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二組の二人
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「美怜さん、こんにちは!」
「こんにちは、友香ちゃん。ミュージアムにようこそ」
「ふふっ、今日も楽しみにして来ました」
翌週。
卓と一緒に友香が打ち合わせにやって来た。
ルミエール ホテルの本館を少しずつリニューアルしていく話は、総支配人からOKをもらえて、まずはロビーラウンジから取りかかることになっていた。
「早速、倉庫にご案内するわね。アンティークシリーズとランプを揃えて用意してあるの」
「はい、ありがとうございます」
三人でミュージアムを通り抜け、エレベーターで倉庫に上がる。
「わあ、素敵ですね。どれもとっても趣があって、懐かしい感じがします。この家具に囲まれたら、気分までタイムスリップしそう」
「ふふっ、ロビーラウンジの雰囲気にも合いそう?」
「ええ。どれにしようか迷っちゃいます」
「じっくり選んでね。奥にはステンドグラスのランプも取り揃えてあるから」
「え、見てみたいです!」
友香はわくわくと奥に進む。
「なんて綺麗!ノスタルジックで不思議な気分。これを置いたらロビーラウンジが別世界になりそう」
「いいものあった?」
「はい!このお花のシリーズが素敵です。チューリップやひまわり、コスモスに桜もあるんですね!」
「そうなの。季節ごとに替えてもいいんじゃないかしら。メゾンテールが全てセッティングいたしますよ」
「ふふっ、ありがとうございます。ではこのお花のランプをサブスクリプションで契約させてください」
「かしこまりました」
アンティークシリーズの家具は、一度社内で意見を聞いてみるからと保留になり、美怜は友香にカタログを渡して倉庫を出た。
「美怜さん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございました。またぜひいらしてくださいね」
「はい。ところで美怜さん、お昼休憩っていつですか?よかったらランチをご一緒していただければと思って」
友香の言葉に、美怜は腕時計に目を落とす。
「先輩達と時差で休憩取るから、もう抜けても大丈夫だと思う。ちょっと待っててくれる?すぐに戻るね」
そう言うと友香と卓をエントランスに残し、美怜はバックオフィスに向かう。
「課長、お疲れ様です。私、今日は昼休憩を一番手で取らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいよー。行ってらっしゃい」
「はい、ありがとうございます。それではお先に行かせていただきます」
美怜はカーディガンを羽織り、小さなバッグを持つと、二人が待つエントランスに急いだ。
***
(ん?卓よ、なぜそっちに座る?)
ミュージアムから程近いカフェに入ると、スッと友香の隣の席に座った卓に、美怜は心の中で違和感を覚える。
会社の取引先として、今までは自分達が並んで友香と対面で座っていた。
もしや…と気になりつつも、美怜はメニューに目を落とす。
すると小さくやり取りする声が聞こえてきた。
「友香の好きなグリルサンドがあるよ」
「本当?じゃあそれにしようかな」
美怜は、ヒッ!と声にならない声を上げてメニューで顔を隠した。
(な、なに今の雰囲気。それに卓、『友香の好きな…』って言ったよね?友香って呼び捨て?これはもう確定でしょう)
必死で気持ちを落ち着かせると、何事もなかったかのように口を開く。
「えーっと、私はワンプレートランチにしようかな」
なぜだか大根役者のような棒読みになってしまう。
卓はスタッフを呼んで三人分のオーダーを済ませると、なにやら友香と顔を見合わせてアイコンタクトを取ってから、美怜に向き合った。
「美怜に話しておきたいことがあるんだ。実は…」
卓の改まった口調に、美怜はまたしてもヒーッ!と仰け反る。
「ちょ、ちょっと待って!お父さん心臓がもたないよ」
「は?何、お父さんって」
「だからあれでしょ?お嬢さんを僕にください!ガバッ!ってやつ」
「なんで俺が美怜にそんなセリフ言うんだよ」
「今、言いそうになってたじゃない」
「言うかよ」
やれやれとため息をついてから、卓はちょっとぶっきらぼうに言う。
「まあ、もう見当ついてるとは思うけど。俺、友香とつき合うことにしたから」
「ひゃー!実際こうして聞くと、とてつもないパンチ力!ハートが打ち抜かれそう…」
「いちいち大げさだな。ま、そういうことで。この話は終わり」
「お、終わらないで!ちゃんとおめでとうを言わせて」
胸に手を置いて気持ちを落ち着かせると、美怜は友香ににっこりと笑いかけた。
「おめでとう!友香ちゃん。良かったね!私もとっても嬉しい」
「ありがとうございます。美怜さんのおかげです。これからもよろしくお願いします」
「もちろんよ。卓に何かされたらすぐに教えてね」
「えっ?何かって、それは、その…」
真っ赤になってうつむく友香に、美怜は、ん?と首をひねる。
「あっ!まさか、そっちの何か?違う、違うのよ友香ちゃん。卓に冷たくされたり、友香ちゃんを泣かせるようなことがあったら私が許さないって意味で」
「そ、そうでしたか。お恥ずかしい…。でもあの、卓さんはそんなことするような人ではないので、ご安心ください」
「そっかー。卓、もう友香ちゃんにぞっこんなんだね」
ニヤニヤと視線を向けると、卓はガラにもなく困ったように照れてうつむいた。
「うひゃー、ラブラブじゃない。卓も友香ちゃんも、私の大親友だもん。自分の事みたいに嬉しい!お二人ともお幸せにね。卓、友香ちゃんを頼んだわよ?」
「ああ、分かってる」
美怜は満面の笑みでもう一度、おめでとう!と二人を祝福した。
***
「美怜、お疲れ様。もうマンションに着いた?」
「はい、今帰ってきました。本部長もお疲れ様です」
あれから成瀬とは一週間会っていないが、毎日必ず夜に電話をくれていた。
「どうだった?ルミエールの件。友香さん、ミュージアムに来たんだよね?」
「はい。アンティークシリーズの家具を社内で相談して決めるそうです。ステンドグラスについては、お花のシリーズのランプをサブスクリプションで契約したいと。明日にでも富樫さんと契約内容について詰めると思います」
「ああ、富樫からも報告あったよ。良い感じで進んでそうだね」
「ええ。高畑総支配人も、ステンドグラスを取り入れるのは大賛成だっておっしゃってたそうです」
「そう、良かった。それで、二人の様子はどうだった?」
少し口調を変えて聞いてきた成瀬に、美怜はふふっと笑みをもらす。
「お二人の件も、良い感じで進んでそうです」
「そうか!いやー、次に二人と会うのが楽しみだな」
「もうラブラブで、見てる私が照れちゃいました」
「へえ、いいな、富樫のやつ」
成瀬はちょっと拗ねたように言うと、美怜、と呼びかけた。
「週末、会えるかな?」
「え?はい、大丈夫です」
「ほんと?良かった。どこか行きたいところはある?」
「うーん…。あ!都内の老舗ホテルを見に行きたいです。ルミエールの参考にしたくて」
「仕事熱心だな。分かった、そうしよう。午前中はちょっと俺につき合ってもらってもいい?」
「もちろんです。どこに行くんですか?」
「車を見に行きたいんだ。実際に乗り心地とか確かめたくて」
卓に車を譲る話、本当なんだと美怜は改めて思う。
「分かりました。卓には?もう話したんですか?」
「明日、会社でつかまえられたら聞いてみるよ。友香さんとのデートに、早く車欲しいかもしれないしな」
「ふふ、いいですね、ドライブデート」
「じゃあ美怜もする?ドライブデート」
「誰と?」
「誰とって、ガーン…。ショック…」
暗い声で呟く成瀬に、美怜は慌てふためく。
「ごめんなさい!単純にそう思って言っちゃっただけなんです。特に意味はなくて」
「いや、俺がまだまだなんだな。よし!デートとくれば俺の顔が思い浮かぶようにがんばらないと。美怜、週末俺とデートしてくれる?」
「あ、はい。お願いします」
「やった!三十四年間培ってきた知恵と経験を活かし、とっておきのデートプランを考えておくよ。って、しまった。ハードルを上げてしまった」
「あはは!それダジャレですか?」
「へ?違うわ!こんな下手なダジャレは言わない」
おかしそうに笑い続ける美怜に、成瀬はふっと頬を緩めた。
「美怜に会えるだけで俺にとっては最高のデートだ。でも美怜をもっと喜ばせたい。週末、楽しみにしてる」
「はい、私も楽しみにしています」
「うん。じゃあね、おやすみ美怜」
「おやすみなさい、本部長」
電話を切ると静けさが戻り、ほんの少しだけ寂しくなる。
(でも週末会えるもんね!)
美怜は早速、何を着て行こうかと考え始めた。
***
「おはよう、美怜」
「おはようございます」
週末になり、成瀬は車で美怜のマンションまで迎えに来た。
「そのスカート、よく似合ってる。可愛いね」
「え…、ありがとうございます。本部長もとてもかっこいいです」
「ほんとに?嬉しいよ、ありがとう」
車に乗る前に、互いの服装を褒め合って照れる。
今日の美怜は、淡いブルーのフレアスカートに、オフホワイトのサマージャケットを合わせていた。
成瀬はネイビーのシャツに真っ白なテーパードパンツで、美怜と並ぶとお揃いのような雰囲気のコーディネートだった。
「どうぞ、乗って」
「はい、ありがとうございます」
車に乗り込んでシートベルトを締めた美怜は、視線を感じてふと運転席の成瀬を見る。
「どうかしましたか?」
「いや。久しぶりに会えて、美怜が可愛くてちょっとドキッとしてた」
「え、そんなこと言われると、私もドキッとします」
思わずうつむいて身を固くしていると、ふいに成瀬が左手を伸ばして美怜の髪に触れた。
「え?あの…、本部長?」
「美怜の髪、本当にサラサラしてて綺麗だな。一度触ると癖になるよ」
そう言うと手のひらに載せた美怜の髪に顔を寄せ、そっと口づける。
感覚はないものの、その仕草に美怜の胸はドキドキと高鳴った。
おまけに顔を寄せた成瀬の髪が美怜の頬をかすめ、ふわっと爽やかな香りを残す。
急に男らしい色気を感じて、美怜はもう身を固くするばかりだった。
***
ようやく走り出した車は、まずはカーディーラーに向かった。
「国産なんですね。今のスポーツカーが外国の車だから、てっきり次もそうかと思ってました」
到着すると、美怜は少し意外そうに看板を見上げる。
「特にメーカーのこだわりはないんだ。それに車と言えば、やっぱり日本車が強いしね」
「確かに。そう言えば、本部長。卓とは話せましたか?」
「ああ、昨日ちょうど執務室に書類を届けてくれてね。話してみたら、いいんですか?って目を輝かせてた。相応の金額をお支払いしますって言うから、今のお前の給料では無理だって黙らせたよ。ま、実際はあいつの給料で買えるけどね」
黙らせたって…と、美怜は苦笑いする。
なぜだか二人はいつも揉めている印象だ。
(でもそれが卓と本部長の関係なんだもんね。上司と部下っていうよりは、信頼し合った友達みたいな)
そんな二人の関係性がうらやましくなり、美怜は、私も本部長ともっと良い関係になりたいな、と漠然と思った。
「こんにちは、友香ちゃん。ミュージアムにようこそ」
「ふふっ、今日も楽しみにして来ました」
翌週。
卓と一緒に友香が打ち合わせにやって来た。
ルミエール ホテルの本館を少しずつリニューアルしていく話は、総支配人からOKをもらえて、まずはロビーラウンジから取りかかることになっていた。
「早速、倉庫にご案内するわね。アンティークシリーズとランプを揃えて用意してあるの」
「はい、ありがとうございます」
三人でミュージアムを通り抜け、エレベーターで倉庫に上がる。
「わあ、素敵ですね。どれもとっても趣があって、懐かしい感じがします。この家具に囲まれたら、気分までタイムスリップしそう」
「ふふっ、ロビーラウンジの雰囲気にも合いそう?」
「ええ。どれにしようか迷っちゃいます」
「じっくり選んでね。奥にはステンドグラスのランプも取り揃えてあるから」
「え、見てみたいです!」
友香はわくわくと奥に進む。
「なんて綺麗!ノスタルジックで不思議な気分。これを置いたらロビーラウンジが別世界になりそう」
「いいものあった?」
「はい!このお花のシリーズが素敵です。チューリップやひまわり、コスモスに桜もあるんですね!」
「そうなの。季節ごとに替えてもいいんじゃないかしら。メゾンテールが全てセッティングいたしますよ」
「ふふっ、ありがとうございます。ではこのお花のランプをサブスクリプションで契約させてください」
「かしこまりました」
アンティークシリーズの家具は、一度社内で意見を聞いてみるからと保留になり、美怜は友香にカタログを渡して倉庫を出た。
「美怜さん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございました。またぜひいらしてくださいね」
「はい。ところで美怜さん、お昼休憩っていつですか?よかったらランチをご一緒していただければと思って」
友香の言葉に、美怜は腕時計に目を落とす。
「先輩達と時差で休憩取るから、もう抜けても大丈夫だと思う。ちょっと待っててくれる?すぐに戻るね」
そう言うと友香と卓をエントランスに残し、美怜はバックオフィスに向かう。
「課長、お疲れ様です。私、今日は昼休憩を一番手で取らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいよー。行ってらっしゃい」
「はい、ありがとうございます。それではお先に行かせていただきます」
美怜はカーディガンを羽織り、小さなバッグを持つと、二人が待つエントランスに急いだ。
***
(ん?卓よ、なぜそっちに座る?)
ミュージアムから程近いカフェに入ると、スッと友香の隣の席に座った卓に、美怜は心の中で違和感を覚える。
会社の取引先として、今までは自分達が並んで友香と対面で座っていた。
もしや…と気になりつつも、美怜はメニューに目を落とす。
すると小さくやり取りする声が聞こえてきた。
「友香の好きなグリルサンドがあるよ」
「本当?じゃあそれにしようかな」
美怜は、ヒッ!と声にならない声を上げてメニューで顔を隠した。
(な、なに今の雰囲気。それに卓、『友香の好きな…』って言ったよね?友香って呼び捨て?これはもう確定でしょう)
必死で気持ちを落ち着かせると、何事もなかったかのように口を開く。
「えーっと、私はワンプレートランチにしようかな」
なぜだか大根役者のような棒読みになってしまう。
卓はスタッフを呼んで三人分のオーダーを済ませると、なにやら友香と顔を見合わせてアイコンタクトを取ってから、美怜に向き合った。
「美怜に話しておきたいことがあるんだ。実は…」
卓の改まった口調に、美怜はまたしてもヒーッ!と仰け反る。
「ちょ、ちょっと待って!お父さん心臓がもたないよ」
「は?何、お父さんって」
「だからあれでしょ?お嬢さんを僕にください!ガバッ!ってやつ」
「なんで俺が美怜にそんなセリフ言うんだよ」
「今、言いそうになってたじゃない」
「言うかよ」
やれやれとため息をついてから、卓はちょっとぶっきらぼうに言う。
「まあ、もう見当ついてるとは思うけど。俺、友香とつき合うことにしたから」
「ひゃー!実際こうして聞くと、とてつもないパンチ力!ハートが打ち抜かれそう…」
「いちいち大げさだな。ま、そういうことで。この話は終わり」
「お、終わらないで!ちゃんとおめでとうを言わせて」
胸に手を置いて気持ちを落ち着かせると、美怜は友香ににっこりと笑いかけた。
「おめでとう!友香ちゃん。良かったね!私もとっても嬉しい」
「ありがとうございます。美怜さんのおかげです。これからもよろしくお願いします」
「もちろんよ。卓に何かされたらすぐに教えてね」
「えっ?何かって、それは、その…」
真っ赤になってうつむく友香に、美怜は、ん?と首をひねる。
「あっ!まさか、そっちの何か?違う、違うのよ友香ちゃん。卓に冷たくされたり、友香ちゃんを泣かせるようなことがあったら私が許さないって意味で」
「そ、そうでしたか。お恥ずかしい…。でもあの、卓さんはそんなことするような人ではないので、ご安心ください」
「そっかー。卓、もう友香ちゃんにぞっこんなんだね」
ニヤニヤと視線を向けると、卓はガラにもなく困ったように照れてうつむいた。
「うひゃー、ラブラブじゃない。卓も友香ちゃんも、私の大親友だもん。自分の事みたいに嬉しい!お二人ともお幸せにね。卓、友香ちゃんを頼んだわよ?」
「ああ、分かってる」
美怜は満面の笑みでもう一度、おめでとう!と二人を祝福した。
***
「美怜、お疲れ様。もうマンションに着いた?」
「はい、今帰ってきました。本部長もお疲れ様です」
あれから成瀬とは一週間会っていないが、毎日必ず夜に電話をくれていた。
「どうだった?ルミエールの件。友香さん、ミュージアムに来たんだよね?」
「はい。アンティークシリーズの家具を社内で相談して決めるそうです。ステンドグラスについては、お花のシリーズのランプをサブスクリプションで契約したいと。明日にでも富樫さんと契約内容について詰めると思います」
「ああ、富樫からも報告あったよ。良い感じで進んでそうだね」
「ええ。高畑総支配人も、ステンドグラスを取り入れるのは大賛成だっておっしゃってたそうです」
「そう、良かった。それで、二人の様子はどうだった?」
少し口調を変えて聞いてきた成瀬に、美怜はふふっと笑みをもらす。
「お二人の件も、良い感じで進んでそうです」
「そうか!いやー、次に二人と会うのが楽しみだな」
「もうラブラブで、見てる私が照れちゃいました」
「へえ、いいな、富樫のやつ」
成瀬はちょっと拗ねたように言うと、美怜、と呼びかけた。
「週末、会えるかな?」
「え?はい、大丈夫です」
「ほんと?良かった。どこか行きたいところはある?」
「うーん…。あ!都内の老舗ホテルを見に行きたいです。ルミエールの参考にしたくて」
「仕事熱心だな。分かった、そうしよう。午前中はちょっと俺につき合ってもらってもいい?」
「もちろんです。どこに行くんですか?」
「車を見に行きたいんだ。実際に乗り心地とか確かめたくて」
卓に車を譲る話、本当なんだと美怜は改めて思う。
「分かりました。卓には?もう話したんですか?」
「明日、会社でつかまえられたら聞いてみるよ。友香さんとのデートに、早く車欲しいかもしれないしな」
「ふふ、いいですね、ドライブデート」
「じゃあ美怜もする?ドライブデート」
「誰と?」
「誰とって、ガーン…。ショック…」
暗い声で呟く成瀬に、美怜は慌てふためく。
「ごめんなさい!単純にそう思って言っちゃっただけなんです。特に意味はなくて」
「いや、俺がまだまだなんだな。よし!デートとくれば俺の顔が思い浮かぶようにがんばらないと。美怜、週末俺とデートしてくれる?」
「あ、はい。お願いします」
「やった!三十四年間培ってきた知恵と経験を活かし、とっておきのデートプランを考えておくよ。って、しまった。ハードルを上げてしまった」
「あはは!それダジャレですか?」
「へ?違うわ!こんな下手なダジャレは言わない」
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「美怜に会えるだけで俺にとっては最高のデートだ。でも美怜をもっと喜ばせたい。週末、楽しみにしてる」
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「うん。じゃあね、おやすみ美怜」
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「おはよう、美怜」
「おはようございます」
週末になり、成瀬は車で美怜のマンションまで迎えに来た。
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「え…、ありがとうございます。本部長もとてもかっこいいです」
「ほんとに?嬉しいよ、ありがとう」
車に乗る前に、互いの服装を褒め合って照れる。
今日の美怜は、淡いブルーのフレアスカートに、オフホワイトのサマージャケットを合わせていた。
成瀬はネイビーのシャツに真っ白なテーパードパンツで、美怜と並ぶとお揃いのような雰囲気のコーディネートだった。
「どうぞ、乗って」
「はい、ありがとうございます」
車に乗り込んでシートベルトを締めた美怜は、視線を感じてふと運転席の成瀬を見る。
「どうかしましたか?」
「いや。久しぶりに会えて、美怜が可愛くてちょっとドキッとしてた」
「え、そんなこと言われると、私もドキッとします」
思わずうつむいて身を固くしていると、ふいに成瀬が左手を伸ばして美怜の髪に触れた。
「え?あの…、本部長?」
「美怜の髪、本当にサラサラしてて綺麗だな。一度触ると癖になるよ」
そう言うと手のひらに載せた美怜の髪に顔を寄せ、そっと口づける。
感覚はないものの、その仕草に美怜の胸はドキドキと高鳴った。
おまけに顔を寄せた成瀬の髪が美怜の頬をかすめ、ふわっと爽やかな香りを残す。
急に男らしい色気を感じて、美怜はもう身を固くするばかりだった。
***
ようやく走り出した車は、まずはカーディーラーに向かった。
「国産なんですね。今のスポーツカーが外国の車だから、てっきり次もそうかと思ってました」
到着すると、美怜は少し意外そうに看板を見上げる。
「特にメーカーのこだわりはないんだ。それに車と言えば、やっぱり日本車が強いしね」
「確かに。そう言えば、本部長。卓とは話せましたか?」
「ああ、昨日ちょうど執務室に書類を届けてくれてね。話してみたら、いいんですか?って目を輝かせてた。相応の金額をお支払いしますって言うから、今のお前の給料では無理だって黙らせたよ。ま、実際はあいつの給料で買えるけどね」
黙らせたって…と、美怜は苦笑いする。
なぜだか二人はいつも揉めている印象だ。
(でもそれが卓と本部長の関係なんだもんね。上司と部下っていうよりは、信頼し合った友達みたいな)
そんな二人の関係性がうらやましくなり、美怜は、私も本部長ともっと良い関係になりたいな、と漠然と思った。
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