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第十一章・僕らの幸せ

86・二人の時間

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 僕はこの人を愛していたのかも知れない…そう思って戸惑う。
 何の躊躇もなく近づき、そして離れがたいとさえ思った。初めて会ったかのように、一切憶えていないこの人を…

 身体は正直に出来ている。そのことを身を以て本当なんだと感じる。兄弟のジェイにさえ抱き着く時は気恥ずかしさを感じるのに、この人の場合は当たり前かのように馴染む。まるで、いつだってこうしていたかのように…

 ──僕って、本当は抱き着き魔だったんだ。そして目の前のこの人が、嬉しそうにしているのを見て安心する。そして…

 「今日は突然訪ねて来てしまったから、エリオ…エリイも疲れただろう?私は今、アジャンタに滞在している。ジェイが戻って来るまで、私は毎日ここに訪ねて来よう!それくらいは…許してくれるね?」

 そう言って華やかな笑顔を向けてくるその人に驚いた…毎日?それもジェイが帰ってくるまで、後一週間はあるんだよ?って。だけど嬉しい気持ちもある。それはジェイが居なくて寂しいからなのか、この人にこれからも会えるのが嬉しいのかは分からない。それはジェイが帰ってくるまでにハッキリするだろうか…と思いながら頷いた。


 +++++


 あれから有言実行で、ジュリアスは毎日僕に会いにきている。最初は正直、あの美しい顔を見る度に緊張が走った。こんな田舎にあれほど美しい人などいない。本当美しいという理由だけで?と、自分でもよくわからない感情からだったように思う。だけど二日、三日と共に過ごしていると、心から安心している自分がいる。だからまるで何年も共に過ごしていたかのように思えてしまうから不思議だ。それで今日もドキドキしながらジュリアスの訪れを待っているんだ。

 「ほら!出来たぞ、乗ってみぃ」

 ぼうっとしながらそんなことを考えていた僕は、その声にビクリと身体を揺らす。そしてその声の方へと顔を向けて笑った。

 「マロリー爺さん、ありがとう!」

 隣の家に住む…といってもちょっと離れているが、お隣さんのマロリー爺さんが一人でポツンといる僕が寂しそうに見えたらしくって…庭の大きな木の枝を利用して、ブランコを作ってくれるって!別に僕はジェイが家に居ないからといって、黄昏ていた訳じゃないんだけど…その気持ちだけでも有難いって思う。実はジュリアスを待っていただけなんだけどね!へへへっ。

 それにしてもブランコなんて…きっとマロリー爺さん、僕のことを子供だと思ってるよね?そんなに僕って、小さく見えるんだろうか…

 だけどさ、これは素直に嬉しい!こんなブランコに乗るの夢だったんだよねぇ~
 それでマロリー爺さんにお礼を言って、早速乗って見る。
 ブランコに乗るなどいつぶりだろう?もしかして前に、乗ったことあったのかな?そう思いながら細長い木の板に、そっと尻を付ける。それから精一杯爪先立ちしながら後ろに引いた。それからバッ!と足を地から離した。

 ぐうーんと滑るように前に出て、それからまた後ろに戻る。それを繰り返すと、徐々にその幅が小さくなってやがて止まった。

 「これ…面白い!」

 そんな僕にマロリーさんはウンウン頷き、困ったことがあったらまたワシに言いなさいと、満足気に去っていく。それでジュリアスが来るまでの間、ブランコで遊んで待つことに。

 ──これ…どうやるんだったかな?ブランコを漕ぐ…んだったよね。なんとか見様見真似で脚を前後に動かして、大きくブランコが振れるようになった。するとうろの中にいたジャッキーが、器用にその縄を伝って僕の膝へと降りてきて…

 「わぁ~、何だかハ◯ジみたいだ!僕って前からあれに憧れてたんだよねー!」

 そう自分で言った後に、おやっ…と思う。ハイ◯って、誰よ?それにあれ…って?
 そうジャッキーの背を指で撫でながら考える。時々僕は、理由のわからない妄想をする。その時は決まって黒髪にジェイみたいに黒い瞳で、詰め襟のカッチリした黒い服を着ている。それに周りの人達もそんな感じなんだよねぇ。なんだろ…黒ずくめの組織なの?危ない集団なんだろうか…

 ──カサッ、コッッ

 そんなことを考えていたら、誰かの足音に気付く。その音の方へと顔を向けると…

 「ジュリアス!いらっしゃい~」

 僕はブランコからピョンと飛び降りて、ジュリアスの方へと駆け寄る。不思議だけど、顔を見るとワクワクしている自分がいて…

 「こんにちはエリィ。おやっ、ブランコかい?」

 「はい。お隣に住むマロリーさんが作ってくれたんです!」

 それから僕は、ジュリアスの手を引いてブランコの方へと連れて行く。それから「どうぞここに」と座ってもらう。すると意外にもジュリアスはブランコは初めてのようで、ちょっとだけ表情が固まっている。それに思わず笑ってしまって…

 「フフッ…もしかして初めてですか?大丈夫ですよ、僕がこうして後ろから支えていますから」

 そう言って、ジュリアスが縄を握る手を上からそっと掴む。それに少し驚いたジュリアスが、背後に立つ僕の顔を見上げて…とっても嬉しそうな顔をした。

 ──きゅん!ダメだ…トキメキが止まらないよ?何で僕って、この人をこんなにも好きなんだろう?って思う。やはり前からなのかなぁ。

 この家で初めて会った時、あの宝石のような瞳をウルウルさせながら哀しそうに僕を見ていたジュリアス。最近ではそれもなくなり、本当に嬉しそうに微笑んでくれるんだ!そのことに幸せを感じて…もう愛しているんだと思う。記憶はないけれど、きっと以前からこの人を愛していた。それは僕だけの感情なのかそうじゃないのかは分からないが、僕にだって愛する人がいた事実が嬉しいと感じる。

 その愛するジュリアスの手をぎゅっと握ったまま、少しだけブランコが前後するように動かした。

 「上手ですよ!楽しいですか?」

 「うん。初めてだけど、エリィが一緒だからね」

 そう言って笑い合って、そんな二人の時間を楽しむ僕達。それからピューッと風が吹いて来て、ジュリアスが風邪を引いてしまうと大変だから家の中でお茶でもと誘う。それで立ち上がったところで…誰かがこちらへと駆けてくる足音が聞こえる。

 「坊ちゃま!ジェイデンが帰って来たようです」

 その突然の大声に驚いて、その声の主の方へと振り向く。ジェイデン?ジェイのことなのかな…そう思ってマジマジと見つめる。ジュリアスがこの家から少し離れたところに馬車を止め、そこから歩いてここまで来ているのを知っていた。それに御者らしい人が共に来ていたのも。だけどその人は、一度もここまで来ることは無かった。だから初めて会う筈なんだけど…この人も、見たことがあるような気がする。
 背の高いガッチリとした体格の大きな声の人物。だけど表情は凄く優しくて…それに僕を見て、泣きそうな顔をしている。この人も物凄く気になるが、僕はまた違うことで愕然としていた。それは…

 ──坊ちゃま…だって?なんだろう…この言葉が異様に気になる。恐らくジュリアスのことを指すだろうこの『坊ちゃま』という呼び名。それが信じられないくらい心に響いている。

 「ぼ、坊ちゃま?」

 思わずそう呟いて、ジュリアスを見つめた。
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