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アイデア
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「という訳で、色々と参考になりました」
休み明けに出勤すると、「どうだった?卓くんとのデート」と前のめりに聞いてくる先輩達に、美怜は詳しく話して聞かせた。
「先輩方のアドバイスのおかげで、たくさん収穫がありました。いいアイデアも浮かびそうです。ありがとうございました」
笑顔の美怜に対して、先輩達は妙にがっかりした様子だ。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、だってさ。なんで本部長も一緒なの?それじゃあデートにならないじゃない」
「はあ。本部長は車を出してくださったんです。おかげでデートのイメージが湧きましたし、おすすめされたデートコースもスムーズに回れました」
「まあそうだけど。それなら今度は、電車で行ける王道デートコースを考えてあげる。そしたら卓くんと二人で行けるでしょ?」
「え、また擬似デートするんですか?」
美怜が渋ると、先輩達は当然と頷く。
「たった一回のデートで何が分かるのよ?何度もデートを重ねていくうちに、色んな心境の変化があったり新たな発見があるものなのよ」
そうすればいつの間にか、美怜は卓くんに惹かれていくかも…と心の中で同じことを考えている先輩達は、顔を見合わせてほくそ笑む。
「そうですか、確かに。ではまた勉強しに行ってきます」
「うんうん。デートプラン、たくさん考えておくからね」
「はい、ありがとうございます」
「いやいや、お礼は言わないで。後ろめたくなるから」
「そうなんですか?それはなぜ?」
真顔で首を傾げる美怜に苦笑いしつつ、とにかくまた楽しんでおいで!と先輩達は話を締めた。
***
午後になるとミュージアムの案内を抜けて、美怜は本社に向かう。
今日も本部長の執務室で、三人で打ち合わせをする予定だった。
美怜はアイデアを書き溜めておいた手帳を見返しながら、電車に揺られる。
最後にスマートフォンを取り出すと、写真のフォルダを開いた。
(本部長に送っていただいた写真、どれもよく撮れてるな)
バラの写真の他にも、クルーズの時の写真、夜景をバックにした写真などがその日のうちに送られてきて、美怜は恥ずかしさと嬉しさが入り混じったような気持ちになっていた。
(写真っていいな。これを見る度にあの時の気持ちが蘇ってきて…。そうだ!)
美怜はふと頭の中にひらめいたことを、早速手帳にメモする。
本社の最寄駅に到着すると、意気揚々と電車を降り、爽やかな秋の風を感じながら足早に歩き始めた。
***
「美怜、お疲れ」
本部長の執務室がある階でエレベーターを降りると、ちょうど隣のエレベーターから卓が降りてきた。
「卓、お疲れ様。営業部の仕事の方は平気なの?忙しくない?」
「ああ。新規の案件は別の先輩に割り振ってもらってるんだ。しばらくはルミエールをメインにやらせてもらってる。美怜こそ、ミュージアムの方は大丈夫なのか?」
「うん。秋は比較的落ち着いてる時期だからね。それに頼もしい先輩達がいるから、私が抜けたところで全く問題ないよ」
そんな話をしながら執務室の前まで来ると、一呼吸おいてからドアをノックする。
「どうぞ」
中から成瀬の声がして、美怜達は失礼いたしますとドアを開けた。
「お疲れ様。ちょっとソファで待っててくれる?」
はい、と短く答えた美怜は、成瀬のすぐ隣にスーツ姿の知的な雰囲気の女性が立っているのに気づいた。
椅子に座った成瀬に寄り添うように身を屈め、二人で同じタブレットに目を落としている。
小声で何やらやり取りをすると、それでは失礼いたします、と成瀬にお辞儀をしてから女性はドアへと向かう。
美怜達も立ち上がって、お疲れ様ですと頭を下げて見送った。
(仕事ができるキャリアウーマンって感じ。成瀬さんと同じくらいの年齢かな?あんなに高いピンヒールを履いて、足が痛くなったりしないのかしら)
ドアが閉まってもしばらくじっと見ていると、成瀬が席を立ってソファに近づいて来た。
「どうぞ、座って」
「あ、はい。失礼いたします」
成瀬は二人の向かい側に腰を下ろすと、両膝に肘を載せて口を開く。
「先方と来週もう一度会うことになった。今度は我々がホテルに赴いて、アネックス館を案内してもらう。その時にある程度納得していただけるアイデアを提示したい。今日はそれを詰めていこう」
はい、と頷いて、早速それぞれ資料を開いた。
「本部長。少し話が逸れるかもしれませんが、ご提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
美怜が切り出すと、成瀬は少し意外そうな表情になる。
「ああ、構わない。どうぞ」
「はい。私はこれまでずっと、アネックス館のカップル向けの客室のことを考えてきました。ですが疑似デートを終えて、少し考え方が変わりました。客室をどうするべきか、ではなくて、アネックス館全体に対するアイデアを考えたいと思います」
そう言うと成瀬だけでなく、卓も怪訝そうに美怜を見た。
「アネックス館全体って、どういう意味?」
「私はどんなお部屋ならカップルがロマンチックな雰囲気になるだろうかとばかり考えていましたが、お部屋だけではなく、もっと色々な場所でお二人の大切な思い出となるような時間を過ごしていただければと思うようになりました。同じものを見て、同じ気持ちを共有し、いつまでもお互いの心に大切に残る時間。ルミエール ホテルでそんな思い出を作っていただきたいです」
「…それで?」
まだ意図が分からない様子の二人に、美怜は成瀬から送られてきた疑似デートの時の写真を見せる。
「私はこの写真を見る度に、楽しかったあの時の思い出が蘇ってきます。きっとカップルのお二人ならますますそう思うでしょう。こんなふうにホテルの館内を散策しながら素敵なひと時を過ごし、お部屋に戻ってからもその余韻に浸ってもらいたいです。具体的には館内のあちこちにフォトスポットを作ったり、お二人で楽しめるイベントを企画する。その為のアイデアをいくつかご提案したいと思います」
美怜はタブレットを操作すると、自社製品を表示した。
「例えば、ロビーの一角にはこのデザイナーズシリーズの家具を置きます。この赤い『ローズチェア』は、座面と背もたれが赤いビロードで、まるでバラの花びらのようなデザインですよね?この椅子に座った彼女を彼が撮影できるように、テーブルや背景、小物も演出します。他にも、五階にあるガーデンテラスには四季折々の綺麗な花が咲き乱れていますので、ここにもフォトスポットを設けます。あとはチャペル。結婚式の予約がない日に、チャペルでちょっとした室内楽のコンサートを開くのはどうでしょうか?チェペル内部を実際にご覧いただけることから、お二人の将来の結婚式場として候補になるかもしれません。他には季節ごとのイベントも。例えば夏は浴衣のレンタルや着付け、秋はハロウィン、冬はクリスマス。もちろんこれまでもハロウィンとクリスマスの館内装飾は施されていますが、更に楽しめるような講座を企画します。ジャックオランタンを作ったり、クリスマスリースを作ったり。お二人で楽しい思い出を作ってもらえたらと思います」
ずっと黙ったまま聞いている二人に、美怜は自信なさげにおずおずと尋ねた。
「あの、いかがでしょうか?やっぱり子どもっぽいですか?」
それが一番気がかりだった。
デートも満足にしたことがない自分には、カップルの気持ちがよく分からない。
もしかして大人のカップルから見れば、鼻で笑われるようなアイデアなのだろうか?
だとしたら、ルミエールに提案することはできない。
即座にボツにして他のアイデアを練らなければ。
そう思っていると、成瀬が両腕を組んでソファの背に身体を預けた。
卓も一点をじっと見据えて何かを考えている。
二人を困らせている、と感じた美怜は、そそくさとタブレットを閉じた。
「すみません、お時間を取らせてしまって。別のアイデアを考えますね」
すると、いや、と成瀬が口を開く。
「いいんじゃないだろうか?俺も客室内の家具のことばかり考えていたから、咄嗟に頭がついていかなかったけど、言われてみればいいアイデアだと思う」
「本当ですか?!」
「ああ。実際に俺達三人でデートコースを回った時も、一緒に何かを見たり行動することで同じ気持ちを共有して思い出もできた。ムードがいい客室にずっといるより、そういう時間の方が二人の絆を強くさせるんだと思う」
確かに、と卓も頷いた。
「俺も賛成です。先方のお考えもあるしホテルのポリシーなども考慮しなければいけないので、これが正しいかは分かりません。でも提案してみるべきだと思います。もしかしたらホテルにとっても、良い方向に転ぶかもしれない」
成瀬は再びじっと考え込み、意を決したように顔を上げた。
「先方に来週、このアイデアをご提案してみよう。具体的に詰めていくぞ」
「はい!」
早速三人で顔を寄せ合い、熱心に話し合いを始めた。
***
迎えた翌週。
三人はたくさんの資料を持ってルミエール ホテルを訪れた。
「これはこれは、ようこそお越しくださいました」
倉本達四人が、エントランスで美怜達三人を出迎える。
「本日もよろしくお願いします。結城さん、今日はスーツなんですね」
「あ、はい。なんだか着慣れなくて」
「いえいえ、よくお似合いですよ。さあ、中へどうぞ」
倉本についてロビーに足を踏み入れながら、美怜は自分の姿を見下ろした。
(やっぱりスーツに着られてるって感じなのかな?)
精一杯気をつけて仕事用の装いを心がけたが、ごくたまにしか着ないスーツはなんだか浮いて見える。
(そう言えばこの間の女性、かっこ良かったな)
ふと、先日本部長の執務室で見かけた、できる大人の女性といった雰囲気の人を思い出した。
(秘書課の方かな?タブレッドでスケジュールの確認してたみたいだし。タイトスカートのスーツとハイヒールがお似合いでスラッとしてたな。フレアスカートで五cmヒールが限界の私とは大違い。ああいう人が本部長のお隣に並ぶべきよね、うん)
ついブツブツと考えてしまったが、いけないと気を取り直して、今日の打ち合わせ内容を頭の中で思い起こす。
(見た目も中身もまだまだだけど、今できることをしっかりやろう!)
気合いを入れて、美怜は成瀬と卓の後ろを歩いていった。
***
「ほう、なるほど。フォトスポットにイベントの企画、ですか」
「はい」
通された会議室で先方の四人を前に、美怜は資料を並べながら詳しく説明した。
「いいですね、是非とも取り入れたい」
「はっ?あの、よろしいのですか?ホテルの方針やポリシーなどとの兼ね合いは…」
あまりにあっさりと頷かれたことに拍子抜けして、美怜は思わず聞き返す。
「大丈夫ですよ。本館は確かに色々制約もあって、何か新しいことを企画してもなかなか実現しないのですが、アネックス館は割りと自由なんです。リニューアル内容も我々四人に一任されていますしね。みんなはどう思う?」
話を振られた若い男性二人と女性社員は、美怜が渡した資料を見ながら、うんうんと頷く。
「私もこのアイデア、いいと思います。今までフォトスポットを設けたくてもセンスがなくて難しかったんですが、メゾンテールさんの家具ならオシャレなコーナーに仕上がりそうです」
「それにこのバラの椅子、素敵ですねー。SNS映えも良さそうです」
「チャペルのコンサートも賛成です。ブライダルの良い宣伝になりますし。この時の内装も、メゾンテールさんにご協力いただけますか?」
もちろんです!と美怜は即答する。
「全面リニューアルをお手伝いさせていただく契約ですので、アネックス館全体を総合的にプロデュースさせていただければと存じます」
「それは頼もしい。では早速、館内を回りながらお話しましょうか」
「はい、よろしくお願いいたします」
そして倉本の案内で、じっくりと館内を見せてもらった。
美怜は何枚も写真を撮り、思いついたことをメモしていく。
「フォトスポットを設けるとしたら、この辺りはどうですか?ローズチェアも映えると思います」
「いいですね。ロビー業務の妨げにはなりませんか?」
「ここなら大丈夫ですよ」
ガーデンテラスやチャペルも見せてもらい、美怜は頭の中に自社のどの家具が合うかを考えていく。
後日、もう一度詳しい提案をすることにして、その日の打ち合わせを終えた。
休み明けに出勤すると、「どうだった?卓くんとのデート」と前のめりに聞いてくる先輩達に、美怜は詳しく話して聞かせた。
「先輩方のアドバイスのおかげで、たくさん収穫がありました。いいアイデアも浮かびそうです。ありがとうございました」
笑顔の美怜に対して、先輩達は妙にがっかりした様子だ。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、だってさ。なんで本部長も一緒なの?それじゃあデートにならないじゃない」
「はあ。本部長は車を出してくださったんです。おかげでデートのイメージが湧きましたし、おすすめされたデートコースもスムーズに回れました」
「まあそうだけど。それなら今度は、電車で行ける王道デートコースを考えてあげる。そしたら卓くんと二人で行けるでしょ?」
「え、また擬似デートするんですか?」
美怜が渋ると、先輩達は当然と頷く。
「たった一回のデートで何が分かるのよ?何度もデートを重ねていくうちに、色んな心境の変化があったり新たな発見があるものなのよ」
そうすればいつの間にか、美怜は卓くんに惹かれていくかも…と心の中で同じことを考えている先輩達は、顔を見合わせてほくそ笑む。
「そうですか、確かに。ではまた勉強しに行ってきます」
「うんうん。デートプラン、たくさん考えておくからね」
「はい、ありがとうございます」
「いやいや、お礼は言わないで。後ろめたくなるから」
「そうなんですか?それはなぜ?」
真顔で首を傾げる美怜に苦笑いしつつ、とにかくまた楽しんでおいで!と先輩達は話を締めた。
***
午後になるとミュージアムの案内を抜けて、美怜は本社に向かう。
今日も本部長の執務室で、三人で打ち合わせをする予定だった。
美怜はアイデアを書き溜めておいた手帳を見返しながら、電車に揺られる。
最後にスマートフォンを取り出すと、写真のフォルダを開いた。
(本部長に送っていただいた写真、どれもよく撮れてるな)
バラの写真の他にも、クルーズの時の写真、夜景をバックにした写真などがその日のうちに送られてきて、美怜は恥ずかしさと嬉しさが入り混じったような気持ちになっていた。
(写真っていいな。これを見る度にあの時の気持ちが蘇ってきて…。そうだ!)
美怜はふと頭の中にひらめいたことを、早速手帳にメモする。
本社の最寄駅に到着すると、意気揚々と電車を降り、爽やかな秋の風を感じながら足早に歩き始めた。
***
「美怜、お疲れ」
本部長の執務室がある階でエレベーターを降りると、ちょうど隣のエレベーターから卓が降りてきた。
「卓、お疲れ様。営業部の仕事の方は平気なの?忙しくない?」
「ああ。新規の案件は別の先輩に割り振ってもらってるんだ。しばらくはルミエールをメインにやらせてもらってる。美怜こそ、ミュージアムの方は大丈夫なのか?」
「うん。秋は比較的落ち着いてる時期だからね。それに頼もしい先輩達がいるから、私が抜けたところで全く問題ないよ」
そんな話をしながら執務室の前まで来ると、一呼吸おいてからドアをノックする。
「どうぞ」
中から成瀬の声がして、美怜達は失礼いたしますとドアを開けた。
「お疲れ様。ちょっとソファで待っててくれる?」
はい、と短く答えた美怜は、成瀬のすぐ隣にスーツ姿の知的な雰囲気の女性が立っているのに気づいた。
椅子に座った成瀬に寄り添うように身を屈め、二人で同じタブレットに目を落としている。
小声で何やらやり取りをすると、それでは失礼いたします、と成瀬にお辞儀をしてから女性はドアへと向かう。
美怜達も立ち上がって、お疲れ様ですと頭を下げて見送った。
(仕事ができるキャリアウーマンって感じ。成瀬さんと同じくらいの年齢かな?あんなに高いピンヒールを履いて、足が痛くなったりしないのかしら)
ドアが閉まってもしばらくじっと見ていると、成瀬が席を立ってソファに近づいて来た。
「どうぞ、座って」
「あ、はい。失礼いたします」
成瀬は二人の向かい側に腰を下ろすと、両膝に肘を載せて口を開く。
「先方と来週もう一度会うことになった。今度は我々がホテルに赴いて、アネックス館を案内してもらう。その時にある程度納得していただけるアイデアを提示したい。今日はそれを詰めていこう」
はい、と頷いて、早速それぞれ資料を開いた。
「本部長。少し話が逸れるかもしれませんが、ご提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
美怜が切り出すと、成瀬は少し意外そうな表情になる。
「ああ、構わない。どうぞ」
「はい。私はこれまでずっと、アネックス館のカップル向けの客室のことを考えてきました。ですが疑似デートを終えて、少し考え方が変わりました。客室をどうするべきか、ではなくて、アネックス館全体に対するアイデアを考えたいと思います」
そう言うと成瀬だけでなく、卓も怪訝そうに美怜を見た。
「アネックス館全体って、どういう意味?」
「私はどんなお部屋ならカップルがロマンチックな雰囲気になるだろうかとばかり考えていましたが、お部屋だけではなく、もっと色々な場所でお二人の大切な思い出となるような時間を過ごしていただければと思うようになりました。同じものを見て、同じ気持ちを共有し、いつまでもお互いの心に大切に残る時間。ルミエール ホテルでそんな思い出を作っていただきたいです」
「…それで?」
まだ意図が分からない様子の二人に、美怜は成瀬から送られてきた疑似デートの時の写真を見せる。
「私はこの写真を見る度に、楽しかったあの時の思い出が蘇ってきます。きっとカップルのお二人ならますますそう思うでしょう。こんなふうにホテルの館内を散策しながら素敵なひと時を過ごし、お部屋に戻ってからもその余韻に浸ってもらいたいです。具体的には館内のあちこちにフォトスポットを作ったり、お二人で楽しめるイベントを企画する。その為のアイデアをいくつかご提案したいと思います」
美怜はタブレットを操作すると、自社製品を表示した。
「例えば、ロビーの一角にはこのデザイナーズシリーズの家具を置きます。この赤い『ローズチェア』は、座面と背もたれが赤いビロードで、まるでバラの花びらのようなデザインですよね?この椅子に座った彼女を彼が撮影できるように、テーブルや背景、小物も演出します。他にも、五階にあるガーデンテラスには四季折々の綺麗な花が咲き乱れていますので、ここにもフォトスポットを設けます。あとはチャペル。結婚式の予約がない日に、チャペルでちょっとした室内楽のコンサートを開くのはどうでしょうか?チェペル内部を実際にご覧いただけることから、お二人の将来の結婚式場として候補になるかもしれません。他には季節ごとのイベントも。例えば夏は浴衣のレンタルや着付け、秋はハロウィン、冬はクリスマス。もちろんこれまでもハロウィンとクリスマスの館内装飾は施されていますが、更に楽しめるような講座を企画します。ジャックオランタンを作ったり、クリスマスリースを作ったり。お二人で楽しい思い出を作ってもらえたらと思います」
ずっと黙ったまま聞いている二人に、美怜は自信なさげにおずおずと尋ねた。
「あの、いかがでしょうか?やっぱり子どもっぽいですか?」
それが一番気がかりだった。
デートも満足にしたことがない自分には、カップルの気持ちがよく分からない。
もしかして大人のカップルから見れば、鼻で笑われるようなアイデアなのだろうか?
だとしたら、ルミエールに提案することはできない。
即座にボツにして他のアイデアを練らなければ。
そう思っていると、成瀬が両腕を組んでソファの背に身体を預けた。
卓も一点をじっと見据えて何かを考えている。
二人を困らせている、と感じた美怜は、そそくさとタブレットを閉じた。
「すみません、お時間を取らせてしまって。別のアイデアを考えますね」
すると、いや、と成瀬が口を開く。
「いいんじゃないだろうか?俺も客室内の家具のことばかり考えていたから、咄嗟に頭がついていかなかったけど、言われてみればいいアイデアだと思う」
「本当ですか?!」
「ああ。実際に俺達三人でデートコースを回った時も、一緒に何かを見たり行動することで同じ気持ちを共有して思い出もできた。ムードがいい客室にずっといるより、そういう時間の方が二人の絆を強くさせるんだと思う」
確かに、と卓も頷いた。
「俺も賛成です。先方のお考えもあるしホテルのポリシーなども考慮しなければいけないので、これが正しいかは分かりません。でも提案してみるべきだと思います。もしかしたらホテルにとっても、良い方向に転ぶかもしれない」
成瀬は再びじっと考え込み、意を決したように顔を上げた。
「先方に来週、このアイデアをご提案してみよう。具体的に詰めていくぞ」
「はい!」
早速三人で顔を寄せ合い、熱心に話し合いを始めた。
***
迎えた翌週。
三人はたくさんの資料を持ってルミエール ホテルを訪れた。
「これはこれは、ようこそお越しくださいました」
倉本達四人が、エントランスで美怜達三人を出迎える。
「本日もよろしくお願いします。結城さん、今日はスーツなんですね」
「あ、はい。なんだか着慣れなくて」
「いえいえ、よくお似合いですよ。さあ、中へどうぞ」
倉本についてロビーに足を踏み入れながら、美怜は自分の姿を見下ろした。
(やっぱりスーツに着られてるって感じなのかな?)
精一杯気をつけて仕事用の装いを心がけたが、ごくたまにしか着ないスーツはなんだか浮いて見える。
(そう言えばこの間の女性、かっこ良かったな)
ふと、先日本部長の執務室で見かけた、できる大人の女性といった雰囲気の人を思い出した。
(秘書課の方かな?タブレッドでスケジュールの確認してたみたいだし。タイトスカートのスーツとハイヒールがお似合いでスラッとしてたな。フレアスカートで五cmヒールが限界の私とは大違い。ああいう人が本部長のお隣に並ぶべきよね、うん)
ついブツブツと考えてしまったが、いけないと気を取り直して、今日の打ち合わせ内容を頭の中で思い起こす。
(見た目も中身もまだまだだけど、今できることをしっかりやろう!)
気合いを入れて、美怜は成瀬と卓の後ろを歩いていった。
***
「ほう、なるほど。フォトスポットにイベントの企画、ですか」
「はい」
通された会議室で先方の四人を前に、美怜は資料を並べながら詳しく説明した。
「いいですね、是非とも取り入れたい」
「はっ?あの、よろしいのですか?ホテルの方針やポリシーなどとの兼ね合いは…」
あまりにあっさりと頷かれたことに拍子抜けして、美怜は思わず聞き返す。
「大丈夫ですよ。本館は確かに色々制約もあって、何か新しいことを企画してもなかなか実現しないのですが、アネックス館は割りと自由なんです。リニューアル内容も我々四人に一任されていますしね。みんなはどう思う?」
話を振られた若い男性二人と女性社員は、美怜が渡した資料を見ながら、うんうんと頷く。
「私もこのアイデア、いいと思います。今までフォトスポットを設けたくてもセンスがなくて難しかったんですが、メゾンテールさんの家具ならオシャレなコーナーに仕上がりそうです」
「それにこのバラの椅子、素敵ですねー。SNS映えも良さそうです」
「チャペルのコンサートも賛成です。ブライダルの良い宣伝になりますし。この時の内装も、メゾンテールさんにご協力いただけますか?」
もちろんです!と美怜は即答する。
「全面リニューアルをお手伝いさせていただく契約ですので、アネックス館全体を総合的にプロデュースさせていただければと存じます」
「それは頼もしい。では早速、館内を回りながらお話しましょうか」
「はい、よろしくお願いいたします」
そして倉本の案内で、じっくりと館内を見せてもらった。
美怜は何枚も写真を撮り、思いついたことをメモしていく。
「フォトスポットを設けるとしたら、この辺りはどうですか?ローズチェアも映えると思います」
「いいですね。ロビー業務の妨げにはなりませんか?」
「ここなら大丈夫ですよ」
ガーデンテラスやチャペルも見せてもらい、美怜は頭の中に自社のどの家具が合うかを考えていく。
後日、もう一度詳しい提案をすることにして、その日の打ち合わせを終えた。
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