恋とキスは背伸びして

葉月 まい

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ダーリンとハニー

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「おはようございます!」

翌朝。
朝食ビュッフェのレストランの前で待っていた成瀬と卓に、美怜は元気百倍の挨拶をする。

「お、おはよう」

面食らいつつ返事をした成瀬と卓は、友香にも「おはよう」と挨拶した。

コートヤードが眺められる窓際の席に案内されると、早速四人はブュッフェカウンターに向かった。

「あの、本部長」

後ろから美怜に小声で話しかけられ、お皿を手にした成瀬は、ん?と振り返る。

「どうかした?」
「はい、あの…。本部長ともあろうお方に、大変失礼なお話で恐縮なのですが…」
「なに?その前振り。え、俺、ボケた方がいい?」
「いえ、ボケは結構です」
「あ、そう…」

ますます怪訝そうに成瀬は美怜の様子をうかがった。

「それで?俺に何か頼みでも?」
「はい、本部長。失礼ながら、今日はわたくしと仲良くしていただきたいのです」

…は?と、成瀬は間抜けな顔で固まる。

「仲良くって、なに?どうすればいいの?」
「ですから、親しげな雰囲気を醸し出したいのです」
「…その心は?」
「友香ちゃんと富樫さんを良いムードにさせる為です」

ああ、とようやく合点がいったように、成瀬はしたり顔になった。

「なるほどね。お見合いの仲人みたいな感じ?」
「そうです。あとは若いお二人でごゆっくり…と、私達は離れたところから見守ろうかと」
「君も若いんじゃないの?」
「それはこの際どうでもいいです。今日の私は本部長と同年代でまいります」
「じゃあ、親父ギャグにも笑ってよ?」
「うぐっ…、かしこまりました。気分は八十年代で」

ヒソヒソとやり取りしたあと、よし、と二人は気合いを入れて頷き合った。

***

「いやー、パンでお腹がパンパンだ!」

成瀬の言葉に、三人はピキッと固まって食事の手を止める。

もしや…、今のって?とうつむいたまま考えていると、ダメ押しのようにまた成瀬の声がした。

「サラダ分けるから皿出して。ちゃんと野菜も食べやさい」

ブルッと三人が身震いすると、成瀬は美怜に「んんっ!」と咳払いをしてから目玉焼きを指差す。

「結城さん。君は黄身が好き?」

シーン…と時が止まり、成瀬はまたしても美怜に大きく咳払いをした。

ジロリと咎めるような視線を向けられ、美怜はハッとする。

慌ててデザートを盛り付けたお皿を指差した。

「本部長、見てください。モンブランの上に、変なもんブラーン」
「おお、上手い!座布団一枚!」

いやいやいや…と、三人は苦笑いする。

美怜は成瀬にグッと顔を近づけた。

「本部長、なんか違います」
「なんかって何?どう違うの?」
「これでは良い雰囲気どころか、寒すぎてシベリアです。目指すは常夏のハワイです」
「そうか。分かった。ホットな話題だな?ナウなギャグとか?」
「ナウもギャグも違いますっ!もう、あとで作戦会議ですからね?!」
「う、うん。分かった」

やれやれと美怜が顔を上げると、友香と卓は、ん?と怪訝そうに顔を見合わせていた。

***

「さてさて今日は、午前中は陶芸体験。お昼は老舗のおそば屋さんに行って、午後はショッピングでーす。張り切ってまいりましょう!」

朝食を食べ終えると、先程の成瀬の寒い空気を払拭するように、美怜は明るく「おー!」と片手を挙げた。

ホテルをチェックアウトし、卓の運転でまずは窯元に向かう。

丸太造りの工房で、まさに職人といった風情のおじいさんが出迎えてくれた。

四人とも陶芸は初めてということで、まずは電動ろくろの使い方を簡単に教わる。

そしてそれぞれ作りたい物を考え、美怜はマグカップ、友香は一輪挿し、卓はビアマグ、成瀬は湯呑みにした。

手にたっぷりと水をつけるとペダルを足で踏み込みながらろくろを回し、粘土を包み込むようにゆっくりと両手を添える。

親指で真ん中にくぼみを作ると、上に引き上げるようにして高さを出し、厚みを薄くしていった。

「粘土がすべすべして気持ちいい!」
「ああ。結城さんの手首を思い出すよ」
「は?本部長。なんですか?それ」
「君の手首もこんな感じですべすべだったから」
「うぎぇ、本部長。ちょっと怖い…」
「なんだと?!」

言い合いながら真剣な顔で作業し、ちょっと不格好ながらも味のある世界で一つの作品ができて満足する。

だが一輪挿しを作る友香だけは、時間がかかっていた。

「あー、また崩れちゃった」
「一輪挿しは高さもあるし細いから、難しいよな」

卓が友香の手元を見ながらアドバイスする。

「もっと上に引き上げて。そう。そしたら今度は両手で包み込んで細くするんだ」

すると、恐る恐る内側に寄せていた友香の両手を、卓が後ろから包み込んだ。

「もっと思い切って細くして」
「え、こんなに力入れて大丈夫?」
「大丈夫だよ。そう、そんな感じ」

何気なく二人の様子に目を向けた美怜は、次の瞬間真っ赤になって慌てて成瀬の背中に隠れる。

「ん?どうかしたか?」
「み、見てください、あの二人!卓が友香ちゃんをピタッとバックハグしながら両手を包み込んで…。まさに『ゴースト』ですよ!」
「よく知ってるねー、そんな古い映画」
「そこは感心するところじゃないです!」

その時「できた!」と友香の明るい声がした。

「うん、いい出来だね」
「良かったー、素敵なのができて。ありがとう、卓さん」
「どういたしまして」

にっこり微笑み合う二人を、美怜は更に顔を赤くしながら口元を手で覆って見つめていた。

***

「それではこのあとは私が作業しまして、焼き上がったらご自宅に配送します。器の表面につける釉薬ゆうやくの色を選んでもらえますか?」

職人のおじいさんが差し出した色見本を見ながら、美怜は瑠璃釉、友香は薄いピンクの釉薬、卓は綺麗な緑色の織部釉、そして成瀬は青磁釉を選んだ。

「お手元には一ヶ月程で届くと思います」
「はい、楽しみにしています。よろしくお願いします」

工房をあとにすると、四人は次に古民家を改装したそば屋に向かう。

古い蔵の梁を生かした趣のある店内で、すりおろした生わさびと一緒に美味しい信州そばを味わった。

最後にショッピングモールで買い物を楽しむ。

広い物産コーナーで、地元ならではのお土産を思い思いに選んでいる時だった。

「ねえ、彼女。一人?」

ふいに声をかけられて、友香は振り返る。

若い男性二人がニヤニヤしながら友香を見下ろしていた。

「女の子が一人でいたら危ないよ?俺達が守ってあげる」

そう言って強引に友香の肩を抱く。

「いえ、結構です!私、友人と一緒なので」

危ないよって、今この状況が危ないじゃないのよ、と思いながら、友香は男性の手を振り払った。

「お、気が強いね。俺、そういう子好きなんだ」

男性は諦めるどころか、更に強引に友香を抱き寄せる。

「やめてください!」

身をよじりながら、友香は美怜を探した。

(あ、いた!)

少し離れた所でお菓子を選んでいる美怜を呼ぼうとすると、男達はまたもやニヤけた顔で話しかけてきた。

「ねえ、お友達はどこー?その子も一緒に行こうよ」
「ええ?!」

今美怜が見つかれば、一緒に連れて行かれる。
そう思い、友香は口をつぐんだ。

「おとなしくなったね。じゃあ行こうか」
「やめてください!私、そう!彼と来てるんです」
「またまたー。さっきは友達って言ってたじゃない。嘘は良くないよー?」
「本当です!ほら、あそこに…、卓さん!」

友香は必死に抵抗しながら、店の入り口近くにいる卓を見つけて呼びかけた。

だが卓は気づかない。

「えー、あそこにたくさん?君、彼氏たくさんいるんだ。ははっ!面白いこと言うね。じゃあ俺達も仲間に入れてよ」
「嫌です!離してってば。私、本当に彼氏と…」

友香は懸命に逃れようと腕に力を込めながら、もう一度卓を振り返った。

「ダーリン!」

すると卓がくるりと振り返り、友香と目が合うとツカツカと近づいて来た。

「呼んだ?ハニー」

そう言うと友香の肩をグイッと抱き寄せて、男達を睨みつける。

「人の女に触るんじゃねーよ」

男達はチッと舌打ちをすると、ふてぶてしい態度で立ち去って行った。

***

「大丈夫?何もされてない?」

卓に心配そうに顔を覗き込まれて、友香は目に涙を浮かべる。

「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「嫌な思いしたね。もう大丈夫だから。これからは俺のそばにいて」
「はい。あの、ごめんなさい。もう呼ばないって言ってたのに、また呼んじゃって…」

ん?何が?と首をひねってから、ああ!と卓は思い出す。

「ほんとだね。俺もつい返事しちゃった」
「すみません、お恥ずかしい」
「いや、もうさ。コンビ名ってことにしようよ。お笑いコンビの、ダーリンとハニー」

ええ?と驚いてから、友香は吹き出して笑い始めた。

「お笑いコンビの名前が『ダーリンとハニー』なんて。絶対売れないですよ?」
「そうかな?案外意表を突いて売れるかもよ?ほら、インパクトあるじゃない」
「インパクトというよりは、ベタ過ぎません?」
「ベタでいいんだよ。お笑いなんだから」
「えー、売れるかな?」
「分かんないけど。でもいいコンビなのは間違いない」

え…と、友香は真顔に戻る。

「いいコンビって、私と卓さんが?」
「うん。息ぴったりじゃない?ダーリンとハニーのコール&レスポンスが」
「は?」

目が点になったあと、またしても友香は笑い出す。

「おかしい!卓さんったら」
「ね?笑えるでしょ?」
「ふふふっ、はい」

怖い思いをしたことも忘れて、友香は明るく卓に笑いかけた。

***

広い店内で真剣に職場の先輩達へのお土産を選んでいた美怜は、ひと通り選び終わって、ふう…と顔を上げた。

キョロキョロと辺りを見回すと、入り口の近くにいる卓と友香を見つける。

「友香ちゃーん、卓…」

思わず呼びかけた声が小さくなる。

友香と卓は、見つめ合って楽しそうに微笑んでいた。

(な、何あれ?ハートマークがほわーんと浮かび上がってそうな雰囲気!)

二人に背を向けて頬に両手を当てていると、「ここにいたのか、探したよ」と成瀬がやって来た。

「お、富樫もあっちにいるな。おーい、とが…」

美怜は慌てて成瀬の口を手でふさぐ。

「ふがっ!な、何?急に」
「しーっ!本部長、呼んじゃだめです」
「え、なんで?」

美怜は成瀬の右肩に手を載せると、背伸びをして耳元でささやく。

「さっき、あの二人ラブラブな雰囲気だったんです。だから邪魔しちゃだめです」

そう言うと成瀬の腕を取って、あっちに行きましょ、と歩き出す。

分かった、と成瀬も頷き、二人は卓と友香から離れる。

その後ろ姿を見ていた友香が、今度は顔を赤らめた。

(み、美怜さん!今、成瀬さんの肩に手を置いて、背伸びしながらほっぺにチューを…)

思わず両手で頬を押さえると、どうかした?と卓が尋ねてきた。

「いえ!何もないです。えっと、あっちのお土産見に行ってもいいですか?」

友香は友香で、卓の腕を取り、美怜達と反対方向に向かった。

***

「皆様、本当にありがとうございました。とっても楽しかったです」

車で帰路につき、ルミエール ホテルに到着すると、友香は三人に笑顔でお礼を言う。

「こちらこそ。友香ちゃんとたくさんお話できて楽しかった。また行こうね」
「はい!美怜さん」

最後に友香は卓に向き合い、「ありがとうございました」とお辞儀したあと、少し寂しそうな顔をする。

美怜は卓に声をかけた。

「卓、今ちょうど七時だし、友香ちゃんと食事しながら打ち合わせしてきたら?ほら、ホテルの内装について参考になるもの一杯あったし」
「ああ、そうだな。また別日に打ち合わせの時間取るのも面倒だし。いい?友香さん」
「はい!もちろんです。よろしくお願いします」

パッと笑顔になる友香に、美怜は微笑ましくなる。

「じゃあ、私達はここで。お疲れ様、卓。友香ちゃんも、またね」
「はい。失礼いたします。美怜さん、成瀬さん」
「お疲れ様。高畑総支配人にもよろしく伝えて」
「分かりました」

卓が自分と友香の二人分の荷物を持って、ホテルのエントランスに入っていく。

すぐあとをついていく友香を見ながら、がんばれー!と美怜は心の中でエールを送った。
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