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岳の父親
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「まみー!あいたかった」
玄関で飛びついて来た岳を、真美はしっかりと抱きしめる。
「がっくん!私も会いたかった。元気にしてた?」
「うん!ゆずちゃんとか、けいくんも、まみにあいたいっていってたぞ」
「そうなんだ。私もみんなに会いたいなあ。また保育園に遊びに行ってもいい?」
「いつでもこいよ。まってるから」
「ふふっ、ありがと」
相変わらず元気な岳の様子に、真美はホッと胸をなで下ろした。
「いらっしゃい、真美ちゃん、潤。来てもらって悪いわね」
「いいえ、とんでもない。お邪魔します」
都と明るく挨拶すると、まずはコーヒーを飲みながら雑談する。
岳がいる間は、本題に入れなかった。
「お姉さん、これ。遅くなったけど、ちょっとしたクリスマスプレゼントなんです。よかったらがっくんと使ってください」
真美は潤と出かけた日に買ったマグカップを差し出す。
「ええ?そんな、いいのに。でもありがとう!なんだろう……。岳、まみちゃんからまたプレゼントもらったわよ。開けてみる?」
「うん!」
岳は都と一緒にラッピングされた箱を開けた。
「わあ、お揃いのマグカップ?素敵ね。真美ちゃん、ありがとう!」
「まみ、ありがとう!これでココアのむー」
「はいはい。今入れるわね」
都はマグカップを軽くゆすぐと、ココアを入れて冷たいミルクと混ぜた。
「がっくん、飲みやすい?」
「うん!そうだ、まみ。おれ、あのカメラでたくさんしゃしんとったんだぜ?」
「ほんと?見せてくれる?」
「うん!」
岳と真美はソファに並んで座り、カメラの画面を覗きながら楽しそうに話し出す。
その様子を見ながら、都が小声で潤に話しかけた。
「ね、同棲始めたの?真美ちゃんと」
潤はカップを持つ手を止めて、チラリと都に視線を向ける。
「隠してもバレバレだって。夕べ何時に電話したと思ってんの?夜の11時よ?真美ちゃんの予定聞いてみるって言うから、てっきり一旦切るのかと思ったら、『真美、姉貴が俺と真美に相談したいことがあるんだって』なーんて聞こえてくるんだもん。私、きゃ!って声出ちゃったわよ」
「……同棲は、まだしてない。年明けに真美のご両親に挨拶に行ってからにする」
「やだ!すごいじゃない!男になったわねー、潤。プロポーズは?」
「改めて機会を見てから」
「そうなのね!だったらさ、私がデザインしてもいい?婚約指輪」
潤は今度は正面から都と顔を合わせた。
「うん。そうしてくれるとありがたい」
「任せなさいって!真美ちゃんの左手薬指のサイズも、さり気なく測っておいたんだー」
「ええ?!いつの間に?」
「だって、これはもう潤と結婚してもらわなきゃ!って意気込んでたからね。良かったわね、潤」
「ああ。それで、姉貴の方は?何があったんだ?」
すると都は、うーん……と少し顔をしかめる。
「真美ちゃんにもきちんと説明したいから、あとで岳がお昼寝したら、改めて二人に話すわ」
「分かった」
デリバリーで頼んだピザを4人で囲み、賑やかに食べ終わると、真美はソファで岳を寝かしつけた。
「ありがとう、真美ちゃん。今紅茶を淹れるわね」
都はティーポットを持ってダイニングテーブルに着くと、二人に改まって話を始めた。
「今まで、両親にも潤にも話してなかったわよね。岳の父親のこと」
「ああ。姉貴、言いたくなさそうだったし、聞かない方がいいと思ったから」
「ありがとう。でも、もう私一人では抱え切れなくなったの。両親にもいずれ報告するけど、まずは潤と、それから岳が誰よりも信頼してる真美ちゃんに相談させて」
潤と真美は真剣に頷く。
都は少し視線を落としながら、ゆっくりと口を開いた。
「岳の父親とは、仕事関係の祝賀会で知り合ったの。私が勤めてたジュエリーブランドが入ってる、老舗デパートのパーティーだったわ。その日は軽く挨拶して別れたんだけど、後日そのデパートに仕事で顔を出した時に偶然ばったり再会して、ランチでもって一緒にお昼を食べたのよ。そこからつき合うようになった。もうかれこれ、7年も前のことよ」
そう言って都は、ソファで眠っている岳を見つめる。
「彼は私を大切にしてくれる人で、私もこの人ならって思ったわ。プロポーズされて、イエスの返事をした。両家の両親に挨拶に行くことになって、まずは私が彼の実家に伺った。そこで全てが変わったの」
寂しそうな目をする都に、真美は膝の上に置いた両手をギュッと握りしめた。
「彼に連れられて着いた実家は、とんでもなく大きなお屋敷だったの。彼、自分は商社マンで実家は自営業だって言ってたけど、そんな普通のイメージなんかじゃない。その時ようやく気づいたの。彼の名字、三原が何を意味するかって」
「三原……?って、まさか!三原ホールディングスか?!」
驚きを含んだ潤の言葉に、都は少し笑って頷いた。
(三原ホールディングス?!日本のホールディング企業トップファイブに入る、あの三原?)
思ってもみなかった話の展開に、真美も半ば呆然とする。
「そこから先は、まあ、想像つくでしょう?案の定、彼のご両親とお祖父さんは大反対よ。それにあの時、三原ホールディングスは株価が下落して大変な経営難に陥っていた。彼のお父さんとお祖父さんは、彼をメガバンクの頭取のお孫さんと結婚させるつもりだったの。融資を受ける為にね。とまあ、そういう訳。さすがの私も、これは無理だなって。彼はその場で何度も、勘当されても都と結婚すると宣言してくれたわ。だけど私は決めた。このお話はなかったことにさせていただきますって、頭を下げてお屋敷を出たの」
「お姉さん……」
どんなに辛い瞬間だったのだろうと、真美は思わず涙ぐんだ。
「それで良かったのよ。私なんかがそんなご立派なおうちに嫁いだって、大変なだけでしょう?だからきっぱり諦めた。携帯も変えて、引っ越して、勤め先も退職した。完全に彼との連絡手段を断ったの。デザイン画をたくさん描いてコンテストに応募して、今の会社に雇ってもらえた。しばらくして気づいたの。岳がお腹の中にいることに」
潤と真美は言葉も出ない。
そんな壮絶な日々を、都がたった一人で乗り越えていたとは。
潤は自分の不甲斐なさにグッと奥歯を噛みしめた。
「あまりにバタバタしていたから、食欲がないのもそのせいだと思って、なかなか妊娠まで考えがたどり着かなかった。だけど産婦人科でエコーを見た瞬間、嬉しくて涙が止まらなくなったの。神様は私を見捨てなかった、こんなにも素晴らしい宝物を授けてくださったんだって。それからは一気に幸せな毎日になったわ。もちろん大変なこともあったけど、岳がいてくれて、ほんとに毎日が楽しいの」
そう言って愛おしそうにソファの岳を見つめる都の言葉に、嘘はないのだろう。
潤と真美もようやく表情を和らげた。
「で!ここからがようやくお待ちかねのジェットコースターな展開よ」
真顔ながらふざけた口調で、都は人差し指を立てる。
「なんと!今の会社に私宛で彼からメールが届いたの。どうやら、私がクリスマスジュエリーの販売の様子を見に、店舗に顔を出したところを偶然見かけたらしくて。彼ったらあの後、頭取のお孫さんとは結婚せずに、自力で経営を立て直してずっと私を探してたって言うの。私は株が持ち直したのをニュースで知って、てっきり政略結婚したものだとばかり思ってたからびっくりよ。彼、都なら必ずジュリーデザイナーを続けているはずだって、あちこちのショップをチェックしてたんだって。5年半もよ?立派なストーカーよ」
都は呆れたように言うが、潤も真美も真剣な表情のままだ。
「それで姉貴、メールに返信したのか?」
「それがまだ何も」
ええ?!と潤は真美と声を揃えて驚く。
「どうするんだよ?まさかスルーするのか?」
「それがさー、そうしようと思ってたら2通目が届いたの。店舗に顔を出した時、ちょうど岳と一緒に買い物に行ったついでに立ち寄ったんだけど、それを彼に見られちゃったらしくて。で、メールにズバリ書いてあったの。俺の子だよね?って」
ひえっ……と真美は息を呑んだ。
「悔しながら、彼も私の性格をよく知ってんのよねー。最初のメールをスルーした時点で私の考えを悟って、次は切り札を出してきたのよ。あの子が俺の子じゃないというなら、弁護士を通して確かめさせて欲しいって。くーっ、脅しかよ?!」
「お、お姉さん、あの、落ち着いて。がっくんが起きちゃいます」
ドンッと床を踏みしめる都に、真美は思わず手を伸ばす。
「さすがの私も、弁護士なんて単語を出されたらビビっちゃってさ。潤と真美ちゃんに相談しようと思ったの。ね、どうすればいいと思う?」
うーん、と潤は腕を組む。
「まずは、姉貴の気持ちが一番だ。姉貴はどうしたい?」
「え?私?それは、この先もずっと岳と一緒に暮らしていくわよ。何があってもね」
「それは当然だ。じゃあ、岳のことは一度頭から外して。姉貴、その人とまた一緒になりたい?」
「えー、やだー!せっかく5年半逃げてきたのに、見つかったのが悔しいんだもん」
「姉貴、鬼ごっこじゃないんだから」
ヤレヤレとため息をついてから、潤は改めて真剣な眼差しで都に尋ねた。
「姉貴、今まで一人で必死に岳を育ててきただろう?誰かに頼りたくなったり、助けて欲しいって気持ちも押し殺して。俺、3か月間岳を預かって、しみじみ分かった。子育てって想像よりもはるかに大変だって。真美がいてくれなかったら、俺、ちゃんと岳に向き合えなかったかもしれない。どうすればいいんだろうって毎日悩んでばかりで、岳に楽しい時間を過ごさせてやれなかったと思う。姉貴は岳を一人で産んで育ててきた。俺の3か月間よりもはるかに長い年月を、大変な思いをしながら」
潤……、と都は言葉に詰まる。
「姉貴、心を開いてぶつかってみてもいいんじゃないか?一人で答えを出さなくていい。まずは、相手に向き合ってみなよ。互いに5年半の想いを全部出し合ってみなよ。そこから二人で考えればいいじゃないか。だって二人は、岳のパパとママなんだから」
シン……と沈黙が広がり、やがて都の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
真美も堪え切れずに涙ぐむ。
「姉貴、会いに行って来い。岳は俺と真美で預かってるから。二人でとことん本音で語り合って来い。すっきりするまで気持ちをさらけ出して来い。文句の1つや2つ、3つや4つ、言いたいことだってあるだろう?全部出し切って来いよ」
あ、でも手は出すなよ?と付け加える潤に、都も真美も思わず泣きながら笑う。
「分かった。なるべく手は上げないようにする。足は出るかもしれないけど」
「足ー?!蹴り飛ばすつもりかよ?」
「それくらい、いいでしょ?」
「いや、うーん。傷害事件にならない程度にな」
「がんばってみる」
「そこ?!がんばるのって、そこかよ」
あはは!と都は明るく笑った。
「ありがと!潤、真美ちゃん。私、腹割ってくる。岳を頼むわね」
「ああ」
潤と真美は、大きく頷いてみせた。
◇
岳がお昼寝から起きると、潤と真美は潤のマンションで一晩岳を預かることにした。
「おとまり?やったー!」
岳はウキウキと着替えをリュックに詰めて、早速背中に背負った。
「じゃあねー、ママ。バイバーイ!」
「ええ?もう行くの?岳」
てっきり夕食を食べてからと思っていた都は、拍子抜けする。
「姉貴、早速これから電話してみなよ。今夜会うことにするなり、明日会うなり、都合聞いてさ」
「うん、まあ、そうね」
真美は玄関で靴を履いた岳と手を繋ぎ、都を振り返った。
「お姉さん、がっくんはしっかりお預かりします。どうぞゆっくりしてくださいね」
「ありがとう!真美ちゃん。よろしくね。潤、明日また連絡するから」
「分かった」
3人で都に手を振り、玄関を出た。
「たっだいまー!あー、ひさしぶりにかえってきたぜ」
「ふふふ、ここはがっくんの2つ目のおうちだね」
「そうだよ。まみもだろ?」
「うん、そうかも」
二人でうがい手洗いすると、晩ご飯の準備を始めた。
「今夜はね、すき焼きだよー」
「イエーイ!すきすき、すきやきー」
「あはは!好き好き、すき焼きー」
キッチンに踏み台を置いて、岳は真美が切ったニンジンを型で抜いていった。
「まみはハートで、おれはおほしさまね」
「潤おじさんは?」
「さんかく」
「ビミョー!」
楽しく笑いながら下ごしらえすると、ダイニングテーブルですき焼き鍋を囲んだ。
「おいしい!やっぱりまみのりょうりは、いぶくろにしみわたるな」
「岳、どこでそんなセリフ覚えんだよ?」
岳の言葉に潤が呆れて、真美が笑う。
3人の時間は懐かしく楽しかった。
◇
「がっくん。おじさんとお風呂入ってきてね」
「はーい!じゅん、ふろいれてやるぞ」
「どっちがだよ?!」
まったく……とブツブツ言いながら、潤は岳の頭を洗い、一緒に湯船に浸かった。
「岳、お正月におじいちゃんちに泊まりに行くだろ?今年も車で一緒に帰るか?」
「あー、そうだねー。ママもあしこしつらいっていってるから、そうするか」
「姉貴……、いくつだよ?」
ボヤいていると、岳が振り返った。
「じゅん、まみもつれていく?」
「え?なんで?」
思わずドキリとしてしまう。
「だって、まみにコロをみせたいもん」
「コロって、去年拾った子犬?」
「そう。おばあちゃんがしゃしんおくってくれたけど、おっきくなったんだよなー、コロ」
「お前もな」
思わず岳に突っ込んでから、潤は考えを巡らせる。
真美の実家には年明けの3日に行くことになっていて、それから潤の実家に挨拶に行く日を改めて決めようと話していた。
(けど、真美さえよければ、正月に一緒に行くのもアリかな?)
風呂から上がると、早速真美に提案してみた。
「え?元旦に潤さんの実家に?」
「そう。だめかな?」
「いえ、私は大丈夫です。だけど元旦はさすがにご迷惑ではないですか?非常識だなって思われそうで……」
「うちの親、そんなこと言わないから大丈夫。逆に仕事の都合で、元旦の方がありがたいって言うかも。それに岳が強引に誘って、真美はそれにつき合ってくれたってちゃんと説明するから」
すると横から岳も真美を見上げてきた。
「まみ、いっしょにいこうよ。コロとまみのしゃしんとりたい!かわいいこいぬなんだ」
「コロちゃん?へえ、会いたいな」
「じゃあ、きまりな!」
「うーん……、分かった。私もがっくんと一緒の方が心強いもんね」
「おう!おれにまかせとけ!」
「うん!ありがとう、がっくん」
真美が潤にも頷くと、潤は早速両親に電話を入れていた。
◇
夜は岳を挟んで3人でベッドに入った。
「まみ、おれがいなくてさみしかった?」
「うん、寂しかった。がっくんは?」
「おれも。だけどおれは、ママをまもらないといけないからな」
「そっか。がっくんはママに優しいね。ママもがっくんのこと、大好きなんだよ」
うん、と答えてから、岳はくるりと潤を振り返る。
「じゅん。おれがいないときは、まみのことまもってやって」
「えっ?!あ、うん。分かった」
「おとこのやくそくな」
「おお、約束する」
しっかり頷き合うと、岳はまた真美の方に身体を向けた。
「まみ、じゅんのこと、かちょーってよばなくなったんだな?」
「えっ?あ、そうなの」
「まみもえらくなったの?かちょーってよばなくても、おこられないんだな?」
「うん、怒られないの。ちょっと近い存在になったのかな?」
「そっか。レベルアップだな」
「うん、レベルアップ。えへへー」
「まみ、うれしそう」
子どもってほんとによく見てるな、と感心しながら、潤は片肘をついて二人の様子を微笑ましく見守っていた。
玄関で飛びついて来た岳を、真美はしっかりと抱きしめる。
「がっくん!私も会いたかった。元気にしてた?」
「うん!ゆずちゃんとか、けいくんも、まみにあいたいっていってたぞ」
「そうなんだ。私もみんなに会いたいなあ。また保育園に遊びに行ってもいい?」
「いつでもこいよ。まってるから」
「ふふっ、ありがと」
相変わらず元気な岳の様子に、真美はホッと胸をなで下ろした。
「いらっしゃい、真美ちゃん、潤。来てもらって悪いわね」
「いいえ、とんでもない。お邪魔します」
都と明るく挨拶すると、まずはコーヒーを飲みながら雑談する。
岳がいる間は、本題に入れなかった。
「お姉さん、これ。遅くなったけど、ちょっとしたクリスマスプレゼントなんです。よかったらがっくんと使ってください」
真美は潤と出かけた日に買ったマグカップを差し出す。
「ええ?そんな、いいのに。でもありがとう!なんだろう……。岳、まみちゃんからまたプレゼントもらったわよ。開けてみる?」
「うん!」
岳は都と一緒にラッピングされた箱を開けた。
「わあ、お揃いのマグカップ?素敵ね。真美ちゃん、ありがとう!」
「まみ、ありがとう!これでココアのむー」
「はいはい。今入れるわね」
都はマグカップを軽くゆすぐと、ココアを入れて冷たいミルクと混ぜた。
「がっくん、飲みやすい?」
「うん!そうだ、まみ。おれ、あのカメラでたくさんしゃしんとったんだぜ?」
「ほんと?見せてくれる?」
「うん!」
岳と真美はソファに並んで座り、カメラの画面を覗きながら楽しそうに話し出す。
その様子を見ながら、都が小声で潤に話しかけた。
「ね、同棲始めたの?真美ちゃんと」
潤はカップを持つ手を止めて、チラリと都に視線を向ける。
「隠してもバレバレだって。夕べ何時に電話したと思ってんの?夜の11時よ?真美ちゃんの予定聞いてみるって言うから、てっきり一旦切るのかと思ったら、『真美、姉貴が俺と真美に相談したいことがあるんだって』なーんて聞こえてくるんだもん。私、きゃ!って声出ちゃったわよ」
「……同棲は、まだしてない。年明けに真美のご両親に挨拶に行ってからにする」
「やだ!すごいじゃない!男になったわねー、潤。プロポーズは?」
「改めて機会を見てから」
「そうなのね!だったらさ、私がデザインしてもいい?婚約指輪」
潤は今度は正面から都と顔を合わせた。
「うん。そうしてくれるとありがたい」
「任せなさいって!真美ちゃんの左手薬指のサイズも、さり気なく測っておいたんだー」
「ええ?!いつの間に?」
「だって、これはもう潤と結婚してもらわなきゃ!って意気込んでたからね。良かったわね、潤」
「ああ。それで、姉貴の方は?何があったんだ?」
すると都は、うーん……と少し顔をしかめる。
「真美ちゃんにもきちんと説明したいから、あとで岳がお昼寝したら、改めて二人に話すわ」
「分かった」
デリバリーで頼んだピザを4人で囲み、賑やかに食べ終わると、真美はソファで岳を寝かしつけた。
「ありがとう、真美ちゃん。今紅茶を淹れるわね」
都はティーポットを持ってダイニングテーブルに着くと、二人に改まって話を始めた。
「今まで、両親にも潤にも話してなかったわよね。岳の父親のこと」
「ああ。姉貴、言いたくなさそうだったし、聞かない方がいいと思ったから」
「ありがとう。でも、もう私一人では抱え切れなくなったの。両親にもいずれ報告するけど、まずは潤と、それから岳が誰よりも信頼してる真美ちゃんに相談させて」
潤と真美は真剣に頷く。
都は少し視線を落としながら、ゆっくりと口を開いた。
「岳の父親とは、仕事関係の祝賀会で知り合ったの。私が勤めてたジュエリーブランドが入ってる、老舗デパートのパーティーだったわ。その日は軽く挨拶して別れたんだけど、後日そのデパートに仕事で顔を出した時に偶然ばったり再会して、ランチでもって一緒にお昼を食べたのよ。そこからつき合うようになった。もうかれこれ、7年も前のことよ」
そう言って都は、ソファで眠っている岳を見つめる。
「彼は私を大切にしてくれる人で、私もこの人ならって思ったわ。プロポーズされて、イエスの返事をした。両家の両親に挨拶に行くことになって、まずは私が彼の実家に伺った。そこで全てが変わったの」
寂しそうな目をする都に、真美は膝の上に置いた両手をギュッと握りしめた。
「彼に連れられて着いた実家は、とんでもなく大きなお屋敷だったの。彼、自分は商社マンで実家は自営業だって言ってたけど、そんな普通のイメージなんかじゃない。その時ようやく気づいたの。彼の名字、三原が何を意味するかって」
「三原……?って、まさか!三原ホールディングスか?!」
驚きを含んだ潤の言葉に、都は少し笑って頷いた。
(三原ホールディングス?!日本のホールディング企業トップファイブに入る、あの三原?)
思ってもみなかった話の展開に、真美も半ば呆然とする。
「そこから先は、まあ、想像つくでしょう?案の定、彼のご両親とお祖父さんは大反対よ。それにあの時、三原ホールディングスは株価が下落して大変な経営難に陥っていた。彼のお父さんとお祖父さんは、彼をメガバンクの頭取のお孫さんと結婚させるつもりだったの。融資を受ける為にね。とまあ、そういう訳。さすがの私も、これは無理だなって。彼はその場で何度も、勘当されても都と結婚すると宣言してくれたわ。だけど私は決めた。このお話はなかったことにさせていただきますって、頭を下げてお屋敷を出たの」
「お姉さん……」
どんなに辛い瞬間だったのだろうと、真美は思わず涙ぐんだ。
「それで良かったのよ。私なんかがそんなご立派なおうちに嫁いだって、大変なだけでしょう?だからきっぱり諦めた。携帯も変えて、引っ越して、勤め先も退職した。完全に彼との連絡手段を断ったの。デザイン画をたくさん描いてコンテストに応募して、今の会社に雇ってもらえた。しばらくして気づいたの。岳がお腹の中にいることに」
潤と真美は言葉も出ない。
そんな壮絶な日々を、都がたった一人で乗り越えていたとは。
潤は自分の不甲斐なさにグッと奥歯を噛みしめた。
「あまりにバタバタしていたから、食欲がないのもそのせいだと思って、なかなか妊娠まで考えがたどり着かなかった。だけど産婦人科でエコーを見た瞬間、嬉しくて涙が止まらなくなったの。神様は私を見捨てなかった、こんなにも素晴らしい宝物を授けてくださったんだって。それからは一気に幸せな毎日になったわ。もちろん大変なこともあったけど、岳がいてくれて、ほんとに毎日が楽しいの」
そう言って愛おしそうにソファの岳を見つめる都の言葉に、嘘はないのだろう。
潤と真美もようやく表情を和らげた。
「で!ここからがようやくお待ちかねのジェットコースターな展開よ」
真顔ながらふざけた口調で、都は人差し指を立てる。
「なんと!今の会社に私宛で彼からメールが届いたの。どうやら、私がクリスマスジュエリーの販売の様子を見に、店舗に顔を出したところを偶然見かけたらしくて。彼ったらあの後、頭取のお孫さんとは結婚せずに、自力で経営を立て直してずっと私を探してたって言うの。私は株が持ち直したのをニュースで知って、てっきり政略結婚したものだとばかり思ってたからびっくりよ。彼、都なら必ずジュリーデザイナーを続けているはずだって、あちこちのショップをチェックしてたんだって。5年半もよ?立派なストーカーよ」
都は呆れたように言うが、潤も真美も真剣な表情のままだ。
「それで姉貴、メールに返信したのか?」
「それがまだ何も」
ええ?!と潤は真美と声を揃えて驚く。
「どうするんだよ?まさかスルーするのか?」
「それがさー、そうしようと思ってたら2通目が届いたの。店舗に顔を出した時、ちょうど岳と一緒に買い物に行ったついでに立ち寄ったんだけど、それを彼に見られちゃったらしくて。で、メールにズバリ書いてあったの。俺の子だよね?って」
ひえっ……と真美は息を呑んだ。
「悔しながら、彼も私の性格をよく知ってんのよねー。最初のメールをスルーした時点で私の考えを悟って、次は切り札を出してきたのよ。あの子が俺の子じゃないというなら、弁護士を通して確かめさせて欲しいって。くーっ、脅しかよ?!」
「お、お姉さん、あの、落ち着いて。がっくんが起きちゃいます」
ドンッと床を踏みしめる都に、真美は思わず手を伸ばす。
「さすがの私も、弁護士なんて単語を出されたらビビっちゃってさ。潤と真美ちゃんに相談しようと思ったの。ね、どうすればいいと思う?」
うーん、と潤は腕を組む。
「まずは、姉貴の気持ちが一番だ。姉貴はどうしたい?」
「え?私?それは、この先もずっと岳と一緒に暮らしていくわよ。何があってもね」
「それは当然だ。じゃあ、岳のことは一度頭から外して。姉貴、その人とまた一緒になりたい?」
「えー、やだー!せっかく5年半逃げてきたのに、見つかったのが悔しいんだもん」
「姉貴、鬼ごっこじゃないんだから」
ヤレヤレとため息をついてから、潤は改めて真剣な眼差しで都に尋ねた。
「姉貴、今まで一人で必死に岳を育ててきただろう?誰かに頼りたくなったり、助けて欲しいって気持ちも押し殺して。俺、3か月間岳を預かって、しみじみ分かった。子育てって想像よりもはるかに大変だって。真美がいてくれなかったら、俺、ちゃんと岳に向き合えなかったかもしれない。どうすればいいんだろうって毎日悩んでばかりで、岳に楽しい時間を過ごさせてやれなかったと思う。姉貴は岳を一人で産んで育ててきた。俺の3か月間よりもはるかに長い年月を、大変な思いをしながら」
潤……、と都は言葉に詰まる。
「姉貴、心を開いてぶつかってみてもいいんじゃないか?一人で答えを出さなくていい。まずは、相手に向き合ってみなよ。互いに5年半の想いを全部出し合ってみなよ。そこから二人で考えればいいじゃないか。だって二人は、岳のパパとママなんだから」
シン……と沈黙が広がり、やがて都の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
真美も堪え切れずに涙ぐむ。
「姉貴、会いに行って来い。岳は俺と真美で預かってるから。二人でとことん本音で語り合って来い。すっきりするまで気持ちをさらけ出して来い。文句の1つや2つ、3つや4つ、言いたいことだってあるだろう?全部出し切って来いよ」
あ、でも手は出すなよ?と付け加える潤に、都も真美も思わず泣きながら笑う。
「分かった。なるべく手は上げないようにする。足は出るかもしれないけど」
「足ー?!蹴り飛ばすつもりかよ?」
「それくらい、いいでしょ?」
「いや、うーん。傷害事件にならない程度にな」
「がんばってみる」
「そこ?!がんばるのって、そこかよ」
あはは!と都は明るく笑った。
「ありがと!潤、真美ちゃん。私、腹割ってくる。岳を頼むわね」
「ああ」
潤と真美は、大きく頷いてみせた。
◇
岳がお昼寝から起きると、潤と真美は潤のマンションで一晩岳を預かることにした。
「おとまり?やったー!」
岳はウキウキと着替えをリュックに詰めて、早速背中に背負った。
「じゃあねー、ママ。バイバーイ!」
「ええ?もう行くの?岳」
てっきり夕食を食べてからと思っていた都は、拍子抜けする。
「姉貴、早速これから電話してみなよ。今夜会うことにするなり、明日会うなり、都合聞いてさ」
「うん、まあ、そうね」
真美は玄関で靴を履いた岳と手を繋ぎ、都を振り返った。
「お姉さん、がっくんはしっかりお預かりします。どうぞゆっくりしてくださいね」
「ありがとう!真美ちゃん。よろしくね。潤、明日また連絡するから」
「分かった」
3人で都に手を振り、玄関を出た。
「たっだいまー!あー、ひさしぶりにかえってきたぜ」
「ふふふ、ここはがっくんの2つ目のおうちだね」
「そうだよ。まみもだろ?」
「うん、そうかも」
二人でうがい手洗いすると、晩ご飯の準備を始めた。
「今夜はね、すき焼きだよー」
「イエーイ!すきすき、すきやきー」
「あはは!好き好き、すき焼きー」
キッチンに踏み台を置いて、岳は真美が切ったニンジンを型で抜いていった。
「まみはハートで、おれはおほしさまね」
「潤おじさんは?」
「さんかく」
「ビミョー!」
楽しく笑いながら下ごしらえすると、ダイニングテーブルですき焼き鍋を囲んだ。
「おいしい!やっぱりまみのりょうりは、いぶくろにしみわたるな」
「岳、どこでそんなセリフ覚えんだよ?」
岳の言葉に潤が呆れて、真美が笑う。
3人の時間は懐かしく楽しかった。
◇
「がっくん。おじさんとお風呂入ってきてね」
「はーい!じゅん、ふろいれてやるぞ」
「どっちがだよ?!」
まったく……とブツブツ言いながら、潤は岳の頭を洗い、一緒に湯船に浸かった。
「岳、お正月におじいちゃんちに泊まりに行くだろ?今年も車で一緒に帰るか?」
「あー、そうだねー。ママもあしこしつらいっていってるから、そうするか」
「姉貴……、いくつだよ?」
ボヤいていると、岳が振り返った。
「じゅん、まみもつれていく?」
「え?なんで?」
思わずドキリとしてしまう。
「だって、まみにコロをみせたいもん」
「コロって、去年拾った子犬?」
「そう。おばあちゃんがしゃしんおくってくれたけど、おっきくなったんだよなー、コロ」
「お前もな」
思わず岳に突っ込んでから、潤は考えを巡らせる。
真美の実家には年明けの3日に行くことになっていて、それから潤の実家に挨拶に行く日を改めて決めようと話していた。
(けど、真美さえよければ、正月に一緒に行くのもアリかな?)
風呂から上がると、早速真美に提案してみた。
「え?元旦に潤さんの実家に?」
「そう。だめかな?」
「いえ、私は大丈夫です。だけど元旦はさすがにご迷惑ではないですか?非常識だなって思われそうで……」
「うちの親、そんなこと言わないから大丈夫。逆に仕事の都合で、元旦の方がありがたいって言うかも。それに岳が強引に誘って、真美はそれにつき合ってくれたってちゃんと説明するから」
すると横から岳も真美を見上げてきた。
「まみ、いっしょにいこうよ。コロとまみのしゃしんとりたい!かわいいこいぬなんだ」
「コロちゃん?へえ、会いたいな」
「じゃあ、きまりな!」
「うーん……、分かった。私もがっくんと一緒の方が心強いもんね」
「おう!おれにまかせとけ!」
「うん!ありがとう、がっくん」
真美が潤にも頷くと、潤は早速両親に電話を入れていた。
◇
夜は岳を挟んで3人でベッドに入った。
「まみ、おれがいなくてさみしかった?」
「うん、寂しかった。がっくんは?」
「おれも。だけどおれは、ママをまもらないといけないからな」
「そっか。がっくんはママに優しいね。ママもがっくんのこと、大好きなんだよ」
うん、と答えてから、岳はくるりと潤を振り返る。
「じゅん。おれがいないときは、まみのことまもってやって」
「えっ?!あ、うん。分かった」
「おとこのやくそくな」
「おお、約束する」
しっかり頷き合うと、岳はまた真美の方に身体を向けた。
「まみ、じゅんのこと、かちょーってよばなくなったんだな?」
「えっ?あ、そうなの」
「まみもえらくなったの?かちょーってよばなくても、おこられないんだな?」
「うん、怒られないの。ちょっと近い存在になったのかな?」
「そっか。レベルアップだな」
「うん、レベルアップ。えへへー」
「まみ、うれしそう」
子どもってほんとによく見てるな、と感心しながら、潤は片肘をついて二人の様子を微笑ましく見守っていた。
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