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思いがけない再会

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「アリシアー!せめて、せめてこのチョコだけは見逃して!」

「ダメです!これもこれも、ぜーんぶダメ!」

そう言って瞳子は、透がデスクに突っ伏して隠そうとするお菓子を取り上げ、『透さんのおやつBOX』と書かれた大きな箱の中に入れていく。

結婚式からひと月近く経ったある日。

瞳子は自分の仕事のオフに合わせて、アートプラネッツのオフィスで片付けをしていた。

「ふう、これでよし。わあ、デスクが広くなりましたね」

「うっうっ、俺のおやつが。心のオアシスが」

「透さんたら、そんな大げさな。ほら、おやつBOXはカウンターキッチンの棚にありますから。いつでもここで食べられますよ?」

「俺はデスクで食べたいんだよ。アリシアがそばにいてくれない寂しさを、デスクでおやつに癒やしてもらってたんだ」

すると背後から、アホ!と大河の声がした。

「瞳子とお菓子を一緒にするなっつーの!」

「一緒だよ。だって、どっちもスイートだろ?Oh, you are my sweet…」

「はっ?!お前はもう」

大河が絶句し、吾郎と洋平はいつものようにやれやれと顔を見合わせる。

瞳子はそんな皆を尻目に、テキパキと片付けを進めていた。

午後に水槽のリース会社が設置に来てくれる為、メジャーで確かめながらそのスペースを確保していく。

ひと通り片付くと、洋平が瞳子に声をかけた。

「瞳子ちゃん、ランチしながらミーティングしてもいい?」

「はい、よろしくお願いします」

次回の体験型ミュージアムで、瞳子はまたMCとミュージアムショップのグッズを考えることになっていた。

デリバリーで頼んだランチを囲みながら、ワイワイとおしゃべり、ならぬ、ミーティングをする。

「次回のミュージアムは夏の開催だから、海や魚の映像も入れたいよな。ちょうど今日からオフィスに水槽も設置されるし、良いインスピレーションを得られそうだ」

洋平の言葉に皆も頷く。

「楽しみですね!綺麗な水槽も、夏のミュージアムも」

ホットサンドを頬張りながら満面の笑みを浮かべる瞳子を、大河は優しく微笑みながら見守っていた。



午後になり、約束の時間に水槽のリース会社がやって来て、オフィスに大きな水槽を設置する。

事前にオフィスの写真を添えて大まかな希望を伝え、あとはお任せにしたが、予想以上の空間に仕上がり、皆で感嘆のため息をついた。

「すごいなー。シックだし、高級感が溢れてる」

「ああ。オフィスの雰囲気もグッと良くなったな」

モノトーンの大きな水槽に、ブルーのライト。

ゆらゆらと揺れる水草の中を泳ぐ、色とりどりの小さな魚達。

水槽の前にカウンターを設け、ちょっとしたパソコン作業や休憩にも利用出来るように、カウンターチェアも並べた。

「わあ、綺麗。お魚達、可愛い!ずーっと見ていられる。癒やされるなあ」

瞳子はカウンターチェアに座り、うっとりと水槽を見つめる。

「ほんとだね。ここでお菓子食べたら最高だな」

瞳子の反対側から透も水槽を眺めていた。

「もう、透さんったら。またお菓子?」

「うん。仕事もおやつもはかどりそうだよ」

「おやつって、はかどるものなんですか?」

「もちろん。あ!ひときわ可愛いお魚がいる…と思ったら、アリシアの綺麗な瞳だった。あはは!」

アホー!と、大河の声が響く。

「お前はもう…。早くデスクに戻れ」

「やだよ。水槽見てたら、イメージが湧いてくる気がするんだもん」

「水槽通り越して瞳子を見てるだけだろ?」

「そうとも言うね。だってお魚とアリシアのコラボ、絵になるんだもん。もうリトルマーメイドの世界だよ。うん、いいアイデア浮かびそう!」

サラリとそう言う透に、大河はムキーッと怒りを露わにする。

「そんなに水槽見たいなら、一人でここに行け!」

そう言って大河は、カードケースからビジネスカードを取り出して透に差し出す。

「ん?Bar. Aqua Blue?」

透が呟くと、洋平が顔を上げた。

「ああ、確かにあそこの水槽は見事だもんな。けどなあ、透があそこに行くのか…」

「なんだよ?俺が行くのが不服なのか?」

「だって、俺といずみが出逢った思い出の場所だからな。けがされたくない」

「はあー?なんで俺が行くと汚れるんだよ!この純真無垢なピュアボーイを捕まえて、なんてこと言うんだよ?」

すると吾郎が派手にコーヒーを吹き出す。
「ゴホッ、透!30のオッサンがよくそんなセリフ、恥ずかしげもなく言えるな?」

「オッサンじゃないもんね。吾郎と一緒にしないでくれよ」

「同い年だろうがよ!」
まあまあと、瞳子は苦笑いしながら手で遮る。
「透さん。Aqua Blue、とってもいいところですよ。ぜひ行ってみてくださいね」

「アリシアがそう言うなら、早速今夜行こうかな。君も一緒にどうだい?アリシア」
「行かねえっつーの!」
最後に大河の大声で話は終わった。



「えーっと、ここかな?」

その日の夜。
透は早速教えられたバーに立ち寄ることにした。

オフィスビルの最上階の、小さく店名が書いてあるだけのバーのドアを、半信半疑で開ける。

(おおー、すごいな)

一歩店内に足を踏み入れると、パノラマに広がる綺麗な夜景が目に飛び込んできた。

照明をグッと絞った落ち着いた店内の中央に大きな水槽があり、ダークブルーのライトの中をゆらゆらと魚達が泳いでいる。

お好きな席へどうぞ、とマスターに声をかけられ、透は迷うことなく水槽の前のカウンターチェアに座った。

「えっと、ジンライムを」

「かしこまりました」

オーダーを済ませると、片肘をついて水槽を眺める。

確かにオフィスにあるよりもゴージャスな水槽で、魚の種類も多い。

(洋平と奥さんはここで出逢ったのか。シチュエーションからして大人っぽいなあ。あの二人に似合いそう)

そんなことを思いながら、運ばれてきたグラスに口をつける。

もう一度カラフルな魚達に目をやった時、向こう側に座っているであろう女の子と、水槽越しに目が合った。

透は社交辞令程度に微笑んでから視線を落とす。

だが、ん?と何かが引っかかり、もう一度顔を上げた。

水槽の向こうで、女の子もパチパチと瞬きを繰り返している。

(あれ?ひょっとして…)

透は大きく右側に身体を倒し、水槽の端から反対側を覗き込んだ。

「由良ちゃん?!」

「透さん!」

二人は同時に声を上げる。

「やっぱりそうか。どうしたの?一人?」

「ええ。前に瞳子さんからオススメのバーがあるって教えてもらって、気になってたんです。今日の仕事の現場、この近くだったので、思い切って寄ってみました」

「そうなんだ。俺も今日ここをオススメされて…」

そこまで言って、ふと由良の前に置かれたグラスを見た透は、急に目を見開く。

「ちょっ、由良ちゃん!ダメだよ、こんなところに一人で来たら」

「え?どうしてですか?」

「だって君はまだ…」

透は周りを気にしながら声を潜めた。
「君、まだ未成年でしょ?お酒は20歳になってから、だよ」

すると由良は目を丸くしてから、ぷっと吹き出して笑い始めた。

「やだ!透さんたら。私、未成年じゃないですよ?」

「え、そうなの?20歳になったばっかり、とか?」

「ううん。私、22歳です」

「ええー?!ほんとに?俺てっきり、ひと回りは違うだろうなって。18くらいかと思ってたよ」

「は?ちょっと待って、ひと回りって…。透さん、いくつなの?」

「30だよ」

30ー?!と、由良は仰け反って驚く。

「嘘でしょ?どう見ても私と同い年くらいに見えるのに、まさかそんなに年いってるなんて!」

「ゆ、由良ちゃん。それ、喜んでいいのか悲しんでいいのか…」

「あはは!ごめんなさーい。でも私は最上級に褒めてますよ?」

「そ、そう。ありがとう」

「ふふふ、どういたしまして」

取り敢えずこちらの席にどうぞ、と言われて、透はグラスを手に由良の隣に座り直した。

「この間の瞳子さん達、本当に素敵でしたよねー。もう絶世の美男美女の結婚式!私、未だに思い出して余韻に浸っちゃいます」

「分かる!あの二人ときたら、オーラも輝きもハンパなかったよね」

「そうそう、神々しいまでの輝き!」

「うんうん。世界が浄化されそうなくらい」

「あはは!分かりますー」

二人で盛り上がり、頷き合う。

「今、あの日の動画を編集してるんだ。もうすぐ仕上がりそうなんだけど、由良ちゃんも見たい?」

「見たいです!瞳子さんに見てもいいか聞いてみて、OKだったら私にも見せてもらえますか?」

「うん、いいよ。由良ちゃんがブーケトスで見事にキャッチしたシーンも映ってるし」

「ほんとに?うわー、楽しみ!あのブーケ、ドライフラワーにして大切に飾ってるんです。次は私が結婚出来たらいいなー。って、まだ相手もいないうちから、気が早いですね」

そう言って、ふふっと笑う。

「由良ちゃん、今はフリーなの?そんなに可愛いんだから、すぐにいい人見つかるよ」

「そうだといいんですけど。私、こういう仕事してるせいか、どうも軽く見られがちで。遊びでいいからつき合ってって言われるんですけど、私は遊びは良くないんです!って。ずっとその繰り返し」

しょんぼりと話す由良に、透はへえーと感心する。

「そうなんだ。ちゃんと自分を大事にしてて、えらいね。由良ちゃん」

「…透さん、まだ私のこと18歳だと思ってます?」

「いや、思ってないけど、そうかもしれない」

「はあ?!なんですか、それ」

「ごめんごめん。つい」

「つい、って言葉も変です!」

「あはは!ごめんって」

すると由良が、じーっと透を見つめ始めた。

「ん?どうかした?」

「透さんこそ、ほんとに30なの?なんか、私より年下に思えてきちゃう」

「ええ?由良ちゃんより年下?もはや高校生じゃない」

「はいー?だから私、18じゃないですってば!」

「そっか、そうだったね」

「もう!」

二人で賑やかに言い合う。

気がつけば、あっという間に1時間以上経っていた。

「お、もうこんな時間だ。由良ちゃん、そろそろ帰らないと」

「だーかーら!高校生の門限じゃないですって」
「あはは!まあ、それにしてもね。可愛い女の子がこんなに遅くまで外にいるのは危ない。うちまでタクシーで送るよ」

そう言うと透は立ち上がり、マスターにクレジットカードを渡して由良と自分の会計を済ませた。

「さ、行こうか」

カウンターチェアから下りる由良の手を取って支えると、透はマスターに「ごちそうさまでした」と爽やかに挨拶してドアの外に由良を促す。

ビルの1階まで下りると、既にアプリで手配していたタクシーが止まっていた。

「どうぞ、乗って」

由良を後部座席に乗せると、透は運転手にタクシーチケットを渡し、最後に由良に声をかけた。

「また会えて良かった。気をつけて帰ってね。おやすみ」

パタンとドアが閉まり、小さくなるタクシーに手を振って見送ると、透は駅に向かって歩き始めた。
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