27 / 33
なかったことに……
しおりを挟む
「ひゃー、真美さん!その美しいアクセサリーは、一体どなたから?」
次の日会社に行くと、目ざとく見つけた若菜に問い詰められた。
「あら、ほんと!素敵なネックレスね」
「紗絵さん、ブレスレットもですよ!お揃い!しかもその輝き、ダイヤモンドですよね?真美さん」
若菜の勢いに押され気味に、真美は頷く。
「やっぱり!もしかして彼氏からの誕生日プレゼントですか?」
「ううん。私の憧れの女性からいただいたの」
すると紗絵が、へえーと声を上げた。
「真美の憧れの女性か。どんな人なの?」
「えっと、美しくて聡明で、生き方もかっこ良くて、強くて温かくて、優しいけどたくましくて」
「ストップ!もういいから。ほら、若菜が勘違い始めてる」
え?と真美は若菜を振り返る。
ドン引きしている様子の若菜にキョトンとしていると、紗絵が苦笑いした。
「真美さんって、彼氏じゃなくて彼女がいたんだー!だって」
ええ?!と真美が驚くが、若菜はうんうんと肯定している。
そういう訳では……と言おうとしたが、じゃあやっぱり彼氏から?と話の矛先が変わりそうで、真美はやめておいた。
笑ってやり過ごしていると、若菜はますます目を見開く。
「そ、そうだったんですね。どうりで真美さん、合コン誘っても来ない訳だ。なるほど、そうでしたか……」
若菜はストンと椅子に腰を下ろし、しばしポケーッとしている。
「ありゃりゃ。妄想が始まっちゃった。ま、いいか。真美、仕事しましょ」
心の中でごめんねと若菜に謝りつつ、真美は紗絵に「はい」と返事をしてパソコンを立ち上げた。
◇
「ちょっとちょっとー!紗絵ちゃーん!」
「うるさい。キモい。離れて」
廊下に出た途端に近寄って来た平木を、紗絵はバッサリと斬り捨てる。
「いいから、聞いてよ」
「良くないから、聞かない」
「さっきさ、望月ちゃんを見かけたんだよ」
「だからなに」
「それがキラッキラのネックレス着けてたの!」
「だからなに。その2」
スタスタと歩みを止めない紗絵に、平木は負けじと追いすがった。
「望月ちゃん、彼氏出来たのかな?」
「知らない」
「じゃあ、誰からもらったんだろ?」
「憧れの女性から、だって」
「そうなの?!それって、誰?」
「個人情報保護法って知ってる?」
「知ってるけど、今それ破ったの紗絵だぞ」
ピタリと沙絵は足を止めて振り返る。
「あんたがあまりにしつこいからよ。真美の彼氏を勘ぐって、変な噂立てたら許さないからね。以上、解散」
そしてまたスタスタと歩いて平木を振り切った。
だがそうは言っても、紗絵自身も不思議だった。
(真美、五十嵐くんとはどうだったんだろう?つき合ってないにしろ、二人の間に何かはあったと思うのよね。だけど相変わらず五十嵐くんは残業続きの毎日だしなあ。真美があのアクセサリーを憧れの女性からもらったって話も、嘘ではないだろうし。んー、ほんっとに訳が分かんない)
かと言って若菜や平木に相談すれば、事態はややこしくなりそうだ。
紗絵は一人で悶々とやり過ごすしかなかった。
◇
小会議室で伊藤と打ち合わせを終えた潤は、「じゃあ、くれぐれもよろしく頼むぞ」と言い残して部屋を出る。
例の件以降、潤はいつも伊藤の仕事の様子を気にかけ、細かく進捗を報告させるようにしていた。
「おっ、潤じゃないか。いつものお部屋からご登場!」
面倒なやつに見つかった、と潤は顔をしかめながら歩みを速める。
「あれ?望月ちゃんじゃなかったんだ。おーい、潤!待ってくれよ」
会議室の中を覗いて真美がいないのを確認した平木が、後ろから駆け寄って来た。
「そんな急ぐなって。なあ、潤。お前知ってる?」
「知らない」
「まだ何も言ってないけど?」
「言わなくて結構です」
「おいおい、お前達。ITソリューション課の課長と課長補佐の方針なのか?隣の課長にはつれなくすることって」
「次回の定例会議で議題に挙げておきます」
「やめてくれ。ってか、話聞いてくれないなら大声で聞くぞ?望月ちゃんってー、…ふがっ!」
いきなり振り向いた潤に口を塞がれ、平木は休憩スペースに連れ込まれる。
「うちの課のメンバーの名前を大声で出すな」
「お前がちゃんと聞いてくれないからだろ?なあ、望月ちゃんってやっぱり彼氏出来たのかな」
「知らん。大体ここは会社だぞ?しかもお前、課長だろ。廊下でウロウロしてるのしか見たことないけど?」
「だから、社員が毎日元気に仕事出来てるかを気にかけてるんだよ。望月ちゃん、前に会議室で泣いてただろ?そりゃ、上司としてフォローしないとってなる」
「それはこっちの話だ。お前は自分の課のメンバーを気にかけてろ」
「ふーんだ。課が違うから手出しするなって訳?それなら課長としてでなく、一人の同僚として声かけるもんね」
は?と潤は真顔で聞き返した。
「同僚として、なんて声かけるんだ?」
「それはもちろん、つき合ってって」
「バカ!なんでそうなるんだよ?」
「なんでって、気になる相手に告白するのは普通だろ?望月ちゃん、最近めっきり綺麗になったしさ。ふとした時の笑顔も可愛いし、なんかこう、キラキラしてて目が離せなくなるって感じ。はー、俺、久々のときめきだわ。あとでそっちのオフィスに顔出していい?」
潤は怒りにまかせて矢継ぎ早に言う。
「いい訳ないだろ!来んな!お前は出禁だ!」
「おい、隣の課長を出禁にしてどうする」
「仕事でもないのに、邪魔者をオフィスに入れる筋合いはない」
「じゃあ仕事帰りに待ち伏せする」
急に声のトーンを変えて真剣な表情になる平木に、潤はハッとした。
「望月ちゃんが泣いてたのを見てから、ずっと気になってた。お前とつき合ってるのかと思ってたけど、そうでもないらしいし。それなら彼女のそばにいてやりたいと思った。悲しい思いはして欲しくない。俺なら近くでずっと楽しませてやれる。だから会社帰りに声をかけて告白する。それならいいだろ?」
潤は何も言葉を返せない。
平木は「じゃ、仕事に戻るわ」と言って立ち去って行った。
◇
デスクに戻った潤は、そっと顔を上げて真美の様子をうかがう。
背筋を伸ばしてパソコンに向かっている横顔は美しく、胸元と左手首に輝くジュエリーが華やかに彩って見えた。
(真美が平木に告白されたら……)
どうってことはない。
真美は真っ直ぐに自分だけを見つめてくれている。
(俺は真美を信じる)
潤はそう固く心に決める。
だが、心がざわつくのはどうしても止められなかった。
今日は真美と一緒に退社しようと思っていたが、思わぬ電話が入り仕事が切り上げられない。
定時を30分ほど過ぎた頃に真美が立ち上がり、隣の席の若菜と一緒に「お先に失礼します」と挨拶してオフィスを出て行った。
◇
「おかえりなさい。今夜は早かったんですね、潤さん」
電話を終えると、潤はすぐにマンションに帰った。
真美はいつもと変わらない笑顔で出迎えてくれる。
「すぐに晩ご飯の準備しますね。今日は筍の炊き込みご飯と春キャベツと厚揚げのピリ辛炒め、それから茶わん蒸しとお吸い物なんです」
にっこり笑ってからキッチンへ向かう真美を、潤は後ろから抱きすくめた。
「……潤さん?どうかしましたか?」
「心配でたまらなかった」
「え?」
「真美を取られたらどうしようって。あいつがあんなに真剣になるなんて、初めてだったから」
苦しそうな潤の言葉に、真美は少し間を置いてから潤の腕を解いて振り返る。
「潤さん。さっき私、会社を出たところで平木課長に声をかけられました」
ハッとして潤は真美を見つめる。
何も言葉が出て来なかった。
「若菜ちゃんと一緒だったんですけど、平木課長、私と話がしたいからって、若菜ちゃんにごめんって謝って先に帰ってもらいました。お店に誘われたんですけど、ここでお話してくださいと言いました。おつき合いを申し込まれましたが、私は他に好きな人がいるので、とお断りしてすぐに別れました。潤さん、何か心配でしたか?」
少しも動揺せず淡々と話す真美に、潤は落ち着きを取り戻す。
「ごめん、何もないよ」
「じゃあ、あの話はナシでいいですよね?」
えっ!と潤はまた言葉を失った。
ホッと安心したのも束の間、再び不安が襲ってくる。
(あの話はナシって、まさか……。結婚のことか?!)
都がかつて樹に告げた言葉が脳裏をかすめ、ショックのあまり頭の中が真っ白になる。
すると真美は真剣な表情で正面から潤と視線を合わせた。
「なかったことにしてください。約束ですよ?」
「いやだ、そんなの出来ない。今更そんなこと、俺は……」
言葉を振り絞り、必死で首を振る。
真美はますます潤ににじり寄った。
「だめです!潤さん、お願いだからやめて。ね?」
「そ、そんなに可愛くおねだりされたって、無理なものは無理!だいたい逆効果だぞ?俺はますます真美が可愛くて仕方なくなる」
「それとこれとは話が別でしょう?」
「別なもんか!俺は絶対に真美を手放したりしないからな!」
そう言うと潤は真美をガバッと抱きしめ、熱く口づけた。
驚いて目を見開いた真美に激情のままキスを繰り返し、有無を言わさぬ強さで腕の中に閉じ込める。
「真美、好きだ。どこにも行かないで」
「潤さん……。んんっ、私も、大好き」
熱い吐息もキスで溶かし、溢れる愛に引き寄せられ、二人は互いを求めて抱きしめ合った。
ようやく顔を離した二人は、コツンとおでこを合わせて息を整える。
「真美。たとえ真美の気持ちが揺れたとしても、俺は諦めない。何度でも真美にプロポーズするから」
「潤さん……。って、え?何のお話ですか?」
「だから、結婚の話はなかったことにしてくださいって。たとえそう言われても、俺は……」
「は?誰がそんなことを?」
「さっき真美が言ったじゃないか。俺、もう信じられないくらいショックだった。だけど諦めない。俺は何度でも……」
ちょちょ、ちょっと待って!と真美が手で遮る。
「どうりで何かおかしいと思った。潤さん、私が言ったあの話っていうのは、朝礼で潤さんが私達のことを発表するって言ったことですよ?」
へ?と、潤は間抜けな声で固まった。
「もし私が誰かに口説かれたら、すぐに朝礼で発表するって、潤さんが。でも私は平木課長におつき合いを申し込まれて即座に断ったから、口説かれたのとは違いますよね?ってことです」
「はあ……、そうですね」
「じゃあ、朝礼で発表はナシですよ?」
「はい、分かり、ました」
「やった!じゃあ、ご飯にしましょ!」
軽やかに身を翻してキッチンに戻る真美を、潤は呆然としながら見つめていた。
次の日会社に行くと、目ざとく見つけた若菜に問い詰められた。
「あら、ほんと!素敵なネックレスね」
「紗絵さん、ブレスレットもですよ!お揃い!しかもその輝き、ダイヤモンドですよね?真美さん」
若菜の勢いに押され気味に、真美は頷く。
「やっぱり!もしかして彼氏からの誕生日プレゼントですか?」
「ううん。私の憧れの女性からいただいたの」
すると紗絵が、へえーと声を上げた。
「真美の憧れの女性か。どんな人なの?」
「えっと、美しくて聡明で、生き方もかっこ良くて、強くて温かくて、優しいけどたくましくて」
「ストップ!もういいから。ほら、若菜が勘違い始めてる」
え?と真美は若菜を振り返る。
ドン引きしている様子の若菜にキョトンとしていると、紗絵が苦笑いした。
「真美さんって、彼氏じゃなくて彼女がいたんだー!だって」
ええ?!と真美が驚くが、若菜はうんうんと肯定している。
そういう訳では……と言おうとしたが、じゃあやっぱり彼氏から?と話の矛先が変わりそうで、真美はやめておいた。
笑ってやり過ごしていると、若菜はますます目を見開く。
「そ、そうだったんですね。どうりで真美さん、合コン誘っても来ない訳だ。なるほど、そうでしたか……」
若菜はストンと椅子に腰を下ろし、しばしポケーッとしている。
「ありゃりゃ。妄想が始まっちゃった。ま、いいか。真美、仕事しましょ」
心の中でごめんねと若菜に謝りつつ、真美は紗絵に「はい」と返事をしてパソコンを立ち上げた。
◇
「ちょっとちょっとー!紗絵ちゃーん!」
「うるさい。キモい。離れて」
廊下に出た途端に近寄って来た平木を、紗絵はバッサリと斬り捨てる。
「いいから、聞いてよ」
「良くないから、聞かない」
「さっきさ、望月ちゃんを見かけたんだよ」
「だからなに」
「それがキラッキラのネックレス着けてたの!」
「だからなに。その2」
スタスタと歩みを止めない紗絵に、平木は負けじと追いすがった。
「望月ちゃん、彼氏出来たのかな?」
「知らない」
「じゃあ、誰からもらったんだろ?」
「憧れの女性から、だって」
「そうなの?!それって、誰?」
「個人情報保護法って知ってる?」
「知ってるけど、今それ破ったの紗絵だぞ」
ピタリと沙絵は足を止めて振り返る。
「あんたがあまりにしつこいからよ。真美の彼氏を勘ぐって、変な噂立てたら許さないからね。以上、解散」
そしてまたスタスタと歩いて平木を振り切った。
だがそうは言っても、紗絵自身も不思議だった。
(真美、五十嵐くんとはどうだったんだろう?つき合ってないにしろ、二人の間に何かはあったと思うのよね。だけど相変わらず五十嵐くんは残業続きの毎日だしなあ。真美があのアクセサリーを憧れの女性からもらったって話も、嘘ではないだろうし。んー、ほんっとに訳が分かんない)
かと言って若菜や平木に相談すれば、事態はややこしくなりそうだ。
紗絵は一人で悶々とやり過ごすしかなかった。
◇
小会議室で伊藤と打ち合わせを終えた潤は、「じゃあ、くれぐれもよろしく頼むぞ」と言い残して部屋を出る。
例の件以降、潤はいつも伊藤の仕事の様子を気にかけ、細かく進捗を報告させるようにしていた。
「おっ、潤じゃないか。いつものお部屋からご登場!」
面倒なやつに見つかった、と潤は顔をしかめながら歩みを速める。
「あれ?望月ちゃんじゃなかったんだ。おーい、潤!待ってくれよ」
会議室の中を覗いて真美がいないのを確認した平木が、後ろから駆け寄って来た。
「そんな急ぐなって。なあ、潤。お前知ってる?」
「知らない」
「まだ何も言ってないけど?」
「言わなくて結構です」
「おいおい、お前達。ITソリューション課の課長と課長補佐の方針なのか?隣の課長にはつれなくすることって」
「次回の定例会議で議題に挙げておきます」
「やめてくれ。ってか、話聞いてくれないなら大声で聞くぞ?望月ちゃんってー、…ふがっ!」
いきなり振り向いた潤に口を塞がれ、平木は休憩スペースに連れ込まれる。
「うちの課のメンバーの名前を大声で出すな」
「お前がちゃんと聞いてくれないからだろ?なあ、望月ちゃんってやっぱり彼氏出来たのかな」
「知らん。大体ここは会社だぞ?しかもお前、課長だろ。廊下でウロウロしてるのしか見たことないけど?」
「だから、社員が毎日元気に仕事出来てるかを気にかけてるんだよ。望月ちゃん、前に会議室で泣いてただろ?そりゃ、上司としてフォローしないとってなる」
「それはこっちの話だ。お前は自分の課のメンバーを気にかけてろ」
「ふーんだ。課が違うから手出しするなって訳?それなら課長としてでなく、一人の同僚として声かけるもんね」
は?と潤は真顔で聞き返した。
「同僚として、なんて声かけるんだ?」
「それはもちろん、つき合ってって」
「バカ!なんでそうなるんだよ?」
「なんでって、気になる相手に告白するのは普通だろ?望月ちゃん、最近めっきり綺麗になったしさ。ふとした時の笑顔も可愛いし、なんかこう、キラキラしてて目が離せなくなるって感じ。はー、俺、久々のときめきだわ。あとでそっちのオフィスに顔出していい?」
潤は怒りにまかせて矢継ぎ早に言う。
「いい訳ないだろ!来んな!お前は出禁だ!」
「おい、隣の課長を出禁にしてどうする」
「仕事でもないのに、邪魔者をオフィスに入れる筋合いはない」
「じゃあ仕事帰りに待ち伏せする」
急に声のトーンを変えて真剣な表情になる平木に、潤はハッとした。
「望月ちゃんが泣いてたのを見てから、ずっと気になってた。お前とつき合ってるのかと思ってたけど、そうでもないらしいし。それなら彼女のそばにいてやりたいと思った。悲しい思いはして欲しくない。俺なら近くでずっと楽しませてやれる。だから会社帰りに声をかけて告白する。それならいいだろ?」
潤は何も言葉を返せない。
平木は「じゃ、仕事に戻るわ」と言って立ち去って行った。
◇
デスクに戻った潤は、そっと顔を上げて真美の様子をうかがう。
背筋を伸ばしてパソコンに向かっている横顔は美しく、胸元と左手首に輝くジュエリーが華やかに彩って見えた。
(真美が平木に告白されたら……)
どうってことはない。
真美は真っ直ぐに自分だけを見つめてくれている。
(俺は真美を信じる)
潤はそう固く心に決める。
だが、心がざわつくのはどうしても止められなかった。
今日は真美と一緒に退社しようと思っていたが、思わぬ電話が入り仕事が切り上げられない。
定時を30分ほど過ぎた頃に真美が立ち上がり、隣の席の若菜と一緒に「お先に失礼します」と挨拶してオフィスを出て行った。
◇
「おかえりなさい。今夜は早かったんですね、潤さん」
電話を終えると、潤はすぐにマンションに帰った。
真美はいつもと変わらない笑顔で出迎えてくれる。
「すぐに晩ご飯の準備しますね。今日は筍の炊き込みご飯と春キャベツと厚揚げのピリ辛炒め、それから茶わん蒸しとお吸い物なんです」
にっこり笑ってからキッチンへ向かう真美を、潤は後ろから抱きすくめた。
「……潤さん?どうかしましたか?」
「心配でたまらなかった」
「え?」
「真美を取られたらどうしようって。あいつがあんなに真剣になるなんて、初めてだったから」
苦しそうな潤の言葉に、真美は少し間を置いてから潤の腕を解いて振り返る。
「潤さん。さっき私、会社を出たところで平木課長に声をかけられました」
ハッとして潤は真美を見つめる。
何も言葉が出て来なかった。
「若菜ちゃんと一緒だったんですけど、平木課長、私と話がしたいからって、若菜ちゃんにごめんって謝って先に帰ってもらいました。お店に誘われたんですけど、ここでお話してくださいと言いました。おつき合いを申し込まれましたが、私は他に好きな人がいるので、とお断りしてすぐに別れました。潤さん、何か心配でしたか?」
少しも動揺せず淡々と話す真美に、潤は落ち着きを取り戻す。
「ごめん、何もないよ」
「じゃあ、あの話はナシでいいですよね?」
えっ!と潤はまた言葉を失った。
ホッと安心したのも束の間、再び不安が襲ってくる。
(あの話はナシって、まさか……。結婚のことか?!)
都がかつて樹に告げた言葉が脳裏をかすめ、ショックのあまり頭の中が真っ白になる。
すると真美は真剣な表情で正面から潤と視線を合わせた。
「なかったことにしてください。約束ですよ?」
「いやだ、そんなの出来ない。今更そんなこと、俺は……」
言葉を振り絞り、必死で首を振る。
真美はますます潤ににじり寄った。
「だめです!潤さん、お願いだからやめて。ね?」
「そ、そんなに可愛くおねだりされたって、無理なものは無理!だいたい逆効果だぞ?俺はますます真美が可愛くて仕方なくなる」
「それとこれとは話が別でしょう?」
「別なもんか!俺は絶対に真美を手放したりしないからな!」
そう言うと潤は真美をガバッと抱きしめ、熱く口づけた。
驚いて目を見開いた真美に激情のままキスを繰り返し、有無を言わさぬ強さで腕の中に閉じ込める。
「真美、好きだ。どこにも行かないで」
「潤さん……。んんっ、私も、大好き」
熱い吐息もキスで溶かし、溢れる愛に引き寄せられ、二人は互いを求めて抱きしめ合った。
ようやく顔を離した二人は、コツンとおでこを合わせて息を整える。
「真美。たとえ真美の気持ちが揺れたとしても、俺は諦めない。何度でも真美にプロポーズするから」
「潤さん……。って、え?何のお話ですか?」
「だから、結婚の話はなかったことにしてくださいって。たとえそう言われても、俺は……」
「は?誰がそんなことを?」
「さっき真美が言ったじゃないか。俺、もう信じられないくらいショックだった。だけど諦めない。俺は何度でも……」
ちょちょ、ちょっと待って!と真美が手で遮る。
「どうりで何かおかしいと思った。潤さん、私が言ったあの話っていうのは、朝礼で潤さんが私達のことを発表するって言ったことですよ?」
へ?と、潤は間抜けな声で固まった。
「もし私が誰かに口説かれたら、すぐに朝礼で発表するって、潤さんが。でも私は平木課長におつき合いを申し込まれて即座に断ったから、口説かれたのとは違いますよね?ってことです」
「はあ……、そうですね」
「じゃあ、朝礼で発表はナシですよ?」
「はい、分かり、ました」
「やった!じゃあ、ご飯にしましょ!」
軽やかに身を翻してキッチンに戻る真美を、潤は呆然としながら見つめていた。
1
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
蕩ける愛であなたを覆いつくしたい~最悪の失恋から救ってくれた年下の同僚に甘く翻弄されてます~
泉南佳那
恋愛
梶原茉衣 28歳 × 浅野一樹 25歳
最悪の失恋をしたその夜、茉衣を救ってくれたのは、3歳年下の同僚、その端正な容姿で、会社一の人気を誇る浅野一樹だった。
「抱きしめてもいいですか。今それしか、梶原さんを慰める方法が見つからない」
「行くところがなくて困ってるんなら家にきます? 避難所だと思ってくれればいいですよ」
成り行きで彼のマンションにやっかいになることになった茉衣。
徐々に傷ついた心を優しく慰めてくれる彼に惹かれてゆき……
超イケメンの年下同僚に甘く翻弄されるヒロイン。
一緒にドキドキしていただければ、嬉しいです❤️
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
2人のあなたに愛されて ~歪んだ溺愛と密かな溺愛~
けいこ
恋愛
「柚葉ちゃん。僕と付き合ってほしい。ずっと君のことが好きだったんだ」
片思いだった若きイケメン社長からの突然の告白。
嘘みたいに深い愛情を注がれ、毎日ドキドキの日々を過ごしてる。
「僕の奥さんは柚葉しかいない。どんなことがあっても、一生君を幸せにするから。嘘じゃないよ。絶対に君を離さない」
結婚も決まって幸せ過ぎる私の目の前に現れたのは、もう1人のあなた。
大好きな彼の双子の弟。
第一印象は最悪――
なのに、信じられない裏切りによって天国から地獄に突き落とされた私を、あなたは不器用に包み込んでくれる。
愛情、裏切り、偽装恋愛、同居……そして、結婚。
あんなに穏やかだったはずの日常が、突然、嵐に巻き込まれたかのように目まぐるしく動き出す――
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜
橘しづき
恋愛
服部舞香は弟と二人で暮らす二十五歳の看護師だ。両親は共に蒸発している。弟の進学費用のために働き、貧乏生活をしながら貯蓄を頑張っていた。 そんなある日、付き合っていた彼氏には二股掛けられていたことが判明し振られる。意気消沈しながら帰宅すれば、身に覚えのない借金を回収しにガラの悪い男たちが居座っていた。どうやら、蒸発した父親が借金を作ったらしかった。
その額、三千万。
到底払えそうにない額に、身を売ることを決意した途端、見知らぬ男が現れ借金の肩代わりを申し出る。
だがその男は、とんでもない仕事を舞香に提案してきて……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる