来ないか?」
「え、本部長のおうち?」
「ああ。美怜、俺の部屋に来たことないだろう?まあ別に大した部屋じゃないし殺風景だけど、二人でチキンでも食べながらのんびりできるかなと思って」
「うん!それがいい」

美怜の明るい声に、成瀬も笑顔で頷く。
が、次の瞬間真顔に戻った。

「美怜、ひょっとして眠い?」
「うん?そんなことないんだけど、なんだか誰かに呼ばれてる気がする。スーッて身体が引き寄せられて」
「それ、眠気じゃないの?」
「そうなの、かな?」

ぼんやりと呟く美怜は、まぶたも重そうだ。
よく見るとまばたき一回に三秒もかかっている。

(いかん!これはマズイ!)

成瀬はハッと我に返ると立ち上がった。

「み、美怜?ちょっと散歩でもしようか?」
「…ん?本部長、寝ぼけてるんですか?」
「いや、全くもってそんなことはない。あ!冷たい水でも飲むか?」
「ううん、もう…お腹が…、ちゃぽちゃぽ…」
「美怜、どこへ行く?!帰って来い!」

美怜の肩をガシッと掴み、がくがくと揺さぶる。
だが美怜は成瀬の胸にくたっと頭を預けた。

「だめだ、行くな、行かないでくれ!頼むから、美怜!」
「んー、うるさい」

ぼんやりと目を開けた美怜は、けだる気に両手を上げると成瀬の首に回した。

「…抱っこ」

ドキューン!と成瀬のハートが打ち抜かれる。

(もう、いい。プロポーズは今はいい。とにかく今は、これでいい)

首に腕を回して抱きついてきた美怜を、成瀬は一気に抱き上げると、そのままベッドルームへと向かった。

広いキングサイズベッドにそっと美怜を横たえると、すぐそばにひざまずいて優しく頭をなでる。

するとトロンとした瞳で美怜が成瀬を見上げて呟いた。

「隼斗さん…」

成瀬の身体は一気に熱くなる。

「美怜…」

切なさに胸が痛み、愛しさに理性が飛んだ。

成瀬は美怜に覆いかぶさると、その唇を熱く奪う。

何度も何度も口づけ、熱に浮かされたように美怜の名を呟いた。

んっ…と美怜が吐息をもらしながら仰け反ると、逃すまいと追いかけて更に深くキスをする。

やがて成瀬の唇は、美怜の耳元を通って首筋を下り、綺麗な鎖骨にたどり着く。

そのまま鎖骨に沿って唇を這わせ、左手を美怜の背中に回して抱きしめると、右手でみずみずしい肩のラインをなぞった。

「んん、やっ…」

美怜の口からこぼれる甘い声に、ますます成瀬はのめり込む。

鎖骨の下に続くなめらかな胸元に手を触れ、あちこちに口づける。

美怜が左手を宙に伸ばすと、その手を右手で握り、しっかりと指を絡めた。

「美怜…」

身体を起して美怜の顔を覗き込むと、美怜は潤んだ瞳で見上げてきた。

頬はピンクに染まり、肩で息を整えている。

「美怜、愛してるよ。俺のものになってくれる?」

優しくささやくと、美怜はますます瞳を潤ませ、やがて小さく頷いた。

「ありがとう、美怜。大切にするから」

成瀬は美怜の髪をそっとなでて、頬にチュッとキスをする。

何度も繰り返し、少しずつ唇を美怜の首筋へと移動させながら、成瀬は右腕を美怜の首の後ろに回してグッと抱き寄せた。

少し浮き上がった美怜の背中に手を添えて、ドレスのファスナーを一気に下げる。

美怜は成瀬の唇を受け止めるのに必死で気づかない。

だが成瀬の唇が胸元へ下り、胸の谷間にチュッとキスを落とされた刹那、美怜はギュッと身体を固くした。

成瀬は再び動きを止めて身体を離し、優しく美怜を見つめる。

「怖い?」
「…うん。少し」

小さく呟く美怜に微笑むと、成瀬は何度も美怜の髪をなでた。

「美怜。俺は美怜にたくさんの愛を注ぐよ。美怜はそれをただ受け取めて。少しでも嫌だって思ったらすぐにやめる。それまでは、俺に身を任せてくれる?」

穏やかな表情でじっと見つめられ、美怜は安心して身体の力を抜くと、コクンと頷いた。

「ありがとう、美怜。心から愛してる」

頬に触れる手。
重なる唇。

その一瞬一瞬に、美怜は成瀬の深い愛情を感じた。

目を閉じていると、成瀬の指先が大切に大切に自分に触れてくれているのが分かる。

(大好きだよ、愛してる。君の全てが愛おしい)

そんな想いが伝わってきて、美怜は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

いつの間にかドレスが取り払われ、身体に直接触れられる手が優しくて心地良い。

成瀬がシャツを脱ぐと、美怜は腕を回して成瀬を抱きしめた。

素肌と素肌が触れ合い、大きな胸に包まれる安心感に、美怜の身体から力が抜け、成瀬をゆっくりと受け入れる。

「美怜、愛してるよ」
「私も。あなたが大好きです、隼斗さん」

互いに想いを伝え、抱きしめ合う。
心と身体、全てが溶け合って一つになる。

美怜は大きな愛に包まれながら、幸せな涙を一筋流していた。

***

「美怜、大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫」

程良い気だるさを感じながらべッドに並んで横になり、成瀬は愛おしそうに何度も美怜の髪をなでる。

美怜はあどけない少女のように、はにかんだ笑みを浮かべた。

「とっても幸せだった。ありがとう、隼斗さん」
「俺の方こそ。ありがとう、美怜。ずっとずっと大切にするから」
「うん」

美怜の笑顔に微笑むと、成瀬は身体を起してベッドを下りる。

バスローブを羽織ると、美怜の分も手にして戻って来た。

「身体、辛くないか?」
「大丈夫」

労わりながら美怜の身体を支えて起こすと、バスローブを羽織らせた。

「今、お水持って来るから」
「ありがとう」

美怜はバスローブに腕を通し、前身頃を整えてきちんと結ぶ。

ベッドに並んで腰掛け、水を飲んで落ち着くと、成瀬は再び立ち上がった。

「美怜」
「はい」

戻って来た成瀬は美怜の前にひざまずく。

「改めて君にプロポーズする。美怜、俺にとって君はかけがえのない存在だ。最初は、バラのチャームを大切にしてくれる君がただ可愛くて、守ってやりたいと思った。だけど今は、君の強さ、美しさ、優しさ、全てに心惹かれている。守りたいと思っていたのに、逆に俺は君に支えられ、君に幸せにしてもらっている。ありがとう、美怜。この先もずっと君に感謝し、君を守り、君を必ず幸せにしてみせる。美怜、俺と結婚して欲しい」
「隼斗さん…」

美怜の瞳から綺麗な涙がこぼれ落ちた。

「私もあなたが大好きです。年齢の差も立場の差もあるのに、いつも私に真っ直ぐに向き合ってくれて、優しく手を差し伸べてくれて。素敵なバラのチャームをプレゼントしてくれた時は、本当に嬉しかったです。失くしてしまった時には、一生懸命探して見つけてくれて。その上、ずっと私のそばにいると言ってくれました。どれ程心強く嬉しかったか。それでも一歩踏み出せなかった私の気持ちにも寄り添ってくれて。あなたのおかげで私は幸せになれました。もうあなたのいない人生なんて考えられません。これからも、どうか私のそばにいてください。隼斗さん、私もあなたと結婚したいです」

成瀬は、優しく微笑んで頷く。

「ああ。結婚しよう、美怜」
「はい」

そして成瀬は美怜に、リボンを掛けた四角いボックスを差し出した。

「美怜、開けてみて」

はい、と受け取ると、何だろう?というように小首を傾げながら、美怜はリボンを解く。

そっとふたを開けた瞬間、美怜は思わず息を呑んだ。

目に飛び込んできたのは、真っ赤なバラと輝くダイヤモンドの指輪。

「…なんて素敵なの」

思わず呟いて目を見張る。

「美怜、この指輪には二つのバラがついている。一つは俺でもう一つは美怜。ずっとこの指輪を着けてくれる?」
「はい。ずっとずっと、大切に着けます」
「ありがとう」

成瀬は指輪を手に取ると、美怜の左手に手を添えて、薬指にそっとはめる。

「わあ、綺麗!」
「よく似合うよ、美怜。このバラなら落っことさないだろ?」
「うん!ありがとう、隼斗さん」

ダイヤモンドにも負けない美怜の輝くような笑顔に、成瀬はふっと目を細めて抱き寄せる。

「お誕生日おめでとう、美怜」
「ありがとう!隼斗さん、大好き」

二人は微笑んで見つめ合うと、どちらからともなく顔を寄せ、長くて甘いキスを交わした。
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