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すれ違う心
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「美怜ー、お誕生日おめでとう!」
十二月二十日。
美怜の二十五歳の誕生日がやって来た。
「ありがとうございます!」
出勤するなり、先輩達が次々とプレゼントを手渡し、お祝いの言葉をかけてくれる。
「結城さん、おめでとう!これは私から。あ、選んだのは女房だけどね」
そう言って課長も、小さなうさぎが飾られたフラワーアレンジメントを美怜に渡した。
「ありがとうございます!わあ、とっても可愛い!奥様にもよろしくお伝えください」
美怜はたくさんのプレゼントを抱えて満面の笑みを浮かべる。
その日はミュージアムの案内も穏やかに済み、閉館後は忘年会も兼ねて皆で食事に行くことになった。
掘りごたつの個室で鍋を囲み、皆で賑やかにワイワイと盛り上がる。
すると「お疲れ様でーす!」と卓がふすまを開けて入って来た。
「あれ?どうして卓も?」
「誕生日プレゼント持って駆けつけろってお姉様方のお達しがあってさ。はいよ、プレゼント」
「ありがとう!ん?これなあに?ぬいぐるみ?」
白くてモコモコした手触りの良い、ひつじの人形のようなものが袋に入っている。
「それ、ひつじの湯たんぽ」
「湯たんぽ?!いい、湯たんぽいい!毎晩ぬくぬく眠れるー。ありがとう!卓」
「どういたしまして」
笑顔を弾けさせる美怜に、卓も頬を緩める。
隣に座った卓のグラスに、美怜はビールを注いだ。
しばらくは美味しい鍋を食べながら、おしゃべりを楽しむ。
美怜が反対隣の課長と話し始めたタイミングで、卓は佳代に声をかけられた。
「ね、卓くん。ちょっといい?」
小声で真剣に話しかけられ、卓は、はいと振り返る。
「うわっ、ど、どうしたんですか?」
佳代の後ろには、いつの間にかずらりと先輩達が顔を揃えていた。
「卓くん。聞きたいことがあるんだけど」
「はい、何でしょう。ってか、恐ろしい…」
「恐ろしい?今、恐ろしいって言った?」
「言ってません!お美しいお姉様方に囲まれて、恐れ多いって言っただけです」
「どうだか…。まあ、いいでしょう」
にこりともせず、佳代はずいっと膝を進める。
「卓くんは、異性の親友が成立すると思う派?」
「ああ、それですか。美怜とも話してたんですよね。俺、最初は成立するって思ってたんです。実際、美怜は親友だし。けどよくよく考えてみたらちょっと違うかなって」
「どう違うの?」
「ずっと親友だと思ってた男女も、ふとした瞬間にいい感じの雰囲気になって、そうすると一線超えちゃうだろうなって。だから異性の親友は、単にそんな雰囲気になったことがないだけなのかなと。何かのきっかけがあれば恋人同士になる、そんなちょっと危うさを抱えた親友ってことですかね」
「なるほど」
佳代は頷くとくるりと向きを変え、後ろに控えた美沙達と正座で円陣を組み、ひそひそと顔を寄せて話し始めた。
「ってことはよ?卓くんはシチュエーション次第では、美怜とそうなるかもって思ってるんじゃない?」
「うんうん。少なくとも、美怜は恋愛対象外って割り切ってる訳ではなさそうね」
「だったらロマンチックな雰囲気に持っていけば、ひょっとしてひょっとするかも?」
「そうね。ちょっとお膳立てしてみよう。あとは、卓くんのあの妙な軽さが心配ね」
「確かに。そこは釘刺しておこう」
どうしたんだ?と卓が眉根を寄せていると、先輩達は一斉に顔を上げてこちらを見た。
「卓くん」
「わっ!はい、何でしょう?」
「いい?美怜には父親代わりがこんなにたくさんいるの。どんな相手でも嫁に出すのは複雑な心境なの。それを忘れないで」
は?!と卓は目が点になる。
「それで卓くん。クリスマスの予定は?」
「二十五日ですか?仕事です」
「仕事のあとよ!夜は?」
「ですから仕事です」
むーっ、と先輩達は卓を睨み始める。
「ちょっと待ってくださいよ。本当に夜も仕事です。ルミエールのクリスマス装飾の撤去に立ち会わないといけないので」
「え?ってことは、ひょっとして美怜も?」
「はい。あと本部長も。いつもルミエールにはこの三人で行ってます」
「なるほど。少々お待ちを」
そう言うとまた先輩達は円陣を組んでひそひそと顔を寄せ合った。
「じゃあさ、撤去作業が終わったらそのままホテルの部屋に泊まるってのは?私達で予約入れてあげようか」
「でも本部長もいらっしゃるんでしょ?」
「ああ、そっか。そこはさあ、若い二人に気を利かせてくれないかなあ?クリスマスなんだし」
「本部長は彼女いるのかな?案外、そそくさと帰るかもよ?」
「そうか、あんなにイケメンだもん。モテるよね」
「よし!じゃあ早速ダブルルームを予約しよう」
佳代がスマートフォンを取り出し、皆も真剣に画面を覗き込んだのだが…
「ま、満室」
揃ってがっくりと肩を落とす先輩達を、卓はキョトンと眺めていた。
***
クリスマスがやって来た。
美怜はいつも通りミュージアムでの案内を終えると、クリスマスの飾りの片づけは先輩達に任せて本社へ向かう。
本部長の執務室で卓と成瀬と落ち合うことになっていた。
コンコンと執務室のドアをノックすると、「どうぞ」と成瀬の声がする。
失礼いたしますと中に入ると、またもや秘書課の人らしい、すらりとしたスーツの女性が成瀬の隣に立っていた。
「年末までのスケジュールと年始のスケジュールがこちらです。パーティーや懇親会、忘年会や新年会も目白押しですので、お忙しくなると思いますがよろしくお願いいたします」
「分かりました。ありがとうございます」
「それでは、これで」
優雅にお辞儀をして歩き出そうとした女性は、思い出したように足を止めた。
「本部長、よろしければこちらを。メリークリスマス」
え?と成瀬は差し出された四角い箱を見つめる。
「ささやかなプレゼントですわ。でもご迷惑でしたら…」
そう言って女性が手を引くと、成瀬は慌てて手を伸ばした。
「いや、受け取らせていただくよ。ありがとう。すまない、私は何も用意していなくて」
「お気になさらず。それでは」
女性はもう一度会釈してから、綺麗な姿勢で部屋を横切って退室していった。
成瀬が、受け取ったプレゼントをデスクにしまうのを、美怜はぼんやりと眺める。
(あれって高級ブランドのパッケージよね?どうしよう。渡すのやめようかな)
卓と成瀬に渡そうと、美怜もちょっとしたクリスマスプレゼントを用意していた。
だがもちろん高級ブランドの物ではないし、先程の女性が贈ったプレゼントに比べれば子どもっぽいと思われるのは間違いない。
(そっか。本部長にはさっきみたいな大人の女性がお似合いよね。なんて言うか、スマートで知的で、立ち居振る舞いも余裕があって美しくて。ホテルのバーに並んで座って、お酒とか飲んでるお二人が目に浮かぶ。映画のワンシーンみたいな)
それに引き替え、と美怜は自分の格好を見下ろす。
いつものリクルートスーツは、入社式から成長していないことの表れのようだった。
(私も大人っぽいスーツとピンヒール買おうかな。でも似合わなくて、逆に痛々しいかも)
うつむいて考え込んでいると、結城さん?と声がした。
「どうかしたか?」
デスクから心配そうに成瀬が声をかけてくる。
「いえ!何でもありません」
「本当に?」
「はい、本当に何でもありません」
まだ何か言いたそうに成瀬が口を開こうとした時、ノックの音がして卓の声がした。
「富樫です!失礼しまーす!メリークリスマース!」
成瀬は入って来た卓にぷっと吹き出す。
「富樫。お前、悩みとかないのか?」
「ありまーす!」
「それでそんなに陽気なのか?」
「だって今夜もまたあの車に乗れるからでーす!」
はあ、と成瀬は盛大なため息をついた。
***
ウキウキと車に乗り込んだ卓は、ホテルへと向かう間、ひたすら陽気にクリスマスソングを歌い続ける。
うるさい!と成瀬が咎めても治まらず、諦めた成瀬は「クリスマスのロマンチックなムードなんてかけらもない」と嘆いていた。
ホテルに着くと倉本達に挨拶し、早速撤去作業に取りかかる。
営業時間を終えたブライダルコーナーやチャペル、ガーデンテラスやリース作りの会場から始めて、徐々にレストランやショップ、最後に館内のフォトスポットとロビーの飾りを撤去した。
クリスマスツリーだけは、朝チェックアウトのお客様の為に残しておくのだという。
セッティングとは違って撤去作業はあっという間に終わり、たくさんの家具を積んだトラックを見送ると、最後に倉本に挨拶した。
「以上で作業は完了です。次回はお正月の装飾に年末お邪魔いたします。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。クリスマスなのにありがとうございました。お部屋をご用意したかったのですが、あいにくクリスマス当日は難しく…」
「いえいえ、そんな!お気遣いなく。前回だけで充分です。それではこれで失礼いたします」
三人はお辞儀をして倉本と別れ、地下駐車場へ向かう。
「先に結城さんのマンションまで送るよ」
「はい、ありがとうございます。本部長」
卓と並んで歩きながら、美怜はそっと卓にプレゼントの包みを手渡した。
「ん?何これ」
「クリスマスプレゼント。大したものじゃないんだけど、気持ちだけ」
「お、ありがとう!俺もなんか用意してくれば良かったな」
「ううん。誕生日にプレゼントくれたじゃない。嬉しかった。それにあのメエメエ、すっごくあったかいの!もうメエメエなしでは寝られないわ」
「ははは!名前までつけて愛用してくれてるんだ。良かったよ、気に入ってもらえて」
「うん。ありがとね」
二人の会話を背中で聞きながら、成瀬は頭の中に色んなハテナが駆け巡っていた。
(な、なんだ?結城さん、富樫にだけクリスマスプレゼントを?しかも誕生日って?結城さん、誕生日だったのか?富樫が贈った誕生日プレゼントを、結城さんは気に入ってて。なんだ?メエメエって。富樫は何を贈ったんだ?)
気にはなるが、気軽に聞ける雰囲気でもない。
二人は自分の背後で楽しそうに会話している。
(やっぱり俺とは違うよな。二人は歳も同じで気が合う親友同士。上司と部下では大きな壁がある)
成瀬は一人取り残されたような寂しさを感じていた。
***
美怜のマンションまで来ると、成瀬は車を止めて助手席のドアを開ける。
「送ってくださってありがとうございました」
「いや。遅くまでお疲れ様。ゆっくり休んで」
「はい、失礼いたします」
美怜は車内を振り返り、卓にも「おやすみなさい」と声をかける。
「おやすみ。またな」
「うん」
美怜が車を見送ろうとすると、成瀬が早く中へと促した。
「寒いし、君の方が心配なんだから。ほら、入って」
「はい。それではここで」
美怜はもう一度お辞儀をしてから、ロックを解除してエントランスに入る。
エレベーターに乗る前に外に目をやると、まだその場に佇んでいた成瀬が軽く手を挙げるのが見えた。
またもや頭を下げて、エレベーターに乗る。
三階のワンルームに帰ってくると、ふう、と息をついてから、美怜はカバンの中を覗いた。
そこには、成瀬に渡しそびれたクリスマスプレゼントが入ったままだった。
***
気を取り直してお風呂に入ると、美怜はクリーム色のふわふわパジャマを着る。
髪を乾かす前に湯たんぽ用のお湯を沸かそうと、ホーローのケトルをガスコンロに載せて火をつけた。
と、ふいにピンポーン!とマンションのエントランスのインターホンが鳴り、美怜はビクッと身体をこわばらせる。
(うそ、誰?!もう真夜中なのに…)
恐る恐るモニターを見ると、成瀬の姿があった。
(え、本部長?!どうして)
美怜は急いで応答ボタンを押す。
「本部長、どうなさいましたか?」
「遅くにすまない。帰宅してから助手席を見たら、君のスマホが落ちていた。ないと困るだろうと思って…」
「ええ?!私ったら。すみません!すぐにそちらに行きます」
「いや、だめだ。こんな時間に危ない。俺が玄関まで行く」
「でも…」
「ロックを解除して」
「は、はい」
言われるがまま、美怜はロックを解除した。
モニターに映る成瀬が自動ドアの中へ姿を消す。
「え、本部長がここに?ひゃあ!私、パジャマだし。どうしよう、着替える?いや、そんな時間ないか。途中でピンポン鳴ったらそれこそ困るし」
クマのようにウロウロしていると、玄関のインターホンが鳴った。
「成瀬だ」
「はははい!今開けます!」
とにかくお待たせしてはいけないと、美怜は急いで玄関まで行きドアを開けた。
「こら、ドアを開ける時はチェーンを掛けたままにしなきゃだめだろ?」
いきなり真顔で咎められ、美怜は身体を縮こまらせる。
「あ、えっと。チェーンはなくて」
「ああ、そうか。なんだっけ?ガキンッてやつ」
「ドアガードです」
「そう、それ」
「でも本部長って分かってましたし」
「それでもだめだよ。はい、スマホ。君ので間違いない?」
成瀬が差し出したスマートフォンを受け取り、美怜は頷く。
「はい、間違いありません。わざわざ届けてくださってありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
「いや。こっちこそこんな深夜に悪かった」
「いえ。本当に助かりました」
その時、エレベーターが到着して男性がこちらに歩いて来るのが見え、成瀬は思わず美怜の肩を抱いて玄関に入り、ドアを閉めた。
「本部長?あの…」
「すまん。男の人がこっちに歩いて来てね。君の姿を見られたらいけないから」
その言葉に、美怜はハッとして己の格好を確かめた。
(そうだ!私、パジャマ姿だった!)
しかも胸にはメエメエを抱いている。
(こ、こんなの、お子ちゃま感丸出し…)
ガーン…と打ちのめされていると、成瀬が、ん?と首をひねった。
「君、髪まだ乾かしてないの?」
「あ、はい!すみません。先にお湯を沸かそうと思って…。あ!いけない、ガスコンロ!」
美怜はパタパタとキッチンに戻り、シューシューと蒸気を上げているケトルの火を急いで消す。
注ぎ口から熱湯が吹きこぼれていて、美怜はコンロから下ろそうとケトルの持ち手を握った。
「熱っ!」
キンキンに熱くなっている持ち手に驚いて、美怜は弾かれたように手を引っ込める。
「大丈夫か?!」
靴を脱いだ成瀬が駆け寄ってきて、美怜の手を掴んだ。
「ちょっと貸して」
そのまま手を引き寄せると、キッチンの流水で美怜の手を冷やす。
真剣な表情でじっと手を握ったままの成瀬にドキドキして、美怜は思わず左手のメエメエをきつく抱きしめた。
「これくらいでいいかな。痛みはない?」
「はい、大丈夫です」
「保冷剤はある?」
「あ、フリーザーに」
成瀬はフリーザーを開けると小さな保冷剤を取り出し、自分のハンカチに包んで美怜の手に握らせた。
「ソファに座って。もうしばらくこうしてて」
「はい、すみません」
美怜がソファに腰を下ろすと、成瀬は顔を上げて部屋の横のドアに目を向ける。
「ドライヤーはある?」
「洗面所にあります」
「ちょっと失礼していい?」
成瀬は立ち上がるとドアを開け、洗面台の横に掛けてあったドライヤーを手にして戻って来た。
ソファの横のコンセントに差し込むと、スイッチを入れて美怜の髪を乾かし始める。
「えええ?!あの、本部長!」
ブオーというドライヤーの音に負けじと、美怜は声を上げた。
「ん?何か言った?」
「あの!本部長にこんなことをさせる訳には…」
「このままだと風邪引くでしょ。それとそんなに大きな声出すと隣の人に聞こえるよ」
「あ…、はい」
美怜はおとなしくされるがままになる。
気がつくとまたしてもメエメエを胸にしっかりと抱きしめていた。
(本部長、本当に保護者の気分なんだろうな。私のこと、高校生どころか中学生みたいに思ってるのかも)
いや、ふわふわパジャマにメエメエとくれば、下手したら幼稚園児かもしれない。
(せめて大人っぽいシルクのパジャマなら良かったのに。もしくはナイトガウンとか?今度買いに行こうかな。って、いやいや。もう次はないから)
美怜は思わず首を振りそうになってこらえた。
あらかた乾くと、成瀬は指で優しく美怜の髪を梳く。
サラサラと髪が落ちてくる感覚に、こそばゆさと気持ち良さが入り混じり、思わず美怜はうつむいた。
「君の髪、すごく細くて綺麗だな。触ってるとなんか…、気持ち良くて癖になる」
成瀬の呟きがドライヤーの音で聞き取れず、え?と美怜は聞き返す。
すると成瀬が「これくらいでいい?」とドライヤーのスイッチをオフにした。
「はい!ありがとうございます。すみません、お手を煩わせてしまって」
「いいから。もう一度手を見せて」
美怜の右手に視線を落とした成瀬は、ふいに「この子がメエメエ?」と尋ねる。
「ええ?!ど、どうしてご存知なんですか?」
「いや、ちょっとね。毎日一緒に寝てるんだろう?」
「そそそ、そうですけど。え、本部長。夜の私をご存知で?」
「ぶっ!言い方!知らないよ。けど富樫が誕生日プレゼントに贈ったぬいぐるみなんだろう?二人の会話が聞こえてきたんだ」
「あ、そうだったんですか。ちなみにぬいぐるみではなく、湯たんぽなんです。だから毎晩一緒に寝ていて」
「湯たんぽ?あ、それでお湯を沸かしてたのか」
「そうなんです」
なるほど、と納得すると成瀬は美怜の右手を取った。
保冷剤を外して包んでいたハンカチをポケットにしまい、じっと美怜の手のひらに目を落とす。
「赤みはないし、もう平気かな?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「ん。じゃあ、ちょっとメエメエ借りるよ」
成瀬は、え?と戸惑う美怜からメエメエを取り上げるとキッチンへ行き、お湯を入れて戻って来た。
「おお、確かに温かくていいね。はい、メエメエ」
「すみません、こんなことまでしていただいて。ありがとうございます」
「どういたしまして」
胸にメエメエを抱える美怜を見て、ふと思い出したように成瀬は切り出す。
「誕生日おめでとう。ごめん、知らなくて何もお祝いできずに」
「いえいえ!まさかそんな」
美怜は慌てて右手を振った。
「何日だったの?誕生日」
「二十日です。二十五歳になりました」
「そう、おめでとう。遅くなったけど、何かお祝いの品を贈らせてもらうよ」
「いえ、とんでもない!それに私、本部長から見たらものすごく幼いですよね?お祝いの品なんて、本部長に選んでいただくには値しません」
は?と成瀬は思い切り怪訝そうな声を出す。
「何それ。俺がお祝いを選ぶのに値しない?何を訳が分からないこと言ってるの?」
「ですから、私と本部長では生活レベルが違い過ぎるんです。あと、精神年齢と言うか、まあ、実年齢もですけど。とにかく別次元の方なんです。そんな本部長が私にお祝いの品なんて。私には絶対ふさわしくないです」
成瀬は見た目にもムッと不機嫌になった。
「聞き捨てならない。なぜそんなことを思うの?確かに君と俺とは九歳も違う。俺の感覚では若い君が喜んでくれそうなプレゼントは見当がつかないけど、それでも何かを贈りたい。それをそんなふうに拒絶されると悲しくなる。君の誕生日をお祝いしたいって気持ちも迷惑なの?」
「ち、違います!そんな意図では全くありません」
「じゃあ、どういう意味?」
「あの、本部長。秘書の方から高級ブランドのクリスマスプレゼントを贈られたでしょう?その時思ったんです。本部長はあの方のように大人同士のおつき合いをされる方だって。私なんか、たとえ仕事でも本部長の隣に立つのもおこがましいなって。ですから私のことなんてお見捨ておきください」
シン…と静けさが広がる。
成瀬の表情がどんどん硬く暗くなっていくのが分かり、美怜は戸惑った。
「あの、本部長?私、何か失礼なことを?」
恐る恐る尋ねると、じっとうつむいたままだった成瀬がようやく顔を上げた。
「こんなに傷つくとは思わなかった。俺は君の仕事ぶりを認め、ずっと頼りにしてきた。大きな仕事に一緒に挑み、今も完璧にこなしてくれている君は、俺にとって欠かせない存在だと思っていた。でも君は違ったんだね。こんなにもはっきりと拒絶されて、大きな壁を作られて、俺は…」
そこまで言うと何かをこらえるようにキュッと眉根を寄せる。
「ごめん、夜遅くに。お大事にして」
美怜の顔も見ずに立ち上がった成瀬に、思わず「本部長!」と手を伸ばして呼び止める。
その時、ソファの端に置いておいた美怜のカバンが床に落ち、中から四角い箱が滑り出た。
綺麗にラッピングされたその箱は、リボンに手書きのカードが挟んである。
『 成瀬本部長へ
Merry Xmas!
いつもありがとうございます。
素敵なクリスマスを…
結城 』
ちらりとカードに目を落とした成瀬は、ますます辛そうな顔になり、気持ちを振り切るように背を向けて部屋を出て行った。
十二月二十日。
美怜の二十五歳の誕生日がやって来た。
「ありがとうございます!」
出勤するなり、先輩達が次々とプレゼントを手渡し、お祝いの言葉をかけてくれる。
「結城さん、おめでとう!これは私から。あ、選んだのは女房だけどね」
そう言って課長も、小さなうさぎが飾られたフラワーアレンジメントを美怜に渡した。
「ありがとうございます!わあ、とっても可愛い!奥様にもよろしくお伝えください」
美怜はたくさんのプレゼントを抱えて満面の笑みを浮かべる。
その日はミュージアムの案内も穏やかに済み、閉館後は忘年会も兼ねて皆で食事に行くことになった。
掘りごたつの個室で鍋を囲み、皆で賑やかにワイワイと盛り上がる。
すると「お疲れ様でーす!」と卓がふすまを開けて入って来た。
「あれ?どうして卓も?」
「誕生日プレゼント持って駆けつけろってお姉様方のお達しがあってさ。はいよ、プレゼント」
「ありがとう!ん?これなあに?ぬいぐるみ?」
白くてモコモコした手触りの良い、ひつじの人形のようなものが袋に入っている。
「それ、ひつじの湯たんぽ」
「湯たんぽ?!いい、湯たんぽいい!毎晩ぬくぬく眠れるー。ありがとう!卓」
「どういたしまして」
笑顔を弾けさせる美怜に、卓も頬を緩める。
隣に座った卓のグラスに、美怜はビールを注いだ。
しばらくは美味しい鍋を食べながら、おしゃべりを楽しむ。
美怜が反対隣の課長と話し始めたタイミングで、卓は佳代に声をかけられた。
「ね、卓くん。ちょっといい?」
小声で真剣に話しかけられ、卓は、はいと振り返る。
「うわっ、ど、どうしたんですか?」
佳代の後ろには、いつの間にかずらりと先輩達が顔を揃えていた。
「卓くん。聞きたいことがあるんだけど」
「はい、何でしょう。ってか、恐ろしい…」
「恐ろしい?今、恐ろしいって言った?」
「言ってません!お美しいお姉様方に囲まれて、恐れ多いって言っただけです」
「どうだか…。まあ、いいでしょう」
にこりともせず、佳代はずいっと膝を進める。
「卓くんは、異性の親友が成立すると思う派?」
「ああ、それですか。美怜とも話してたんですよね。俺、最初は成立するって思ってたんです。実際、美怜は親友だし。けどよくよく考えてみたらちょっと違うかなって」
「どう違うの?」
「ずっと親友だと思ってた男女も、ふとした瞬間にいい感じの雰囲気になって、そうすると一線超えちゃうだろうなって。だから異性の親友は、単にそんな雰囲気になったことがないだけなのかなと。何かのきっかけがあれば恋人同士になる、そんなちょっと危うさを抱えた親友ってことですかね」
「なるほど」
佳代は頷くとくるりと向きを変え、後ろに控えた美沙達と正座で円陣を組み、ひそひそと顔を寄せて話し始めた。
「ってことはよ?卓くんはシチュエーション次第では、美怜とそうなるかもって思ってるんじゃない?」
「うんうん。少なくとも、美怜は恋愛対象外って割り切ってる訳ではなさそうね」
「だったらロマンチックな雰囲気に持っていけば、ひょっとしてひょっとするかも?」
「そうね。ちょっとお膳立てしてみよう。あとは、卓くんのあの妙な軽さが心配ね」
「確かに。そこは釘刺しておこう」
どうしたんだ?と卓が眉根を寄せていると、先輩達は一斉に顔を上げてこちらを見た。
「卓くん」
「わっ!はい、何でしょう?」
「いい?美怜には父親代わりがこんなにたくさんいるの。どんな相手でも嫁に出すのは複雑な心境なの。それを忘れないで」
は?!と卓は目が点になる。
「それで卓くん。クリスマスの予定は?」
「二十五日ですか?仕事です」
「仕事のあとよ!夜は?」
「ですから仕事です」
むーっ、と先輩達は卓を睨み始める。
「ちょっと待ってくださいよ。本当に夜も仕事です。ルミエールのクリスマス装飾の撤去に立ち会わないといけないので」
「え?ってことは、ひょっとして美怜も?」
「はい。あと本部長も。いつもルミエールにはこの三人で行ってます」
「なるほど。少々お待ちを」
そう言うとまた先輩達は円陣を組んでひそひそと顔を寄せ合った。
「じゃあさ、撤去作業が終わったらそのままホテルの部屋に泊まるってのは?私達で予約入れてあげようか」
「でも本部長もいらっしゃるんでしょ?」
「ああ、そっか。そこはさあ、若い二人に気を利かせてくれないかなあ?クリスマスなんだし」
「本部長は彼女いるのかな?案外、そそくさと帰るかもよ?」
「そうか、あんなにイケメンだもん。モテるよね」
「よし!じゃあ早速ダブルルームを予約しよう」
佳代がスマートフォンを取り出し、皆も真剣に画面を覗き込んだのだが…
「ま、満室」
揃ってがっくりと肩を落とす先輩達を、卓はキョトンと眺めていた。
***
クリスマスがやって来た。
美怜はいつも通りミュージアムでの案内を終えると、クリスマスの飾りの片づけは先輩達に任せて本社へ向かう。
本部長の執務室で卓と成瀬と落ち合うことになっていた。
コンコンと執務室のドアをノックすると、「どうぞ」と成瀬の声がする。
失礼いたしますと中に入ると、またもや秘書課の人らしい、すらりとしたスーツの女性が成瀬の隣に立っていた。
「年末までのスケジュールと年始のスケジュールがこちらです。パーティーや懇親会、忘年会や新年会も目白押しですので、お忙しくなると思いますがよろしくお願いいたします」
「分かりました。ありがとうございます」
「それでは、これで」
優雅にお辞儀をして歩き出そうとした女性は、思い出したように足を止めた。
「本部長、よろしければこちらを。メリークリスマス」
え?と成瀬は差し出された四角い箱を見つめる。
「ささやかなプレゼントですわ。でもご迷惑でしたら…」
そう言って女性が手を引くと、成瀬は慌てて手を伸ばした。
「いや、受け取らせていただくよ。ありがとう。すまない、私は何も用意していなくて」
「お気になさらず。それでは」
女性はもう一度会釈してから、綺麗な姿勢で部屋を横切って退室していった。
成瀬が、受け取ったプレゼントをデスクにしまうのを、美怜はぼんやりと眺める。
(あれって高級ブランドのパッケージよね?どうしよう。渡すのやめようかな)
卓と成瀬に渡そうと、美怜もちょっとしたクリスマスプレゼントを用意していた。
だがもちろん高級ブランドの物ではないし、先程の女性が贈ったプレゼントに比べれば子どもっぽいと思われるのは間違いない。
(そっか。本部長にはさっきみたいな大人の女性がお似合いよね。なんて言うか、スマートで知的で、立ち居振る舞いも余裕があって美しくて。ホテルのバーに並んで座って、お酒とか飲んでるお二人が目に浮かぶ。映画のワンシーンみたいな)
それに引き替え、と美怜は自分の格好を見下ろす。
いつものリクルートスーツは、入社式から成長していないことの表れのようだった。
(私も大人っぽいスーツとピンヒール買おうかな。でも似合わなくて、逆に痛々しいかも)
うつむいて考え込んでいると、結城さん?と声がした。
「どうかしたか?」
デスクから心配そうに成瀬が声をかけてくる。
「いえ!何でもありません」
「本当に?」
「はい、本当に何でもありません」
まだ何か言いたそうに成瀬が口を開こうとした時、ノックの音がして卓の声がした。
「富樫です!失礼しまーす!メリークリスマース!」
成瀬は入って来た卓にぷっと吹き出す。
「富樫。お前、悩みとかないのか?」
「ありまーす!」
「それでそんなに陽気なのか?」
「だって今夜もまたあの車に乗れるからでーす!」
はあ、と成瀬は盛大なため息をついた。
***
ウキウキと車に乗り込んだ卓は、ホテルへと向かう間、ひたすら陽気にクリスマスソングを歌い続ける。
うるさい!と成瀬が咎めても治まらず、諦めた成瀬は「クリスマスのロマンチックなムードなんてかけらもない」と嘆いていた。
ホテルに着くと倉本達に挨拶し、早速撤去作業に取りかかる。
営業時間を終えたブライダルコーナーやチャペル、ガーデンテラスやリース作りの会場から始めて、徐々にレストランやショップ、最後に館内のフォトスポットとロビーの飾りを撤去した。
クリスマスツリーだけは、朝チェックアウトのお客様の為に残しておくのだという。
セッティングとは違って撤去作業はあっという間に終わり、たくさんの家具を積んだトラックを見送ると、最後に倉本に挨拶した。
「以上で作業は完了です。次回はお正月の装飾に年末お邪魔いたします。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。クリスマスなのにありがとうございました。お部屋をご用意したかったのですが、あいにくクリスマス当日は難しく…」
「いえいえ、そんな!お気遣いなく。前回だけで充分です。それではこれで失礼いたします」
三人はお辞儀をして倉本と別れ、地下駐車場へ向かう。
「先に結城さんのマンションまで送るよ」
「はい、ありがとうございます。本部長」
卓と並んで歩きながら、美怜はそっと卓にプレゼントの包みを手渡した。
「ん?何これ」
「クリスマスプレゼント。大したものじゃないんだけど、気持ちだけ」
「お、ありがとう!俺もなんか用意してくれば良かったな」
「ううん。誕生日にプレゼントくれたじゃない。嬉しかった。それにあのメエメエ、すっごくあったかいの!もうメエメエなしでは寝られないわ」
「ははは!名前までつけて愛用してくれてるんだ。良かったよ、気に入ってもらえて」
「うん。ありがとね」
二人の会話を背中で聞きながら、成瀬は頭の中に色んなハテナが駆け巡っていた。
(な、なんだ?結城さん、富樫にだけクリスマスプレゼントを?しかも誕生日って?結城さん、誕生日だったのか?富樫が贈った誕生日プレゼントを、結城さんは気に入ってて。なんだ?メエメエって。富樫は何を贈ったんだ?)
気にはなるが、気軽に聞ける雰囲気でもない。
二人は自分の背後で楽しそうに会話している。
(やっぱり俺とは違うよな。二人は歳も同じで気が合う親友同士。上司と部下では大きな壁がある)
成瀬は一人取り残されたような寂しさを感じていた。
***
美怜のマンションまで来ると、成瀬は車を止めて助手席のドアを開ける。
「送ってくださってありがとうございました」
「いや。遅くまでお疲れ様。ゆっくり休んで」
「はい、失礼いたします」
美怜は車内を振り返り、卓にも「おやすみなさい」と声をかける。
「おやすみ。またな」
「うん」
美怜が車を見送ろうとすると、成瀬が早く中へと促した。
「寒いし、君の方が心配なんだから。ほら、入って」
「はい。それではここで」
美怜はもう一度お辞儀をしてから、ロックを解除してエントランスに入る。
エレベーターに乗る前に外に目をやると、まだその場に佇んでいた成瀬が軽く手を挙げるのが見えた。
またもや頭を下げて、エレベーターに乗る。
三階のワンルームに帰ってくると、ふう、と息をついてから、美怜はカバンの中を覗いた。
そこには、成瀬に渡しそびれたクリスマスプレゼントが入ったままだった。
***
気を取り直してお風呂に入ると、美怜はクリーム色のふわふわパジャマを着る。
髪を乾かす前に湯たんぽ用のお湯を沸かそうと、ホーローのケトルをガスコンロに載せて火をつけた。
と、ふいにピンポーン!とマンションのエントランスのインターホンが鳴り、美怜はビクッと身体をこわばらせる。
(うそ、誰?!もう真夜中なのに…)
恐る恐るモニターを見ると、成瀬の姿があった。
(え、本部長?!どうして)
美怜は急いで応答ボタンを押す。
「本部長、どうなさいましたか?」
「遅くにすまない。帰宅してから助手席を見たら、君のスマホが落ちていた。ないと困るだろうと思って…」
「ええ?!私ったら。すみません!すぐにそちらに行きます」
「いや、だめだ。こんな時間に危ない。俺が玄関まで行く」
「でも…」
「ロックを解除して」
「は、はい」
言われるがまま、美怜はロックを解除した。
モニターに映る成瀬が自動ドアの中へ姿を消す。
「え、本部長がここに?ひゃあ!私、パジャマだし。どうしよう、着替える?いや、そんな時間ないか。途中でピンポン鳴ったらそれこそ困るし」
クマのようにウロウロしていると、玄関のインターホンが鳴った。
「成瀬だ」
「はははい!今開けます!」
とにかくお待たせしてはいけないと、美怜は急いで玄関まで行きドアを開けた。
「こら、ドアを開ける時はチェーンを掛けたままにしなきゃだめだろ?」
いきなり真顔で咎められ、美怜は身体を縮こまらせる。
「あ、えっと。チェーンはなくて」
「ああ、そうか。なんだっけ?ガキンッてやつ」
「ドアガードです」
「そう、それ」
「でも本部長って分かってましたし」
「それでもだめだよ。はい、スマホ。君ので間違いない?」
成瀬が差し出したスマートフォンを受け取り、美怜は頷く。
「はい、間違いありません。わざわざ届けてくださってありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
「いや。こっちこそこんな深夜に悪かった」
「いえ。本当に助かりました」
その時、エレベーターが到着して男性がこちらに歩いて来るのが見え、成瀬は思わず美怜の肩を抱いて玄関に入り、ドアを閉めた。
「本部長?あの…」
「すまん。男の人がこっちに歩いて来てね。君の姿を見られたらいけないから」
その言葉に、美怜はハッとして己の格好を確かめた。
(そうだ!私、パジャマ姿だった!)
しかも胸にはメエメエを抱いている。
(こ、こんなの、お子ちゃま感丸出し…)
ガーン…と打ちのめされていると、成瀬が、ん?と首をひねった。
「君、髪まだ乾かしてないの?」
「あ、はい!すみません。先にお湯を沸かそうと思って…。あ!いけない、ガスコンロ!」
美怜はパタパタとキッチンに戻り、シューシューと蒸気を上げているケトルの火を急いで消す。
注ぎ口から熱湯が吹きこぼれていて、美怜はコンロから下ろそうとケトルの持ち手を握った。
「熱っ!」
キンキンに熱くなっている持ち手に驚いて、美怜は弾かれたように手を引っ込める。
「大丈夫か?!」
靴を脱いだ成瀬が駆け寄ってきて、美怜の手を掴んだ。
「ちょっと貸して」
そのまま手を引き寄せると、キッチンの流水で美怜の手を冷やす。
真剣な表情でじっと手を握ったままの成瀬にドキドキして、美怜は思わず左手のメエメエをきつく抱きしめた。
「これくらいでいいかな。痛みはない?」
「はい、大丈夫です」
「保冷剤はある?」
「あ、フリーザーに」
成瀬はフリーザーを開けると小さな保冷剤を取り出し、自分のハンカチに包んで美怜の手に握らせた。
「ソファに座って。もうしばらくこうしてて」
「はい、すみません」
美怜がソファに腰を下ろすと、成瀬は顔を上げて部屋の横のドアに目を向ける。
「ドライヤーはある?」
「洗面所にあります」
「ちょっと失礼していい?」
成瀬は立ち上がるとドアを開け、洗面台の横に掛けてあったドライヤーを手にして戻って来た。
ソファの横のコンセントに差し込むと、スイッチを入れて美怜の髪を乾かし始める。
「えええ?!あの、本部長!」
ブオーというドライヤーの音に負けじと、美怜は声を上げた。
「ん?何か言った?」
「あの!本部長にこんなことをさせる訳には…」
「このままだと風邪引くでしょ。それとそんなに大きな声出すと隣の人に聞こえるよ」
「あ…、はい」
美怜はおとなしくされるがままになる。
気がつくとまたしてもメエメエを胸にしっかりと抱きしめていた。
(本部長、本当に保護者の気分なんだろうな。私のこと、高校生どころか中学生みたいに思ってるのかも)
いや、ふわふわパジャマにメエメエとくれば、下手したら幼稚園児かもしれない。
(せめて大人っぽいシルクのパジャマなら良かったのに。もしくはナイトガウンとか?今度買いに行こうかな。って、いやいや。もう次はないから)
美怜は思わず首を振りそうになってこらえた。
あらかた乾くと、成瀬は指で優しく美怜の髪を梳く。
サラサラと髪が落ちてくる感覚に、こそばゆさと気持ち良さが入り混じり、思わず美怜はうつむいた。
「君の髪、すごく細くて綺麗だな。触ってるとなんか…、気持ち良くて癖になる」
成瀬の呟きがドライヤーの音で聞き取れず、え?と美怜は聞き返す。
すると成瀬が「これくらいでいい?」とドライヤーのスイッチをオフにした。
「はい!ありがとうございます。すみません、お手を煩わせてしまって」
「いいから。もう一度手を見せて」
美怜の右手に視線を落とした成瀬は、ふいに「この子がメエメエ?」と尋ねる。
「ええ?!ど、どうしてご存知なんですか?」
「いや、ちょっとね。毎日一緒に寝てるんだろう?」
「そそそ、そうですけど。え、本部長。夜の私をご存知で?」
「ぶっ!言い方!知らないよ。けど富樫が誕生日プレゼントに贈ったぬいぐるみなんだろう?二人の会話が聞こえてきたんだ」
「あ、そうだったんですか。ちなみにぬいぐるみではなく、湯たんぽなんです。だから毎晩一緒に寝ていて」
「湯たんぽ?あ、それでお湯を沸かしてたのか」
「そうなんです」
なるほど、と納得すると成瀬は美怜の右手を取った。
保冷剤を外して包んでいたハンカチをポケットにしまい、じっと美怜の手のひらに目を落とす。
「赤みはないし、もう平気かな?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「ん。じゃあ、ちょっとメエメエ借りるよ」
成瀬は、え?と戸惑う美怜からメエメエを取り上げるとキッチンへ行き、お湯を入れて戻って来た。
「おお、確かに温かくていいね。はい、メエメエ」
「すみません、こんなことまでしていただいて。ありがとうございます」
「どういたしまして」
胸にメエメエを抱える美怜を見て、ふと思い出したように成瀬は切り出す。
「誕生日おめでとう。ごめん、知らなくて何もお祝いできずに」
「いえいえ!まさかそんな」
美怜は慌てて右手を振った。
「何日だったの?誕生日」
「二十日です。二十五歳になりました」
「そう、おめでとう。遅くなったけど、何かお祝いの品を贈らせてもらうよ」
「いえ、とんでもない!それに私、本部長から見たらものすごく幼いですよね?お祝いの品なんて、本部長に選んでいただくには値しません」
は?と成瀬は思い切り怪訝そうな声を出す。
「何それ。俺がお祝いを選ぶのに値しない?何を訳が分からないこと言ってるの?」
「ですから、私と本部長では生活レベルが違い過ぎるんです。あと、精神年齢と言うか、まあ、実年齢もですけど。とにかく別次元の方なんです。そんな本部長が私にお祝いの品なんて。私には絶対ふさわしくないです」
成瀬は見た目にもムッと不機嫌になった。
「聞き捨てならない。なぜそんなことを思うの?確かに君と俺とは九歳も違う。俺の感覚では若い君が喜んでくれそうなプレゼントは見当がつかないけど、それでも何かを贈りたい。それをそんなふうに拒絶されると悲しくなる。君の誕生日をお祝いしたいって気持ちも迷惑なの?」
「ち、違います!そんな意図では全くありません」
「じゃあ、どういう意味?」
「あの、本部長。秘書の方から高級ブランドのクリスマスプレゼントを贈られたでしょう?その時思ったんです。本部長はあの方のように大人同士のおつき合いをされる方だって。私なんか、たとえ仕事でも本部長の隣に立つのもおこがましいなって。ですから私のことなんてお見捨ておきください」
シン…と静けさが広がる。
成瀬の表情がどんどん硬く暗くなっていくのが分かり、美怜は戸惑った。
「あの、本部長?私、何か失礼なことを?」
恐る恐る尋ねると、じっとうつむいたままだった成瀬がようやく顔を上げた。
「こんなに傷つくとは思わなかった。俺は君の仕事ぶりを認め、ずっと頼りにしてきた。大きな仕事に一緒に挑み、今も完璧にこなしてくれている君は、俺にとって欠かせない存在だと思っていた。でも君は違ったんだね。こんなにもはっきりと拒絶されて、大きな壁を作られて、俺は…」
そこまで言うと何かをこらえるようにキュッと眉根を寄せる。
「ごめん、夜遅くに。お大事にして」
美怜の顔も見ずに立ち上がった成瀬に、思わず「本部長!」と手を伸ばして呼び止める。
その時、ソファの端に置いておいた美怜のカバンが床に落ち、中から四角い箱が滑り出た。
綺麗にラッピングされたその箱は、リボンに手書きのカードが挟んである。
『 成瀬本部長へ
Merry Xmas!
いつもありがとうございます。
素敵なクリスマスを…
結城 』
ちらりとカードに目を落とした成瀬は、ますます辛そうな顔になり、気持ちを振り切るように背を向けて部屋を出て行った。
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