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第十章・不思議の国のエリィ

84・ジェイの出発

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 フライパンに油を引いて、分厚いハムを焼く。ジュージューと焼色が付いてきたら、その上に卵をパカッと割り落とした。そしてちょっと火を弱めて、蓋をする。蒸し焼きにして、もういいかな?って蓋を開けると…モアっと美味しそうな湯気が立って…出来上がりっ!

 「ジェイ、朝食が出来たよ~早くおいで」

 それにジェイは、まだ眠そうに目をこすりながらキッチンへとやってくる。

 「おはよー兄さん。昨日寝るのが遅くなっちゃったからさ、まだ眠くって…」

 最近ジェイは、制作に何日もかかるような大作を取り掛かっていた。何でも例のギルドに依頼されたとかで、流石のジェイもそれに困難を極めて…。魔道具といっても、イマイチどうやって作るのか僕は知らないけど、こうやって産みの苦しみを味わって出来た物が、目ん玉が飛び出るほど高くても仕方がないと思った。

 「体調は大丈夫なのか?それがまだ続くんだったら、これ以上は心配なんだけど…」

 もう何日も僅かな睡眠時間で働き詰めのジェイは、少し情けない顔をしながら、フーッと溜め息を吐いた。

 「もうすぐ完成しそうなんだ。だけど今回はちょっと時間がかかり過ぎたから…直ぐに王都まで運ばないと!納期ギリギリになっちゃって…」

 「そうなの?それは大変だ!休むまもなく行かないといけないんだね?準備も急がないと」

 テーブルに座ったジェイに、白パンを渡しながらそう言う。渡した後で、待てよ?もっと精をつけないと!と、もう一つパンを皿に置く。それから作り立てのハムエッグもね!

 「あのね、実は前から思ってたんだけど、僕も王都へついて行ってもいいかな?一度また行ってみたいと思ってるんだけど…どう?」

 意を決して聞いてみる。冬は無理だろうけど、今はまだ暖かい。もちろんジェイがお世話になっているギルドのオーナーも気になるが、実はもう一つ。僕が怪我をしたところに行ってみたいと思っている。ジェイが王都で住んでいた家の…そう思って、ハッと気付いた。それならさ、僕って何処に住んでいたのかなぁ?
 確かジェイはアジャンタで、僕らは一緒に住んでいなかったと言っていた。僕が怪我をして、このルンダ村に来るまでは…ということは、それまでは一人で何処かに住んでいたという事になる。おまけにあの日の、喧嘩した理由だって聞いてないし…

 何処かで住み込みで働いていた…ってことはないだろうか?それとも結婚してたとか…?流石にそれはないだろ!?
 想像しだすと止まらないが、もしも再び王都に行くとこが出来たら、何か思い出すかも知れないし。そう思ってジェイを見ると、何だか渋い顔をしている。「は、反対なの?」と恐る恐る聞いてみる。

 「兄さん、王都まで二日かかるんだよ?アジャンタ行きの半日でさえあんなことになったのに、行けると思う?乗り合い馬車で行くには安全とは言えないし、貴族が乗るような立派な馬車でもないと…無理じゃない?」

 ──ご指摘ごもっとも!そうだよね…行きたいけど、遠すぎるんだよ…

 こっちに来た時は、怪我をしていたこともあって、ジェイは知り合いに頼んで、御者付きの大きな馬車を借りてくれた。そのおかげで快適だったし、頭が痛すぎて他の痛みは気にならなかったんだ。それがこっちから王都へ…ってなると、それだけ立派な馬車などそもそも無くて…せいぜいマロリー爺さんの荷馬車を借りれるくらいだ。この前のアジャンタくらいの規模の街なら、もう少しマシな馬車を借りれるんだけど…

 「だからさ、今回は我慢して!大きな仕事だし安全に運びたいんだ。そのうち小さな物を王都まで…って仕事もあるだろうから。その時は一緒に行こう!ねっ?」

 それに僕は、渋々頷く。今回は諦めて、次の機会を待とうと思った。これ以上の問答は、更にジェイを疲れさせてしまうし。それから僕は気持ちを切り替えて、ジェイの王都行きの準備を手伝う。そして出発の日…

 
 「兄さん、危ないことはしないように!分かった?」

 「わ、分かった…」

 僕って、どれだけ信用ないのって思う。最近はそれなりに、しっかりしてきたつもりだけど?なんか複雑…

 「帰りはお土産沢山買って帰るからね?では、行ってきます!」

 そう言ってジェイは、王都へと旅立った。往復四日ほど移動にかかって、それから何日か王都で過ごしてからだと、帰るのは一週間以上かかるだろう。これほど長い間、一人で過ごすのは初めてで…ちょっと不安だ。だけどジャッキーもいるし、なんとかなる!そう思って、ジェイが見えなくなるまで手を降っていた。


 +++++


 「一人だと、料理もしなくなる…って、ホントだねぇ…」

 一人、ボンヤリとしてそう呟く。ジェイが出発してから二日が経った。元々狭い家でも、一人だと広く感じる。それに殆どやる事もなくて…
 食事に洗濯も、一人分だとあっという間に終わってしまう。それで今、ジャッキー用のヒマワリの種を収穫している。
 夏の間に咲かせたヒマワリが沢山種を付けた。花が終わってから真っ黒になるまで放って置いて、ちょうど今種が採れる時期になっている。それで大分萎れたヒマワリを、根ごと引き抜いて種だけを取る。

 「チチッ、チ、チチ、チッ」

 ジャッキーがゴキゲンで、僕の周りを回っている。それに微笑んで持っている種を渡す。それを器用に硬い殻を破って、中の白くて柔らかい部分だけを食べている。それを見ていると楽しくなって、笑いながら何度も繰り返した。

 「すみません…」

 突如、そんな声が聞こえる。この村に住んでいる者で、そんな呼び掛けをする人はいない。
やあ!…とか、おーい!…とかそんな感じ?それに少し驚いて、その声の方へと見上げる。

 「あ、あなたは!」

 僕は度肝を抜かれる!そこには見たこともないくらい美麗な人が立っていた。
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