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奇跡のような、運命のような

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「え?ちょ……、待って、都。何を拾うって?」
「だから、あなたよ」
「は?!」

夜にマンションにやって来た樹に、岳を寝かしつけてから都が切り出した。

「あなたの実家に行ったら、ご両親から『樹を拾ってやってくれないか』って涙ながらに頼まれて、断れないから頷いてきた」

そう告げると、樹は見た目にも分かりやすく混乱した。

「は?あの、一体、何がどうなってるの?都」
「だからさ、うちの実家のコロを拾ったのも私なのよ。放っておけない主義なの。それにお母さんはともかく、お父さんまで泣き出すし、拾うのが無理ならレンタル父親でもって言われてさ」

レンタルー?!と樹は目を丸くする。

「だから、ええい!分かりました、結婚します!って」
「えっ!結婚って……、俺と?」
「でなかったらズッコケるわ」
「都……」

樹の目に涙が浮かぶ。

「お父さんもお母さんも、岳の写真を食い入るように見てらしたわ。リングボーイの時の写真も」

言葉もなく、樹は頷く。

「岳にもおじいちゃんとおばあちゃんを増やしてあげたいしね。運動会やおゆうぎ会にも来てくださいって伝えたの。それから……」

都はふと笑みをこぼしてから樹を見上げた。

「あなたが岳に『おとうさん』って呼ばれてると話したら、驚いて涙を流してらしたわ。岳に、ありがとうっておっしゃって」
「そうか、そうだったんだ。都、本当にありがとう。全部都のおかげだ。一人で岳を産んで、こんなにも優しい子に育ててくれた。俺は一生都に感謝する。そして必ず幸せにする。もう二度と家族がバラバラになることはない。俺がどんな時も、都と岳を守っていく。だから都。今度こそ俺と結婚して欲しい」

真っ直ぐに都を見つめる樹の目は、吸い込まれそうなほど固い決意に満ち溢れていた。

「6年前にしたプロポーズとは重みが違う。俺は何があっても都と岳を離さない。生涯かけて幸せにすると誓う。その覚悟と強さを持って、君に告げるよ。結婚しよう、都」

都はこぼれた涙を照れくさそうに拭ってから微笑む。

「まあ、そうね。もしまた逃げても、どこまでも追いかけてきそうだから、観念するわ。樹、これからは夫婦として、一緒に岳を育てていって」
「ああ、分かった。岳の父親として、それから都の夫として、君達をずっと愛し、守り続けるよ」

都が笑って両手を伸ばすと、樹はしっかりと都を抱きしめた。

「はあ、長かった。樹ったら足が遅すぎるんだもん。追いかけて捕まえるのに6年かかるなんて。鬼ごっこ弱すぎ」
「都の逃げ足が速すぎるんだ。脱兎のごとくとはこのことだな。都、本当はうさぎみたいに寂しがり屋なんだから、もう逃げるなよ?」
「あら、そんなことないわ。樹のいない間に強くなったんだからね」
「ああ。都は岳の為に強くなった。だけど心のどこかで寂しさを抱えていたんだろう?俺には分かる。ごめんな、もう二度とそんな思いはさせないから」

ぽろぽろと都の目から涙がこぼれ落ちる。

「樹」
「なに?」
「私と離れていた5年半、他に好きな人出来なかったの?」
「出来る訳がない。血眼になって都だけを探してたんだから」
「そうなんだ。私はね、岳だけに向き合っていたから、樹のことなんて考えもしなかった」

えっ……と樹は思わず言葉に詰まる。

「すっかり樹のことなんて忘れた、と思ってたの。だけど違った。そう思い込もうとしてただけみたい。だって今、あなたの温もりを感じて、嬉しくてたまらないから。私、ずっとずっとこうして抱きしめて欲しかったみたい。ずっとずっと、優しく守って欲しかったみたい。5年半、ずっとずっと……。私はあなたに会いたかったの」
「都……」

樹の目から涙が溢れた。

「ごめんな、都。寂しかったよな、心細かったよな。一人で泣いた夜だって、たくさんあっただろう?本当にごめん。もう二度とそんな思いはさせないから」
「うん。私の方こそ、勝手にいなくなってごめんなさい。ずっと私を探し続けてくれてありがとう。私と岳を見つけてくれて、本当にありがとう」

二人で泣きながら微笑み合う。

「結婚しよう、都」
「うん。私、岳と一緒にお嫁に行くね」
「ああ」

樹はそっと都の頬に手を添えて、優しく温かいキスをした。

「朝が来たら、伝えような」
「岳に?」
「そう。またリングボーイやってくれって」
「ふふ、きっと張り切ってやってくれるわね」

そして二人はまた見つめ合い、離れていた年月を埋めるような長くて甘い口づけを、いつまでも交わしていた。



それから半年後の12月。

いよいよ樹と都の結婚式の日がやって来た。

式場はもちろん、真美と潤が式を挙げた三原グループのホテルだ。

真美は花嫁の控え室にお邪魔し、岳にタキシードを着せて準備を手伝う。

「がっくん、楽しみだね!今日もかっこいいよ」
「うん。まみ、おれのことちゃんとみてろよ?」
「分かった。しっかり見てるね。写真もいっぱい撮っちゃうから」

微笑み合う二人に、ドレッサーでメイクされている都がヤレヤレとため息をついた。

「岳、ママとお父さんに指輪届けてよ?真美ちゃんのところに持って行かないでよね?」
「あ、そうか。まちがえるところだった。あはは!」

もう、大丈夫なの?と都は眉根を寄せる。

岳の前にしゃがんでタキシードを整えていた真美が、「うん!これでよし」と頷いてから立ち上がった。

「よいしょっと。ふう……」

紺色のワンピースの上から、膨らみ始めたお腹をなでる真美に、都が気遣うように声をかける。

「真美ちゃん、体調は大丈夫?無理しないでね」
「はい、ありがとうございます。もうつわりも治まったし、安定期に入ってひと安心です」

すると岳が真美のお腹にそっと顔を寄せて話しかけた。

「あかちゃーん。はやくでておいでー。いっしょにあそぼうね」
「ふふっ、ありがと。がっくんが小学校に入学する頃に生まれるよ。ランドセル、見せてあげてね」
「うん!たのしみだなー。ランドセル、おじいちゃんとおばあちゃんがクリスマスにかってくれるんだって」
「そうなのね!良かったねー」

嬉しそうな岳を、都は鏡越しに優しく見つめる。

結婚が決まってから、樹と都は岳を連れて樹の実家に行った。

両親は岳に目尻を下げっぱなしで、既にたくさんのおもちゃとお菓子を買って待っていた。

岳は広いお屋敷に驚いて、ここならラジコンを思い切り走らせられる!と喜び、今では月に1、2回のペースで遊びに行っている。

幼稚園の運動会やおゆうぎ会にも招待すると、二人ともまるで若返ったかのように岳の姿に嬉々としていた。

もちろん、今日の結婚式も心から楽しみにしている様子だった。

「ではお姉さん、がっくんと先にチャペルに行ってますね」
「うん。ありがとう、真美ちゃん」
「行こうか、がっくん」

うん!とニコニコの笑顔を浮かべる岳と見つめ合い、真美は手を繋いで控え室を出た。

「真美、大丈夫か?」

すぐそばの廊下で待っていたスーツ姿の潤が、腕を伸ばして優しく真美の肩を抱く。

「ええ、大丈夫です」
「お腹は苦しくない?何かあったらすぐに教えろよ?」
「はい」

潤は真美のお腹をそっとなでると、肩を抱いたまま歩き出す。

「でもさ、よかったな、じゅん」

真美と手を繋いでいる岳が、歩きながら話し出した。

「ん?良かったって、何が?」
「こうのとりさん、すぐにきてくれてさ」
「ああ、そそそうだな、うん」

なぜだか真美よりも潤の方が動揺してしまう。

誰かに聞かれなかったかと、潤は辺りをキョロキョロした。

「おれ、またこうのとりさんに、おてがみかこうかな」

岳の言葉に真美が「なんて?」と尋ねる。

「じゅんとまみにあかちゃんをありがとう。こんどは、ママとおとうさんのあかちゃんをおねがいしますって」
「わあ、素敵!いいね、がっくん」
「だろ?かえったらいっしょにかこうぜ、まみ」
「うん、書く!こうのとりさん、私と潤さんに赤ちゃんを授けてくれてありがとう。次はお姉さんと樹さんと岳くんのもとに、可愛い赤ちゃんを届けてくださいって」
「うん!」

二人はまたニコニコしながら見つめ合った。



厳かな雰囲気で、樹と都の結婚式が始まる。

シルバーグレーのタキシードに身を包んだ樹が先にチャペルに入場し、続いてマーメイドラインのウエディングドレス姿の都が、父親と腕を組んで現れた。

「お姉さん、とっても綺麗……」

涙ぐむ真美の肩を、潤がそっと抱き寄せる。

どんなにこの日を待ち望んだことだろう。
二人にとっては奇跡のような、それでいてこうなる運命だったとも言える特別な瞬間。

潤と真美は惜しみない祝福の拍手を二人に送った。

しっかりと腕を組んだ二人は見つめ合い、微笑み合って後方の扉に向き直った。

「それではこれより、お二人の愛の証となる結婚指輪を運んでいただきます。リングボーイを務めてくれるのは、お二人の5歳のお子さん、 岳くんです。皆様、どうぞ大きな拍手でお迎えください」

扉が開かれると、二人の大切な宝物、岳が姿を現した。

ゆっくりと真っ直ぐに、二人のもとへとやって来る。

都と樹は互いの手にギュッと力を込め、涙を堪えながら岳を見つめる。

ついにたどり着いた岳を、二人はしゃがみ込んで抱きしめた。

「岳、ありがとな」
「ありがとう、岳」

3人で抱きしめ合う姿に、樹の両親も涙を流す。

樹がリングピローを受け取って岳の頭をなで、都は岳に左の頬を差し出した。

が……

岳はくるりと背を向け、スタスタと列席者の席に戻ると、真美と手を繋ぐ。

「え、ちょっと、岳?ママにチュウしてくれないの?」
「おとうさんにやってもらいなよ」
「ええー?」

あはは!と列席者の間から笑い声が上がった。

ムッと拗ねた顔をする都に、樹が苦笑いしながら手を差し伸べる。

「ほら、都。拗ねてないで。俺が岳の分まで熱いキスをしてやるよ」

耳元で囁く樹に、都は顔を真っ赤にする。

「可愛い。都にもこんなウブな一面あったんだな」
「な、なによ。人を化け物みたいに言わないで」
「とんでもない。都は岳の頼れるママだけど、俺にとっては可愛くて愛しいお嫁さんだよ」

都はもう返す言葉もなく、赤い顔のままうつむくばかりだった。

チャペルの隅々にまで、讃美歌の美しい音色が響き渡る。

全ての涙や心の痛みを癒やしてくれるかのように。

樹と都はこれまでの道のりを感慨深く思い出し、同時に二度と離れたりはしないと心に誓った。

そして互いに指輪を交換する。

3つ重ねると、内側に1つのハートが浮かび上がるデザインは、もちろん都が考えたもの。

1つは樹、もう1つは都、そして3つ目は岳にキーホルダーとして渡した。

「これをもって二人を夫婦と認め、三人を親子と認めます」

牧師様の言葉に、皆が一斉に拍手で祝福する。

樹が岳を抱き上げ、都が岳の頬にキスをし、最後に樹が都に愛を込めて口づけた。

ありったけの想いを込めて拍手を送りながら、真美はとめどなく涙を流し続ける。

こんなにも尊く、絆の固い家族がいるだろうか。

(良かった、お姉さんもがっくんも樹さんも、本当に良かった)

ぽろぽろと涙をこぼす真美を、潤は左手で優しく抱き寄せ、右手を真美のお腹に当てるとそっと髪に口づける。

「俺も必ず幸せにするから。真美とこの子を」

耳元で囁かれる声に、真美はまた新たな涙を流す。

優しく微笑みかけてくれる潤に、真美も笑顔で頷いた。
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