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なかったことに……

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「ひゃー、真美さん!その美しいアクセサリーは、一体どなたから?」

次の日会社に行くと、目ざとく見つけた若菜に問い詰められた。

「あら、ほんと!素敵なネックレスね」
「紗絵さん、ブレスレットもですよ!お揃い!しかもその輝き、ダイヤモンドですよね?真美さん」

若菜の勢いに押され気味に、真美は頷く。

「やっぱり!もしかして彼氏からの誕生日プレゼントですか?」
「ううん。私の憧れの女性からいただいたの」

すると紗絵が、へえーと声を上げた。

「真美の憧れの女性か。どんな人なの?」
「えっと、美しくて聡明で、生き方もかっこ良くて、強くて温かくて、優しいけどたくましくて」
「ストップ!もういいから。ほら、若菜が勘違い始めてる」

え?と真美は若菜を振り返る。

ドン引きしている様子の若菜にキョトンとしていると、紗絵が苦笑いした。

「真美さんって、彼氏じゃなくて彼女がいたんだー!だって」

ええ?!と真美が驚くが、若菜はうんうんと肯定している。

そういう訳では……と言おうとしたが、じゃあやっぱり彼氏から?と話の矛先が変わりそうで、真美はやめておいた。

笑ってやり過ごしていると、若菜はますます目を見開く。

「そ、そうだったんですね。どうりで真美さん、合コン誘っても来ない訳だ。なるほど、そうでしたか……」

若菜はストンと椅子に腰を下ろし、しばしポケーッとしている。

「ありゃりゃ。妄想が始まっちゃった。ま、いいか。真美、仕事しましょ」

心の中でごめんねと若菜に謝りつつ、真美は紗絵に「はい」と返事をしてパソコンを立ち上げた。



「ちょっとちょっとー!紗絵ちゃーん!」
「うるさい。キモい。離れて」

廊下に出た途端に近寄って来た平木を、紗絵はバッサリと斬り捨てる。

「いいから、聞いてよ」
「良くないから、聞かない」
「さっきさ、望月ちゃんを見かけたんだよ」
「だからなに」
「それがキラッキラのネックレス着けてたの!」
「だからなに。その2」

スタスタと歩みを止めない紗絵に、平木は負けじと追いすがった。

「望月ちゃん、彼氏出来たのかな?」
「知らない」
「じゃあ、誰からもらったんだろ?」
「憧れの女性から、だって」
「そうなの?!それって、誰?」
「個人情報保護法って知ってる?」
「知ってるけど、今それ破ったの紗絵だぞ」

ピタリと沙絵は足を止めて振り返る。

「あんたがあまりにしつこいからよ。真美の彼氏を勘ぐって、変な噂立てたら許さないからね。以上、解散」

そしてまたスタスタと歩いて平木を振り切った。

だがそうは言っても、紗絵自身も不思議だった。

(真美、五十嵐くんとはどうだったんだろう?つき合ってないにしろ、二人の間に何かはあったと思うのよね。だけど相変わらず五十嵐くんは残業続きの毎日だしなあ。真美があのアクセサリーを憧れの女性からもらったって話も、嘘ではないだろうし。んー、ほんっとに訳が分かんない)

かと言って若菜や平木に相談すれば、事態はややこしくなりそうだ。

紗絵は一人で悶々とやり過ごすしかなかった。



小会議室で伊藤と打ち合わせを終えた潤は、「じゃあ、くれぐれもよろしく頼むぞ」と言い残して部屋を出る。

例の件以降、潤はいつも伊藤の仕事の様子を気にかけ、細かく進捗を報告させるようにしていた。

「おっ、潤じゃないか。いつものお部屋からご登場!」

面倒なやつに見つかった、と潤は顔をしかめながら歩みを速める。

「あれ?望月ちゃんじゃなかったんだ。おーい、潤!待ってくれよ」

会議室の中を覗いて真美がいないのを確認した平木が、後ろから駆け寄って来た。

「そんな急ぐなって。なあ、潤。お前知ってる?」
「知らない」
「まだ何も言ってないけど?」
「言わなくて結構です」
「おいおい、お前達。ITソリューション課の課長と課長補佐の方針なのか?隣の課長にはつれなくすることって」
「次回の定例会議で議題に挙げておきます」
「やめてくれ。ってか、話聞いてくれないなら大声で聞くぞ?望月ちゃんってー、…ふがっ!」

いきなり振り向いた潤に口を塞がれ、平木は休憩スペースに連れ込まれる。

「うちの課のメンバーの名前を大声で出すな」
「お前がちゃんと聞いてくれないからだろ?なあ、望月ちゃんってやっぱり彼氏出来たのかな」
「知らん。大体ここは会社だぞ?しかもお前、課長だろ。廊下でウロウロしてるのしか見たことないけど?」
「だから、社員が毎日元気に仕事出来てるかを気にかけてるんだよ。望月ちゃん、前に会議室で泣いてただろ?そりゃ、上司としてフォローしないとってなる」
「それはこっちの話だ。お前は自分の課のメンバーを気にかけてろ」
「ふーんだ。課が違うから手出しするなって訳?それなら課長としてでなく、一人の同僚として声かけるもんね」

は?と潤は真顔で聞き返した。

「同僚として、なんて声かけるんだ?」
「それはもちろん、つき合ってって」
「バカ!なんでそうなるんだよ?」
「なんでって、気になる相手に告白するのは普通だろ?望月ちゃん、最近めっきり綺麗になったしさ。ふとした時の笑顔も可愛いし、なんかこう、キラキラしてて目が離せなくなるって感じ。はー、俺、久々のときめきだわ。あとでそっちのオフィスに顔出していい?」

潤は怒りにまかせて矢継ぎ早に言う。

「いい訳ないだろ!来んな!お前は出禁だ!」
「おい、隣の課長を出禁にしてどうする」
「仕事でもないのに、邪魔者をオフィスに入れる筋合いはない」
「じゃあ仕事帰りに待ち伏せする」

急に声のトーンを変えて真剣な表情になる平木に、潤はハッとした。

「望月ちゃんが泣いてたのを見てから、ずっと気になってた。お前とつき合ってるのかと思ってたけど、そうでもないらしいし。それなら彼女のそばにいてやりたいと思った。悲しい思いはして欲しくない。俺なら近くでずっと楽しませてやれる。だから会社帰りに声をかけて告白する。それならいいだろ?」

潤は何も言葉を返せない。

平木は「じゃ、仕事に戻るわ」と言って立ち去って行った。



デスクに戻った潤は、そっと顔を上げて真美の様子をうかがう。

背筋を伸ばしてパソコンに向かっている横顔は美しく、胸元と左手首に輝くジュエリーが華やかに彩って見えた。

(真美が平木に告白されたら……)

どうってことはない。
真美は真っ直ぐに自分だけを見つめてくれている。

(俺は真美を信じる)

潤はそう固く心に決める。

だが、心がざわつくのはどうしても止められなかった。

今日は真美と一緒に退社しようと思っていたが、思わぬ電話が入り仕事が切り上げられない。

定時を30分ほど過ぎた頃に真美が立ち上がり、隣の席の若菜と一緒に「お先に失礼します」と挨拶してオフィスを出て行った。



「おかえりなさい。今夜は早かったんですね、潤さん」

電話を終えると、潤はすぐにマンションに帰った。

真美はいつもと変わらない笑顔で出迎えてくれる。

「すぐに晩ご飯の準備しますね。今日は筍の炊き込みご飯と春キャベツと厚揚げのピリ辛炒め、それから茶わん蒸しとお吸い物なんです」

にっこり笑ってからキッチンへ向かう真美を、潤は後ろから抱きすくめた。

「……潤さん?どうかしましたか?」
「心配でたまらなかった」
「え?」
「真美を取られたらどうしようって。あいつがあんなに真剣になるなんて、初めてだったから」

苦しそうな潤の言葉に、真美は少し間を置いてから潤の腕を解いて振り返る。

「潤さん。さっき私、会社を出たところで平木課長に声をかけられました」

ハッとして潤は真美を見つめる。
何も言葉が出て来なかった。

「若菜ちゃんと一緒だったんですけど、平木課長、私と話がしたいからって、若菜ちゃんにごめんって謝って先に帰ってもらいました。お店に誘われたんですけど、ここでお話してくださいと言いました。おつき合いを申し込まれましたが、私は他に好きな人がいるので、とお断りしてすぐに別れました。潤さん、何か心配でしたか?」

少しも動揺せず淡々と話す真美に、潤は落ち着きを取り戻す。

「ごめん、何もないよ」
「じゃあ、あの話はナシでいいですよね?」

えっ!と潤はまた言葉を失った。

ホッと安心したのも束の間、再び不安が襲ってくる。

(あの話はナシって、まさか……。結婚のことか?!)

都がかつて樹に告げた言葉が脳裏をかすめ、ショックのあまり頭の中が真っ白になる。

すると真美は真剣な表情で正面から潤と視線を合わせた。

「なかったことにしてください。約束ですよ?」
「いやだ、そんなの出来ない。今更そんなこと、俺は……」

言葉を振り絞り、必死で首を振る。
真美はますます潤ににじり寄った。

「だめです!潤さん、お願いだからやめて。ね?」
「そ、そんなに可愛くおねだりされたって、無理なものは無理!だいたい逆効果だぞ?俺はますます真美が可愛くて仕方なくなる」
「それとこれとは話が別でしょう?」
「別なもんか!俺は絶対に真美を手放したりしないからな!」

そう言うと潤は真美をガバッと抱きしめ、熱く口づけた。

驚いて目を見開いた真美に激情のままキスを繰り返し、有無を言わさぬ強さで腕の中に閉じ込める。

「真美、好きだ。どこにも行かないで」
「潤さん……。んんっ、私も、大好き」

熱い吐息もキスで溶かし、溢れる愛に引き寄せられ、二人は互いを求めて抱きしめ合った。

ようやく顔を離した二人は、コツンとおでこを合わせて息を整える。

「真美。たとえ真美の気持ちが揺れたとしても、俺は諦めない。何度でも真美にプロポーズするから」
「潤さん……。って、え?何のお話ですか?」
「だから、結婚の話はなかったことにしてくださいって。たとえそう言われても、俺は……」
「は?誰がそんなことを?」
「さっき真美が言ったじゃないか。俺、もう信じられないくらいショックだった。だけど諦めない。俺は何度でも……」

ちょちょ、ちょっと待って!と真美が手で遮る。

「どうりで何かおかしいと思った。潤さん、私が言ったあの話っていうのは、朝礼で潤さんが私達のことを発表するって言ったことですよ?」

へ?と、潤は間抜けな声で固まった。

「もし私が誰かに口説かれたら、すぐに朝礼で発表するって、潤さんが。でも私は平木課長におつき合いを申し込まれて即座に断ったから、口説かれたのとは違いますよね?ってことです」
「はあ……、そうですね」
「じゃあ、朝礼で発表はナシですよ?」
「はい、分かり、ました」
「やった!じゃあ、ご飯にしましょ!」

軽やかに身を翻してキッチンに戻る真美を、潤は呆然としながら見つめていた。
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