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四人での旅行
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「もしもーし、美怜?俺」
「卓?お疲れ様。どうかした?」
数日後。
仕事を終えた美怜が帰宅すると、卓から電話がかかってきた。
「うん、あのさ。成瀬さんが車を俺に譲ってくれるって話、聞いてる?」
「ああ、その話ね。聞いてるよ」
「本気なのかな?成瀬さん」
「そうだと思うよ。新しい車、もう選んでたし」
えっ!と卓は驚きの声を上げる。
「本部長、知らない人に売るより、卓に乗って欲しいって言ってた。思い入れのある車だろうしね」
「俺もそう言われた。けどさ、あの車、年数は経ってるとはいえ、走行距離は少ないんだ。ピカピカだし、売ればかなりの値がつくと思う。そんな車を譲ってもらうなんて、いいのかな?せめてもの気持ちでお金を渡そうかと思ってるんだけど」
どう思う?と聞かれて、美怜は、うーん,と考え込む。
「本部長は本当に卓からお金をもらうつもりはないと思う。純粋に、もらってくれたら嬉しいって気持ちで。そこに中途半端なお金を渡すと、なんかちょっと、がっかりされるかも?」
「でもなー、車なんてタダでもらうもんじゃないし」
「じゃあ、別の形でお礼をしたら?その方が喜ばれるんじゃないかな?」
「そうか、そうだな。ちょっと考えてみるよ」
うん、と美怜も頷く。
「友香ちゃんとあの車でたくさんデートできるといいね」
「ああ。彼女の家にはもちろん高級車が何台もあるけど、スポーツカーはないから、あの車に乗れるって喜んでた」
「ふふっ、ごちそうさまです」
「美怜こそ」
へ?と美怜は首をひねった。
「私が、なに?」
「隠すなって。成瀬さんと上手くいってんだろ?」
「は?な、なんで?」
どうして分かったのかと、美怜はあたふたする。
「随分と親しいようで。車も一緒に選びに行ったんだろ?」
「ど、どうして分かるの?」
「バレバレだよ」
「すごいね、卓。超能力者?」
「アホ!お前の演技が下手過ぎるの。成瀬さんのこと話してる時の声、もう甘々だぞ?」
嘘!と美怜は思わず頬を押さえる。
「末永くお幸せにー」
「もう、卓!からかわないでよ」
ははっ!と笑ってから、卓は改まったように口調を変えた。
「なあ、美怜」
「なに?」
「俺さ、やっぱり考え変わった。異性の親友は成立すると思う」
「えっ?」
「だって美怜は俺の大親友だから。今までも、これからも」
「卓…」
美怜は思わず言葉に詰まってから、嬉しさに笑顔になる。
「うん!私もよ。卓は私の一番の親友。今までも、これからもね。卓、末永くよろしくお願いします」
「ああ。これからもよろしくな、美怜」
「もちろん」
電話を通じて伝わる二人の関係は、気を許して何でも話せる、仲の良い親友同士の雰囲気そのものだった。
***
「え、二組で旅行?」
梅雨も明けて夏の日差しが強くなってきたある日。
ミュージアムにルミエール ホテルの家具を選びに来た友香とランチをしていた美怜は、友香の言葉に思わず聞き返した。
「二組って、友香ちゃんと卓と…?」
「はい。美怜さんと成瀬さんです」
「そそ、そう」
ズバッと名前を出されて、美怜はうつむく。
「あら?大丈夫ですか、美怜さん。顔が赤いですけど」
「いや、ほら。暑いからねー。すっかり夏だね」
「ほんとに熱々ですね。ふふっ」
「友香ちゃん?暑いの漢字が違うんじゃない?」
「合ってますよー」
ニコニコと楽しそうな友香は、きっと卓と上手くいっているのだろう。
うむ。ラブラブで何より、と美怜はひとりごつ。
「それでね、美怜さん」
カルボナーラをくるくるとフォークに巻きつけながら、友香が話を戻した。
「私、どうしても卓さんと旅行に行きたくて。でも卓さんが、結婚前に友香と宿泊はしないって頑なに言うんです。もう…、両親にも挨拶しに来てくれたから、大丈夫だって言ってるのに」
拗ねたように頬を膨らませる友香に、可愛いなと目を細めてから、美怜は一気に頭の中がパンクした。
「え?卓、友香ちゃんと泊まりはだめって言うの?そんな古風な考え方なんだ。卓、それだけ友香ちゃんのことが大事なんだな。いや、えっと。結婚前?!って、もう結婚の話もしてるの?ええー?!卓、もう既に友香ちゃんのご両親に挨拶に行ったの?」
「はい。私の自宅に来て、両親に頭を下げてくれました。父も母も大喜びで、卓さんの気が変わらないうちに、さっさとお嫁にもらってもらいなさいって、もう家から追い出されそうな勢いです。父なんて、大安吉日のルミエールの挙式を勝手に予約するし。あの調子だと、列席者の招待リストももう作ってるかも」
は、はあ…と美怜は気の抜けた返事をする。
「という訳なんです、美怜さん」
「えっと、どういう訳だっけ?」
「ですから、私も両親も大丈夫なのに、卓さんが友香と二人の旅行はだめって。美怜さん達と一緒に行って、部屋も私が美怜さんと、卓さんが成瀬さんと同じ部屋に泊まるならいいって」
なるほど、とようやく美怜は納得した。
「お願い!美怜さん。一緒に行っていただけませんか?」
両手を合わせて上目遣いに見つめられ、美怜はまたしてもその可愛らしさに目を奪われる。
「こんなに可愛くお願いされたら、断れないね」
「えっ!じゃあ、いいですか?」
「うん。本部長にも聞いてみる」
「わー!やったー!お願いします。また四人で旅行に行けるのを、とっても楽しみにしています」
友香の笑顔に目を細めつつ、美怜も旅行を想像して楽しみになってきた。
(早速今夜、本部長に電話してみよう。いいよって言ってくれるといいな)
そう思いながら、美怜も笑顔を浮かべた。
***
「美怜と旅行なんて、いいに決まってるじゃないか」
きっぱりと言い切る成瀬の真面目な口調に、美怜は、あはは…と苦笑いする。
その日のうちに電話で聞いてみると、やはり想像通りの返事が返ってきた。
「じゃあ友香ちゃんに伝えておきますね。日程も、本部長になるべく合わせてくれるそうです。あと行き先も」
「美怜と一緒ならどこでも構わない。スケジュールだってこじあけてみせる」
「うぐ…、それはほどほどになさってください」
「美怜、旅行楽しみにしてる」
「はい、私も」
思わず笑みがこぼれる。
(忙しくて最近はなかなかゆっくり会えなかったけど、旅行ならずっと一緒に過ごせる)
美怜はわくわくしながら友香と連絡を取り合い、旅行の準備を進めた。
そして四人は夏季休暇に合わせて休みを取り、二泊三日で長崎に出かけることになった。
***
「美怜さん、こんにちは!」
「こんにちは、友香ちゃん!」
「わー、とっても素敵なワンピースですね」
「友香ちゃんこそ、すごく可愛い」
「ずっと楽しみにしてたんです、この旅行を」
「私もよ。いーっぱい遊ぼうね!」
待ち合わせした羽田空港で、美怜と友香は手を取り合ってはしゃぐ。
そんな二人の後ろで、成瀬と卓はちょっと苦笑いを浮かべた。
「どうやら俺達は蚊帳の外らしいな」
「ですね。まあ、楽しそうな笑顔が見られるから、よしとしましょうか」
「ああ、そうだな」
とは言うものの、美怜と友香は飛行機に乗ってもホテルへ移動するバスの中でも、ずっと二人でおしゃべりしている。
「富樫、俺達透明人間にでもなったのか?」
「いや、もはや存在すら忘れられているかも?」
男同士愚痴をこぼしつつも、笑顔の二人の写真を撮っては「可愛いなあ」とニヤけていた。
やがて大きなテーマパークに到着し、運河を船で移動して園内のホテルにチェックインする。
「すごーい!まるで外国に来たみたいね、友香ちゃん」
「ええ。お花も綺麗だし建物も素敵!それにクルージングチェックインなんて、初めて」
「私もよ。優雅ねえ」
今回美怜は友香と相談し、友達とも恋人とも楽しめる、異国情緒溢れるテーマパークを旅行先に選んだ。
昼間は四人で一緒に回り、夜は二人でロマンチックな時間を過ごせたら…。
そう思っていた。
目を輝かせながら景色を眺めている二人を、成瀬と卓はヨーロッパの街並みを背景にして何枚も撮影する。
長い髪をふわりと風に揺らし、うっとりと花に見とれている二人の写真は、どれも絵になる一枚だった。
格式高い正統派ヨーロピアンスタイルのホテルにチェックインし、部屋のドアを開けた美怜と友香は、驚きの余り目を見開いた。
「す、すごい。なんて素敵なお部屋なの」
「本当に。どこかの国の宮殿みたいですね」
この日の為に卓が予約したのは、百六十五平米もあるメゾネットスイート。
一階には重厚感溢れるクラシカルなダイニングテーブルとソファが置かれ、壁一面の窓から運河が見下ろせる、まるで貴族の邸宅のようなリビングが広がっていた。
螺旋階段を上がると、そこにはベッドが二台並んだ寝室とバスルーム。
「ひゃー!壁紙もシーツもソファも可愛い!螺旋階段を上がった上に、こんなに素敵なベッドルームがあるなんて」
「もうおとぎ話のお姫様の部屋みたいですよね!」
盛り上がる女子二人に、階段の下から卓が声をかけた。
「お嬢様方、どうぞお二人でそのお部屋をお使いくださーい」
「え、いいの?」
美怜が階段の上から顔を覗かせて卓に聞く。
「ああ。俺と成瀬さんの寝室はリビングの隣にあるんだ。バストイレも一階と二階にそれぞれあるから、気兼ねなく二階を使って」
「わあ、贅沢!ありがとうね、卓」
「どういたしまして」
成瀬から車を譲ってもらうお礼にと、今回のホテルは卓が予約から支払いまで済ませていた。
「ありがとうな、富樫。まさかこんな豪華な部屋を押さえてくれてたなんて」
「いいえ。成瀬さんに譲っていただくあの車に比べたら、大したことないですけど」
「いや、全然そんなことないよ。四人で楽しく旅行できるのが何より嬉しい」
その時、螺旋階段の上から美怜と友香のひときわはしゃいだ声が上がった。
「きゃー!友香ちゃんの水着、めちゃくちゃキュート!もう卓がメロメロになっちゃうよ」
えっ!と卓の顔は一瞬にしてボン!と赤くなる。
「美怜さんのだって、とっても可愛いビキニ!ん?よく見ると大人っぽくてセクシー!」
えっ!と、今度は成瀬の顔がボン!と沸騰した。
「早くプール行こうよ」
「ええ。もうここで着替えちゃいましょうか」
「そうね」
二人のキャッキャと楽しそうな声を聞きながら、成瀬と卓はパタパタと手で顔を扇ぐ。
「成瀬さん、俺、鼻血出たらどうしよう」
「だめだ、我慢しろよ?でもまあ、とりあえずティッシュは持って行こう」
真顔で頷き合い、なんとか気持ちを落ち着かせながら成瀬と卓も水着に着替える。
その上から服を着て、四人は大きなスライダーのある屋外プールへと向かった。
「気持ちいいね。この解放感、最高!」
「美怜さん、あそこでフロート借りられるみたい。行きましょ!」
「うん!」
青空の下、キラキラと太陽を反射するプールでは、既にたくさんの人が気持ち良さそうにぷかぷかと浮き輪で楽しんでいる。
美怜と友香は、カラフルな浮き輪やフロートが並ぶレンタルコーナーに向かった。
「友香ちゃん、見て!ユニコーンのフロートがある!」
「わー、可愛い!私、これにします。あ、このひつじも、のほほんとしてていいな」
「ひつじ?ほんとだ、メエメエ!私、この子にする」
二人で大きなフロートを手にすると、卓がレンタルしたパラソルの下で着ていたワンピースを脱ぐ。
「友香ちゃん、早く入ろう!」
「待ってー、美怜さん」
パシャパシャと水際を駆けてプールに入る二人に、成瀬と卓は顔を赤くしたまま釘づけになった。
ポニーテールを軽やかに揺らし、フロートに乗って水をかけ合う二人は、周囲の男性の視線を一気に奪う。
友香はピンクのキャミソールタイプの水着、美怜は水色のホルターネックのビキニ姿で、二人ともすらりと細くて白い肌が眩しい。
「成瀬さん、俺マジで鼻血出そう」
「そんなこと言ってる場合か?見ろ。ヤロー共がみんな二人を見てる」
「ほんとだ!あ、あいつら、声かけに行くつもりだな」
成瀬と卓も急いで着ていた服を脱ぎ、水着になると、美怜と友香のもとへ泳いでいく。
「美怜!」
「友香!」
大きな声で呼ぶと、二人は、ん?と振り返った。
「どうしたの?二人とも。泳げないの?」
「大変!卓さん、掴まって」
余りに必死の形相で泳いでいたせいか、勘違いされたらしい。
美怜と友香はそれぞれ手を伸ばして、成瀬と卓をフロートに乗せる。
水着同士の素肌が触れ合い、成瀬と卓はもはや噴火寸前。
タコのように赤い顔になった。
「大丈夫?しっかり掴まっててくださいね」
そう言って美怜と友香は、またはしゃぎながら水をかけ合う。
(本当は彼女を後ろから抱きしめて、密着したままぷかぷかしたい)
成瀬と卓はそう思いつつ、余りの余裕のなさに、今は同じフロートに乗るだけで精一杯だった。
「卓?お疲れ様。どうかした?」
数日後。
仕事を終えた美怜が帰宅すると、卓から電話がかかってきた。
「うん、あのさ。成瀬さんが車を俺に譲ってくれるって話、聞いてる?」
「ああ、その話ね。聞いてるよ」
「本気なのかな?成瀬さん」
「そうだと思うよ。新しい車、もう選んでたし」
えっ!と卓は驚きの声を上げる。
「本部長、知らない人に売るより、卓に乗って欲しいって言ってた。思い入れのある車だろうしね」
「俺もそう言われた。けどさ、あの車、年数は経ってるとはいえ、走行距離は少ないんだ。ピカピカだし、売ればかなりの値がつくと思う。そんな車を譲ってもらうなんて、いいのかな?せめてもの気持ちでお金を渡そうかと思ってるんだけど」
どう思う?と聞かれて、美怜は、うーん,と考え込む。
「本部長は本当に卓からお金をもらうつもりはないと思う。純粋に、もらってくれたら嬉しいって気持ちで。そこに中途半端なお金を渡すと、なんかちょっと、がっかりされるかも?」
「でもなー、車なんてタダでもらうもんじゃないし」
「じゃあ、別の形でお礼をしたら?その方が喜ばれるんじゃないかな?」
「そうか、そうだな。ちょっと考えてみるよ」
うん、と美怜も頷く。
「友香ちゃんとあの車でたくさんデートできるといいね」
「ああ。彼女の家にはもちろん高級車が何台もあるけど、スポーツカーはないから、あの車に乗れるって喜んでた」
「ふふっ、ごちそうさまです」
「美怜こそ」
へ?と美怜は首をひねった。
「私が、なに?」
「隠すなって。成瀬さんと上手くいってんだろ?」
「は?な、なんで?」
どうして分かったのかと、美怜はあたふたする。
「随分と親しいようで。車も一緒に選びに行ったんだろ?」
「ど、どうして分かるの?」
「バレバレだよ」
「すごいね、卓。超能力者?」
「アホ!お前の演技が下手過ぎるの。成瀬さんのこと話してる時の声、もう甘々だぞ?」
嘘!と美怜は思わず頬を押さえる。
「末永くお幸せにー」
「もう、卓!からかわないでよ」
ははっ!と笑ってから、卓は改まったように口調を変えた。
「なあ、美怜」
「なに?」
「俺さ、やっぱり考え変わった。異性の親友は成立すると思う」
「えっ?」
「だって美怜は俺の大親友だから。今までも、これからも」
「卓…」
美怜は思わず言葉に詰まってから、嬉しさに笑顔になる。
「うん!私もよ。卓は私の一番の親友。今までも、これからもね。卓、末永くよろしくお願いします」
「ああ。これからもよろしくな、美怜」
「もちろん」
電話を通じて伝わる二人の関係は、気を許して何でも話せる、仲の良い親友同士の雰囲気そのものだった。
***
「え、二組で旅行?」
梅雨も明けて夏の日差しが強くなってきたある日。
ミュージアムにルミエール ホテルの家具を選びに来た友香とランチをしていた美怜は、友香の言葉に思わず聞き返した。
「二組って、友香ちゃんと卓と…?」
「はい。美怜さんと成瀬さんです」
「そそ、そう」
ズバッと名前を出されて、美怜はうつむく。
「あら?大丈夫ですか、美怜さん。顔が赤いですけど」
「いや、ほら。暑いからねー。すっかり夏だね」
「ほんとに熱々ですね。ふふっ」
「友香ちゃん?暑いの漢字が違うんじゃない?」
「合ってますよー」
ニコニコと楽しそうな友香は、きっと卓と上手くいっているのだろう。
うむ。ラブラブで何より、と美怜はひとりごつ。
「それでね、美怜さん」
カルボナーラをくるくるとフォークに巻きつけながら、友香が話を戻した。
「私、どうしても卓さんと旅行に行きたくて。でも卓さんが、結婚前に友香と宿泊はしないって頑なに言うんです。もう…、両親にも挨拶しに来てくれたから、大丈夫だって言ってるのに」
拗ねたように頬を膨らませる友香に、可愛いなと目を細めてから、美怜は一気に頭の中がパンクした。
「え?卓、友香ちゃんと泊まりはだめって言うの?そんな古風な考え方なんだ。卓、それだけ友香ちゃんのことが大事なんだな。いや、えっと。結婚前?!って、もう結婚の話もしてるの?ええー?!卓、もう既に友香ちゃんのご両親に挨拶に行ったの?」
「はい。私の自宅に来て、両親に頭を下げてくれました。父も母も大喜びで、卓さんの気が変わらないうちに、さっさとお嫁にもらってもらいなさいって、もう家から追い出されそうな勢いです。父なんて、大安吉日のルミエールの挙式を勝手に予約するし。あの調子だと、列席者の招待リストももう作ってるかも」
は、はあ…と美怜は気の抜けた返事をする。
「という訳なんです、美怜さん」
「えっと、どういう訳だっけ?」
「ですから、私も両親も大丈夫なのに、卓さんが友香と二人の旅行はだめって。美怜さん達と一緒に行って、部屋も私が美怜さんと、卓さんが成瀬さんと同じ部屋に泊まるならいいって」
なるほど、とようやく美怜は納得した。
「お願い!美怜さん。一緒に行っていただけませんか?」
両手を合わせて上目遣いに見つめられ、美怜はまたしてもその可愛らしさに目を奪われる。
「こんなに可愛くお願いされたら、断れないね」
「えっ!じゃあ、いいですか?」
「うん。本部長にも聞いてみる」
「わー!やったー!お願いします。また四人で旅行に行けるのを、とっても楽しみにしています」
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(早速今夜、本部長に電話してみよう。いいよって言ってくれるといいな)
そう思いながら、美怜も笑顔を浮かべた。
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「美怜と旅行なんて、いいに決まってるじゃないか」
きっぱりと言い切る成瀬の真面目な口調に、美怜は、あはは…と苦笑いする。
その日のうちに電話で聞いてみると、やはり想像通りの返事が返ってきた。
「じゃあ友香ちゃんに伝えておきますね。日程も、本部長になるべく合わせてくれるそうです。あと行き先も」
「美怜と一緒ならどこでも構わない。スケジュールだってこじあけてみせる」
「うぐ…、それはほどほどになさってください」
「美怜、旅行楽しみにしてる」
「はい、私も」
思わず笑みがこぼれる。
(忙しくて最近はなかなかゆっくり会えなかったけど、旅行ならずっと一緒に過ごせる)
美怜はわくわくしながら友香と連絡を取り合い、旅行の準備を進めた。
そして四人は夏季休暇に合わせて休みを取り、二泊三日で長崎に出かけることになった。
***
「美怜さん、こんにちは!」
「こんにちは、友香ちゃん!」
「わー、とっても素敵なワンピースですね」
「友香ちゃんこそ、すごく可愛い」
「ずっと楽しみにしてたんです、この旅行を」
「私もよ。いーっぱい遊ぼうね!」
待ち合わせした羽田空港で、美怜と友香は手を取り合ってはしゃぐ。
そんな二人の後ろで、成瀬と卓はちょっと苦笑いを浮かべた。
「どうやら俺達は蚊帳の外らしいな」
「ですね。まあ、楽しそうな笑顔が見られるから、よしとしましょうか」
「ああ、そうだな」
とは言うものの、美怜と友香は飛行機に乗ってもホテルへ移動するバスの中でも、ずっと二人でおしゃべりしている。
「富樫、俺達透明人間にでもなったのか?」
「いや、もはや存在すら忘れられているかも?」
男同士愚痴をこぼしつつも、笑顔の二人の写真を撮っては「可愛いなあ」とニヤけていた。
やがて大きなテーマパークに到着し、運河を船で移動して園内のホテルにチェックインする。
「すごーい!まるで外国に来たみたいね、友香ちゃん」
「ええ。お花も綺麗だし建物も素敵!それにクルージングチェックインなんて、初めて」
「私もよ。優雅ねえ」
今回美怜は友香と相談し、友達とも恋人とも楽しめる、異国情緒溢れるテーマパークを旅行先に選んだ。
昼間は四人で一緒に回り、夜は二人でロマンチックな時間を過ごせたら…。
そう思っていた。
目を輝かせながら景色を眺めている二人を、成瀬と卓はヨーロッパの街並みを背景にして何枚も撮影する。
長い髪をふわりと風に揺らし、うっとりと花に見とれている二人の写真は、どれも絵になる一枚だった。
格式高い正統派ヨーロピアンスタイルのホテルにチェックインし、部屋のドアを開けた美怜と友香は、驚きの余り目を見開いた。
「す、すごい。なんて素敵なお部屋なの」
「本当に。どこかの国の宮殿みたいですね」
この日の為に卓が予約したのは、百六十五平米もあるメゾネットスイート。
一階には重厚感溢れるクラシカルなダイニングテーブルとソファが置かれ、壁一面の窓から運河が見下ろせる、まるで貴族の邸宅のようなリビングが広がっていた。
螺旋階段を上がると、そこにはベッドが二台並んだ寝室とバスルーム。
「ひゃー!壁紙もシーツもソファも可愛い!螺旋階段を上がった上に、こんなに素敵なベッドルームがあるなんて」
「もうおとぎ話のお姫様の部屋みたいですよね!」
盛り上がる女子二人に、階段の下から卓が声をかけた。
「お嬢様方、どうぞお二人でそのお部屋をお使いくださーい」
「え、いいの?」
美怜が階段の上から顔を覗かせて卓に聞く。
「ああ。俺と成瀬さんの寝室はリビングの隣にあるんだ。バストイレも一階と二階にそれぞれあるから、気兼ねなく二階を使って」
「わあ、贅沢!ありがとうね、卓」
「どういたしまして」
成瀬から車を譲ってもらうお礼にと、今回のホテルは卓が予約から支払いまで済ませていた。
「ありがとうな、富樫。まさかこんな豪華な部屋を押さえてくれてたなんて」
「いいえ。成瀬さんに譲っていただくあの車に比べたら、大したことないですけど」
「いや、全然そんなことないよ。四人で楽しく旅行できるのが何より嬉しい」
その時、螺旋階段の上から美怜と友香のひときわはしゃいだ声が上がった。
「きゃー!友香ちゃんの水着、めちゃくちゃキュート!もう卓がメロメロになっちゃうよ」
えっ!と卓の顔は一瞬にしてボン!と赤くなる。
「美怜さんのだって、とっても可愛いビキニ!ん?よく見ると大人っぽくてセクシー!」
えっ!と、今度は成瀬の顔がボン!と沸騰した。
「早くプール行こうよ」
「ええ。もうここで着替えちゃいましょうか」
「そうね」
二人のキャッキャと楽しそうな声を聞きながら、成瀬と卓はパタパタと手で顔を扇ぐ。
「成瀬さん、俺、鼻血出たらどうしよう」
「だめだ、我慢しろよ?でもまあ、とりあえずティッシュは持って行こう」
真顔で頷き合い、なんとか気持ちを落ち着かせながら成瀬と卓も水着に着替える。
その上から服を着て、四人は大きなスライダーのある屋外プールへと向かった。
「気持ちいいね。この解放感、最高!」
「美怜さん、あそこでフロート借りられるみたい。行きましょ!」
「うん!」
青空の下、キラキラと太陽を反射するプールでは、既にたくさんの人が気持ち良さそうにぷかぷかと浮き輪で楽しんでいる。
美怜と友香は、カラフルな浮き輪やフロートが並ぶレンタルコーナーに向かった。
「友香ちゃん、見て!ユニコーンのフロートがある!」
「わー、可愛い!私、これにします。あ、このひつじも、のほほんとしてていいな」
「ひつじ?ほんとだ、メエメエ!私、この子にする」
二人で大きなフロートを手にすると、卓がレンタルしたパラソルの下で着ていたワンピースを脱ぐ。
「友香ちゃん、早く入ろう!」
「待ってー、美怜さん」
パシャパシャと水際を駆けてプールに入る二人に、成瀬と卓は顔を赤くしたまま釘づけになった。
ポニーテールを軽やかに揺らし、フロートに乗って水をかけ合う二人は、周囲の男性の視線を一気に奪う。
友香はピンクのキャミソールタイプの水着、美怜は水色のホルターネックのビキニ姿で、二人ともすらりと細くて白い肌が眩しい。
「成瀬さん、俺マジで鼻血出そう」
「そんなこと言ってる場合か?見ろ。ヤロー共がみんな二人を見てる」
「ほんとだ!あ、あいつら、声かけに行くつもりだな」
成瀬と卓も急いで着ていた服を脱ぎ、水着になると、美怜と友香のもとへ泳いでいく。
「美怜!」
「友香!」
大きな声で呼ぶと、二人は、ん?と振り返った。
「どうしたの?二人とも。泳げないの?」
「大変!卓さん、掴まって」
余りに必死の形相で泳いでいたせいか、勘違いされたらしい。
美怜と友香はそれぞれ手を伸ばして、成瀬と卓をフロートに乗せる。
水着同士の素肌が触れ合い、成瀬と卓はもはや噴火寸前。
タコのように赤い顔になった。
「大丈夫?しっかり掴まっててくださいね」
そう言って美怜と友香は、またはしゃぎながら水をかけ合う。
(本当は彼女を後ろから抱きしめて、密着したままぷかぷかしたい)
成瀬と卓はそう思いつつ、余りの余裕のなさに、今は同じフロートに乗るだけで精一杯だった。
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でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
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