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第十一章・僕らの幸せ

87・愛の力

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 『坊ちゃま』というパワーワードを口にした途端、頭の中が霧が晴れたようにクリアになる!

 まるで、どんよりした曇り空が雲一つない快晴になるかのように、突如ハッキリとした僕の記憶。もちろん記憶を失ってからこれまでのことはそのままで、尚且つそれ以前の記憶がどっと僕の頭の中に流れ込んでくる…。そのことに戸惑いながらも、一つ一つを噛み締めるように頭の中で整理してゆく。僕はあの時、ジェイデンと言い争った末に誤って転んでしまったんだ。それで運悪く思いっ切り頭を打ち付けて…。おまけに何かが刺さったことで出血多量に陥り、そのこともあってきれいさっぱり記憶を失った。

 そうして目の前でどうしたんだとばかりに目を見開く、坊ちゃまのことを忘れてしまったなんて!と愕然とする。そして改めて坊ちゃまを見つめると、一年前のあの時よりもずっと痩せた姿が目に飛び込んできて…。僕が行方不明になったせいで、どれ程の気苦労をしたのだろうと思うと居た堪れなくなる。そしてきっと僕を探して…探して、探しまくって、やっとここだと分かったんだと思う。それなのにやっとで会ってみれば、完全に記憶を無くしていて、坊ちゃまのことを憶えても居ないなんて…どれくらいの絶望だったのだろうと想像して絶句する。

 「どうした?エリィ…大丈夫か」

 そう問われて、僕は我慢出来なくなった。目の端に溜まっていた涙がポロリと流れ落ちる。するともう止まらず、後から後から溢れ出る。そんな僕を坊ちゃまはどうしてよいのか分からずに…

 「なっ!何故泣いている?」

 「グスッ…エリオットと、エリオットと呼んで下さい。坊ちゃま!」

 そう叫ぶと、驚愕の表情で僕を見ている坊ちゃま。そして口元を震わせながら、真珠のような涙をポロリ、ポロリと落とした。

 「エリオット…お、思い出したのか!?自分のことを…私のことを?」

 冷静ないつもとは違って、か細く震えながら自信なげにそう聞いてくる。僕はそれに泣き笑いの表情を浮かべた。笑いたいけど泣きたい…泣きたいけど笑いたい!そんな複雑な感情が押し寄せて、もはや自分でも感情を制御出来なくなっていて…

 「はい、ハッキリと。坊ちゃま、ただいま!長くお待たせしてすみません…」

 そう言って頭を下げようとした時、僕の身体は突然坊ちゃまに抱き寄せられる。ギューッと力強く…もう絶対に離さないというように。そして僕へ「おかえりエリオット」そう伝えながら…

 坊ちゃまの、久しぶりの腕の中を堪能する。以前よりほんの少し弾力が落ちる胸筋に責任を感じるが、その変わらない温かさにまた涙が出そうになる。そして胸一杯にその香りを吸い込めば、帰りたかったのはここだったのだと感じる。

 ──坊ちゃま…以前よりお痩せになっているが、背はまた高くなったようだ。それに分厚い胸板と思いのほか力強い腕にドキッとしてしまって…安心したが故にそんなことを感じてしまっている。坊ちゃまもきっと同じだろうな…

 ふと見ると、少し離れたところに立っているアルベルトさんも、オイオイと男泣きしている。アルベルトさんのことだから坊ちゃまと同じように、一生懸命僕のことを探してくれただろう。時には暴走する坊ちゃまを諌めながら、最大限の努力をしてくれた筈だ…と感謝する。

 「坊ちゃま…エリオット、再び会えて本当に良かった!坊ちゃまはお前が生きていると信じて、ずっと探し続けて来たんだ。その執念たるや鬼気迫るものだったよ!これからはその罪滅ぼしに坊ちゃまから離れるなよ?」 

 アルベルトさんはそう冗談めかして言うが、僕を探し出す為に相当の苦労があったのだろうと想像できる。そう思えば思うほど、坊ちゃまを抱く腕の力が強まって…もう決して離さないというように。

 「それからな、ここに住んでいるのを突き止めたのは妹のステファニーのおかげなんだぞ?なんでも同級生のルーカス…なんちゃらっていう奴が、エリオットに似た人をアジャンタで見たとか言って。だから今度会った時はお礼を言えよ?分かったな!」

 続けてアルベルトさんが、僕の居所を探し当てた件で重要なことを言っている。それに真っ先にお礼を言わなきゃいけないのは分かっているが、僕の目は坊ちゃまに釘付けだった!そしてそれを離すことは出来ない…そしてそれは、坊ちゃまだって…

 「う…んっ、はぁ…ふァッ」

 僕達はもう我慢の限界で、お互いの唇を貪り合う。約一年ぶりのその熱に夢中になって、角度を変えながら繰り返し繰り返しお互いを求める。
 アルベルトさんの「おいおいおい~」と素っ頓狂な声が聞こえるが、もはやそんなものは気にもならなかった。僕らの目に映るのは、お互いの存在だけ…そう思って、はた…と気付く。

 ──あうっ!やだぁ~ホントにぃ?

 久しぶり過ぎて感じてしまい、僕のものがジンジンと熱を持って緩く立ち上がろうとしている。あの怪我から今まで、そういう感じ一切ナッシングだったのに…坊ちゃまを思い出した途端そうなるだなんて、僕ってどんだけなのよ~今日元気!

 そんな自分にちょっと恥ずかしくなって頬がポッポしていると、坊ちゃまがそれに気付いてオデコにサッと手を当てる。

 「うん…記憶が戻って、熱出ちゃった?大変だ!取り敢えずは暖かい家に入らなくては!」

 そう焦りだしているけど、僕はといえばトロン…とした目で坊ちゃまを見つめている。そんな僕達の横から、アルベルトさんが呆れたように声を掛ける。

 「もう話してもいい感じ?だからジェイデンの奴がこちらに向かっています。もうそろそろ…」

 ──パカッ、パカ…ギィーッ!

 そこに馬の爪音が!この村を出てから丁度一週間。どうやらジェイデンは、王都で休養も取らずそのまま帰途についたようだ。坊ちゃまが乗ってきた公爵家の馬車を通り越してここまで来たことから、もう既に誰が来ているのかは分かっているだろう。それでなのか、やけに神妙な顔で荷馬車から降りて来るジェイデン。

 「兄さん…思い出してしまったんだね?」

 そう言ってジェイデンは、ガックリと項垂れた。
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