上 下
9 / 13

チョコの進捗

しおりを挟む
「透ー、透?おい、透!!」

「わっ!なんだよ、大河。急に大声出さないでよ」

「急じゃないっつーの!何度も声かけたわ」

夏のミュージアムの準備も佳境に入ったオフィスで。

いつものやり取りが始まった、と思いきや、ん?と吾郎と洋平は顔を見合わせた。

「なんか、いつもと逆だな?」

「ああ」

どうしたのかと、二人で大河と透の様子をうかがう。

「透、お前なんでおやつ食べないんだ?」

「は?大河、何言ってんの?」

「だって、いつもならチョコ1箱食べ終える頃なのに、今日は全然食べてる気配ないし」

「別にいいだろ?チョコの進捗なんて」

「いや、気になる。透がチョコ食べないなんて、天変地異の前触れかも知れん」

「そんな訳あるかよ!」

「それくらい珍しいっつーの!どうしたんだよ、何かあったのか?」

すると透は、黙ってうつむく。

大河は、いよいよ深刻に透の顔を覗き込んだ。

「と、透?あの、その…。何か俺に出来ることはあるか?」

「はあ?何それ」

「いや、だって。お調子者のお前がそんな真面目な顔してるなんて、不気味で仕方なくて…」

「ちょっと、大河。ケンカ売ってるの?」

「まさか!全然!めちゃくちゃ心配してる」

真剣に訴える大河に、透も真顔になる。

「大丈夫だよ、何でもない。仕事はちゃんとするから」

「それはいいんだ。けど、何かあるならいつでも相談してくれ」

「うん、分かった。ありがとう、大河」

話を締めくくられ、大河はそれ以上何も言えずに、ただひたすら透の様子を気にしながら仕事をしていた。



「ただいま」

「お帰りなさい!大河さん」

玄関を開けると、瞳子が笑顔で出迎えてくれる。

それだけで大河の心は、ふわっと軽くなった。

「ただいま、瞳子」

優しく抱き寄せて額にキスをする。

瞳子はにっこり微笑んだあと、ん?と視線を落とした。

「大河さん、すごい荷物ね。何かお買い物してきたの?」

「え?ああ、これね」

そう言って、手にしていた袋を開けてみせる。

「なあに?わっ、お菓子がいっぱい!」

中には、ありとあらゆるスナック菓子やチョコレートが入っていた。

「どうしたの?ハロウィンで配るにはまだ早いし」

「うん。これ、透に買ったんだ」

「透さんに?」

「ああ。最近あいつ、ちょっと元気がなくて。チョコも食べないし」

「えっ?あの透さんが?」

「そう。あの透が」

「そうなんですね。それは心配…」

うつむく瞳子を見て、大河は急にハッとした。

(もしかしてあいつ、瞳子のことを想って?)

いつもなら
「そろそろアリシアの顔が見たいー。エネルギーが切れるー」
と騒ぎ出す頃なのに、最近はアリシアのアの字も言わない。

(もしや、今頃になって失恋の痛手がジワジワと?)

一度考え出すと、そうに違いないと思えてくる。

「大河さん?大丈夫?」

瞳子が心配そうに顔を覗き込んできた。

可愛くて優しくて、世界でたった一人の愛する人。

瞳子を手放すことなど、絶対にあり得ない。

たとえ透の為でも。

「瞳子…」

たまらず大河は瞳子を抱きしめた。

「大河さん…。あの、透さんのことは心配だけど、大河さんまで思い詰めないで。私に出来ることなら何でもするから。ね?」

瞳を潤ませながら見上げてくる瞳子に、大河は切なさが込み上げる。

「瞳子…。ずっとそばにいて欲しい。俺の望みは、ただそれだけだ」

「もちろんよ。ずっと大河さんのそばにいさせてね」

「ああ。瞳子、ありがとう」

玄関にも関わらず、二人はしばらく互いを抱きしめ合っていた。



「はあ…」

次の日も、オフィスの水槽を見ながら、カウンターでパソコン作業をしていた透がため息をつく。

じっと魚を見ている透に、大河はまた焦り始めた。

(やっぱりそうか。この間は、水槽越しに瞳子を見てはしゃいでたもんな)

「ひときわ可愛いお魚がいる…と思ったら、アリシアの綺麗な瞳だった。あはは!」
と笑っていた透を思い出す。

透も今、その時のことを思い出しているのかもしれない。

「あー、えっと、透。その、良かったら、これ…」

大河は立ち上がると、カウンターにお菓子のたくさん詰まった袋を置いた。

「ん?どうしたの?これ」

「いや、透が好きそうかなと思って」

「わざわざ買ってきてくれたの?なんで?」

「それは、その。元気になって欲しくて」

「ええー?!俺に?大河、どうしたんだよ。なんか変だぞ?」

「いや、変なのはお前だっつーの!」

二人のやり取りに、吾郎と洋平は眉間にしわを寄せて顔を見合わせる。

いつもの不毛な言い争いが戻ってきたのはいいが、どうにも調子が狂う。

「透、何でもいいから話してくれ。今考えてること、そのまましゃべってくれればいいからさ。俺はなんだって受け止める。うん。どんなお前の気持ちも受け止めるから。な?」

「うげ、なんか気持ち悪っ」

「なんだと?!」

「ええ?!考えてることそのまましゃべれって言うからしゃべったのに」

「あ、そうか。うん、分かった。俺の気持ち悪さも受け止める。他には何かあるか?」

「他にー?うーん、そうだな。傷ついた心を癒やすには、どうすればいいと思う?」

…………は?と、大河はしばらく固まったあと、あたふたとお菓子の袋を探る。

「透、チョコじゃだめか?やっぱりチョコなんかじゃ、癒やされないか?」

「ん?何言ってんの。傷ついてるのは俺じゃないよ」

「へ?じゃあ、誰なんだ?」

「まだ若い18歳の女の子」

「ええー?」

「あ、違った。22だった。また怒られちゃう。あはは!」

「あはは?」

大河はもう、何が何やら訳が分からない。

「あ!ミュージアムの内装業者と打ち合わせがあるんだった。行ってくる」

透は手早く準備をすると、
「行ってきまーす」
とオフィスを出て行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

遠回りの恋の行方は

国樹田 樹
恋愛
――二年付き合った人に別れを告げた。告白されたからという理由だけで付き合える様な、そんな女だった筈なのに、いつの間にか胸には想う人が居て。 「お前、別れたんだって?」 かつての恋人と別れてから一週間後。 残業上がりのオフィスでそう声をかけてきたのは、私が決して想いを告げる事の無い、近くて遠い、上司だった。

極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

葉月 まい
恋愛
『極上の彼女と最愛の彼』第3弾 メンバーが結婚ラッシュの中、未だ独り身の吾郎 果たして彼にも幸せの女神は微笑むのか? そして瞳子や大河、メンバー達のその後は?

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...