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本編
白雪姫麻婆豆腐
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とある街の中華料理店に、行列が出来るほど大人気の麻婆豆腐があった。
なんでも、その店の店主はこの麻婆豆腐を広めるために店を始めたそうで、「空前絶後のおいしさ!」「食べて満足出来なければ半額返金!」の看板を店の前に毎日大きく張り出し、それはもう大層な気合いの入りようだった。
加えて、当の麻婆豆腐も看板に偽りなしのおいしさとくるのだから当然と言うべきか、地方から絶品麻婆豆腐を求め客が集まり、連日のように行列を成している。
次第にテレビの取材も入るようになり、その中華料理店は正真正銘の大人気店となっていった。
それから数年後のこと。
一世を風靡した麻婆豆腐の噂もなりを潜め、ひと握りの常連客と稀にくる新規客相手に商売をしていた店主の耳に、ある噂が入ってきた。
どうやら近くに、新しい麻婆豆腐の店が経ったらしい。
噂を聞いた店主は、麻婆豆腐ブームが去った事を知らない経営者が時代遅れで今更な便乗商売を始めたのか、と鼻で笑い、近所だと言うこともあって1度見に行ってみることにした。
きっと、想像した大盛況の店の様子とは対照的にいつまでもガラガラな店内を見つめ、落ち込んだ顔の経営者が見れることだろう。
そんな意地の悪い考えを巡らせ、1つ角を曲がった先の店へと歩を進めた。
が
「は?」
店の様子を見て、その表情は一気に驚愕へと変化する。
なんとその店の前には、一世を風靡した程の自分の店の、ピーク時を超える人数が行列を作っていたからだ。
「何故だ…なんでウチより…」
ただの麻婆豆腐にウチが負けるはずはない、そうだ、何か裏があるのかもしれない。
そう思った店主が急いで近くの看板に近寄ると、そこには今までに見たことがない、真っ白な麻婆豆腐の写真が載っていた。
商品名は「白雪麻婆豆腐」
雪の様に白い麻婆豆腐には、ぴったりな名前だろう。真ん中に落とされたラー油も、通常より赤みがかって見え、よりその純白さを引き出している。
「なんだ…」
物珍しさからの繁盛か、という台詞を飲み込み、変わりに安堵のため息を吐く。
こういった珍しさが取り柄の商品は、味が取り柄の商品より客に飽きられるのが早い。
きっとこの大盛況も、3ヶ月と続かないだろう。
そう結論付けると、一安心して余裕が生まれた店主は、折角だからと行列に並び、その店の麻婆豆腐を食べて帰る事にした。
一応近くではあるし、ライバル店の味を知っておくことも大切だ。
流石物珍しい物を取り扱っている店だけあって、店内に入るのには2時間弱かかってしまったが、それが商売の糧になるのなら不満はない。
店の引き戸を開けると、まだ20代後半程の男性が、爽やかな笑顔でいらっしゃいませと迎えてくれた。
そのままカウンターに座り、白雪麻婆豆腐を注文する。
数分後、目の前に運ばれてきた麻婆豆腐は、案の定真っ白な物珍しいものだった。
店主もまだ若かったし、自画自賛にはなるが世を魅了した絶品の自作料理に舌が肥えているだけにあまり期待はしていないが、味はいかほどかと口に運んでみる。
「.........」
美味しかった。
程よい香辛料の辛味と豆腐特有の甘さ。
それが双方を潰すどころか高めあって存在している。
今まで自分が食べてきたどの、己の麻婆豆腐よりもずっと美味しかった。
「ありえない…」
店主は一口だけ食べたスプーンを置き、頭を抱えてそう呟いた。
元々自信家であっただけに、こうも突然、最高の料理だと自負していた自身の料理が負けると、ショックを隠しきることが出来ない。
それに、店主は危惧していた。
この店の麻婆豆腐が自身の麻婆豆腐より美味しいと分かった以上、今現在の常連が、経営の命綱が、こちらに奪われてしまいかねない。
新規のお客さんは度々来る程度。固定客を奪われれば、経営破綻の末に店をしまわなければいけない、そう考えた。
どうすればいいのだろうか。
自分の店を守るにはどうすればいいのだろうか。
悶々と逡巡を繰り返す。
そして数秒後、聞こえてはいけない悪魔の囁きが聞こえた。
決して乗ってはいけない提案が…。
「…すみません!」
「はい!なんでしょう!」
店主は、賑やかな店内で静かに覚悟を決め、そっと手を挙げた。
「あのお店、しばらく営業自粛ですって」
「えー、どうしたの?開店早々。」
「なんでも、麻婆豆腐の中に虫が入ってたんですって」
店の最奥、あまり人の視線が注がれることの無いテーブル席でヒソヒソと話す2人組の主婦の会話に、店主は満足気な顔を浮かべていた。
突然のライバル店の出現から10日、店主の店は客が減るどころか、以前より少しだけ賑わいを増していた。
理由は先程の主婦の会話の通り、ライバル店が営業自粛に追い込まれたからだ。
ライバル店の客が、近くということもあり少しだけこちらに流れてきていた。
「あっちの店には悪いことしたなぁ」
厨房でぼそっと呟く店主の声は、大鍋の油が跳ねる音に紛れて客の耳に届くことは無い。
そう、ライバル店が営業自粛に追い込まれた要因は、他でもないこの店主にある。
あの日、突然の敗北の後店主がとった行動は、異物混入の偽装。
ちょうど床を這っていた、小さすぎず大きすぎない蜘蛛を捕まえ、麻婆豆腐に入れてから「虫が入っている」とクレームを入れたのである。
監視カメラもあっただろうし、やった後には多少の罪悪感を感じなくはなかったが、こちらとしては自身の店の存続に関わる必要な工作だった。
3日ほど、来るかもしれない警察に怯える日々を過ごしていたが、10日も経って来ないのだから、偽装がバレる心配ももう無いだろう。
店主の店には、今日も平和な時間が流れていた。
のだが……
「すいません」
翌日、営業時間を終え、店の扉を閉めようと外に出てきた店主の前に、数名の男性が現れた。
「あ、すいません。今日はもう終わりでして」
店主が申し訳なさそうにペコッと頭を下げる。すると、その目線の先に何か手帳のようなものを突きつけられた。
「警察のものです。少しお話を聞かせてください」
時は過ぎ2週間後、白雪麻婆豆腐の店には、数多の人が押し寄せ、その営業再開を祝っていた。
店内のテレビに流れているのは、嫉妬からライバル店を潰そうと考えた、浅はかな店主のニュース。
「いや~良かったよ!この店が潰れなくて!」
「俺はまたこの白雪麻婆豆腐が食いたかったんだ」
「待ってたよ!」
店内では、そう嬉しそうな声を上げる客と、少し照れくさそうにしながらも嬉し涙を浮かべる店主の姿があった。
後に全国的な有名店へと成長する事になるこの麻婆豆腐は、その白さと、嫉妬から一度追放された境遇も相まって、古参客から「白雪姫麻婆豆腐」と言われるようになった。
なんでも、その店の店主はこの麻婆豆腐を広めるために店を始めたそうで、「空前絶後のおいしさ!」「食べて満足出来なければ半額返金!」の看板を店の前に毎日大きく張り出し、それはもう大層な気合いの入りようだった。
加えて、当の麻婆豆腐も看板に偽りなしのおいしさとくるのだから当然と言うべきか、地方から絶品麻婆豆腐を求め客が集まり、連日のように行列を成している。
次第にテレビの取材も入るようになり、その中華料理店は正真正銘の大人気店となっていった。
それから数年後のこと。
一世を風靡した麻婆豆腐の噂もなりを潜め、ひと握りの常連客と稀にくる新規客相手に商売をしていた店主の耳に、ある噂が入ってきた。
どうやら近くに、新しい麻婆豆腐の店が経ったらしい。
噂を聞いた店主は、麻婆豆腐ブームが去った事を知らない経営者が時代遅れで今更な便乗商売を始めたのか、と鼻で笑い、近所だと言うこともあって1度見に行ってみることにした。
きっと、想像した大盛況の店の様子とは対照的にいつまでもガラガラな店内を見つめ、落ち込んだ顔の経営者が見れることだろう。
そんな意地の悪い考えを巡らせ、1つ角を曲がった先の店へと歩を進めた。
が
「は?」
店の様子を見て、その表情は一気に驚愕へと変化する。
なんとその店の前には、一世を風靡した程の自分の店の、ピーク時を超える人数が行列を作っていたからだ。
「何故だ…なんでウチより…」
ただの麻婆豆腐にウチが負けるはずはない、そうだ、何か裏があるのかもしれない。
そう思った店主が急いで近くの看板に近寄ると、そこには今までに見たことがない、真っ白な麻婆豆腐の写真が載っていた。
商品名は「白雪麻婆豆腐」
雪の様に白い麻婆豆腐には、ぴったりな名前だろう。真ん中に落とされたラー油も、通常より赤みがかって見え、よりその純白さを引き出している。
「なんだ…」
物珍しさからの繁盛か、という台詞を飲み込み、変わりに安堵のため息を吐く。
こういった珍しさが取り柄の商品は、味が取り柄の商品より客に飽きられるのが早い。
きっとこの大盛況も、3ヶ月と続かないだろう。
そう結論付けると、一安心して余裕が生まれた店主は、折角だからと行列に並び、その店の麻婆豆腐を食べて帰る事にした。
一応近くではあるし、ライバル店の味を知っておくことも大切だ。
流石物珍しい物を取り扱っている店だけあって、店内に入るのには2時間弱かかってしまったが、それが商売の糧になるのなら不満はない。
店の引き戸を開けると、まだ20代後半程の男性が、爽やかな笑顔でいらっしゃいませと迎えてくれた。
そのままカウンターに座り、白雪麻婆豆腐を注文する。
数分後、目の前に運ばれてきた麻婆豆腐は、案の定真っ白な物珍しいものだった。
店主もまだ若かったし、自画自賛にはなるが世を魅了した絶品の自作料理に舌が肥えているだけにあまり期待はしていないが、味はいかほどかと口に運んでみる。
「.........」
美味しかった。
程よい香辛料の辛味と豆腐特有の甘さ。
それが双方を潰すどころか高めあって存在している。
今まで自分が食べてきたどの、己の麻婆豆腐よりもずっと美味しかった。
「ありえない…」
店主は一口だけ食べたスプーンを置き、頭を抱えてそう呟いた。
元々自信家であっただけに、こうも突然、最高の料理だと自負していた自身の料理が負けると、ショックを隠しきることが出来ない。
それに、店主は危惧していた。
この店の麻婆豆腐が自身の麻婆豆腐より美味しいと分かった以上、今現在の常連が、経営の命綱が、こちらに奪われてしまいかねない。
新規のお客さんは度々来る程度。固定客を奪われれば、経営破綻の末に店をしまわなければいけない、そう考えた。
どうすればいいのだろうか。
自分の店を守るにはどうすればいいのだろうか。
悶々と逡巡を繰り返す。
そして数秒後、聞こえてはいけない悪魔の囁きが聞こえた。
決して乗ってはいけない提案が…。
「…すみません!」
「はい!なんでしょう!」
店主は、賑やかな店内で静かに覚悟を決め、そっと手を挙げた。
「あのお店、しばらく営業自粛ですって」
「えー、どうしたの?開店早々。」
「なんでも、麻婆豆腐の中に虫が入ってたんですって」
店の最奥、あまり人の視線が注がれることの無いテーブル席でヒソヒソと話す2人組の主婦の会話に、店主は満足気な顔を浮かべていた。
突然のライバル店の出現から10日、店主の店は客が減るどころか、以前より少しだけ賑わいを増していた。
理由は先程の主婦の会話の通り、ライバル店が営業自粛に追い込まれたからだ。
ライバル店の客が、近くということもあり少しだけこちらに流れてきていた。
「あっちの店には悪いことしたなぁ」
厨房でぼそっと呟く店主の声は、大鍋の油が跳ねる音に紛れて客の耳に届くことは無い。
そう、ライバル店が営業自粛に追い込まれた要因は、他でもないこの店主にある。
あの日、突然の敗北の後店主がとった行動は、異物混入の偽装。
ちょうど床を這っていた、小さすぎず大きすぎない蜘蛛を捕まえ、麻婆豆腐に入れてから「虫が入っている」とクレームを入れたのである。
監視カメラもあっただろうし、やった後には多少の罪悪感を感じなくはなかったが、こちらとしては自身の店の存続に関わる必要な工作だった。
3日ほど、来るかもしれない警察に怯える日々を過ごしていたが、10日も経って来ないのだから、偽装がバレる心配ももう無いだろう。
店主の店には、今日も平和な時間が流れていた。
のだが……
「すいません」
翌日、営業時間を終え、店の扉を閉めようと外に出てきた店主の前に、数名の男性が現れた。
「あ、すいません。今日はもう終わりでして」
店主が申し訳なさそうにペコッと頭を下げる。すると、その目線の先に何か手帳のようなものを突きつけられた。
「警察のものです。少しお話を聞かせてください」
時は過ぎ2週間後、白雪麻婆豆腐の店には、数多の人が押し寄せ、その営業再開を祝っていた。
店内のテレビに流れているのは、嫉妬からライバル店を潰そうと考えた、浅はかな店主のニュース。
「いや~良かったよ!この店が潰れなくて!」
「俺はまたこの白雪麻婆豆腐が食いたかったんだ」
「待ってたよ!」
店内では、そう嬉しそうな声を上げる客と、少し照れくさそうにしながらも嬉し涙を浮かべる店主の姿があった。
後に全国的な有名店へと成長する事になるこの麻婆豆腐は、その白さと、嫉妬から一度追放された境遇も相まって、古参客から「白雪姫麻婆豆腐」と言われるようになった。
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