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もう一人じゃない

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「おはよう、望月」

翌日。
10時ちょうどに車で迎えに来た潤は、少しかしこまったジャケット姿だった。

「おはようございます、課長」

真美も今日はちょっとフォーマルなネイビーのワンピース。
胸元は鎖骨が綺麗に見えるスクエアネックで、髪もハーフアップにして毛先をくるっと巻いて動きを出していた。

「どうぞ。足元気をつけて」
「はい、ありがとうございます」

真美はスカートの裾を押さえながら助手席に座る。

静かにドアを閉めた潤が、運転席に回ってシートベルトを締めた。

「えっと、ディナーを6時に予約したんだけど、それまで行きたいところある?」
「え?お食事って夕食だったんですか?10時に待ち合わせだから、てっきりランチだと思ってました」
「そうなんだ!ごめん。夜は予定が入ってる?」

真美と一日中一緒に過ごしたくて朝から会うことにしたのだが、真美にとってはそうではなかったのだと潤は気落ちする。

「いいえ、何も。課長こそ、ご予定大丈夫ですか?」
「もちろん。俺が誘ったんだし」

それにしても気持ちばかり舞い上がり、何も考えずに来てしまったことを潤は後悔した。

(デートプランくらいちゃんと考えておくべきだった。って、デート?!いや、お礼にごちそうするだけだ。別にデートとか、そういうのでは……)

一人であたふたしていると、課長?と真美が首を傾げる。

「どうかされましたか?」
「い、いや、別に。えっと、それじゃあ、まずどこに行こうか?」
「私、買い物に行きたくて。クリスマスのプレゼント、お姉さんと課長には用意出来なかったので、遅ればせながら何かお渡しさせてください」

ええ?!と潤は驚く。

「まさか、そんな。こっちがお礼する立場なのに、そんなことされたらますます恐縮するよ」
「あ、プレゼントって言っても、そんなに大げさなものじゃないです。カードとプチギフト、みたいな。それに私も小物とか買いたいので、雑貨屋さんを見て回ってもいいですか?」
「うん、分かった。それじゃあドライブがてら、郊外のショッピングモールでもいい?」
「はい!嬉しいです。いつも電車移動だから、駅前のビルくらいしか行けないので」
「そうか。じゃあ今日はゆっくり買い物しよう。ランチもそこで食べようか」
「はい、お願いします。わー、楽しみ!」

にっこり笑いかけてくる真美に頬を緩めてから、潤はエンジンをかけた。



「すごい。なんだか1つの街みたいですね」

高速道路を使って都内を出ると、インターチェンジを下りたところにあるショッピングモールに到着した。

「なんだか外国の街に迷い込んだみたい」
「確かに。南仏のプロヴァンスっぽいな」

広大な敷地にずらりとお店が並び、青空の下をのんびり歩きながら気になるお店を覗く。

「寒くない?」
「はい、大丈夫です。素敵なお店に興奮しちゃって暑いくらい」
「あはは!コート脱いだら?」
「そうですね。お店の中は温かいし」

真美がコートを脱いで腕に掛けると、潤はその姿にドキッとした。

綺麗なラインのワンピースは清楚で品が良く、思わず真美の腕を取ってエスコートしたくなる。

足元も少しヒールの高いショートブーツで、じっと小物を選んでいる姿は美しい。

心ここにあらずで隣に立っていると、真美が顔を上げた。

「課長、このマグカップってどうでしょう?大きいのと少し小さめのと、サイズが2種類あるんです。お姉さんとがっくんにちょうどいいかなって」
「ん?ああ、いいね。夫婦茶碗みたいなイメージなんだろうな」
「あ、なるほど!夫婦とかカップルがお揃いで使うマグカップなんですね、きっと」
「多分ね。ほら、こっちのデザインは大きい方が青で小さい方がピンクだし。他にもいくつかペアで置いてある」

うんうんと真美は頷く。

「このマグカップは?大きい方が夜空にキラキラ星が輝いてて、小さい方は青空と太陽のデザインです。親子にちょうどいいかも」
「確かに、いいね」
「じゃあ、これにします!」

真美は笑顔でマグカップを手に取る。

潤はその横の違うデザインのマグカップに目をやった。

「望月、このデザインはどう?望月に似合いそう」
「私にですか?」

見ると丸みを帯びた小ぶりのマグカップは、下の方が薄いピンク色で、上はグラデーションでクリーム色に変わっている。

「可愛いですね、コロンとしてて持ちやすそう」
「じゃあ、俺からプレゼントさせて」
「いいんですか?」
「もちろん。ささやかだけどね」
「いえ、嬉しいです。あ、これもよく見たらペアになってる!課長もどうですか?」

隣に並ぶ少し大きめのマグカップは、丸みはないものの色の使い方が同じだった。

下の方が藍色で、上にいくにつれてグラデーションで薄い水色に変わっていく。

「うん、いいね」
「これ、私の方はゴールドのラメで小さくハートが散らしてあって、課長の方は小さな星ですね。お揃いってばれるかな?若菜ちゃんなら気づきそう。ふふっ」

真美の言葉に、潤は、えっ?と驚く。

「望月、会社に持って行くつもりなのか?」
「そしたらスリリングで面白いなって。これって課長とお揃い?いやでも、あの二人に限ってそんなことあるはずないし……って。みんなの反応が楽しみです」
「そんなこと、あるはず、ない……」

ショックの余り、潤は棒読みで繰り返した。

「じゃあお会計してきますね。えっと、お姉さんとがっくんのカップに、課長のは、これ」

真美は、サンプルの後ろにあった箱を3つ持ち、そっと慎重にレジまで運ぶ。

「プレゼント用にラッピングをお願いします」

ご機嫌で支払いを済ませる真美に続き、潤もピンクのマグカップを手にしてラッピングを頼んだ。



ランチは大きな窓から外の景色が眺められるカフェに入った。

「カフェでランチなんて、久しぶりです。気持ちいいですね」

窓の外に広がる緑豊かな景色。
行き交う楽しそうな家族連れやカップル。

真美はその様子を微笑んで眺めている。

「あそこにいる小さな男の子、可愛い!がっくんと同じくらい。4歳かな?妹ちゃんもいるんだ。おてて繋いであげて、優しいなあ」

とろけそうなくらい優しい眼差しになる真美に、潤は聞いてみた。

「望月って、やっぱり子どもはたくさん欲しいの?」
「んー、考えたことないです」
「そうなの?そんなに子ども好きなのに?」
「え?私って子ども好きですか?」
「どう見てもそうでしょ」
「そうなんですか?」

キョトンとする真美に、潤も負けじと目を点にする。

「自覚ないの?あんなに岳に優しいのに」
「がっくんのことは大好きです。でもそれって子ども好きだからっていうよりは、相手ががっくんだからです。私、がっくんのことが大好きなので」

そんなに何度もがっくんがっくん言わなくても……と、潤は眉を八の字に下げた。

「がっくん、これからどんどん大きくなるでしょうね。楽しみだなー。どうしよう、小学校に入学する時には涙が出ちゃうかも。こっそり遠くから、がっくんのランドセル姿見に行こうかな」
「それって、我が子の場合は考えないの?」
「うーん……。我が子というよりは、これから自分が誰かと恋愛して結婚してっていうのが想像つかないです。それよりも、今近くにいるがっくんが可愛くて!一緒にいるだけで心が癒やされます」
「そう、なんだ」

今、自分は目の前にいるんだけど……と潤はいじける。

そっと視線を上げると、真美は窓の外の家族連れを目で追っては微笑んでいた。

(自分の恋愛には興味がないんだろうな。誰かに愛されたいとか、守って欲しいって気持ちもない。きっと岳を見守る母親の心境なんだろう。それって、じゃあ俺はどうすればいい?)

心の中で自問自答する。

会社では控えめで大人しい真美と、これまで仕事以外の話をしたことはなかったが、岳と一緒にいるところを見られてからは、一気に距離が縮まった。

こんなにも心優しく温かく、愛情に満ち溢れた人だったとは。
岳の気持ちに寄り添い、大きく包み込む強さを持った人。
清らかで純粋で、真っ直ぐに岳と向き合う綺麗な心の持ち主。

そんな真美のことを、潤はいつの間にか愛しくてたまらなくなっていた。

(だけど俺が望月を見つめていても、望月はそれに気づかず岳に目を向けたままだ。岳も望月を信頼し切って、二人で見つめ合っている)

自分の恋の矢印は、一方通行。
真美は振り返ってくれもしない。

(だからと言って、俺は望月を諦めない。振り向いてくれるまで、何度でも想いを伝えよう)

今夜がそのチャンスだ。
必ず告白する。

潤はそう決意した。



ランチのあとは都内に戻り、クリスマスマーケットを覗いた。

「今日は26日だけど、まだ開催してたんですね。クリスマスの雑貨がとっても可愛いです」
「そうだな。日曜日だから今日までやってるみたいだ。外国の雑貨はオシャレだな」
「課長のお部屋って、クリスマスツリー飾ったりするんですか?」
「したことないよ。男のひとり暮らしだからな。望月は?」
「さすがに大きなツリーは飾りませんけど、手作りのリースとガラス細工の小物を並べてます。ほんのちょっと、気分を味わう程度ですけどね」
「そうなんだ。俺はほんのちょっとも気分を味わってなかったな。こんなふうにクリスマスらしさを感じるのも久しぶりだ」

だんだんと日が暮れて、イルミネーションが輝き出す。

カップルの姿が多くなり、仲良さそうに肩を寄せ合って写真を撮っていた。

「おっと、危ない。望月、気をつけて」
「はい」

いきなり前を歩いていたカップルが立ち止まり、スマートフォンで自撮りを始めた。

どうやら周りが見えていないらしい。

気がつくとあちこちでイルミネーションをバックに記念撮影するカップルが増え、通路も混雑してきた。

「望月、こっち」

不意に潤が左手を伸ばし、真美の右手を繋ぐと、グッと引き寄せた。

「危ないから、くっついてろ」
「はい」

潤の大きな手で包み込まれた右手に意識が集中し、真美は胸がドキドキし始める。

うつむいて真っ赤になっている真美の顔をチラリと横目で見た潤も、一気に緊張した。

(か、可愛い……)

こんなに顔を赤くしているということは、自分のことを意識してくれているということだろうか?

それにこんなにも少女のようにあどけない顔は、岳に見せる顔とは違っていた。

(よし、男を見せるんだ!俺は29歳なんだぞ。岳よりもうんと経験値が高い。身長だって高い。いつか抜かれるかもしれないけど……。その前に望月を奪ってみせる!)

大人げないとは分かっていても、潤はメラメラと岳に対抗意識を燃やしていた。



「予約した五十嵐です」
「お待ちしておりました、五十嵐様。どうぞこちらへ」

18時になり、潤はホテルの最上階のフレンチレストランに真美を連れて行った。

ゴージャスで気品溢れる店内は、照明も控えめで落ち着いた雰囲気だった。

スタッフに椅子を引かれて、真美はふかふかの椅子にそっと腰を下ろす。

「望月、アルコール何がいい?」

メニューを受け取ってから潤が尋ねた。

「いえ。課長に運転していただくのですから、私もノンアルコールにします」
「気にしないで。せっかく美味しいワインが楽しめるお店なんだから、飲めばいいよ」
「いえ、本当に結構です」
「んー、それなら俺も飲むよ。車は代行か、明日取りに来ることにする」

ええー?!と真美が驚くのを尻目に、潤はスタッフと相談しながらワインをオーダーした。

「あの、本当にすみません。お気遣いいただいて」

スタッフが立ち去ると、真美は改めて頭を下げる。

「俺が勝手にやったんだから、気にすることないよ。つき合ってくれてありがとう」
「そんな、こちらこそありがとうございます。素敵なお店ですね。こんな高級なお店、初めてです」
「そう?望月の雰囲気によく合ってる」
「は?お店が、ですか?」
「うん。なんか、凛とした美しさが絵になるっていうか。ちょっと見惚れるくらいに」

真美は耳まで真っ赤になって固まる。

(凛としてるだなんて。緊張でガチガチになってるだけなのに)

すると潤がふっと笑った。

「あれ?もうワイン飲んだっけ?」

え?と顔を上げた真美は、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべている潤を見てハッとした。

「ち、違います!これは、その……、そう!暑くて」

真美は慌てて手の甲で頬を冷やす。

「どれ?」

そう言うと潤は左腕をテーブルに載せ、右手を伸ばして真美の左頬に触れた。

ひゃ!と真美は身を固くする。

「ほんとだ、熱いな。この上にワイン飲んだら、イチゴみたいに真っ赤になりそうだ」

クスッと笑う潤に、真美は半泣きの表情を浮かべた。

(何?どうしちゃったの?課長。なんか性格変わった?いつもはもっと普通の人だったよね?なんで今はこんなに意地悪なの?)

真美が目を潤ませると、潤は真剣な表情で顔を覗き込む。

「望月?どうかした?」
「あの、課長」
「ん?どうした?」
「その、私、こういうのに慣れてなくて。だから……」

そこまで言って、真美は上目遣いに潤を見た。

「あんまり意地悪しないで、……ください」

潤は目を見開くと、真美よりも顔を赤くさせる。

思わず片手で口元を覆って気持ちを落ち着かせた。

「あの、課長?」
「……ごめん」
「え?」
「可愛くてつい、いじめたくなった。けど、倍返しに遭って今撃沈してる」

……は?と真美は目をしばたかせる。

「倍返し?えっと、意味がよく分からなくて」
「分からんでいい。スルーしてくれ」
「はい……。大人の会話が出来なくてすみません」
「違うよ、俺が至らないだけだ。ほら、ワインが来た。乾杯しよう」
「はい」

グラスに注がれる美しい色のワインを目で楽しんでから、二人で乾杯する。

「美味しい!とっても飲みやすいです」
「良かった。このお店のワインは料理とも合うから、楽しみにしてて」
「はい。こんなに本格的なフレンチレストランって、どんなお料理なんだろう?絶対家では作れない味ですよね」
「そうか?望月なら作れそうだよ」
「無理ですよ。でも真似出来るところがあったらいいな」

その後、次々と運ばれてくるフレンチのフルコースに、真美は目を輝かせて感激する。

「はあ、ほっぺが落ちそう」

そしてグイグイと、まるで水のようにワインを空けていく。

「あれ?望月ってこんなに飲める口だったっけ?」

会社の飲み会での様子はあまり気にしていなかったが、ここまで飲んでいる印象はなかった。

(もしかして、普段より飲んでる?)

様子をうかがっていると、明らかに頬は赤く、目もトロンとし始めている。

「望月、ワインはそこまでな。チェイサーにお水飲んで」

潤はそう言って、スタッフにミネラルウォーターを頼んだ。

だがどうやらひと足遅かったらしい。

真美はもうへべれけの一歩手前だった。

「んー、デザートも美味しい!」

片手を頬に当てて、へらーっと笑っている。

(可愛い……。けど、いかん)

顔を緩めたり引き締めたりと忙しくしながら、潤はこのあとのことを考える。

(タクシーか代行でまずは彼女を送り届けて。でもちょっと様子を見てあげないとな。酒が抜けるまでは、心配だ)

うーん、と腕を組んで考えてから、潤はスタッフを呼んで小声で尋ねた。

「すみません、今夜空いてる部屋ありますか?」



テーブルで会計を済ませると、スタッフがカードキーを潤に渡した。

受け取ると潤は立ち上がり、真美の椅子の横まで来て腕を取る。

「望月、立てるか?」
「はい、大丈夫です」

すくっと勢い良く立ち上がった真美は、次の瞬間ふらりとよろめいた。

「ほら、やっぱり。しっかり掴まって」

潤は真美の腕を支えながら店を出ると、エレベーターホールへと向かう。

カードキーを挟んでいるカバーを開いて部屋番号を確かめ、28階へ移動した。

「望月、ほら。ソファに座って」

部屋に入ると、窓の近くのソファまで行って真美を座らせる。

「今、お水持って来るから」
「ありがとうございます。課長、お部屋の模様替えしたんですね」

は?と潤は真美を振り返った。

「前はテレビって、もっとこっちにありませんでしたか?」

潤は眉間にしわを寄せてから、ため息をつく。

(おいおい、俺のマンションに来たんじゃないよ。こりゃ、かなり酔ってるな)

とにかく酔いを醒まそうと、ソファの隣に座って真美に水を飲ませた。

真美はごくごくと水を飲むと、ふう、と背もたれにもたれてウトウトし始める。

「望月、コート預かる」

フレンチレストランを出た時に着たままの白いロングコートに手をかけると、真美はどうぞと言わんばかりに両手を上げた。

「いや、バンザイはしなくていいから」

ストンと手を下ろした真美は、潤がボタンを外すのをされるがままになっている。

全てのボタンを外すと、潤は真美のコートの前を開いた。

綺麗な鎖骨のラインが目に入って、思わずドキッとする。

慌てて目を逸らしながら、真美の腕をコートの袖から抜こうとした。

「望月、肘曲げられるか?」
「ううん」
「ううんって……。ちょっとだけクイッてやって」
「ん……だめ」

甘ったるい声に、潤の身体が熱くなる。

「いやいや、あのな?望月。コートを脱がないと暑いだろ?それにしわしわになるから、脱いでハンガーに掛けておこう」
「ん……、だって、眠くて無理。やって?」
「やややって?いや、うん。分かった。やる。コートを脱がせるだけだからな」

己に言い聞かせてから、潤は真美の背中に腕を回して抱き寄せた。

そこから片方ずつ腕を抜き、また背もたれに真美の身体を戻す。

最後に自分の身体を離そうしたが、なぜだか離れない。

なんだ?と思っていると、真美が背中に両腕を回して抱きついていた。

「望月、ちょっと……。離して」

そう言うと、どうやら耳に息がかかったらしく、ピクンッと真美の身体が跳ねた。

「ん……、くすぐったい」

甘く囁く真美の声に、今度は潤の身体がカッとなった。

「望月、だめだ」

真美の両肩を掴んで、グイッと自分の身体から引きはがす。

「……課長」

頬を赤らめたままの真美は、潤んだ瞳で見上げてきた。

「なんだ?」
「私、ずっと一人でも平気だと思ってたんです」

いきなり何の話だ?と思いつつ、潤は黙って耳を傾ける。

「休みの日に遊ぶ友達もあんまりいなくて、もちろん恋人も出来なくて。でも一人の方が気楽でいいかって思ってました。ずっとそれでも平気だったんです。だけど、がっくんと一緒に暮らし始めて、課長と3人で毎日とっても楽しくて……。あの日々が終わってから、味わったことないほどの寂しさに襲われました。幸せが大きかった分、反動で一気に同じだけの悲しみに暮れました。前に課長、言ってくださいましたよね?『一人で抱え込むな。無理に気持ちを抑え込むな。俺になら何を話してくれてもいい。俺は絶対的に望月の味方だから』って」

そこまで言うと、真美はぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「課長になら、弱音を吐いてもいいですか?気持ちを打ち明けてもいいですか?寂しいって……。心細くてたまらないって、頼ってもいいですか?」
「望月……」

潤はたまらず真美を抱きしめた。

「ああ。俺になら何を言ってもいい。どんな気持ちを打ち明けてくれてもいい。いつでも俺を頼れ。俺はずっと、いつまでも望月の味方だ。誰よりもお前のそばで、お前を守っていくから」
「課長……」

真美は潤の腕の中で、身体を震わせて泣き続ける。

「望月、もう一人でがんばらなくていい。寂しい夜を一人で過ごさなくてもいい。これから先、一生俺のそばを離れるな。お前はもう、一人じゃないんだ」

頭をなでながら耳元で言い聞かせる。

しゃくり上げて涙を堪えた真美が、そっと潤の顔を見上げた。

「望月、俺はお前が好きだ。誰よりもお前が愛おしい」
「課長……。でも私、そのうち捨てられるんじゃ……」
「バカ、誰がそんなことするか。お前がどんなに俺に愛されてるか、これから嫌ってほど分からせてやる」
「……?どうやって?」

潤んだ瞳で小首を傾げる真美に、潤はドキッとする。

「おまっ……、煽りの天才か?」
「えっ、だって、本当に分からなくて」
「こうやってだよ」

潤は真美の背中に左腕を回して抱き寄せると、右手で頭を抱え込んで深く口づけた。

真美は目を見開いて身体を固くする。

ゆっくりと身体を離すと、潤は真美の瞳を覗き込んだ。

「分かった?」
「……ううん、あんまり。びっくりして、何が起こったのか分からなくて」
「お前なあ……。ほんと、天才だわ」

そしてもう一度、真美の瞳をじっと見つめる。

「じゃあ、今度は目を閉じてて」
「……うん」

潤は、素直に目を閉じた真美のあどけない顔に胸を切なくさせながら、今度はそっとキスをした。

長く、優しく、愛を込めて。

真美の身体から力が抜けていく。

潤はますます強く真美を抱きしめた。

愛してる
ずっとそばにいるから
俺が一生守っていく

心に語りかけてくる潤の想いに、真美は胸がいっぱいになる。

真美の頬にスッと涙が流れて唇に落ちると、潤はそれをチュッとキスで拭った。

名残惜しむように唇が離れ、真美は小さく吐息をつく。

「伝わった?」
「……うん」
「じゃあ、返事を聞かせてくれる?」

言われて真美は顔を真っ赤にする。

「ん?何も聞こえないけど?」

おどけて耳を寄せると、真美は拗ねたような表情を浮かべて潤を上目遣いに見上げてから、意を決して目を閉じる。

潤の肩に手を置くと、真美はチュッと潤の左頬に可愛いキスをした。

今度は潤が顔を真っ赤にさせる。

「やべ、可愛過ぎ……」

たまらないとばかりに、潤はまた真美を抱き寄せて口づける。

「大好きだよ、真美」
「私も。あなたのことが大好きです」

耳元で囁き合い、二人はまたキスを交わした。
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