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視察旅行
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「こんにちは、友香さん。メゾンテール ミュージアムへようこそお越しくださいました」
それから二週間後。
卓の案内でミュージアムにやって来た友香を、美怜は笑顔で出迎える。
「こんにちは、美怜さん。制服姿がとっても素敵ですね。お似合いです」
「ええ?あ、ありがとうございます。友香さんみたいなお嬢様にそんなこと言われるなんて。照れちゃってやりにくい…」
思わず本音をもらすと、ふふっと友香は笑う。
「卓さんに聞いてこちらに伺うのを楽しみにしていました。今日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。それでは早速ご案内いたしますね」
ようやくいつもの調子になり、美怜は笑顔で友香を案内した。
「すごいですね!紹介映像も感動しましたし、デザイン体験にレイアウトのシミュレーションにモデルルーム!どれも面白くて夢中になっちゃいます。私、一日中ここにいたいかも」
「ふふっ、そんなに?」
「ええ。美怜さん、こんな素敵な場所で毎日お仕事されてるなんて、うらやましいです」
「友香さんこそ!あんなに素晴らしいホテル、私、一歩足を踏み入れただけで気持ちが華やぎます」
「じゃあ時々お仕事交代しませんか?」
「友香さんの代わりなんて、私には務まりませんって」
二人は卓をそっちのけで話し込む。
どのコーナーに行っても友香は目を輝かせ、楽しい!と笑顔になる。
「友香さん、美怜。そろそろ倉庫に」
卓に促されて、ようやく二人は時間を思い出した。
「もう一時間以上経ってる!友香さん、肝心の倉庫にご案内しますね」
「はい。楽しみ!」
わくわくした様子の友香は、倉庫にずらりと並ぶ家具やインテリアを目にすると、圧倒されたように感激した。
「なんてすごい…。王様の宮殿に来たみたい。あ、こっちはお姫様のお部屋?わあ、海賊のお宝みたいなのもある!」
子どものようにくるくる表情を変える友香に、美怜と卓は顔を見合わせて微笑む。
ミュージアムでこんなに無邪気に喜ばれたのは初めてだった。
そもそも自分達より年下の相手を案内するのが初めてだ。
三人は気の合う友人のような雰囲気で、どの家具がホテルに合うか、熱心に相談し合った。
「美怜さん、今日はありがとうございました。とっても楽しかったです。素敵な家具もたくさん見つけられたし」
「本当ですか?良かった!私も友香さんに喜んでいただけて嬉しいです。またいつでもいらしてくださいね」
このあとは、昼食を食べながら話を詰めると言う友香と卓を笑顔で見送りながら、美怜は、うーん…と首をひねる。
(卓、彼女がいるのに友香さんと二人でランチとか、大丈夫なのかな?彼女が誰かは知らないけど、社内恋愛だったらどこで会社の人に見られるか分からないし)
余計なお世話と思いつつ、美怜は心配になる。
それ程、仲良く肩を並べておしゃべりしながら去って行く卓と友香は、良い雰囲気に思えた。
***
「え、旅行?!って、ちょちょちょっと待って、卓!」
ミュージアムを案内した日から二週間程が経ったある日。
仕事を終えて帰宅した美怜は、卓からかかってきた電話に驚きの余りソファから立ち上がる。
「な、何を言ってるの?友香さんと旅行って、卓、だめよ?色々だめだからね!」
卓が友香と長野の旧軽井沢エリアにある老舗ホテルに泊まりがけで行くと聞き、美怜は必死で止めにかかった。
「何がだめなんだ?」
「な、何がって、全部だめよ!友香さんと二人で旅行だなんて。卓、あなた彼女を差し置いて何考えてるのよ?しかも友香さんはお嬢様なのよ?嫁入り前のうら若きご令嬢と二人でホテルに泊まるなんて、お父上の高畑総支配人が知ったらどうなさるか。考えなくても分かるじゃない。卓、一体どうしちゃったのよー。脳みそは?なくなっちゃったの?」
美怜…、と卓は電話口の向こうでため息をつく。
「色々否定させてくれ。まず俺、彼女いないから」
「ええ?!別れたの?いつの間に?」
「それはこっちのセリフだろ!いつの間に俺に彼女できたんだよ?」
「あれ?バレンタイン辺りに彼女できてたじゃない」
「できとらんわ!」
そうなんだ、と美怜は気の抜けた返事をする。
「それから、友香さんと二人で行く訳じゃない。お前も一緒だ。あと、俺に脳みそはある。以上だ」
「は?どういうこと?」
「おい、お前の方こそ脳みそなくしたのか?」
「いや、あるから。私と一緒って、どういうこと?」
「そのまんまだよ。友香さんがお前と一緒の部屋に泊まりたいって。まあ、老舗ホテルを参考までに見に行きたいって話を二人でしてたのは確か。日帰りで行こうかって話してたら、せっかくだから泊まりたいって。でも俺と二人でなんて、たとえ部屋が別でもあかんだろ?」
「あかん!そりゃあかんって!」
美怜は大きな声でかぶせるように訴えた。
「そしたら友香さんが、美怜も一緒にどうかって誘ってみてって」
「なるほど、ようやく分かったわ」
「それは良かった。俺もようやく言葉が通じてホッとしてる。で?どうする?」
「んー、そうね。なんだか楽しそう。行こうかなー」
「え、ほんとに?」
「うん。旅行なんて最近全然行ってなかったし、考えたらわくわくしてきちゃった。楽しみだねー!」
はやっ!と卓は呆れる。
「じゃあ友香さんに伝えておくぞ?」
「はーい、よろしくね!パジャマトーク、楽しみにしてるって伝えて。お菓子もたくさん持って行くねって」
「修学旅行かよ、ったく。じゃあな、また連絡する」
「お待ちしてまーす!」
電話を切ると、美怜はウキウキしながらクローゼットを開けて洋服を選び始めた。
***
「…で?」
真っ白なスポーツカーに片腕を載せてもたれかかり、モデルのような立ち姿で成瀬が卓に睨みを利かせる。
約束した旅行の日になり、卓と待ち合わせした駅に着くと、ロータリーに成瀬が車で現れて美怜は驚いた。
今日の成瀬は、オフホワイトのシャツにブルーのリネンジャケットを合わせた爽やかな装いだった。
「二度も俺をアッシーに使うとは、見上げた度胸だな、富樫」
どこかで見たな、この光景…と美怜は苦笑いする。
(卓ったら。車を借りる、なんて言うからてっきりレンタカーだと思ってたのに)
美怜が肩をすくめると、卓は片手をひらひらさせながら成瀬に軽く言う。
「まあまあ、そうおっしゃらず。休日返上で視察に行く仕事熱心な部下を褒めてくださいよ」
「お前、いつの間に調子戻ったんだ?思い出したよ、そういうやつだったよな、富樫って」
「なんですかー?ちょっと鳥のさえずりに耳を傾けてて、聞き逃しちゃいました」
「おまっ、絶好調だな?呆れて声も出んわ」
「ほら、早くルミエールに行きましょうよ。友香さん待ってますよ」
「やれやれ。運転はお前な」
そう言うと成瀬はさっさと後部座席に座る。
「ええ?!どうしてですか?」
「お前がうるさくて気が散って運転できん。それに友香さんに、こんな車乗ってるんだーって痛いおじさんに見られるのが嫌だ」
「あはは!そんなこと気にしてるんですか?」
「笑うなってば!」
二人の止まらないやり取りに、美怜は苦笑いを浮かべたまま後部座席の成瀬の隣に乗り込んだ。
ここはルミエール ホテルの最寄駅。
車でホテルへはものの数分で到着した。
卓はロータリーに車を停めると、本館のエントランスに入っていく。
すぐに友香を連れて戻って来た。
「おはようございます!成瀬さん、美怜さん」
ゆるく髪を一つに束ね、カジュアルなジーンズとカットソー姿の友香が、笑顔で挨拶する。
卓はどうやら友香には、成瀬も一緒だと伝えていたらしかった。
「この四人で旅行に行けるのをとっても楽しみにしていたんです。よろしくお願いします」
飾らない笑顔でそう言う友香に、美怜も成瀬も目尻を下げる。
「こちらこそよろしくね、友香さん。私もとっても楽しみにしてたの。旅行なんて久しぶりで」
「美怜さんも?私もなんです。行きたくても一緒に行ってくれる友達もいなくて。だから本当に今日は楽しみで仕方なくて」
早くもおしゃべりが止まらない友香を、卓が助手席に促した。
「卓さん、こんなにかっこいい車に乗ってるんですね。とってもお似合いです」
「ありがとう。かっこいい車って褒められましたよ?成瀬さん」
「うるさい!」
卓をジロリと睨む成瀬に、友香が、ん?と不思議そうにする。
美怜はまたしても苦笑いを浮かべた。
「友香さん、気にしないでね。この二人、いつもこうなの」
「そうなんですね。仲良しで素敵ですね」
その言葉に成瀬と卓はぶるっと身震いした。
「友香さん、寒いこと言わないで。どこをどう見たら俺と富樫が仲良く見えるの?」
「そうだよ。身分も年齢も、ウンと離れてるんだよ?」
「富樫!歳の話は余計だ!」
「あれ?気にしてたんですか?」
「お前ー、覚えてろよ?帰ったら仕事ドッサリ増やしてやる!」
「うわ、堂々とパワハラ宣言?」
ふふっと友香は楽しそうに笑う。
「ほんとに仲良しですね。うらやましいな」
「どこが?!」とセリフが重なった卓と成瀬に、友香はまた声を上げて笑った。
***
軽井沢までは車で三時間程で着くらしく、途中で休憩を挟みながら一気に目的のホテルまで行くことになった。
立ち寄ったサービスエリアで、缶コーヒーとサンドイッチを買うと車に戻る。
「卓さん、はいどうぞ」
助手席の友香がかいがいしく、サンドイッチの包装紙を開けて食べやすくしてから卓に手渡す。
「ん、サンキュ」
前を向いて運転しながら、卓は友香の手からサンドイッチを受け取って食べる。
友香は次に缶コーヒーを開けて卓に手渡した。
なんとも言えない二人の様子に、後部座席の美怜は胸がドキドキする。
(なんだろう、この二人。息の合った、もはや夫婦みたいに打ち解けた雰囲気)
見ている自分の方が照れて真っ赤になっていると、同じように身を固くしている成瀬と目が合った。
ですよね?と言わんばかりの美怜のアイコンタクトに、成瀬も大きく頷く。
そんな美怜と成瀬もまた、夫婦のように言葉もなく気持ちを通い合わせていた。
***
「わあ、涼しいですね!風が爽やかで気持ちいい」
無事に旧軽井沢の老舗ホテルに着くと、車を降りた友香は伸びをして深呼吸する。
「ほんと、空気が美味しい!緑のみずみずしさを感じる」
美怜も大きく息を吸って綺麗な景色を眺めた。
チェックインにはまだ早く、四人はホテル内のレストランで昼食を取ることにした。
「テラス席、最高ですね!自然の中でお食事できるなんて」
「うん、特等席よね。贅沢な時間だな」
友香と美怜は、早くもテンションが上がりっぱなしだ。
四人はホテルの看板メニューのドリアをオーダーした。
オーブンで焼き上がったばかりのドリアは、焦げ目も絶妙で奥深い味わいがある。
「ルミエールのロビーラウンジの看板メニューって、昔ながらのマカロニグラタンよね?」
ドリアをふうふう冷ましながら美怜が尋ねると、友香は頷いた。
「ええ、そうです。馴染みのお客様も、このグラタンを食べると懐かしくてホッとするっておっしゃいます」
「素敵ね、誰かの心の中にずっと残っているものって」
美怜の呟きに、他の三人も頷く。
食後の紅茶を飲みながら、友香がもう一度テラスの外に目を向けた。
「自然の中にあるホテルって、それだけでもう優勝!って感じですね。いいなあ」
「優勝って、ふふ」
美怜は思わず笑ってから、同じように緑の木々を見渡した。
「ルミエールは都会の真ん中にあって、抜群の立地の良さじゃない?それに綺麗なコートヤードもあるでしょう?都会にいながら、ふと気の向くままに訪れて贅沢な時間を過ごせる。それがルミエールの強みだと思うわ。それで言ったら、ルミエールも優勝よ」
「まあ、美怜さん。ありがとうございます。そうですよね。ない物ねだりしてないで、ルミエールの良さを生かしながら更に良くするにはどうすればいいのかを考えないと。ですね」
「ええ。例えばルミエール本館のロビーラウンジはエントランスの近くにあってコートヤードは望めないでしょう?それならそれで、違う雰囲気を目指しましょうよ」
例えば?と友香が美怜に身体を向ける。
「窓際にステンドグラスをたくさん取り入れるのはどう?明る過ぎず、でも思わず目を奪われてしまうような、綺麗な柄のステンドグラスを」
素敵!と友香は目を輝かせた。
「お花や、ちょっとレトロな雰囲気の柄とかいいですね!それにステンドグラスなら、古き良きホテルのイメージにぴったりです」
「調度品もうちのアンティークシリーズが合うと思うわ。それこそ、ステンドグラスのテーブルランプやウォールランプもあるし。イメージは、そうね。クラシックモダンな感じ」
「うんうん、もう決まりですね!」
友香はショルダーバッグから手帳を取り出すと、さらさらとペンを走らせて大まかなロビーラウンジの配置を考えていく。
「入り口と、あと中央のここに、大きな生花を飾って…」
「いいね!あとは、この辺りに古いブックシェルフを置いて、ルミエールの歴史が分かる資料だったり、当時の写真を置くのはどう?うちのミュージアムの年表の展示みたいに」
「それ、絶対にやりたいです!美怜さん、ちょっと待って。メモが追いつかない」
「ふふっ、ごゆっくりどうぞ」
二人で顔を寄せ合い、手帳を覗き込んで真剣に話し合う美怜と友香を、成瀬と卓は優しく見守っていた。
***
チェックインの時間より少し早く、「ご用意ができましたのでお部屋へどうぞ」と声をかけられ、それぞれの部屋に向かった。
「美怜さん、見て!外の景色がとっても綺麗」
「本当ね。これぞ別荘地って感じ。都会で揉まれた私の心のけがれが、マイナスイオンで浄化されるわ」
「あはは!美怜さんったら、おかしい」
二人はおしゃべりしながら、旅行バッグから次々と服やメイク道具を取り出す。
せっかく軽井沢に来たのだからと、二人は初夏の装いのワンピースに着替えることにした。
美怜は淡いブルーの七分袖のワンピース。
友香のワンピースは薄いピンク色で、袖がパフスリーブになっている。
可愛い!と褒め合い、お互いに相手の髪型を整えることにした。
友香は美怜の髪をゆるくサイドでまとめてふわっと左肩に載せ、前髪もおでこにかからないようにヘアアイロンで横に流す。
「うん!綺麗なお姉さんの完成」
満足そうに笑いかけてくる友香を、今度は美怜がドレッサーの前に座らせた。
「友香ちゃんの髪型は、若くてキュートなイメージにしようっと」
そう言ってヘアアイロンで毛先をカールさせると、後頭部のてっぺんより少し低い位置で一つに結ぶ。
少し髪を掬ってクルクルと結び目に巻きつけ、ふわふわと動きのあるポニーテールに仕上げた。
「できた!可愛いー!」
二人で一緒に写真を撮って盛り上がっていると、コンコンとドアがノックされる。
「美怜、友香さん、支度できた?そろそろ街に行かない?」
「はーい、今行きます!」
卓に返事をすると、美怜と友香はサンダルを履き、斜め掛けの小さなバッグを掛けて部屋を出た。
「うわ、びっくりした。二人ともガラッと雰囲気変わったね。一瞬、知らない人かと思っちゃった」
「卓、そういうセリフはいらないの。ひと言、可愛いね!だけで。ねえ?友香ちゃん」
美怜が友香を振り返り、ほら!と手を引いて卓の前に立たせる。
「ああ。ほんとに可愛いよ」
「ふふ、言わされた感がありますけど。ありがとうございます、卓さん」
「いや、ほんとに可愛いって」
「そんなにムキになられると、ますます…。ねえ、美怜さん」
まあまあ、と二人をとりなしてから、美怜は「じゃあ、行きましょうか」と皆を促した。
***
「オシャレだねー。街全体がレトロな雰囲気。お店も色々あって目移りしちゃう」
歴史を感じる荘厳な雰囲気の教会。
建物も美しく絵になる森の中の美術館。
緩くカーブした岩壁に落ちる水が白糸のように綺麗な滝。
たくさんの新緑を水面に映し出す池。
「なんて素敵。見事な水鏡ですね」
「ああ。ここは昔外国人の別荘地だったんだけど、冬になると白鳥がやって来たことから『スワンレイク』とも呼ばれていたんだって」
成瀬の言葉に、友香が、まあ!と目を丸くする。
「白鳥の湖なんですね。冬の姿も見てみたいです。あ、リスがいる!可愛い!」
四人は胸一杯に新鮮な空気を吸い込み、心を解放して自然に癒やされた。
女子二人は雑貨や洋服をはしゃぎながら選び、卓と成瀬はワインをじっくりと選ぶ。
休憩に立ち寄ったホテルのラウンジも風情があり、四人は時間の流れをゆったりと感じながら、身体中で洗練された雰囲気を感じていた。
「どのお店もどの風景も、本当に絵になりますね。たくさん写真撮っちゃった」
「そうよね。家具の参考になるものばかり」
笑顔の友香に、皆も笑って頷いた。
一度ホテルの部屋に戻って休憩してから、夜はレストランでディナーを楽しむ。
「友香ちゃん、意外に飲めるんだね」
かなりのスピードでワイングラスを空ける友香に驚いて、美怜は思わず声をかけた。
「そんなに飲んで大丈夫?」
「大丈夫ですよ。仕事柄、色んなワインのテイスティングをしているうちに、すっかり酒豪になっちゃいました。うふふ!」
「しゅ、酒豪?!お嬢様が酒豪ってなんか、すごいね」
優雅にワイングラスを傾ける友香を見て、成瀬が追加でオーダーする。
「このワイン美味しい!成瀬さん、お目が高いですね」
そう言ってまたもや、グイグイとグラスを空けていた。
***
「美怜さん、私、足がなくなった気がします」
「大丈夫、ちゃんと二本あるわよ」
「でもなんだかふわふわして、歩けないんです」
「そうね。どちらかと言うと引きずられてるかも」
レストランを出るとヨロヨロと足がおぼつかなくなった友香を、卓が横から支えて歩く。
だが友香は感覚がないのか、ひたすら反対側の美怜に話しかけていた。
「なんだか身体が宙に浮いてるみたいに軽いです。魔法使いになったのかな?」
「残念ながら魔法ではなく、人力よ」
卓は美怜達の部屋まで来ると、ベッドに友香を座らせる。
「美怜、あとは任せてもいいか?」
「うん、大丈夫。おやすみなさい。また明日ね」
「ああ、おやすみ」
成瀬にもおやすみなさいと挨拶してから、美怜はドアを閉めた。
***
「美怜さん。あのね、私、どうしても気になっちゃって」
美怜が冷蔵庫から冷たいミネラルウォーターを取り出して渡すと、受け取った友香はひと口飲んでから改まって口を開いた。
「あの、あの、美怜さんは、その…卓さんとは、えっと…」
「つき合ってないわよ」
顔を赤くしながら少女のように恥じらう友香に、美怜は先回りしてズバッと答えた。
「そ、そうなんですか?私てっきり…。だから、ちょっと諦めてて…」
「諦める必要なんかないわ。卓、今彼女いないって言ってたし」
「そうなんですか?!王子様みたいにかっこよくて、アイドルみたいにモテそうなのに?」
ゴフッと美怜は盛大にミネラルウォーターにむせ返る。
「と、友香ちゃん。いくら恋は盲目とはいえ、よくそんな…」
「やだっ!美怜さん。こ、恋だなんて、そんなこと!」
「じゃあ、どんなことなの?」
「うっ、それは…」
真っ赤になってうつむく友香の顔を、隣に腰掛けた美怜は、ふふっと笑って覗き込んだ。
「友香ちゃん、こんなに可愛いし仕事もできるんだから、自信持って。ね?それにもう既に卓とは恋人同士みたいに仲いいじゃない?」
「そ、そんなことは…。それに私、自分から好きになったことないから、どうしていいか分からなくて」
「やだ、可愛い!純情な乙女!私だったらすぐつき合っちゃうわ」
「お言葉は嬉しいですけど、私、美怜さんとはおつき合いできません!こめんなさい」
「いやいや、私もよ。冗談だから」と言うと、友香は「ああ!ごめんなさい!」と頬を両手で押さえる。
「ふふっ、ほんとに可愛い、友香ちゃん。思い切って告白してみたら?この旅行中に」
「でも、あの、勇気が出なくて…。断られたら気まずくなりますよね?」
「断られる心配はないと思うけど?でもまあ、友香ちゃんの気持ちも分かる。卓から告白してくれるといいのにね」
「そ、そんな!卓さんは私のこと、きっとお好きではないでしょうから。私からお願いして、ご検討いただければと」
「そんな、仕事の契約じゃないんだから。もう…。こんなに純粋な友香ちゃんに想われてるのに、なんて呑気なのかしら、卓ってば」
ブツブツ呟くと美怜はじっと考え込み、「友香ちゃん、明日も楽しい時間を過ごそうね!」と友香の肩に手を置いてにっこり笑った。
それから二週間後。
卓の案内でミュージアムにやって来た友香を、美怜は笑顔で出迎える。
「こんにちは、美怜さん。制服姿がとっても素敵ですね。お似合いです」
「ええ?あ、ありがとうございます。友香さんみたいなお嬢様にそんなこと言われるなんて。照れちゃってやりにくい…」
思わず本音をもらすと、ふふっと友香は笑う。
「卓さんに聞いてこちらに伺うのを楽しみにしていました。今日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。それでは早速ご案内いたしますね」
ようやくいつもの調子になり、美怜は笑顔で友香を案内した。
「すごいですね!紹介映像も感動しましたし、デザイン体験にレイアウトのシミュレーションにモデルルーム!どれも面白くて夢中になっちゃいます。私、一日中ここにいたいかも」
「ふふっ、そんなに?」
「ええ。美怜さん、こんな素敵な場所で毎日お仕事されてるなんて、うらやましいです」
「友香さんこそ!あんなに素晴らしいホテル、私、一歩足を踏み入れただけで気持ちが華やぎます」
「じゃあ時々お仕事交代しませんか?」
「友香さんの代わりなんて、私には務まりませんって」
二人は卓をそっちのけで話し込む。
どのコーナーに行っても友香は目を輝かせ、楽しい!と笑顔になる。
「友香さん、美怜。そろそろ倉庫に」
卓に促されて、ようやく二人は時間を思い出した。
「もう一時間以上経ってる!友香さん、肝心の倉庫にご案内しますね」
「はい。楽しみ!」
わくわくした様子の友香は、倉庫にずらりと並ぶ家具やインテリアを目にすると、圧倒されたように感激した。
「なんてすごい…。王様の宮殿に来たみたい。あ、こっちはお姫様のお部屋?わあ、海賊のお宝みたいなのもある!」
子どものようにくるくる表情を変える友香に、美怜と卓は顔を見合わせて微笑む。
ミュージアムでこんなに無邪気に喜ばれたのは初めてだった。
そもそも自分達より年下の相手を案内するのが初めてだ。
三人は気の合う友人のような雰囲気で、どの家具がホテルに合うか、熱心に相談し合った。
「美怜さん、今日はありがとうございました。とっても楽しかったです。素敵な家具もたくさん見つけられたし」
「本当ですか?良かった!私も友香さんに喜んでいただけて嬉しいです。またいつでもいらしてくださいね」
このあとは、昼食を食べながら話を詰めると言う友香と卓を笑顔で見送りながら、美怜は、うーん…と首をひねる。
(卓、彼女がいるのに友香さんと二人でランチとか、大丈夫なのかな?彼女が誰かは知らないけど、社内恋愛だったらどこで会社の人に見られるか分からないし)
余計なお世話と思いつつ、美怜は心配になる。
それ程、仲良く肩を並べておしゃべりしながら去って行く卓と友香は、良い雰囲気に思えた。
***
「え、旅行?!って、ちょちょちょっと待って、卓!」
ミュージアムを案内した日から二週間程が経ったある日。
仕事を終えて帰宅した美怜は、卓からかかってきた電話に驚きの余りソファから立ち上がる。
「な、何を言ってるの?友香さんと旅行って、卓、だめよ?色々だめだからね!」
卓が友香と長野の旧軽井沢エリアにある老舗ホテルに泊まりがけで行くと聞き、美怜は必死で止めにかかった。
「何がだめなんだ?」
「な、何がって、全部だめよ!友香さんと二人で旅行だなんて。卓、あなた彼女を差し置いて何考えてるのよ?しかも友香さんはお嬢様なのよ?嫁入り前のうら若きご令嬢と二人でホテルに泊まるなんて、お父上の高畑総支配人が知ったらどうなさるか。考えなくても分かるじゃない。卓、一体どうしちゃったのよー。脳みそは?なくなっちゃったの?」
美怜…、と卓は電話口の向こうでため息をつく。
「色々否定させてくれ。まず俺、彼女いないから」
「ええ?!別れたの?いつの間に?」
「それはこっちのセリフだろ!いつの間に俺に彼女できたんだよ?」
「あれ?バレンタイン辺りに彼女できてたじゃない」
「できとらんわ!」
そうなんだ、と美怜は気の抜けた返事をする。
「それから、友香さんと二人で行く訳じゃない。お前も一緒だ。あと、俺に脳みそはある。以上だ」
「は?どういうこと?」
「おい、お前の方こそ脳みそなくしたのか?」
「いや、あるから。私と一緒って、どういうこと?」
「そのまんまだよ。友香さんがお前と一緒の部屋に泊まりたいって。まあ、老舗ホテルを参考までに見に行きたいって話を二人でしてたのは確か。日帰りで行こうかって話してたら、せっかくだから泊まりたいって。でも俺と二人でなんて、たとえ部屋が別でもあかんだろ?」
「あかん!そりゃあかんって!」
美怜は大きな声でかぶせるように訴えた。
「そしたら友香さんが、美怜も一緒にどうかって誘ってみてって」
「なるほど、ようやく分かったわ」
「それは良かった。俺もようやく言葉が通じてホッとしてる。で?どうする?」
「んー、そうね。なんだか楽しそう。行こうかなー」
「え、ほんとに?」
「うん。旅行なんて最近全然行ってなかったし、考えたらわくわくしてきちゃった。楽しみだねー!」
はやっ!と卓は呆れる。
「じゃあ友香さんに伝えておくぞ?」
「はーい、よろしくね!パジャマトーク、楽しみにしてるって伝えて。お菓子もたくさん持って行くねって」
「修学旅行かよ、ったく。じゃあな、また連絡する」
「お待ちしてまーす!」
電話を切ると、美怜はウキウキしながらクローゼットを開けて洋服を選び始めた。
***
「…で?」
真っ白なスポーツカーに片腕を載せてもたれかかり、モデルのような立ち姿で成瀬が卓に睨みを利かせる。
約束した旅行の日になり、卓と待ち合わせした駅に着くと、ロータリーに成瀬が車で現れて美怜は驚いた。
今日の成瀬は、オフホワイトのシャツにブルーのリネンジャケットを合わせた爽やかな装いだった。
「二度も俺をアッシーに使うとは、見上げた度胸だな、富樫」
どこかで見たな、この光景…と美怜は苦笑いする。
(卓ったら。車を借りる、なんて言うからてっきりレンタカーだと思ってたのに)
美怜が肩をすくめると、卓は片手をひらひらさせながら成瀬に軽く言う。
「まあまあ、そうおっしゃらず。休日返上で視察に行く仕事熱心な部下を褒めてくださいよ」
「お前、いつの間に調子戻ったんだ?思い出したよ、そういうやつだったよな、富樫って」
「なんですかー?ちょっと鳥のさえずりに耳を傾けてて、聞き逃しちゃいました」
「おまっ、絶好調だな?呆れて声も出んわ」
「ほら、早くルミエールに行きましょうよ。友香さん待ってますよ」
「やれやれ。運転はお前な」
そう言うと成瀬はさっさと後部座席に座る。
「ええ?!どうしてですか?」
「お前がうるさくて気が散って運転できん。それに友香さんに、こんな車乗ってるんだーって痛いおじさんに見られるのが嫌だ」
「あはは!そんなこと気にしてるんですか?」
「笑うなってば!」
二人の止まらないやり取りに、美怜は苦笑いを浮かべたまま後部座席の成瀬の隣に乗り込んだ。
ここはルミエール ホテルの最寄駅。
車でホテルへはものの数分で到着した。
卓はロータリーに車を停めると、本館のエントランスに入っていく。
すぐに友香を連れて戻って来た。
「おはようございます!成瀬さん、美怜さん」
ゆるく髪を一つに束ね、カジュアルなジーンズとカットソー姿の友香が、笑顔で挨拶する。
卓はどうやら友香には、成瀬も一緒だと伝えていたらしかった。
「この四人で旅行に行けるのをとっても楽しみにしていたんです。よろしくお願いします」
飾らない笑顔でそう言う友香に、美怜も成瀬も目尻を下げる。
「こちらこそよろしくね、友香さん。私もとっても楽しみにしてたの。旅行なんて久しぶりで」
「美怜さんも?私もなんです。行きたくても一緒に行ってくれる友達もいなくて。だから本当に今日は楽しみで仕方なくて」
早くもおしゃべりが止まらない友香を、卓が助手席に促した。
「卓さん、こんなにかっこいい車に乗ってるんですね。とってもお似合いです」
「ありがとう。かっこいい車って褒められましたよ?成瀬さん」
「うるさい!」
卓をジロリと睨む成瀬に、友香が、ん?と不思議そうにする。
美怜はまたしても苦笑いを浮かべた。
「友香さん、気にしないでね。この二人、いつもこうなの」
「そうなんですね。仲良しで素敵ですね」
その言葉に成瀬と卓はぶるっと身震いした。
「友香さん、寒いこと言わないで。どこをどう見たら俺と富樫が仲良く見えるの?」
「そうだよ。身分も年齢も、ウンと離れてるんだよ?」
「富樫!歳の話は余計だ!」
「あれ?気にしてたんですか?」
「お前ー、覚えてろよ?帰ったら仕事ドッサリ増やしてやる!」
「うわ、堂々とパワハラ宣言?」
ふふっと友香は楽しそうに笑う。
「ほんとに仲良しですね。うらやましいな」
「どこが?!」とセリフが重なった卓と成瀬に、友香はまた声を上げて笑った。
***
軽井沢までは車で三時間程で着くらしく、途中で休憩を挟みながら一気に目的のホテルまで行くことになった。
立ち寄ったサービスエリアで、缶コーヒーとサンドイッチを買うと車に戻る。
「卓さん、はいどうぞ」
助手席の友香がかいがいしく、サンドイッチの包装紙を開けて食べやすくしてから卓に手渡す。
「ん、サンキュ」
前を向いて運転しながら、卓は友香の手からサンドイッチを受け取って食べる。
友香は次に缶コーヒーを開けて卓に手渡した。
なんとも言えない二人の様子に、後部座席の美怜は胸がドキドキする。
(なんだろう、この二人。息の合った、もはや夫婦みたいに打ち解けた雰囲気)
見ている自分の方が照れて真っ赤になっていると、同じように身を固くしている成瀬と目が合った。
ですよね?と言わんばかりの美怜のアイコンタクトに、成瀬も大きく頷く。
そんな美怜と成瀬もまた、夫婦のように言葉もなく気持ちを通い合わせていた。
***
「わあ、涼しいですね!風が爽やかで気持ちいい」
無事に旧軽井沢の老舗ホテルに着くと、車を降りた友香は伸びをして深呼吸する。
「ほんと、空気が美味しい!緑のみずみずしさを感じる」
美怜も大きく息を吸って綺麗な景色を眺めた。
チェックインにはまだ早く、四人はホテル内のレストランで昼食を取ることにした。
「テラス席、最高ですね!自然の中でお食事できるなんて」
「うん、特等席よね。贅沢な時間だな」
友香と美怜は、早くもテンションが上がりっぱなしだ。
四人はホテルの看板メニューのドリアをオーダーした。
オーブンで焼き上がったばかりのドリアは、焦げ目も絶妙で奥深い味わいがある。
「ルミエールのロビーラウンジの看板メニューって、昔ながらのマカロニグラタンよね?」
ドリアをふうふう冷ましながら美怜が尋ねると、友香は頷いた。
「ええ、そうです。馴染みのお客様も、このグラタンを食べると懐かしくてホッとするっておっしゃいます」
「素敵ね、誰かの心の中にずっと残っているものって」
美怜の呟きに、他の三人も頷く。
食後の紅茶を飲みながら、友香がもう一度テラスの外に目を向けた。
「自然の中にあるホテルって、それだけでもう優勝!って感じですね。いいなあ」
「優勝って、ふふ」
美怜は思わず笑ってから、同じように緑の木々を見渡した。
「ルミエールは都会の真ん中にあって、抜群の立地の良さじゃない?それに綺麗なコートヤードもあるでしょう?都会にいながら、ふと気の向くままに訪れて贅沢な時間を過ごせる。それがルミエールの強みだと思うわ。それで言ったら、ルミエールも優勝よ」
「まあ、美怜さん。ありがとうございます。そうですよね。ない物ねだりしてないで、ルミエールの良さを生かしながら更に良くするにはどうすればいいのかを考えないと。ですね」
「ええ。例えばルミエール本館のロビーラウンジはエントランスの近くにあってコートヤードは望めないでしょう?それならそれで、違う雰囲気を目指しましょうよ」
例えば?と友香が美怜に身体を向ける。
「窓際にステンドグラスをたくさん取り入れるのはどう?明る過ぎず、でも思わず目を奪われてしまうような、綺麗な柄のステンドグラスを」
素敵!と友香は目を輝かせた。
「お花や、ちょっとレトロな雰囲気の柄とかいいですね!それにステンドグラスなら、古き良きホテルのイメージにぴったりです」
「調度品もうちのアンティークシリーズが合うと思うわ。それこそ、ステンドグラスのテーブルランプやウォールランプもあるし。イメージは、そうね。クラシックモダンな感じ」
「うんうん、もう決まりですね!」
友香はショルダーバッグから手帳を取り出すと、さらさらとペンを走らせて大まかなロビーラウンジの配置を考えていく。
「入り口と、あと中央のここに、大きな生花を飾って…」
「いいね!あとは、この辺りに古いブックシェルフを置いて、ルミエールの歴史が分かる資料だったり、当時の写真を置くのはどう?うちのミュージアムの年表の展示みたいに」
「それ、絶対にやりたいです!美怜さん、ちょっと待って。メモが追いつかない」
「ふふっ、ごゆっくりどうぞ」
二人で顔を寄せ合い、手帳を覗き込んで真剣に話し合う美怜と友香を、成瀬と卓は優しく見守っていた。
***
チェックインの時間より少し早く、「ご用意ができましたのでお部屋へどうぞ」と声をかけられ、それぞれの部屋に向かった。
「美怜さん、見て!外の景色がとっても綺麗」
「本当ね。これぞ別荘地って感じ。都会で揉まれた私の心のけがれが、マイナスイオンで浄化されるわ」
「あはは!美怜さんったら、おかしい」
二人はおしゃべりしながら、旅行バッグから次々と服やメイク道具を取り出す。
せっかく軽井沢に来たのだからと、二人は初夏の装いのワンピースに着替えることにした。
美怜は淡いブルーの七分袖のワンピース。
友香のワンピースは薄いピンク色で、袖がパフスリーブになっている。
可愛い!と褒め合い、お互いに相手の髪型を整えることにした。
友香は美怜の髪をゆるくサイドでまとめてふわっと左肩に載せ、前髪もおでこにかからないようにヘアアイロンで横に流す。
「うん!綺麗なお姉さんの完成」
満足そうに笑いかけてくる友香を、今度は美怜がドレッサーの前に座らせた。
「友香ちゃんの髪型は、若くてキュートなイメージにしようっと」
そう言ってヘアアイロンで毛先をカールさせると、後頭部のてっぺんより少し低い位置で一つに結ぶ。
少し髪を掬ってクルクルと結び目に巻きつけ、ふわふわと動きのあるポニーテールに仕上げた。
「できた!可愛いー!」
二人で一緒に写真を撮って盛り上がっていると、コンコンとドアがノックされる。
「美怜、友香さん、支度できた?そろそろ街に行かない?」
「はーい、今行きます!」
卓に返事をすると、美怜と友香はサンダルを履き、斜め掛けの小さなバッグを掛けて部屋を出た。
「うわ、びっくりした。二人ともガラッと雰囲気変わったね。一瞬、知らない人かと思っちゃった」
「卓、そういうセリフはいらないの。ひと言、可愛いね!だけで。ねえ?友香ちゃん」
美怜が友香を振り返り、ほら!と手を引いて卓の前に立たせる。
「ああ。ほんとに可愛いよ」
「ふふ、言わされた感がありますけど。ありがとうございます、卓さん」
「いや、ほんとに可愛いって」
「そんなにムキになられると、ますます…。ねえ、美怜さん」
まあまあ、と二人をとりなしてから、美怜は「じゃあ、行きましょうか」と皆を促した。
***
「オシャレだねー。街全体がレトロな雰囲気。お店も色々あって目移りしちゃう」
歴史を感じる荘厳な雰囲気の教会。
建物も美しく絵になる森の中の美術館。
緩くカーブした岩壁に落ちる水が白糸のように綺麗な滝。
たくさんの新緑を水面に映し出す池。
「なんて素敵。見事な水鏡ですね」
「ああ。ここは昔外国人の別荘地だったんだけど、冬になると白鳥がやって来たことから『スワンレイク』とも呼ばれていたんだって」
成瀬の言葉に、友香が、まあ!と目を丸くする。
「白鳥の湖なんですね。冬の姿も見てみたいです。あ、リスがいる!可愛い!」
四人は胸一杯に新鮮な空気を吸い込み、心を解放して自然に癒やされた。
女子二人は雑貨や洋服をはしゃぎながら選び、卓と成瀬はワインをじっくりと選ぶ。
休憩に立ち寄ったホテルのラウンジも風情があり、四人は時間の流れをゆったりと感じながら、身体中で洗練された雰囲気を感じていた。
「どのお店もどの風景も、本当に絵になりますね。たくさん写真撮っちゃった」
「そうよね。家具の参考になるものばかり」
笑顔の友香に、皆も笑って頷いた。
一度ホテルの部屋に戻って休憩してから、夜はレストランでディナーを楽しむ。
「友香ちゃん、意外に飲めるんだね」
かなりのスピードでワイングラスを空ける友香に驚いて、美怜は思わず声をかけた。
「そんなに飲んで大丈夫?」
「大丈夫ですよ。仕事柄、色んなワインのテイスティングをしているうちに、すっかり酒豪になっちゃいました。うふふ!」
「しゅ、酒豪?!お嬢様が酒豪ってなんか、すごいね」
優雅にワイングラスを傾ける友香を見て、成瀬が追加でオーダーする。
「このワイン美味しい!成瀬さん、お目が高いですね」
そう言ってまたもや、グイグイとグラスを空けていた。
***
「美怜さん、私、足がなくなった気がします」
「大丈夫、ちゃんと二本あるわよ」
「でもなんだかふわふわして、歩けないんです」
「そうね。どちらかと言うと引きずられてるかも」
レストランを出るとヨロヨロと足がおぼつかなくなった友香を、卓が横から支えて歩く。
だが友香は感覚がないのか、ひたすら反対側の美怜に話しかけていた。
「なんだか身体が宙に浮いてるみたいに軽いです。魔法使いになったのかな?」
「残念ながら魔法ではなく、人力よ」
卓は美怜達の部屋まで来ると、ベッドに友香を座らせる。
「美怜、あとは任せてもいいか?」
「うん、大丈夫。おやすみなさい。また明日ね」
「ああ、おやすみ」
成瀬にもおやすみなさいと挨拶してから、美怜はドアを閉めた。
***
「美怜さん。あのね、私、どうしても気になっちゃって」
美怜が冷蔵庫から冷たいミネラルウォーターを取り出して渡すと、受け取った友香はひと口飲んでから改まって口を開いた。
「あの、あの、美怜さんは、その…卓さんとは、えっと…」
「つき合ってないわよ」
顔を赤くしながら少女のように恥じらう友香に、美怜は先回りしてズバッと答えた。
「そ、そうなんですか?私てっきり…。だから、ちょっと諦めてて…」
「諦める必要なんかないわ。卓、今彼女いないって言ってたし」
「そうなんですか?!王子様みたいにかっこよくて、アイドルみたいにモテそうなのに?」
ゴフッと美怜は盛大にミネラルウォーターにむせ返る。
「と、友香ちゃん。いくら恋は盲目とはいえ、よくそんな…」
「やだっ!美怜さん。こ、恋だなんて、そんなこと!」
「じゃあ、どんなことなの?」
「うっ、それは…」
真っ赤になってうつむく友香の顔を、隣に腰掛けた美怜は、ふふっと笑って覗き込んだ。
「友香ちゃん、こんなに可愛いし仕事もできるんだから、自信持って。ね?それにもう既に卓とは恋人同士みたいに仲いいじゃない?」
「そ、そんなことは…。それに私、自分から好きになったことないから、どうしていいか分からなくて」
「やだ、可愛い!純情な乙女!私だったらすぐつき合っちゃうわ」
「お言葉は嬉しいですけど、私、美怜さんとはおつき合いできません!こめんなさい」
「いやいや、私もよ。冗談だから」と言うと、友香は「ああ!ごめんなさい!」と頬を両手で押さえる。
「ふふっ、ほんとに可愛い、友香ちゃん。思い切って告白してみたら?この旅行中に」
「でも、あの、勇気が出なくて…。断られたら気まずくなりますよね?」
「断られる心配はないと思うけど?でもまあ、友香ちゃんの気持ちも分かる。卓から告白してくれるといいのにね」
「そ、そんな!卓さんは私のこと、きっとお好きではないでしょうから。私からお願いして、ご検討いただければと」
「そんな、仕事の契約じゃないんだから。もう…。こんなに純粋な友香ちゃんに想われてるのに、なんて呑気なのかしら、卓ってば」
ブツブツ呟くと美怜はじっと考え込み、「友香ちゃん、明日も楽しい時間を過ごそうね!」と友香の肩に手を置いてにっこり笑った。
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