上 下
84 / 95
第十章・不思議の国のエリィ

83・普通だけど楽しい日常

しおりを挟む
 「かぁ~わいそーなエリイ、売られていーくよぉ~」

 またまた独特の節でそう歌った。何でって?それはまさにそんな状況だからだ。
 あれから僕は胸がドキドキしながらも、疲れには勝てなくって、いつの間にか完全に眠りに落ちていた。起きたら朝だった…ってやつ?
 
 それから慌ただしく帰る用意をして、宿屋を出なければならなかった。
 外に出るとそこは祭りのあとで、人々は疲れて眠り呆けているのかほぼ人が居ない。そんな中僕達は家に帰ろうと荷馬車に乗り込んだ。うーんと、乗り込めたら良かったんだけどね?僕のお尻は限界を迎えていた。なかなかに腫れて、とてもじゃないけど座れない。無理せずに大人しくしていればまだ良かったんだろうが、踊りに参加なんかしちゃったおかげで腫れに腫れた。完熟の桃くらいに…ううっ!

 それで苦肉の策で荷台の方に敷物を敷いて、そこに寝そべり只今出荷されて行くところで…ハハハッ、情けない。

 「兄さん、本当に大丈夫?荷台の方がガタガタしないかなぁ。それに兄さんを売ったりしないから!」

 そう焦りながらジェイが振り返って、いいからいいから!と手を振った。エリイお得意のお約束、It's a joke !と笑う。
 荷台に呑気に寝そべって、空を見上げれば陽が燦々と降り注いでいる。だけどジェイが言うように、荷馬車が道の石や段差に車輪が取られるたびにガタガタ揺れて、その度にウッ!となる。

 「それでジェイさ、魔法石はどのくらい仕入れたの?前から不思議だったんだけど、あんな高価な物を買うお金ってどこから…」

 前からそう思っていた。魔道具を売ったお金だろうと思うけど、それだと事前に自分で魔法石を買わなければならない。売れた時に後で回収出来るとしても、先立つお金がなければ…と思うんだが。それに僕のせいで新しく家を買い、家財道具なども揃えないといけなくなったし。そう心配するとジェイは…

 「それはね、死んだ母さんと関係がある。馬車の事故で亡くなったって言ったよね?その時一緒に乗っていたのが、その当時母さんが付き合っていた人だ。その人との結婚も考えていたんじゃないのかな?まあ、悪く言うと金づるだよ。その人はギルドを運営している裕福な平民でさ、その人だけ無事だったんだけど母さんの死に責任を感じて…だから御見舞金を渡された。それを使って買ってるんだ。ちなみに魔道具を売っているのもそのギルドなんだよ」

 それは初耳だった…っていうか、ジェイの口から母の話自体聞かない。どんな人だったとか興味があるけど、ジェイの様子から碌でもない人なんだろうな…。もはや亡くなった人だし、ジェイが話すのが嫌なら聞かなくてもいいかとそのままにしていた。それならなるほど…と思う。

 「そうなんだ…分かった。もうこれ以上聞かないよ!ジェイが無理してるんじゃないかと心配になっただけだし。さあ、そろそろルグル村が見えてくるかな?ジャッキーが待ち構えてるだろうなぁフフッ」

 僕はジャッキーがお迎えに来てくれる様子を想像して笑った。チョロチョロと忙しなく動いて、僕の身体を登ってくるに違いない。そしてあの綿毛のような尻尾に頬ずりしようって…ん?そういえば僕は、ああいうふわふわとしたものに目がない。可愛いんだよね~
 そう思ってワクワクし、家に帰り着くのが楽しみになった。ただ一つの気がかりを除いて…

 そして昨日の夜のことを思い浮かべる。僕が寝ていると思い込んで、ジェイが呟いていた言葉を。

『ジュリアスが来たのか…?アイツ、諦めてはいないのだろうか…』

 ジェイは確か、そう言っていた。どういう意味なんだろうか…ジュリアス、諦める?
 それに恐らく人の名前だろう『ジュリアス』。その名を聞いただけで動悸が止まらない!それは何故なの?そのことが今僕に起きている不思議な感覚に、関係している気がする。そしてそれは、間違いないだろうことも…。だけど僕を一番迷わせるのは、それを聞いていいの?ってことだ。あのジェイの様子を思い出すと、それが最善とは思えずに…僕がそれを聞いたことは、秘密にしよう!それが僕の出した答えだ。ただ漠然と思うのは、もう少し待とうということ。いずれそのことを聞く時がくるだろうけど、今はその時ではない…そう結論付けた。


 +++++


 それから僕達の、普通だけど楽しい日常が過ぎていき、春から夏になり、そして今は秋になろうとしている。ジェイから聞くところによると、あの怪我をした日が僕の誕生日だったそうで、あれからもうすぐ一年になるのか…あっという間だったなと感慨深い。怪我のせいでちんちくりんだった髪も大分伸びて、寝癖に間違えられることも少なくなった。僕はといえば、残念ながら記憶が戻ることはなかったけど、そろそろ何処かで働いてみたらいいんじゃ?と思っている。ジェイにそう話してみたら、大反対で…兄さんは家事をしてくれてるんだからいいんだよ?とか言われてしまった。だけどさ、いつまでも弟の脛を齧っているのもどうなのよ?って思うんだよねぇ…

 最近ジェイは、工房に籠もりきりになっている。何か大きな仕事を任せられているようだ。出来上がると王都にあるギルドに売りに行くんだけど、今度僕も一緒に行ってみようかと密かに思っている。そこで何処か働き口を見つけられたら…って。ここでの生活は大好きだけど、そうすればジェイも、二日もかけて売りに行く必要がなくなるし。僕は決心した…一年が経ったら、行動を起こさなきゃ!って。

 僕がそう決意を新たにしているそんな裏で、実はジェイも決心していることがあった。それにあの人も…
 ただ、僕はこの時そんなこととは全く思わずに、将来の僕達の姿を思い描いていたんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。

柴傘
BL
侯爵令息であるシエル・クリステアは第二王子の婚約者。然し彼は、前世の記憶を持つ転生者だった。 シエルは王立学園の卒業パーティーで自身が断罪される事を知っていた。今生きるこの世界は、前世でプレイしていたBLゲームの世界と瓜二つだったから。 幼い頃からシナリオに足掻き続けていたものの、大した成果は得られない。 然しある日、婚約者である第二王子が主人公へ告白している現場を見てしまった。 その日からシナリオに背く事をやめ、屋敷へと引き篭もる。もうどうにでもなれ、やり投げになりながら。 「シエル・クリステア、貴様との婚約を破棄する!」 そう高らかに告げた第二王子に、シエルは恭しく礼をして婚約破棄を受け入れた。 「じゃあ、俺がシエル様を貰ってもいいですよね」 そう言いだしたのは、この物語の主人公であるノヴァ・サスティア侯爵令息で…。 主人公×悪役令息、腹黒溺愛攻め×無気力不憫受け。 誰でも妊娠できる世界。頭よわよわハピエン。

【完結】あなたの妻(Ω)辞めます!

MEIKO
BL
本編完結しています。Ωの涼はある日、政略結婚の相手のα夫の直哉の浮気現場を目撃してしまう。形だけの夫婦だったけれど自分だけは愛していた┉。夫の裏切りに傷付き、そして別れを決意する。あなたの妻(Ω)辞めます!  すれ違い夫婦&オメガバース恋愛。 ※少々独自のオメガバース設定あります (R18対象話には*マーク付けますのでお気を付け下さい。)

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

処理中です...