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25.アリス団長

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 ヘン・タイリン男爵は、側近の説得もあり、気を取り直してシ-ドル公爵家に戻ってくる。
 短気になって、アリシアを諦めるには勿体ない。あの顔、あの体、元公爵家の娘と言う肩書。
 野心と欲望の塊である。

 「これは……どうした事だ! 私の……私の屋敷が……無いではないかぁ~」

 ヘン・タイリン男爵の目の前には、つがいの野犬が走り回る、広い土地だけが残されていた。

 男爵になったばかりのヘン・タイリンにとって、公爵の屋敷は唯一の財産であり、借金の元に出来る物だったのだ。
 彼の落胆は激しく、手っ取り早く金を集める方法は、自信の所領に行き屋敷内の物を売るか、臨時の徴税をするぐらいだろう。
 ヘン・タイリンは、父親の兵隊を借りて、自信が貰い受けた所領へと急ぐのであった。



 アリシア達が転送されて目にした物は、公爵の屋敷よりも大きな城であった。
 そしてその城の前には、アリシア達の見知った顔ぶれが、立ち並んでいた。

 「アリス団長?」

 「「「団長、団長だぁ~」」」

 そこには、左腕を固定して首から下げるアリス団長と、四人のメイドが立っていた。

 「姫、ご無事で……」

 アリス団長が、アリシアの元に駆け寄る。

 「はい」

 ここの所の、不幸を忘れるかのように、抱き合い喜ぶ皆であった。

 「ウルム村長、ご苦労様」

 「ああ、これは響様。お帰りなさいませ」

 一足遅れて現れた響は、ウルム村長の後ろから近寄り話しかける。

 「また、人が増えるがよろしくたのむ」

 「お任せ下され響様、この村は貴方様の物ですじゃ」

 命を助けられ、この村を響から任されたウルム村長は、響を息子のように思ってくれているようだ。

 「村長、作物の成長はどうだ?」

 その村長の気持ちが分かる響は、話を逸らそうとする。

 「はい、順調に育っていおりますよ。ここは気候も良く、この分でしたら年に、二度から三度の収穫が出来そうですじゃ。しかしあの、ハウスと言う建物は、素晴らしいですのぉ~。アッと言う間に、作物が育って行きますじゃ。それにガ-ディアンなる物は、休みなく働き助かっておりますじゃ」

 最近は村人もガ-ディアンを理解し、人手不足のウルム村では、ガ-ディアンが役にたっているようだ。

 「村長、今夜は皆で久しぶりに、『エンカイ』にしましょうか?」

 「おお、それはまた村の者が、喜びますのぉ~」

 一番喜んでいるのは、村長のような気がするけど……

 村長は、村人達の元に向かい、手伝いの女達の手配をするのだろう。
 この村には、若い女性が多いから……
 響は、喜び合う騎士達を見て、『村の住人が増えればいいなぁ~』とでも、思っているのであろう。
 含み笑いを浮かべているから。

 「ティス、今日は『エンカイ』だ」

 「はい、では皆様を宿舎に案内してから、準備を致します」

 「酒とデザートをよろしくな」

 『エンカイ』には、酒が付き物であり、十七人の子供達にとっては、デザートが何よりもの楽しみなのだ。

 「『エンカイ』かぁ!」

 最近、ふさぎ込んでいたクロエが急に姿を現し、騎士達は剣を抜き、アリシアを守ろうとする。

 「待て! ビクトル剣を収めよ! あの者は、響様の使役する。魔族、クロエだ。危険はない」

 アリス団長は、騎士とクロエの間をさえぎり、騒ぎを収める。

 全く、クロエのやつ……まぁ、元気になってよかった。

 そこへ、一人村の男が走って来る。

 「村長! あっ響様、魔物が村外れに現れました」

 「怪我人は、いないのか?」

 「子供が一人見当たりません。他の者はシェルターに、逃げ込みましたので大丈夫です」

 シェルターとは、最近村の近辺で、魔物の目撃情報が増えたため、安全を考えて助けが来る間、逃げ込めるシェルターを、数か所に設置したのである。

 「ティス、後は頼む。クロエついて来い!」 

 「偉そうに……」

 響は、高速で走り去り。クロエは、嬉しそうに空に飛びあがり、響の後を追って行く。

 「団長、あの足の速さは、何なんですか?」

 「ビクトル、あの方は、勇者だ!」

 アリス団長は、皆が理解出来る言葉である。
 『勇者』の一言で、説明するのだった。

 「団長、我々も行きましょう!」

 「よし、『エンカイ』前の一仕事だ! 厩舎から馬を出せ!」

 フェスタ-騎士団、再結成の瞬間であった。



 「わぁ~ん! 怖いよぉ」

 「大丈夫だから、助けが来るから」

 村の少女を抱え、なだめるマギーだが、行方が分からない妹のルシアの事が、気がかりで仕方ないのだ。

 ドォーン! スパッ!

 「響様だ! クロエ様もおられるぞ」

 五センチ程の小窓から、覗いていた村人が叫ぶ。

 「数が結構多いな」

 響は、ソ-ドブレ-ドで次から次へと、ゴブリンを斬り息の根を止める。
 クロエから、『ゴブリンは、魔素がある限り、何処からともなく増えるので、必ず息の根を止めるように』きつく言われたからだ。

 そのクロエはと言うと、拳の一撃でゴブリンの頭を、吹き飛ばしている。
 あまり、クロエには、逆らわないようにしよう。
 そこへ、フェスタ-騎士団十人による騎馬突撃が行われ、ゴブリンは壊滅する。

 「クロエ、行方不明の子供を探してくれ」

 「はいょ」

 クロエは、空を飛び森へ入って行った。

 「琴祢、ドローンを飛ばして、他にゴブリンがいないか探してくれ」

 「マスター、東の谷に洞窟が……そこから、魔物が出て来るよ」

 「分かった」

 響は、東の谷に向けて走り出す。

 「響様、どちらに行かれる?」

 「東の谷に、魔物がいるようです」

 ビクトル・デッカ-と騎士二人を残し、馬を飛ばして追いかけるアリス団長だが、響の足には追い付けない。
 東の谷に着いた響は、洞窟から出入りするゴブリンを見ていた。

 「響様、あれは初期のダンジョンのようですね」

 「団長、あれがダンジョンなんですか?」

 ダンジョンなど見た事もない響は、興味深々なのである。

 「まだ、階層は深くないでしょうが、どちらにしても討伐しなければなりません。さもないとあのように、あふれ出て来ます」

 と言う事は、この亜空間固定した大陸の何処かに、他にもダンジョンがあると言う事か、ほっておけば大量の魔物があふれ出すという事か。
 悩みの種が、増えたな。

 「さてと、行きますかぁ。団長、後ろで抜けて来る奴を、お願いします」

 「分かりました」

 響は、魔素に亜空間エネルギーを混ぜ込み、リストコントロールで、十段階ある威力ゲ-ジを一から三にして『ダ-クショット』を、洞窟に向けて放った。

 その威力は、クロエの『ダ-クショット』よりもはるかに強く、団長の手を借りることもなく、洞窟の入り口を粉砕して、塞いでしまうのであった。

 ゲージ五にしなくてよかったぁ~。十だったらどうなっていたんだろう。

 「凄い威力ですね。あれだけ入口が塞がれていれば、当分、奴らも出て来ませんよ」

 アリス団長が、話しかけて来る後ろでは、『ダ-クショット』の威力に、驚きの色を隠せない騎士達が、呆然と立っていた。

 「琴祢、このダンジョンを、監視対象にしておいてくれ」

 「は~い!」

 天真爛漫な高量子コンピューターってどうなの?

 「響様、我らも子供の捜索に、参りましょう」

 アリス団長が、差し出す手を取り、響は馬に乗せてもらう。

 馬で森に向かうと、子供を抱えて飛ぶクロエの姿が見えてくる。
 クロエがどうやら、ルシアを見付けてくれたようだ。

 響達が、村人達の所へ着くと、マギーと妹のルシアが抱き合って、無事だった事を喜んでいた。

 「さあ皆、今夜は城で『エンカイ』だ!」

 響の言葉に、一番喜んでいるのは……やはり、クロエであった。
 酒がめあてだな!

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