恋とキスは背伸びして

葉月 まい

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フレンチレストラン

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パーティーから一週間が経ち、いつものように仕事を終えた美怜は、帰宅して夕食を食べながらのんびりくつろいでいた。

すると成瀬から、卓と三人のグループにメッセージが届く。

『成瀬です。先日のパーティーはお疲れ様でした。ありがとう。先延ばしになっていたけど、リニューアルの件のお礼を兼ねて、二人を食事に招待したい。ルミエール ホテル本館のフレンチレストランはどうかな?仕事ではないから、無理なら遠慮なく断ってくれて構わない。ご検討ください』

本館のフレンチ!と、美怜は目を輝かせる。

(ロビーラウンジのアフターヌーンティーもあんなに豪華で美味しかったもの。フレンチレストランなら、更に期待しちゃうわよねー)

ニヤニヤしながら、
『お疲れ様です。お誘いありがとうございます!フレンチレストラン、楽しみにしております!』
と、溢れんばかりの期待がうかがえる文章を送ってしまった。

しばらくすると卓からも返事が届く。

『先日のパーティーではお疲れ様でした。本部長、お気遣いいただきありがとうございます。お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?本館のフレンチレストランは、内装も一度見てみたいと以前から思っておりました。仕事の上でも参考になりそうで、楽しみにしております。富樫』

読み終わると、美怜はギャー!と声を上げる。

「卓!こんな真面目な文面書かないでよ。私のおバカなメッセージがウキウキに浮いちゃうじゃないよー」

顔を真っ赤にしてジタバタしていると、またメッセージの着信音がした。

『二人とも返信ありがとう。料理を楽しみにしている結城さん、内装を参考にしたい富樫くん、どちらにも満足してもらえると思います。日程は今週の金曜日、十九時半に私の執務室に集合でいかがでしょうか?』

ギャー!とまたしても美怜はジタバタする。

「恥ずかし過ぎる!絶対本部長、私のメッセージ見て笑ったよね?なんなら卓も笑って、敢えて真面目な文章にしたよね?もう、二人ともヤダー!」

時間が経てば更に恥ずかしくなると思い、美怜は澄ました文面をさらりと返すことにした。

『承知いたしました。それでは当日、どうぞよろしくお願いいたします。結城』

だが送信するとまたしてもニヤニヤしながら、何を着て行こうかなー?と早速クローゼットを開けた。

***

金曜日になり、勤務を終えた美怜はロッカールームで着替えると、電車で本社に向かった。

休日前とあって、車内はこれから出かける仕事帰りのカップルや、楽しそうな友人達のグループも見かける。

いつもなら、いいなーと羨ましくなる美怜だが今日は違った。

(私も今夜はウキウキフレンチだもーん!)

電車の窓に映る自分が締まりのない顔をしていて、慌てて真顔を作る。

もう一度窓に目をやり、さり気なく服装もチェックした。

先日はネイビーの落ち着いた雰囲気の装いだったこともあり、今日は薄紫色のフェミニンで優しい印象のワンピース。

左手首には、バラのチャームのブレスレットを着けた。

ペンダントトップのバチカンをつけ替えて、手作りのブレスレットにしたものだった。

手でバラに触れると思わずまたニヤけてしまい、顔を引き締めてから目的の駅で電車を降りる。

本社に着いてエレベーターを待っていると、中から降りてくる社員達の表情も明るい。

残業する人も今日は少なそうだった。

「お疲れ様です」

執務室に入ると、パソコンに向かっていた成瀬が「お疲れ様。ソファでちょっと待ってて」と美怜に声をかけてくる。

卓はまだ来ていなかった。

ぼんやりとソファから成瀬の様子に目を向けていると、成瀬はパソコンに両手を走らせながら、時折白い車のマウスに手をやりカチッと操作している。

(まだ使ってくれてるんだ。しかも職場で)

美怜は、自分からのプレゼントを大切に使ってもらっていることが嬉しくなった。

***

しばらくすると卓もやって来て、三人は成瀬の運転で通い慣れたホテルに向かった。

本館の最上階でエレベーターを降りると、フロアの絨毯の色もロイヤルブルーで、飾られた花瓶や絵画も趣きがある。

「他のフロアとは雰囲気も随分変わりますね」

卓の言葉に、そうだな、と成瀬も頷く。

「アネックス館は割りと自由にこちらのやり方を採用してもらえたが、本館に手を入れるとなるとそう簡単にはいかないだろうな」
「はい。今、うちの課の先輩が本館の内装について新たに案を練ってますが、なかなか先方との折り合いがつかずにいるようです」
「そうだろうな。うーん、こちらの担当者を増やした方がいいだろうか?」
「そうですねえ。先輩が誰かに手伝って欲しいと希望すればいいかもしれません」

ウキウキムード一色だった美怜は、神妙に二人の会話を聞きながら後ろをついて行く。

だが、フレンチレストランの入り口を入った途端、美怜の顔は否が応でもパーッと明るくなった。

まるで美術館のエントランスのような雰囲気の待ち合いスペースは、中央に大きな花がゴージャスに飾られている。

奥には大きく重厚な扉があり、その横で黒いスーツのスタッフが背筋を伸ばしてにこやかに立っていた。

三人が近づくと「いらっしゃいませ」と深々と頭を下げてから扉を開けてくれる。

落ち着いた雰囲気の受付カウンターにいるスタッフに成瀬が名乗ると、
「成瀬様三名様ですね。お待ちしておりました。係りの者がご案内いたします」
と言ってインカムで小さくやり取りをする。

すぐに同じく黒のスーツ姿の女性スタッフが現れた。

「お待たせいたしました。成瀬様、本日はご来店誠にありがとうございます。個室をご用意しております。どうぞこちらへ」

明るく品のある声のスタッフに三人が目を向けた次の瞬間。

「えっ?!」

その場で皆、固まってしまった。

「え、君、先日のパーティーの?」

そう言う成瀬に美怜も(総支配人のご令嬢だ!確か、友香さん)と思い出す。

「まあ!成瀬様って、メゾンテールの成瀬様でしたか。気づかずに失礼いたしました。事前に教えていただけましたら、特別メニューをご用意できたのですが…」
「いえ、そんな。どうぞお気遣いなく。それよりあなたがここにいらっしゃることに驚きました」
「今日はたまたまこのレストランにヘルプで入っておりますが、このホテルの全てのポジションに日替わりでついております」
「それは、フロント業務とかも?」
「はい。フロント以外にもコンシェルジュ、宴会やレストラン、客室係り、清掃やベッドメイキングなども」

ええー?!と三人は声を揃えて驚く。

「あら、そんなに意外でしたか?これでもベッドメイキングは、スタッフの中でも最短時間で仕上げられるんですよ」

は、はあ、と気の抜けた返事をする三人を、友香は個室に案内した。

***

無駄のない上品な身のこなしで、友香は三人の椅子を引き、グラスに水を注ぐ。

パーティーの時の華やかな装いではなく、黒のスーツを着て髪をシニヨンにまとめた今夜の友香は、若いのにベテランスタッフのように落ち着いている。

まず初めに成瀬に「食前酒はいかがなさいますか?」と尋ねた。

「私はアペリティフもノンアルコールで。二人にはアルコールメニューをお願いします」

成瀬の言葉に友香は、かしこまりました、と頷く。

美怜と卓が白ワインを、成瀬がノンアルコールのシャンパンをオーダーすると、友香がコースメニューを手渡した。

「本日のコースのポワソンは舌平目のチーズ焼き ヴァンブランソース、ヴィアンドは牛ほほ肉のフランス産赤ワイン煮でございます」
「では二人ともコースでいいかな?」
「もちろんです」

成瀬に頷きつつ、美怜は難しい言葉の並んだメニューをそっと閉じた。

格式高いフランス料理のコースは、アミューズやオードブルから始まり、スープ、魚料理、口直しのソルベ、肉料理、サラダ、チーズと、次々と手の込んだ美しく美味しい品が並ぶ。

更にはデザートも、アヴァン・デセールにジュレ、グラン・デセールにフォンダンショコラ、ミニャルディーズにクッキーやギモーヴまでいただき、美怜はもう心もお腹も大満足だった。

「失礼いたします。成瀬様、皆様。当ホテルの総支配人が、少しご挨拶させていただきたいと。よろしいでしょうか?」
「はい」

くつろいで他愛もない話をしていた三人は、途端にピシッと背筋を伸ばして立ち上がる。

「失礼いたします。これはこれは、皆様ようこそお越しくださいました」

パーティーの時と変わらない笑顔で、友香の父の総支配人がにこやかに現れた。

「高畑総支配人、お邪魔しております。美味しいフランス料理を振る舞っていただき、大変感激いたしました。どれもこれも、とても美味しくいただきました」
「それは良かった。成瀬さん、次回はぜひ私にご連絡ください。特別なコースをご用意いたしますよ。もちろん今夜も私からごちそうさせてください」
「いえ、そんな。どうぞお気遣いなく」
「そう遠慮なさらずに。その代わり、と言ってはなんですが、少し仕事の話をしてもいいかな?」
「はい。もちろんです」

成瀬が頷くと、総支配人は三人を促して座らせ、自分も空いていた席に座る。

「アネックス館のリニューアルが好評でね。新規の顧客もさることながら、昔からの馴染みのお客様も、新しく生まれ変わった部屋を楽しみに来てくださいます。そこで本館も同じように見直すことになりました。ただ、やはり古き良き面影を残した本館を、あまり大きく変えてはお客様をがっかりさせてしまう。その辺りのさじ加減が難しくてね」

三人は頷きながら耳を傾ける。

「そこでだ。今御社で担当になってくれている方とは別に、富樫さんにも本館の件について関わっていただきたい」

はっ?!と、いきなり自分の名前が出てきたことに卓は驚いた。

「今、うちの本館は御社のベッドだけの取引だ。他にも良い製品を年々新しく作り出しているのだろう?ぜひうちに合う家具や内装を考えて欲しい。場合によっては全室に取り入れて末永く御社と取引できればと思っている。どうかな?」

契約すればかなり大口の取引になるのは間違いなく、卓はゴクッと喉を鳴らす。

「君の案が良いと思えば、すぐに採用しよう。どんどん提案してきて欲しい。そして富樫さんとの連絡係は、友香、お前がやりなさい」

は?!と今度は友香が目を丸くする。

「なぜわたくしが?」
「なぜって、お前が一番適任じゃないか。大学の四年間みっちりホテルでアルバイトをし、今も全ポジションをその日その日でそつなくこなしている。お客様のことも、客室のことも、館内やレストラン、ホテルの全てのことをお前は熟知している。その上でどこをどう変えればお客様に喜ばれるか、富樫さんと一緒に考えてくれ」

友香は小さくため息をつくと、咎めるような視線を総支配人に向けた。

「公私混同されませんように、総支配人」
「おや?私がいつそんなことを?私はあくまでビジネスの話をしたまでだ。プライベートな感情を持っているのはお前の方じゃないのか?」

返す言葉が見つからない様子の友香に、総支配人はご機嫌で立ち上がる。

「それではよろしくお願いしますね、富樫さん。皆様も、またゆっくりお食事にいらしてください。いつでもお待ちしていますよ」
「はい、ありがとうございます。総支配人」

成瀬達も立ち上がり、深々とお辞儀をして見送った。

***

「富樫さん、すみません。父が勝手なことを申しまして」

総支配人のいなくなった部屋で、友香が困ったように頭を下げる。

「いえ、とんでもない。ありがたいお仕事のお話をいただき、大変恐縮です。お力になれるよう、私も精一杯尽力いたします。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

そして二人は名刺を交換する。

「今後の詳しいやり取りはメールでご連絡させていただきますね。せっかくですから、少しホテルの資料をお渡ししたいのですが…。富樫さん、お時間まだよろしいでしょうか?」
「はい、私は大丈夫ですが。友香さんは?」
「わたくしも大丈夫です。今夜のご予約のお客様は、皆様で最後ですから。では富樫さん、オフィス棟までご同行いただけますか?」
「承知しました」

四人でレストランを出ると、ロビーで成瀬や美怜と別れ、卓は友香について隣のオフィス棟に案内された。

「へえ、オフィス棟なんてあるんですね。ここもかなり大きな建物ですね」

長い廊下の両側にはオフィスが並び、こうして見るとどこかの大企業のようにも見える。

「はい。会社としての業務もここで行っております。従業員の人数も多いですし、ロッカーや休憩室、仮眠室もありますので」
「そうなんですね。ホテルは二十四時間体制だから、夜勤や早朝勤務は大変でしょう?」
「そうでもありませんよ。わたくしの場合、遊びでも徹夜しますから」
「あはは!お若い証拠です。大学を出られたばかりですか?」
「去年の三月に卒業しましたから、ホテルの正社員になって二年目に入ったところです」

ということは、自分よりも二つ年下か、と卓は頭の中で計算する。

「お若いのにしっかりしてらっしゃいますね。それに総支配人のご令嬢でいらっしゃるのに、現場でバリバリ働いて」
「あら、何もできない世間知らずな小娘に見えました?」
「いえ、とんでもない!ホテルのスタッフとしても、とても優秀な方だと思いました。生き生きとプライドを持ってお仕事されているようにお見受けします」
「ありがとうございます。家にずっといると見合いの話をされるので、仕事に逃げているっていうのも事実ですけどね」

ああ、と卓は、パーティーでのことを思い出した。

あんなふうにしつこく男に言い寄って来られては、断るのも大変だろう。

すると友香も同じくパーティーでの出来事を思い出したのか、卓を振り返って頬を赤らめた。

「先日はすみませんでした。今思い返すと、本当に恥ずかしくて」

あ…、と卓も気まずそうに目を伏せる。

あの男に芝居を打ち、ダーリンと呼ばれてハニーと返してしまったことは、思い出しただけでも赤面ものだ。

「お互いあのことは忘れましょう」
「そうですね。またあの男性に見つかったら、その時はちゃんとお名前で呼ばせてください。卓さん」
「分かりました。でも咄嗟にあんなお芝居をするなんて、案外面白い方ですね、友香さんって」
「いえいえ。あんなセリフ、言ったことないですよ?卓さんはどうか知りませんけど」
「私だって言ったことないですよ!」
「言ったことなくて、よくポンと出てきましたね、ハニーって」

卓は途端に顔を真っ赤にする。

「友香さんこそ。サラッと言いましたよね?ダーリ…」
「わー!もうこの話はやめにしましょう!」

友香も真っ赤になって慌てて手を振る。

「さっ、ビジネスビジネス」とひとり言のように呟きながら、友香は表情を引き締めて、卓を小さな会議室に案内した。

「ホテルのパンフレットと、簡単な見取り図などをお渡ししますね。客室内の家具やロビー装飾なども、写真で載せてあります」

そう言って友香は卓の前のテーブルにたくさんの資料を並べる。

「このホテルは、ありがたいことに古き良き時代を感じられる伝統的なホテルとしてお客様に愛されてきました。ですがいつまでも何もしないままでは、古き良き、ではなく、古臭いホテルになってしまいます。新しい時代を感じるからこそ、昔の良さも生かされてくると私は思います」

友香の言葉に卓も頷く。

「おっしゃる通りですね。弊社の家具のアンティークシリーズと、モダンでスタイリッシュな家具を良いバランスで配置し、相乗効果を得られたらと思います。いくつかシミュレーションした画像を作成し、ご提案できるよう進めてまいります」
「かしこまりました。御社の製品を詳しく拝見したいのですが、カタログなどはいただけますか?」
「すぐに準備いたします。実物を一度にご覧いただけるミュージアムにも、お時間があればぜひご案内させてください」

その後も二人は熱心に話し合いを続けた。

***

「じゃあ、行こうか。マンションまで送るよ」
「はい、ありがとうございます」

ロビーで卓と友香と別れたあと、成瀬と美怜は駐車場に向かった。

「結構ワイン飲んでたけど、大丈夫?」
「大丈夫です。お料理が美味しくて、ついつい飲み過ぎちゃいました。明日が土曜日で良かったです」
「ははは!昼までゆっくり休んで」
「さすがにそんなに寝ませんよ」

二人で雑談しながら、美怜のマンションまでドライブする。

「それにしても、総支配人から意外なお仕事のお話を受けましたね」
「そうだな。本館については、富樫の先輩が先方とやり取りしていたが、これからは友香さんから総支配人に話がいく方が早いだろうな。それに富樫なら、総支配人を納得させられるアイデアをすぐに提案できそうだし」
「そうなると、富樫さんの先輩の立場はどうなりますか?あまり快く思わないのではないかと心配です」
「まあ、いい気持ちはしないだろうな。その辺りは私が上手くやっておく。富樫とは別の大きな案件を割り振ったりね。あくまで富樫は友香さんのお手伝いをしているまでだってことにしておくよ」
「はい」

美怜は成瀬の言葉に安心して頷いた。

(やっぱり本部長は頼りになるな)

窓から見える外の景色を眺めながら、ゆったりと心地良い時間に身を任せる。

そう言えば、今車に二人切りだと気づいたが、心地良さは変わらない。

沈黙が続いても気まずさは感じなかった。

やがて美怜のマンションに着き、車から降りた成瀬は助手席のドアを開けて美怜に手を差し伸べた。

「ありがとうございます」

成瀬の手を借りて車を降りると、あれ?という呟きと共に成瀬がじっと、手に取ったままの美怜の左手を見つめる。

「どうかしましたか?」
「うん。このバラ…」
「ああ!本部長からいただいたチャームです」
「だよね。え?前はペンダントだった気がしたけど」
「はい。今日はブレスレットにしてみました」

ええ?!と成瀬は驚いて美怜の顔を見る。

「チャームからペンダントにして、そのあとブレスレットに?君、アクセサリー職人なの?」
「あはは!なんですか、それ」
「だってじゃあ、なんでこう次々と?」
「簡単ですよ。チャームのトップについているピンにバチカンをつけて、それを色んなアクセサリーにつけ替えただけです」
「は?なんだって?バチカン?」
「ふふ、これです。この金具」

そう言って美怜が左手のブレスレットの真ん中を指差すと、成瀬はその手を引き寄せてまじまじと見入った。

手首を包み込む大きな手の温かさと、じっと顔を寄せられる距離感に、次第に美怜はドキドキし始める。

「すごいな。どうやったらこんなことが?売り物にしか見えない。それにしても君の手首、真っ白で細くて綺麗だね」
「は?あの、いえ」

成瀬は親指を美怜の手首に当てると、優しく何度も滑らせる。

「うひゃっ、本部長!スリスリしないでください!くすぐったくて」
「あっ、ごめん。なんかすべすべして気持ち良くて」
「赤ちゃんのほっぺじゃないんですから」

美怜は慌てて手を引っ込めた。

成瀬は正面から美怜と向き合う。

「このバラのチャームをこんなに大切にしてくれてありがとう。なんか、俺がプレゼントされたみたいに嬉しいよ」
「いえ、こちらこそ。素敵なプレゼントをありがとうございました」
「気に入ってもらえて良かった」
「はい、私の大切な宝物です。本部長も、車のワイヤレスマウス、大切に使ってくださってありがとうございます」
「ああ、俺の大事なお気に入りだ」
「ふふっ、良かった」

二人で頬を緩めて見つめ合う。

「じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい。ありがとうございました」

両手を揃えてお辞儀をすると、美怜はくるりと向きを変えてエントランスに入っていく。

ふわっと揺れた薄紫色のワンピースが、今夜の可憐な美怜の雰囲気そのもので、成瀬の目に焼きついて残る。

エレベーターに乗り込む前にもう一度こちらを見て微笑む美怜を、成瀬は片手を挙げて優しく見守っていた。
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