小さな恋のトライアングル

葉月 まい

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婚約指輪

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真美の誕生日、4月21日がやって来た。

金曜日の為普通に仕事があるが、夜は二人でホテルのレストランに行くことになっている。

真美には内緒にしているが、潤はホテルの部屋も押さえてあった。

定時で退社すると一度マンションに戻り、着替えてから車で都内のホテルに向かった。

「ここって、前に樹さんと初めて会ったホテルですよね?」

前方に高くそびえ立つホテルを見上げながら、真美が尋ねる。

「ああ。三原ホールディングスのグループ会社のホテルなんだって」
「そうなんだ!知らなかった。あ、だから樹さん、あの時会員制のスイートルームを使えたんですね」
「まあ、樹さんならどんなホテルのスイートルームもじゃんじゃん使えるだろうけど」
「そうか、そうですよね。樹さん、いつも気さくな雰囲気だからつい忘れちゃうけど、ものすごい御曹司なんですもんね」

話しているうちに駐車場に着き、車を停めた潤は助手席のドアを開けて真美に手を差し伸べた。

「足元気をつけて。真美、今夜はめちゃくちゃ可愛いな。ピンクのワンピース、よく似合ってる」
「ふふっ、ありがとう。潤さんも、とってもかっこいいです」

二人で顔を見合わせて微笑むと、腕を組んで33階のフレンチレストランに入った。

夜景を見下ろしながら、二人は美味しいフルコースを味わう。

毎日一緒に食事しているが、今夜は互いの姿に改めて胸がドキドキし、目が合うと照れ笑いを浮かべてしまった。

「なんか、こういう時間ってよく考えたら久しぶりじゃないか?いつも岳達とワイワイ賑やかに集まってる気がする」
「そう言えばそうですね。がっくん達といるのも楽しいけど、時々は潤さんと二人切りでお出かけしたいな」

可愛い真美のおねだりに、潤は頬を緩める。

「そうだな。これからはもっともっと、真美と二人の時間を楽しもう。今までなんだかんだで岳といることが多かったから、恋人を通り越して夫婦みたいになっちゃってたもんな」
「ふふっ、確かに。スーパーで3人で買い物してた時も、親子に見られたりして」
「ああ。だから真美、今夜はとことん甘い恋人の時間にしよう。綺麗な真美に、俺は改めて恋に落ちるよ」

潤に優しく見つめられ、真美は顔を真っ赤にする。

「ははっ!またイチゴ真美ちゃんになった。可愛いな」
「なんですか?それ」

ふくれっ面になると「今度はリンゴ真美ちゃん!」と笑い出す。

「美味しそっ、あとで食べちゃおう」

色っぽい切れ長の目で見つめられ、今度はタコのように更に真っ赤になる真美だった。

デザートに「Happy Birthday!」と美しくデコレーションされたケーキがサーブされ、おめでとうございますとスタッフ達にも祝福される。

「ありがとうございます。こんなに素敵な誕生日は初めて」

真美の幸せそうな笑顔に、潤も思わず微笑み返す。

するとスタッフが、スッと潤の手元にカードサイズの封筒を滑らせ、目礼してから去っていった。

なんだろう?と中を見てみると、どうやら部屋のカードキーのようだった。

おそらくチェックインを済ませてくれたのだろう。

(気が利くな。さすがは三原グループのホテルマンだ。ん?)

書かれていた部屋番号、3501に、潤は首をひねる。

(35階?それって…)

「潤さん?どうかしましたか?」

真美に尋ねられ、何でもないよ、と潤はカードキーをジャケットの内ポケットにしまった。



「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「こちらこそ、ありがとうございました。お誕生日おめでとうございます。またのお越しを心よりお待ちしております」
「また伺います。ありがとうございました」

レストランのスタッフに笑顔で挨拶した真美に、潤は優しく手を差し伸べる。

「真美、行くよ」
「はい」

腕を組んでエレベーターに乗ると、潤は35の階数ボタンを押す。

「え?潤さん。駐車場は地下じゃない?」

真美がキョトンと顔を見上げてくる。

「そうなんだけど、ちょっとね」
「ちょっと、なに?」
「ん?だから、ちょっとそこまで」
「お買い物?」
「そうそう、大根買いにね。って、違うから」

その時、ポーンと扉が開いて、タキシード姿のスタッフがうやうやしく頭を下げるのが見えた。

(うわっ、テジャヴ?いや違う。2度目ましてだ)

潤は確信する。
おそらくこれは、都と樹の仕業だ。

(姉貴に今夜このホテルのレストランに行くこと話したからなあ。そこから樹さんが全て手配してくれたんだろう)

フレンチレストランでもお会計は請求されず、予約した部屋も以前と同じスイートルームに変更してくれたに違いない。

「ねえ、潤さん。一体どういうこと?」

真美が小さく尋ねてくる。

「ん?まあ、樹さんからの誕生日プレゼントかな?」
「ええ?!何が?」

するとスタッフが、にこやかに話しかけてきた。

「五十嵐様、本日もようこそお越しくださいました。お部屋にご案内いたします。どうぞ」

そう言って歩き始めたスタッフについて行くと、案の定以前と同じ部屋に案内された。

しかもテーブルには豪華なバラの花とホールケーキ、シャンパンにフルーツの盛り合わせが用意されている。

「こ、これは、一体……」

真美はもはや呆然と呟くばかりだった。

「お誕生日おめでとうございます、お嬢様。何かありましたら、いつでも内線でお申しつけくださいませ。それでは、失礼いたします」
「はい、ありがとうございます」

スタッフが退室すると、真美は未だに信じられない様子で立ち尽くしている。

「あの、潤さん?このお部屋は?それに、こんなに大きなお花に、ケーキやシャンパン、フルーツまで。ここは魔法のお部屋なの?」
「ははは!まあ、そうかな。今夜の真美はプリンセスだね。ほら、座って」

潤は真美をテーブルの横のソファに座らせた。

そして自分はその前にひざまずく。

えっ?と真美は目を見開いた。

「真美。最初に好きになったのは、多分岳に向けた笑顔だったと思う。岳を見つめる優しくて愛おしそうな眼差しに目を奪われた」

真美の両手を握り、潤は少し視線を落としてゆっくりと語る。

「次に心惹かれたのは、真美のきっぱりとしたあのセリフ。岳はこんなに小さな身体で、毎日を一生懸命に生きている。叱ることなんて、何一つないって。あの言葉に俺がどれほど救われたか分からない」
「潤さん……」

真美は潤の手をキュッと握り返して目を潤ませた。

「岳に美味しい料理を作ってくれて、おゆうぎ会では衣装も作って見に来てくれた。よその子なのに、血の繋がりなんて関係ないって、たくさんの愛情を岳に注いでくれた。地震の時は己を顧みずに岳のもとへ駆けつけてくれて、岳の心も守ってくれた。そのうちに俺は、真美のその笑顔を俺にも向けて欲しいって思い始めたんだ。岳に寄り添ってたくさんの幸せを与えてくれる真美を、俺がこの手で守りたい。本当は寂しさを抱えて、岳の描いた絵にぽろぽろ涙をこぼす真美を、これからは俺が幸せにしたいって思った。これほど誰かに心を奪われたことはない。こんなにも誰かを愛おしいと思ったこともなかった。結婚願望なんてまるでなかった俺が、真美と築く幸せな家庭を夢見るようになった。俺のこの先の人生は、真美と共にある。世界でたった一人、心の底から愛する人を見つけられたんだ。真美、俺と結婚して欲しい」

真美の瞳からとめどなく涙が溢れる。

「潤さん……。私もあなたに救われました。ずっと自分に自信が持てなくて、いつも引け目を感じながら気を張っていた私に、潤さんは言ってくれました。俺になら何を話してくれてもいい、いつでも俺を頼れって。何の取り柄もない私を、誰よりも愛情に満ち溢れていて、陽だまりみたいに温かく優しい人だよって言ってくれました。もう一人でがんばらなくていい。寂しい夜を一人で過ごさなくてもいい。お前はもう、一人じゃないんだって。潤さんこそ、おひさまみたいに私の心を温かく溶かしてくれる人です」
「……真美」
「これから先も、ずっと潤さんと一緒にいたい。潤さんと過ごす宝物のような時間を知ってしまったから。あなたに心から愛される喜びを知ってしまったから。二人で過ごす何気ない日々が、どんなに幸せなものかに気づいてしまったから。あなたの……、優しくて大きな腕の温もりを覚えてしまったから。私はもうあなたから離れるなんて出来ません。潤さん、私とずっと一緒にいてください」

涙を堪えながら懸命にそう告げる真美を、たまらず潤はギュッと胸に抱きしめた。

「真美。可愛くて強くて、健気で優しくて、こんなにも愛おしい人。ありがとう、俺にたくさんの幸せを教えてくれて」
「潤さん……。私の方こそ、感謝しています。私を見つけてくれて、本当にありがとう」

潤は少し身体を離すと、ふっと笑って真美の涙を親指で拭う。

「真美が教えてくれた。幸せ過ぎると涙がこぼれることを。真美、これから先真美がこぼす涙は、全部幸せの涙だよ」

真美の笑顔がふわりと花開く。

「たくさんの幸せと笑顔が溢れる家族になろうな」
「はい、潤さん」

見つめ合って頷くと、潤はジャケットのポケットからリングケースを取り出した。

「俺達みんなで、真美をイメージしながらデザインした指輪なんだ」

そう言うと、そっとケースを開いて見せる。

「わあ……、なんて綺麗なの」

ハートのダイヤモンドと、その周りを彩る小さなピンクのモルガナイト。

今着けているネックレスとブレスレットと同じモチーフだが、メインのダイヤモンドの輝きは目もくらむばかりだった。

「姉貴と一緒に、俺と岳と樹さんとみんなで考えた。真美の純粋で真っ直ぐな心と、温かくて優しい笑顔をイメージして」
「私の為に、みんなで?なんて素敵な指輪なの。何よりも、みんなの気持ちが本当に嬉しい」

潤は指輪を手に取ると、真美の左手をすくい、薬指にゆっくりとはめた。

「うん、よく似合ってる」
「可愛い!世界でたった一つの、私の大切な人達が作ってくれた指輪。私、もう絶対に外さないわ。ありがとう、潤さん」

目の高さに掲げた指輪に輝くような笑顔を見せる真美を、潤はそっと抱き寄せる。

「愛してるよ、真美」
「私も。あなたを心から愛しています、潤さん」

二人は互いに微笑み合い、どちらからともなく顔を寄せて、長く幸せなキスをした。
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