小さな恋のトライアングル

葉月 まい

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プロポーズ

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「ゆずちゃんたち、げんきかなー?けいくんも、せんせいも」

次の日の朝食後。
不意に呟いた岳の言葉に、真美と潤は顔を見合わせる。

真美に小さく頷いてみせると、潤は岳に切り出した。

「岳、保育園に行ってみる?みんなに会えるかもしれない」
「うん!いってみる」
「そうか。じゃあ、先生に連絡してみるよ。あとで一緒に行ってみよう」
「やったー!」

嬉しそうな岳の様子に、二人で胸をなで下ろす。

あとは一緒に行ってみて、地震の時のフラッシュバックがないか、様子を見てみることになった。

「岳、先生に電話してみたら、ゆずちゃんとけいくんも今日保育園に来るって。ももこ先生も」
「そうなんだ!たのしみ」
「じゃあ、早速行こうか」
「うん!」

準備をすると、3人で車で保育園に向かった。

「あ、がっくん!」
「ほんとだ。げんきだった?がっくん」

クラスの部屋に入るなり、岳はたくさんのお友達に囲まれる。

岳も満面の笑みで再会を喜んでいた。

「五十嵐さん、がっくん元気そうで良かったです。その後、おうちでの様子はいかがでしたか?」

ももこ先生に声をかけられ、潤と真美はクラスの端の先生の机で話をする。

「普段と変わりなく、元気です。ただ、夜中に怖い夢でも見たのか、大きな声で泣き出したことがありました。今日は自分からお友達の名前を出して会いたそうにしたので、お試しで登園させました。地震の時の恐怖を思い出さないか、様子を見たいと思います」
「かしこまりました。保育園でも、なるべく注意深く様子を見守っていきます。子ども達同士で、こわかったね、と気持ちを共有するのも大切なので、敢えて『地震の話はしちゃだめ』と言わないようにしています。それぞれの園児達の様子に合わせて対応していきます」
「分かりました。よろしくお願いします」
「それから、望月さん」

急に話を振られて、真美は慌てて姿勢を正した。

「はい、なんでしょうか?」
「今回の地震のあと、先生同士で振り返りを行いました。その時に、緊急時の連絡先は一人ではなく、最低二人登録していただくことになったんです。がっくんのお母さんが帰国されるまで、望月さんの連絡先も登録させていただけませんか?五十嵐さんの婚約者ということで、家族とみなして大丈夫と言われたので」
「あ、はい。かしこまりました」
「それでは、今書類を持って来ますね。少々お待ちください」

副担任の先生に声をかけてから、ももこ先生が部屋を出ると、潤がそっと話しかけてきた。

「ごめん。ほんとに大丈夫?」
「はい、もちろんです。あと2週間ですけど、いつ何が起こるか分かりませんし、私もがっくんのことが心配ですので。連絡もらった方が安心ですから」
「そうか。ありがとな」
「いいえ」

ももこ先生が戻って来ると、真美は書類に名前と住所、電話番号とメールアドレスを記載した。

【園児との続柄】という欄があり、うっ……と固まっていると、「叔父の婚約者、でいいですよ」とももこ先生に言われる。

はい、と返事をしてから、ええい!と思い切って記入した。

「これで大丈夫です。ありがとうございました。では、今日はがっくんの保育、どうしましょうか?このまま午後までお預かりしましょうか?」
「そうですね……」

潤と真美は岳の様子に目をやる。

ゆずちゃんやけいくんと楽しそうに積み木をしていて、このまま遊ばせた方が良さそうだった。

「では午後までお願いします。お昼寝が終わる頃にお迎えに来ますので」
「分かりました。お預かりしますね」

立ち上がると、潤と真美は岳を振り返った。

「岳、じゃあ俺達一度帰るから。お昼寝のあとに迎えに来るな」

すると岳がパッと顔を上げた。
今までの笑顔が消え、凍りついたように硬い表情を浮かべている。

「まみ!」

一気に駆け出して、真美に飛びついて来た。

「どうしたの?がっくん」

ひざまずいて岳を受け止めると、岳は真美の胸に顔をうずめたままギュッと抱きついている。

「がっくん?大丈夫だよ」
「まみ、いなくならないで」
「え?」
「こわいから。まみ、いかないで」
「がっくん……」

真美は潤の顔を見上げた。

「課長、私このままがっくんとここで過ごします。様子を見て一緒に帰りますね」
「え?でも、そんな……」
「課長はおうちでお仕事していてください」

ももこ先生にも「私がいても構いませんか?」と尋ねる。

「ええ、もちろんです。がっくん、その方が安心でしょうから」
「ありがとうございます。じゃあ、がっくん。私も一緒にここで遊んでいい?」

岳は嬉しそうに真美に笑いかけた。

「うん!まみ、いこう」

岳に手を引かれてゆずちゃんやけいくんと一緒に遊び始めた真美に、潤は申し訳なさそうに目配せしてから帰って行った。



「えー、まみちゃんって、じゅんおじさんのフィアンセなんだー」

ゆずちゃんに言われて、真美はタジタジになる。

「う、うん。まあ」

フィアンセなんて言葉、どこで覚えるんだろうと思っていると、周りにわらわらと園児達が集まって来た。

「いつけっこんするの?」
「それは、もうちょっと先、かな?」
「なんてプロポーズされたの?」
「ええー?!それは、ちょっと、言えない、かな」
「うちのパパはね、ずっとおれがまもってやるって、ママにプロポーズしたんだって」
「ひゃー!かっこいいね。って言うか、そんなことまで教えてもらったの?」
「うん。おんなのこはね、ちゃんとプロポーズしてくれるひととけっこんしなきゃって、ママがいってた」

おおー、今どきの子育て事情ってすごい、と真美は感心する。

すると男の子達が話に入ってきた。

「プロポーズってさ、どういうのがいいの?」
「それはまあ、あいがこもってるやつ」

ゆずちゃんの答えに、うひゃ!と真美は首をすくめる。

(4歳児がサラッと、愛がこもってるって……)

そんな真美を尻目に、ゆずちゃんが場を取り仕切り始めた。

「じゃあ、おとこのこたち。いまからじゅんばんに、まみちゃんにプロポーズしてみて」
「は、はいー?ゆずちゃん、何を言って……」
「いいでしょ?まみちゃんは、だれがいちばんかをきめるの。じゃあ、だれからやる?」

おれー!とけいくんが手を挙げた。

「はい、じゃあけいくん。まみちゃんとむかいあって。いくよ?よーい、どん!」

どん?と思わず眉間にしわを寄せていると、けいくんが真顔で真美と向き合った。

「まみちゃん。おかしあげるから、かわりにけっこんしてくれ」

「カットー!」と、すかさずゆずちゃんが手を挟む。

「けいくんさ、まだあいをしらないわよね。おもちゃをゆずってもらうのとはちがうのよ?」
「えー、じゃあどういうのがプロポーズなんだよ?」

「おれしってるー!テレビでみた」と別の子が手を挙げて、ゆずちゃんは頷く。

「いいわよ。どんなやつだったか、やってみて、あっくん」
「わかった」

あっくんと呼ばれた子は真美の前まで来ると、片膝をついた。

「まみちゃん、これをうけとってくれ。パカッ!」

そう言って、合わせた両手を開いて見せた。

「きゃー!いいんじゃない?」と女の子達が盛り上がる中、ゆずちゃんが冷静に尋ねる。

「あっくん、そのパカッてやつ、なかみはなに?」
「え?かめはめは」

ガクーッと女の子達はー斉に滑った。

「もう、だんしってこれだからおこさまなのよ」

ゆずちゃんは両手を腰に当ててため息をつく。

「じゃあさ、がっくんやってみてよ」
「え、おれ?」
「うん。ほら、はやく」

背中を押されて、岳は真美の前に歩み出た。

「まみ……」
「う、うん」

緊張した面持ちの岳に、真美も思わずゴクリと喉を鳴らす。

「おれ、まみのことがだいすきなんだ。ずっといっしょにいてくれる?」

少し潤んだつぶらな瞳で、上目遣いに顔を覗き込まれ、真美は胸がキュンとした。

「うん。私もがっくんが大好き」

思わず抱きしめると、キャーー!!と一斉に黄色い悲鳴が上がった。

「いい!いまの、さいっこうにいい!」
「キュンキュンしたー!」
「やーん、すてきー!ね?せんせ」
「ほんと!もう先生のハートも鷲掴みされちゃったー!」

気づけばももこ先生も副担任の先生も、興奮気味に頬に手をやっている。

「じゃあさ、つぎはけっこんしきね。そのあとは、しんこんさんごっこ」
「いいねー!『いってらっしゃい、あなた』ってやつね?」
「はやく!おままごとセットもってきて」

おしゃまな女の子達に、真美はもう苦笑いを浮かべるばかりだった。



給食の時間になり、園児達と一緒に真美も美味しい給食を可愛い椅子に座ってごちそうになる。

片づけをして歯磨きをすると、パジャマに着替えてお昼寝タイムになった。

子ども達が全員眠ると、明かりを落とした部屋で、真美はおもちゃの片づけや消毒作業を手伝った。

「望月さん、すみません。助かります」
「いいえ、これくらいさせてください」

連絡ノートを書きながら、ももこ先生が話しかけてくる。

「望月さんがいてくださって、がっくん、本当に嬉しいんだと思います。お母さんと3か月間離れることになった時、最初はすごく落ち込んでました。口には出さなくても、表情が暗くて。叔父さんも一生懸命がっくんの様子を気にしてくださってましたけど、がっくんはそれに気づいて敢えて平気なフリをして。気持ちを溜め込んでいるのが分かって、どうにかして吐き出させてあげたかったんです。寂しいって泣いてくれたらいいのに、がっくんは我慢する子だから。そんな時、あの地震が起こりました。他の園児達は、パパやママが次々と迎えに来て、じゃあね!がっくんって手を振って帰って行きました。がっくんは無理やり笑顔を作って、またね!って見送って。どんなにママに会いたくて心細かったか……」

思わず涙ぐむももこ先生に、真美も目を潤ませた。

「最後に残されたのが自分一人になっても、がっくんはギュッと唇を結んで我慢してました。余震で揺れても、悲鳴も上げずにじっと身を固くして。まだ4歳なのに……。そしたら望月さんが迎えに来てくださったんです。あの時のがっくんの様子は、私ずっと忘れられません。初めて自分を全部さらけ出して、気持ちをぶつけて大声で泣けたんです。良かったなって、私、心の底から思いました。すごいですね、望月さん。母親でも、保育士でもないのに、どうやってがっくんに接すればあんなにも深い信頼関係を築けるんですか?」

聞かれて真美は首を振る。

「私が何かしたとかじゃありません。がっくんの方こそ、いつも私を幸せな気持ちにさせてくれるんです。私、大人同士の人づき合いが苦手で、ずっとコンプレックスを抱えていました。だけどがっくんは、そんな私に純粋でキラキラした目を向けてくれます。何も身構えずに、透き通るような真っさらな心で私に接してくれます。真っ直ぐに『大好き』って気持ちを伝えてくれます。それがどんなに嬉しかったか。長い間悩んでいた私を、がっくんが救ってくれたんです。私、がっくんに出会えて本当に良かった」

しみじみそう言うと、ももこ先生がふっと笑った。

「望月さん、がっくんと相思相愛ですね。叔父さん、ヤキモチ焼いちゃうかも?さっきのプロポーズも、ものすごくラブラブでしたもん」
「私も、がっくんのプロポーズ、とっても嬉しかったです」
「えー、叔父さん大変!こんなところにまさかの強力ライバルが!どうなっちゃうんですか?この三角関係」
「ふふ、がっくんの勝ちかも」
「やだ!望月さん。冗談に聞こえないです。叔父さんー、がんばってー」

両手を組んで宙を見上げるももこ先生に、真美はもう一度ふふっと笑った。



「ただいまー!」

元気な声が聞こえてきて、潤はパソコンから顔を上げた。

「おかえり」
「お、じゅん。いたんだ」

ガクッと潤はうなだれる。

保育園でどうしているだろうかと案じていたさっきまでの気持ちが、一気に吹き飛んだ。

「課長、すぐに晩ご飯の準備しますね。よかったら、がっくんと先にお風呂入っちゃってください」

真美に言われて潤は立ち上がる。

岳と一緒にシャワーを浴び、湯船に浸かると、それとなく聞いてみた。

「岳、今日は保育園で何したの?」
「ん?まみとけっこんのやくそく」

ザバッと湯が溢れてしまうほど、潤は驚いて仰け反った。

「な、な、な、なんだって?」
「だから、まみにプロポーズしたの。まみも、うんってへんじした。おれのことだいすきだってさ」
「ちょ、ま、え、そ、な」
「おい、じゅん。にほんごわすれたのかよ?」
「いや、だって。まさか、そんな」
「じゃあ、まみにきいてみれば?おれにプロポーズされたよな?って」

潤はもう何も言葉が出てこない。
4歳児だというのに、セリフの破壊力がハンパなかった。

「さーてと!もうでる。きょうのまみのごはん、なにかなー?」

ウキウキとバスルームを出る岳を、待てい!とばかりに潤も追いかけた。
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