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持て余す恋心
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一月十五日。
いよいよルミエールの客室リニューアルの初日を迎えた。
いつものように三人は成瀬の車でホテルに向かい、トラックの作業スタッフと合流して早速作業に取りかかった。
お客様が客室に少なくなるチェックアウトの十時からチェックインの十五時までしか作業時間は取れない。
その五時間で果たして何部屋できるかも、初日に確かめることになっていた。
「うーん、五部屋が限界か。一時間に一部屋のペース。これだと全室終えるのは期日ギリギリになるな。何か不具合やトラブルが発生した場合、ちょっと怖い」
成瀬が腕を組んでそう言うと、美怜も考えながら口を開いた。
「確かに。でも初日は慣れなくて手こずりましたから、回を重ねるごとに時間は短縮できるかもしれません。あとは、平日だけの作業時間を休日にも増やせば、トラブルが発生しても対応可能かと」
「なるほど、そうだな。富樫、その辺の記録を取っておいてくれるか。作業工程でどこに何分かかったか、とか」
「かしこましました。毎日各部屋ごとに記録を残しておきます」
「頼む。あと結城さん、今日は帰る前にプラネタリウム試そうか」
「はい!」
美怜は事前に成瀬にも提案し、試しに良さそうなプラネタリウムのプロジェクターを購入していた。
丸くて小型のプロジェクターを美怜が箱から取り出すと、成瀬は興味津々で覗き込む。
「おお、かっこいいフォルムだね。しかもハイスペックな感じ」
「はい。付属のスライドには色んな種類があって、星空だけでなく星雲や天の川、満月や宇宙や流星群といった様々なシーンを選べます。ライトも六種類のカラーがあって、混ぜてオリジナルの色を作ることも可能、音楽もBluetooth、USBで好きな曲を楽しめます。本体は充電できるので、ワイヤレスでお風呂場でも使えるんですって。フォーカスの調整もできるので、映し出す天井の高さは問題ありません」
「すごいな。早速試してみよう」
「はい」
卓が部屋の電気を消し、美怜がカーテンを閉める。
成瀬はベッドのヘッドボードにプロジェクターを置くと、角度を合わせてからスイッチを入れた。
次の瞬間…
「おおー!」
思わず三人は目を見開いて天井を仰いだ。
無数の星が瞬く夜空が、部屋一杯に鮮明に広がっている。
「こんなにはっきり鮮やかに映るんだ。すごいね」
そう言って成瀬は、靴を脱いでベッドに仰向けになった。
「いいな、これ。いつまでもこうやっていたくなる」
「本部長、ご自分用に欲しくなっちゃいましたか?」
「ああ、本気で欲しい。結城さん、どこで買ったの?これ」
「ええー?ほんとに買うんですか?」
「うん、買う」
きっぱりそう言う成瀬に、美怜は思わず笑い出す。
「ふふっ、ではあとで手配しておきますね。明日には届くと思います」
「やった!」
「あはは!そんな子どもみたいに喜ばなくても」
美怜はそっとベッドの端に座ると、成瀬と一緒に星空を見上げる。
「素敵ですね、癒やされます」
「ああ。毎晩タイマーをかけてこの星空を見ながら寝よう」
「えー、なんだか私も欲しくなってきました。買っちゃおうかな。メエメエとアロマとこのプロジェクター。これで私のおやすみタイムは完璧ですよ」
「ははっ!確かに」
楽しそうに話す二人の様子を、卓は少し離れたところから見つめる。
美怜の笑顔に惹かれながら、その笑顔を自分にだけ向けて欲しいと願い、そんな自分にまた胸がキュッと痛んだ。
***
倉本達も部屋に呼び、プラネタリウムを見てもらうと、これはいいですね!と喜ばれる。
社内で案を出し、賛同を得られればぜひ取り入れたいと言われ、美怜はプロジェクターをそのまま貸し出すことにした。
最後に挨拶をしてから、三人は駐車場へ向かう。
その途中、美怜はそっと卓に話しかけた。
「卓、最近何かあった?」
「え?別にないよ」
「そう?なんだか少し元気ないみたいな気がして。体調とか、大丈夫?もし忙しかったら、ルミエールの件は私と本部長だけで…」
美怜がそこまで言うと、卓は「いや」と即座に言葉をかぶせた。
「ほんとに大丈夫だから、俺もやるよ」
「そう?分かった。でも何かあったらすぐに教えてね」
「ああ」
大きく頷くと、美怜は安心したように、にこっと卓に微笑む。
その笑顔を見るのが幸せで、同時に切なくて…
卓はもどかしくやり切れない想いを抱えていた。
***
それからしばらくして、卓は佳代と美沙に飲みに誘われた。
てっきり美怜も一緒かと思っていたら、個室で待っていたのは二人だけで、卓は首をひねる。
「お疲れ様です。どうしたんですか?お二人で。美怜は?」
「今夜は美怜抜きで卓くんと話したくてね。ビールでいい?」
「あ、はい」
三人で乾杯すると、早速佳代が前のめりになって聞いてきた。
「卓くん。この間美怜と疑似デートしてきたんでしょ?今回は二人だけで」
「はい、そうです。そのおかげでプラネタリウムのアイデアを思いついて、ルミエールに提案したんです。そしたらぜひ取り入れたいって、カップル用の客室で貸し出すことになりました。佳代先輩、ありがとうございました」
「いやいや、そんな。後ろめたいからお礼なんて言わないで」
は?と卓は怪訝な面持ちで聞き返す。
「後ろめたいって、どういう意味ですか?」
「だから、その。汚れた私の心に純粋な眼差しを向けないでって言うか…」
ますます分からないとばかりに眉間にしわを寄せていると、美沙が横から口を開いた。
「まあ、それは置いておいて。卓くん、美怜との疑似デート、どうだった?楽しかった?」
「はい。楽し、かった、ですね、はい」
「ん?何その微妙なニュアンス」
「いえ、すごく楽しかったです。あいつもプラネタリウムに感激して、ランチはデザート三つも頼んでたし」
「へえ。可愛いね、美怜」
「はい…って、はい?」
焦って顔を上げる卓に、美沙は嬉しそうに笑い、佳代は驚いたように目を丸くする。
「わーい、卓くんが美怜に落ちた」
「ほんとに?こんなにあっさり?」
ちょ、ちょっと!と、卓は慌てて手を伸ばす。
「何を言ってるんですか?俺は別に、そんなことはひと言も…」
「言葉なんてなくても丸分かりよ。卓くん、哀愁漂わせて切なそうな顔してるもん。今までとは別人。ね、自覚はあるの?それともまだ自分の気持ちを認めたくない?」
美沙の言葉に、これはもう勝てないと観念して卓は小さく答えた。
「自覚は、あります。認めざるを得なくて。けど俺、今のままでいたいんです。親友の関係を壊したくなくて」
そう口にすると、またもや胸が苦しくなる。
思えば誰かにこの想いを打ち明けたのはこれが初めてだ。
一度口にしてしまえば、卓は気持ちが溢れたように止まらなくなった。
「あいつが言ってたんです。お互い同じ気持ちだったら恋人に進展してもいいけど、どちらかがそうじゃなかったら、そこで気まずくなって親友ではいられなくなるって。そんなふうに関係性が変わってしまうなら、私は親友のままがいいって。俺もそう思うんです」
うつむいたまま、卓は切なげに顔を歪めた。
「美怜の笑顔をずっと見たくて。もう俺に笑いかけてくれなくなったらって思うと怖くて。だから、このままずっと今まで通りに接するしかないって思ってます」
しばしの沈黙のあと、佳代が呟く。
「できるの?卓くん」
「…え?」
「美怜のこと、そんなに好きになったのに、その気持ちを押し殺して今まで通りになんて、本当にできる?」
「それは…、そうするしか」
すると佳代は大きく息を吐いた。
「いつもは超ポジティブなのに、卓くんらしくない。どうして悪い方だけ考えるの?美怜に気持ちを伝えて、美怜が頷いたら、あなた達は恋人同士になれるのよ?」
「でも、頷いてくれなかったら?もう二度と俺には無邪気に笑いかけてくれなくなる。それが何より怖いんです」
佳代は美沙と顔を見合わせる。
予想以上に卓は美怜に恋い焦がれ、辛い気持ちを抱えているようだった。
「ねえ、卓くん。美怜は今もフリーだし、特に誰か好きな人がいるようにも見えない。卓くんが告白すれば、頷く可能性だって大きいと思うわよ?美怜にとって卓くんは、一番近い存在な訳だしさ」
美沙が明るくそう言うが、卓は首を振った。
「あいつにとって一番近い存在は、俺だけじゃないです」
「え?他に誰がいるの?」
「本部長です」
本部長ー?!と、美沙は佳代と声を揃えておののく。
「本部長って、あの本部長?あんなにモテそうなのに彼女いないの?」
「はい。今はフリーだって」
「いや、それにしてもよ?あの人は美怜とは歳が離れてるし、立場だってウンと違う上司と部下だし。同期で親友だって認められてる卓くんの方が、絶対に本部長よりリードしてるって」
「そんなことないです」
またしても暗く否定する卓に、二人は顔を見合わせた。
「どうしてそう思うの?」
「それは、その…。あいつ、去年のクリスマスに俺にプレゼントくれたんです。本部長もその場にいたのに、俺にだけこっそり。それも車好きの俺に合わせて、車型のワイヤレスマウスを。俺、すごく嬉しくて。でも最近、本部長の執務室で見つけちゃったんです。本部長のデスクの上に、俺にくれたのと同じ車型のマウスが置いてあるのを。しかも本部長、俺が美怜に贈った誕生日プレゼントのこともご存知でした。きっと美怜が話したんだと思います。それくらい美怜にとって、本部長は気を許して何でも話せる存在なんです」
うーむ、と負けを認めたような様子の佳代を、美沙がツンツンと肘で突く。
「佳代、ほら、何とかしてよ」
「そんなこと言われても…」
小声でささやいていると、卓がフッと自嘲気味に笑った。
「すみません、気を遣わせてしまって。俺のことは気にしないでください」
「でも…」
「本当に大丈夫ですから」
「そう?何かあったらいつでも相談してね」
「はい。ありがとうございます、佳代先輩。美沙先輩も」
***
ある程度一品料理を食べ終わると、卓は早々に席を立つ。
「じゃあ、俺はお先に失礼します。これ、俺の分です」
「いいの!気にしないで」
慌てて五千円札を押し返す佳代に、でも、と卓が戸惑う。
「呼び出したのはこっちなんだから。それにこれでも私達、卓くんより先輩なの。おとなしく甘えてなさい」
「はい、ではお言葉に甘えて。ごちそうさまでした」
「うん。気をつけてね」
「はい、失礼します」
卓が個室を出て行くと、佳代と美沙は同時に大きなため息をつく。
「卓くん、めちゃくちゃ沼ってるね。お姉さん、胸が締めつけられちゃったわ」
「ほんとに。あんなに能天気ボーイだったのが、今は雨に打たれた子犬のよう」
「ねえ、美怜はこの卓くんの変化に気づいてると思う?」
「いやー、気づいてないでしょう。だから卓くんだって悩んでる訳だし」
「でもね、疑似デートの報告してくれた時、美怜言ってたのよ。卓が口数少なかったって。何か悩み事でもあるのかなって」
えっ!と美沙は顔を上げて佳代を見る。
「じゃあさ、美怜がそのうち卓くんの気持ちに気づくかも?」
「うん、私もそれはあり得ると思う。その時に美怜がどう思うか…。私も卓が好きかも?って少しでも思ってくれたらいいよね」
「うんうん。佳代、また疑似デートのプラン考えてあげようよ」
「そうだね。それなら卓くんも、気兼ねなく美怜とデートできる訳だしね。よし!早速考えるわよ、美沙」
手帳のフリーページを一枚破くと、佳代と美沙は二人でああでもない、こうでもないとプランを考え始めた。
いよいよルミエールの客室リニューアルの初日を迎えた。
いつものように三人は成瀬の車でホテルに向かい、トラックの作業スタッフと合流して早速作業に取りかかった。
お客様が客室に少なくなるチェックアウトの十時からチェックインの十五時までしか作業時間は取れない。
その五時間で果たして何部屋できるかも、初日に確かめることになっていた。
「うーん、五部屋が限界か。一時間に一部屋のペース。これだと全室終えるのは期日ギリギリになるな。何か不具合やトラブルが発生した場合、ちょっと怖い」
成瀬が腕を組んでそう言うと、美怜も考えながら口を開いた。
「確かに。でも初日は慣れなくて手こずりましたから、回を重ねるごとに時間は短縮できるかもしれません。あとは、平日だけの作業時間を休日にも増やせば、トラブルが発生しても対応可能かと」
「なるほど、そうだな。富樫、その辺の記録を取っておいてくれるか。作業工程でどこに何分かかったか、とか」
「かしこましました。毎日各部屋ごとに記録を残しておきます」
「頼む。あと結城さん、今日は帰る前にプラネタリウム試そうか」
「はい!」
美怜は事前に成瀬にも提案し、試しに良さそうなプラネタリウムのプロジェクターを購入していた。
丸くて小型のプロジェクターを美怜が箱から取り出すと、成瀬は興味津々で覗き込む。
「おお、かっこいいフォルムだね。しかもハイスペックな感じ」
「はい。付属のスライドには色んな種類があって、星空だけでなく星雲や天の川、満月や宇宙や流星群といった様々なシーンを選べます。ライトも六種類のカラーがあって、混ぜてオリジナルの色を作ることも可能、音楽もBluetooth、USBで好きな曲を楽しめます。本体は充電できるので、ワイヤレスでお風呂場でも使えるんですって。フォーカスの調整もできるので、映し出す天井の高さは問題ありません」
「すごいな。早速試してみよう」
「はい」
卓が部屋の電気を消し、美怜がカーテンを閉める。
成瀬はベッドのヘッドボードにプロジェクターを置くと、角度を合わせてからスイッチを入れた。
次の瞬間…
「おおー!」
思わず三人は目を見開いて天井を仰いだ。
無数の星が瞬く夜空が、部屋一杯に鮮明に広がっている。
「こんなにはっきり鮮やかに映るんだ。すごいね」
そう言って成瀬は、靴を脱いでベッドに仰向けになった。
「いいな、これ。いつまでもこうやっていたくなる」
「本部長、ご自分用に欲しくなっちゃいましたか?」
「ああ、本気で欲しい。結城さん、どこで買ったの?これ」
「ええー?ほんとに買うんですか?」
「うん、買う」
きっぱりそう言う成瀬に、美怜は思わず笑い出す。
「ふふっ、ではあとで手配しておきますね。明日には届くと思います」
「やった!」
「あはは!そんな子どもみたいに喜ばなくても」
美怜はそっとベッドの端に座ると、成瀬と一緒に星空を見上げる。
「素敵ですね、癒やされます」
「ああ。毎晩タイマーをかけてこの星空を見ながら寝よう」
「えー、なんだか私も欲しくなってきました。買っちゃおうかな。メエメエとアロマとこのプロジェクター。これで私のおやすみタイムは完璧ですよ」
「ははっ!確かに」
楽しそうに話す二人の様子を、卓は少し離れたところから見つめる。
美怜の笑顔に惹かれながら、その笑顔を自分にだけ向けて欲しいと願い、そんな自分にまた胸がキュッと痛んだ。
***
倉本達も部屋に呼び、プラネタリウムを見てもらうと、これはいいですね!と喜ばれる。
社内で案を出し、賛同を得られればぜひ取り入れたいと言われ、美怜はプロジェクターをそのまま貸し出すことにした。
最後に挨拶をしてから、三人は駐車場へ向かう。
その途中、美怜はそっと卓に話しかけた。
「卓、最近何かあった?」
「え?別にないよ」
「そう?なんだか少し元気ないみたいな気がして。体調とか、大丈夫?もし忙しかったら、ルミエールの件は私と本部長だけで…」
美怜がそこまで言うと、卓は「いや」と即座に言葉をかぶせた。
「ほんとに大丈夫だから、俺もやるよ」
「そう?分かった。でも何かあったらすぐに教えてね」
「ああ」
大きく頷くと、美怜は安心したように、にこっと卓に微笑む。
その笑顔を見るのが幸せで、同時に切なくて…
卓はもどかしくやり切れない想いを抱えていた。
***
それからしばらくして、卓は佳代と美沙に飲みに誘われた。
てっきり美怜も一緒かと思っていたら、個室で待っていたのは二人だけで、卓は首をひねる。
「お疲れ様です。どうしたんですか?お二人で。美怜は?」
「今夜は美怜抜きで卓くんと話したくてね。ビールでいい?」
「あ、はい」
三人で乾杯すると、早速佳代が前のめりになって聞いてきた。
「卓くん。この間美怜と疑似デートしてきたんでしょ?今回は二人だけで」
「はい、そうです。そのおかげでプラネタリウムのアイデアを思いついて、ルミエールに提案したんです。そしたらぜひ取り入れたいって、カップル用の客室で貸し出すことになりました。佳代先輩、ありがとうございました」
「いやいや、そんな。後ろめたいからお礼なんて言わないで」
は?と卓は怪訝な面持ちで聞き返す。
「後ろめたいって、どういう意味ですか?」
「だから、その。汚れた私の心に純粋な眼差しを向けないでって言うか…」
ますます分からないとばかりに眉間にしわを寄せていると、美沙が横から口を開いた。
「まあ、それは置いておいて。卓くん、美怜との疑似デート、どうだった?楽しかった?」
「はい。楽し、かった、ですね、はい」
「ん?何その微妙なニュアンス」
「いえ、すごく楽しかったです。あいつもプラネタリウムに感激して、ランチはデザート三つも頼んでたし」
「へえ。可愛いね、美怜」
「はい…って、はい?」
焦って顔を上げる卓に、美沙は嬉しそうに笑い、佳代は驚いたように目を丸くする。
「わーい、卓くんが美怜に落ちた」
「ほんとに?こんなにあっさり?」
ちょ、ちょっと!と、卓は慌てて手を伸ばす。
「何を言ってるんですか?俺は別に、そんなことはひと言も…」
「言葉なんてなくても丸分かりよ。卓くん、哀愁漂わせて切なそうな顔してるもん。今までとは別人。ね、自覚はあるの?それともまだ自分の気持ちを認めたくない?」
美沙の言葉に、これはもう勝てないと観念して卓は小さく答えた。
「自覚は、あります。認めざるを得なくて。けど俺、今のままでいたいんです。親友の関係を壊したくなくて」
そう口にすると、またもや胸が苦しくなる。
思えば誰かにこの想いを打ち明けたのはこれが初めてだ。
一度口にしてしまえば、卓は気持ちが溢れたように止まらなくなった。
「あいつが言ってたんです。お互い同じ気持ちだったら恋人に進展してもいいけど、どちらかがそうじゃなかったら、そこで気まずくなって親友ではいられなくなるって。そんなふうに関係性が変わってしまうなら、私は親友のままがいいって。俺もそう思うんです」
うつむいたまま、卓は切なげに顔を歪めた。
「美怜の笑顔をずっと見たくて。もう俺に笑いかけてくれなくなったらって思うと怖くて。だから、このままずっと今まで通りに接するしかないって思ってます」
しばしの沈黙のあと、佳代が呟く。
「できるの?卓くん」
「…え?」
「美怜のこと、そんなに好きになったのに、その気持ちを押し殺して今まで通りになんて、本当にできる?」
「それは…、そうするしか」
すると佳代は大きく息を吐いた。
「いつもは超ポジティブなのに、卓くんらしくない。どうして悪い方だけ考えるの?美怜に気持ちを伝えて、美怜が頷いたら、あなた達は恋人同士になれるのよ?」
「でも、頷いてくれなかったら?もう二度と俺には無邪気に笑いかけてくれなくなる。それが何より怖いんです」
佳代は美沙と顔を見合わせる。
予想以上に卓は美怜に恋い焦がれ、辛い気持ちを抱えているようだった。
「ねえ、卓くん。美怜は今もフリーだし、特に誰か好きな人がいるようにも見えない。卓くんが告白すれば、頷く可能性だって大きいと思うわよ?美怜にとって卓くんは、一番近い存在な訳だしさ」
美沙が明るくそう言うが、卓は首を振った。
「あいつにとって一番近い存在は、俺だけじゃないです」
「え?他に誰がいるの?」
「本部長です」
本部長ー?!と、美沙は佳代と声を揃えておののく。
「本部長って、あの本部長?あんなにモテそうなのに彼女いないの?」
「はい。今はフリーだって」
「いや、それにしてもよ?あの人は美怜とは歳が離れてるし、立場だってウンと違う上司と部下だし。同期で親友だって認められてる卓くんの方が、絶対に本部長よりリードしてるって」
「そんなことないです」
またしても暗く否定する卓に、二人は顔を見合わせた。
「どうしてそう思うの?」
「それは、その…。あいつ、去年のクリスマスに俺にプレゼントくれたんです。本部長もその場にいたのに、俺にだけこっそり。それも車好きの俺に合わせて、車型のワイヤレスマウスを。俺、すごく嬉しくて。でも最近、本部長の執務室で見つけちゃったんです。本部長のデスクの上に、俺にくれたのと同じ車型のマウスが置いてあるのを。しかも本部長、俺が美怜に贈った誕生日プレゼントのこともご存知でした。きっと美怜が話したんだと思います。それくらい美怜にとって、本部長は気を許して何でも話せる存在なんです」
うーむ、と負けを認めたような様子の佳代を、美沙がツンツンと肘で突く。
「佳代、ほら、何とかしてよ」
「そんなこと言われても…」
小声でささやいていると、卓がフッと自嘲気味に笑った。
「すみません、気を遣わせてしまって。俺のことは気にしないでください」
「でも…」
「本当に大丈夫ですから」
「そう?何かあったらいつでも相談してね」
「はい。ありがとうございます、佳代先輩。美沙先輩も」
***
ある程度一品料理を食べ終わると、卓は早々に席を立つ。
「じゃあ、俺はお先に失礼します。これ、俺の分です」
「いいの!気にしないで」
慌てて五千円札を押し返す佳代に、でも、と卓が戸惑う。
「呼び出したのはこっちなんだから。それにこれでも私達、卓くんより先輩なの。おとなしく甘えてなさい」
「はい、ではお言葉に甘えて。ごちそうさまでした」
「うん。気をつけてね」
「はい、失礼します」
卓が個室を出て行くと、佳代と美沙は同時に大きなため息をつく。
「卓くん、めちゃくちゃ沼ってるね。お姉さん、胸が締めつけられちゃったわ」
「ほんとに。あんなに能天気ボーイだったのが、今は雨に打たれた子犬のよう」
「ねえ、美怜はこの卓くんの変化に気づいてると思う?」
「いやー、気づいてないでしょう。だから卓くんだって悩んでる訳だし」
「でもね、疑似デートの報告してくれた時、美怜言ってたのよ。卓が口数少なかったって。何か悩み事でもあるのかなって」
えっ!と美沙は顔を上げて佳代を見る。
「じゃあさ、美怜がそのうち卓くんの気持ちに気づくかも?」
「うん、私もそれはあり得ると思う。その時に美怜がどう思うか…。私も卓が好きかも?って少しでも思ってくれたらいいよね」
「うんうん。佳代、また疑似デートのプラン考えてあげようよ」
「そうだね。それなら卓くんも、気兼ねなく美怜とデートできる訳だしね。よし!早速考えるわよ、美沙」
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