恋とキスは背伸びして

葉月 まい

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コンベンションセンター

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コンベンションセンターの打ち合わせの日がやって来た。

美怜は朝から本社に出勤して、卓やコーディネーター達と最終確認をしてから、湾岸エリアのコンベンションセンターに向かう。

待ち合わせしたエントランスでは、ミュージアムを案内した時の男性職員五人が出迎えてくれた。

最初に広い会場を説明を受けながら見て回り、ある程度イメージが湧いてきたところで、イベントの主催者達が到着した。

名刺交換をしたあと、早速内容を詰めていく。

「ではこの見取り図に沿ってご説明いたします」

卓が配った資料には、会場内のどこにどんなお花を飾るのか、写真つきで説明があり、とても分かりやすかった。

(卓、先方からこんなに詳しく聞いてくれてたんだ。仕事ができるなあ)

美怜は感心しながら、皆の注目を浴びつつも堂々と淀みなく話す卓を、尊敬の眼差しで見つめる。

「私からの説明は以上です」

話を締めくくった卓は皆を見渡し、最後に美怜と目が合うと、にこっと微笑んだ。

(え?なに?すごい余裕)

なぜだか美怜にも心のゆとりができて、自分の番になると、落ち着いて説明をすることができた。

バーチャル画像をスクリーンに映し出しながら、会場内の雰囲気やカラーなどを決めていき、最後はコーディネーター達が実際の布のサンプルを提示して主催者に選んでもらった。

「私達、お花のことばかり考えてたけど、こんなに空間デザインを凝ったものにしていただけるなんて、感激です。当日、楽しみにしています」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう、精一杯尽力いたします。何かありましたらお気軽にお知らせください」

主催者の品の良いご婦人達と握手を交わし、打ち合わせは無事に終了した。

***

「富樫さん、結城さん。本日はありがとうございました。予想以上に主催者の皆さんにも喜んでもらえて、我々も助かりました」

コンベンションセンターの職員に声をかけられ、卓と美怜も頭を下げる。

「こちらこそ。色々とご配慮いただきありがとうございました。お世話になりました。当日もよろしくお願いいたします」
「はい。それで実は…。お二人に急遽お願いしたいことがございまして」

気まずそうに話し出した職員に、卓は美怜と顔を見合わせてから、先を促す。

「どういったことでしょうか?我々にできることなら、お手伝いさせていただきます」
「そう言ってもらえるとありがたい。実は、マスコミを呼んでこの新しいコンベンションセンターをお披露目するオープニングセレモニーをすることが決まりまして。最初は館長の挨拶とテープカットだけの予定だったのですが、せっかくマスコミを呼ぶんだから、会場内を自由に撮影して放送してもらおうということになったんです。そうすると、ガランとした空っぽの会場ではなく、こんな使い方もできるとアピールできるよう、セッティングした方がいいとなりまして」

なるほど、と卓と美怜は頷いた。

「つまり、いくつかのエリアごとに、テーマに合わせた様々なテーブルセッティングを行う、ということでしょう?」
「ええ、そうです。会議仕様や展覧会仕様などの、会場を大きく捉えた宣材映像は既に用意してあるのですが、実際の家具や備品、装飾なども詳しく紹介したくて」
「かしこまりました。このコンベンションセンターを利用すれば、テーブルや椅子、装飾なども、幅広くこだわることができると伝えられるよう、色々なパターンをご提供いたします」

卓の言葉に、職員達はホッとしたような笑顔になる。

「ありがとうございます!いやー、頼もしい。あなた方にお願いして本当に良かった」
「こちらこそ、大変光栄です。では早速いくつかのパターンをシミュレーションして、ご提示いたしますね」
「はい。楽しみにしております」

こうして卓と美怜は、お花のイベントと並行してオープニングセレモニーの準備も進めることになった。

***

「うーん…。テレビで細部まで映ることを考えたら、やっぱりデザイン性のあるものがいいんじゃない?」

打ち合わせから帰ってくると、卓と美怜はミュージアムの閉館を待って、チームメンバーも交えた話し合いをする。

「アンティークシリーズか、あとはロイヤルシリーズとか?」
「そうですね。うちの製品ではトップクラスのお値段ですけど、コンベンションセンターとはサブスクリプション契約を結んでいて、このランクの家具も使用可能なので」
「それなら遠慮せず、イチ押しのものを揃えようよ。家庭向きではなくて、ホテルライクなものとか」
「いいねー。ちょっと現物見に行こうよ」

そして皆で上層階の倉庫に向かった。

「この辺りの最高ランクのもの、片っ端から見ていこうよ。卓くん、ちょっと会場の写真見せて」
「はい、こちらです」

先輩達は卓が持っているタブレットに顔を寄せる。

「うわ、想像以上に広いね」
「はい。メイン会場のここは、無柱構造で二万平方メートルあるフリースペースです」
「そんなに?これだとさ、ウォークスルー形式で見て回る、なんとか展みたいなのが主流なんじゃない?」
「ああ。恐竜展とか、お城のエキスポ、あとは鉄道博覧会みたいな?」
「何それ?佳代、詳しいね」
「まあね。でもそういうのでも、ステージを設置して椅子を並べたコーナーもあるよ。事務所にあるような、簡易的な椅子だったけど」

それよ!と、美沙が声を上げる。

「せっかく趣味の世界にどっぷり浸りたいのに、そういうところで現実に引き戻されちゃうのよ。写真映えもしないしさ。椅子や壁の装飾にもこだわって、世界観や雰囲気も大事にしたいよね」

うんうんと皆で頷く。

「じゃあテーマとカラーを決めて、いくつかレイアウトしていこうか」

その後もワイワイと盛り上がり、結局また課長が「はい、そこまで。帰りなさーい」と呼びに来るまで白熱していた。

***

コンベンションセンターのオープニングセレモニー前日は、たまたま美怜達のミュージアムも休館日だった為、チームメンバー総出で設営に当たった。

「美怜ー、パーティーエリアこんな感じでいい?」

真っ白なクロスを掛けた大きな円卓と、周りに並べられた優雅なフォルムと華やかな模様の椅子。
床には真紅のカーペットが敷き詰められたエリアに行き、美怜は大きく頷く。

「はい。佳代先輩、完璧です。ありがとうございます」

すると今度は、また別のエリアから声がかかった。

「美怜ー、アートエリアできたよー」
「はい!今行きます」

美術や絵画の展示会を想定したエリアは、形も様々なデザイナーズチェアを並べ、ユニークな形のテーブルに一輪挿しの花を飾った。

「いいですね、バッチリです。ありがとうございます、美沙先輩」

他にもホテルのラウンジをイメージした、高級感溢れる落ち着いたコーディネートのエリア。

若者達が集まるファッションショーやライブなどを想定した、ポップで明るいコーディネートのエリアも用意した。

最後に卓が、コンベンションセンターの職員に一つ一つ説明して回る。

「どれもこれも素敵ですね。これなら我々も自信を持ってマスコミに披露できます。ありがとうございました!メゾンテールさんの社名も大きく載せるよう伝えておきますね」
「ありがとうございます!明日のセレモニーのご盛会をお祈りしております」
「ありがとう」

挨拶を済ませて駅に向かうが、ひと仕事終えた達成感と安堵から、皆でそのまま飲みに行くことになった。

「かんぱーい!」
「お疲れ様ー!」

美味しいと評判の多国籍料理の店に行くと、まだ少し早い時間だったからか個室に通された。

大きな仕事を終えた充実感から、皆はひたすらお酒を飲んで楽しく盛り上がる。

二十代の男女が集まれば、話はやはり恋愛についてだ。

「ねえ、何度も聞くけど。ほんとに美怜と卓くん、つき合ってないの?」
「つき合ってませんよ。佳代先輩、何回目ですか?その質問」
「だって信じられないんだもん。仕事中も、なんかすごい連携プレーするじゃない?目配せだけで相手の意図が分かって、ササッとフォローするしさ。あうんの呼吸って言うか、もう熟年夫婦みたい」

ゴホッ!と、美怜と卓は同時にビールにむせる。

「ほら、今も息ぴったり」
「ビールにむせるのに息ぴったりも何もないですよ」
「ほんとにつき合ってないの?ただの友達ってこと?」
「はい、つき合ってません。でもまあ、卓は友達の中でも気が合う方なので、単なる友達というよりは、親友かな?」

美怜は枝豆をつまみながら軽くそう言う。

「美怜、本気で異性の親友が存在するとでも思ってる?」
「な、なんですか?美沙先輩。急にそんな真顔で…」
「男女間の友情は成立すると思うよ。私も実際、男友達はいる。けどね、そこから更に仲良くなったら親友にはならない。一線超えちゃうのよ」

いっ…?!と、美怜は固まって息を呑む。

「あら?顔が真っ赤。もう美怜ったら、いつまでお子様なのよ。もう二十四でしょ?」
「そ、そうですけど、だからって、その…」
「ま、楽しみにしてるわ。美怜と卓くんは、果たして親友になれるのかどうか?ってね」

そして話題は、今彼氏がいるメンバーの話に変わっていく。

社内恋愛中の二十八歳の先輩は、誕生日に彼からプロポーズされたらしく、皆は色めき立ってその話に聞き入っていた。

(異性の親友か…。私は本当に卓は親友だと思ってるけどな。同期の中でも一番相談しやすいし)

美怜はビールを飲みながら、先輩達の話をにこやかに聞いている卓をぼんやりと眺める。

先輩達には今まで彼氏がいたことがないと思い込まれている美怜だったが、実は高校生の時に少しだけつき合っていたことがある。

だが、あることがきっかけで別れることになり、それ以降も男性に対して苦手意識が芽生えてしまった。

大学生や社会人になってから何度か告白されたが、その苦手意識のせいで全て即座に断っている。

そんな美怜にとって、卓だけは自然に話せる唯一の男友達だった。

(恋愛感情が全くないから、卓とは自然体で話せるのかな。この先もずっと変わらない関係でいたい。あ、もちろん卓に彼女ができたら距離を置くけどね)

彼女ができたら知らせてと、今度改めて卓に伝えておこうと美怜は思った。
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