上 下
83 / 95
第十章・不思議の国のエリィ

82・その名を聞くと

しおりを挟む
 その匂いを辿ろうと、感覚を研ぎ澄ませようとした。だけどこれだけの人の中、それは容易ではなくて…

 ──誰だ?そして、どこにいる?

 踊りの輪の中にいて、身動きも出来ずにキョロキョロする。焦る気持ちとは裏腹に、この場は沢山の匂いに溢れている。
 人々の体臭に、踊りで巻き上げられた土埃。焼けた肉に、飲まずとも酔っぱらってしまいそうな酒の匂い。その数々が、その懐かしい匂いを掻き消してしまう。そしていつしか、消えてなくなった…

 「ああ、分かんなくなっちゃったか」

 そう呟いてガックリと肩を落とす。すると、誰かが僕の肩をポン!と叩いて…

 「エリイにジェイ!踊りに参加していたんだね?」

 いつの間にか踊りの輪から飛び出ていた僕達。それで気付いたようで、ルーカスは声をかけて来た。少し酔っ払らっているのか、顔が真っ赤だ。

 「はい、楽しませていただきました!このアジャンタは凄く活気があって良い街ですね。それに皆さん、この地に深い愛情があって…この祭を見て本当にそう思います」

 僕が笑顔でそう言うと、ルーカスは嬉しそうな顔をする。だけど次の瞬間…えーっと、何で?

 「グシュッ。そうなんだ…ぐあっ、ハァ…愛情が、溢れ、てんだよ!うわぁ~っ」

 ルーカスがそう言って、その後何故だかオイオイと泣き崩れる。

 ──おいおい…溢れてんのは、あんたの涙でしょ?泣き上戸って、凄く迷惑なんだよなぁ。
 
 それには若干引きぎみの僕。そして何を思ったのかルーカスは、突然僕にガバっと抱きついた…はあっ?

 「な、なんだぁ?おい!ヤメロよ~」

 「ルーカスさん、おやめください!兄を早く離して下さい」

 ──ゾゾゾゾーッ!っと、悪寒が走った。
 
 ルーカスに抱き締められた瞬間、得も言われぬ感覚が…酒臭いからなのか、ルーカス本人に拒否反応なのかは分からない。そして、その初めての感覚に狼狽える。ジェイとだと全然大丈夫なのに、他人だからかな?意外に僕は潔癖なんだろうか…とを考えていると、またまたルーカスが、あろう事が僕の頭を撫でてきて…キャーッ!ヤメてぇ~

 「あ、痛っ!」

 わざとではないだろうが、その手が頭の傷に触れる。半年前は目立つものだったそれも、今では少し髪も伸びて殆ど見えなくなっている。ただ傷のせいで分け目が浮いて見えるというか、寝癖みたいに見えて困ってるくらい?
 知らない人から見たら、いつも寝癖がついてる人だと思われてるかもね…
 
 「兄さんは少し前に頭を怪我したんです。だから頭を撫でるのも禁止です!」

 そう怒った顔でルーカスに伝えるジェイ。一応ルーカスって貴族だから、怒って大丈夫かなと心配になるが…だいぶ酒を飲んでいるから覚えてないか?

 「そうなの?ごめんね!それお詫びにあげるから」

 ふらふらと千鳥足のルーカスが、意外にも素直に謝る。もーう!仕方ないな…と思っていると、ポケットから何かを出して、僕の手に無理矢理それを握らせる。何だ?と、その手を開いてみると…

 「ま、魔法石!そんな無造作にポケットに突っ込んでおく…ものなの?」

 僕の手の平には、オレンジの魔法石が乗っている。親指の先ほどの小さいものだが、これだけでも相当な金額がする筈だけど…

 「どうぞどうぞ、気分がいいから、あげちゃう!」

 あげちゃう!…じゃないでしょうよ?これ一つで、確か僕達の家くらい買えるんじゃないかな?まあ、くれるってーんなら貰っておく?ジェイのためにも…とその気になってくる。それに、抱き着いたことへの慰謝料だと思っておこう!
 その予想外のプレゼントにシメシメとポケットに突っ込んだ。それから目の前のルーカスを見ると、何か不思議な感覚に襲われる。

 ──この人、今日初めて会った筈なんだけど、見てるとなんか腹立つんだよねぇ。酒癖は悪いけど、基本的には貴族だと偉そうにしていないし、いい人だと思うんだけど…もしかして、何処かで会ったことがあったんだろうか?

 そう思ってルーカスをマジマジと見ていると、そのルーカスは突然顎に手をやりながら、何か悩みだして…

 「そういえばさっき、頭を怪我した貴族の男性を知らないかと、商会を訪ねて来た人がいたなぁ…まさか違うよね?」

 そう問われてドキッとする。貴族?…だったら僕とは関係はない。なのに、過剰に反応してしまった。どうしてなのかは自分でも分からない!だけど、違う…よね?

 「その方が探されてるのは貴族でしょう?それなら絶対に違います。ちなみに、その聞いてきた人はどこに…」

 突然ジェイが、焦った様子で質問する。それに僕は面食らって…

 「うん?ああ、あの人なら祭を見てみたいって。その辺にいるんじゃないのかな…」

 その答えに、ジェイは辺りをキョロキョロと見回した。僕はそんな行動をしだしたジェイを不思議そうに見ていた。どうしたんだろう?と思いながら…。ジェイはかなり落ち着かない様子で、何故かガタガタと震えだして…

 「ジ、ジェイ?具合が悪いの?早く帰らないと!」

 僕は顔色の悪いジェイを連れて、歩き出す。かなり汗をかいていたし、今は逆にそれで身体が冷えてしまったのかも知れない。温かいお湯に浸かって温めないと!そう思って…

 宿屋に帰り着いた僕達は、行水用の湯を頼んで自分達の部屋へと入った。それからタライにたっぷりの湯を張って貰って…
 顔が青いままのジェイに、その湯に浸かるように促した。ジェイは力無く頷いて、素直に洗面所へと入って行く。

 それに少しだけホッとすると、ドッと疲れが襲ってくる。早朝からの移動の疲れと、踊った疲れがいっぺんに襲ってきて。それで、僕はちょっとだけだからとベッドに寝転んだ。だけどちょっとの筈が、いつの間にか寝てしまって…

 突如聞こえる、ガタガタという音にハッと目が覚める。どのくらい時間が経ったのだろう?それ程経ってはいない筈だけど…
 そう思ってパチっと目を開くと、少し離れたところにあるソファにジェイが腰掛けているのが見える。寛いだ様子で、ソファに身体を預けるように座って。それに安心して、湯冷めするから早くベッドに入るように言わなくては…と思っていると…

 「ジュリアスが来たのか…?アイツ、諦めてはいないのだろうか…」

 そう微かに呟くジェイ。その言葉を聞いた瞬間、僕の胸はドクン!と跳ねた。な、何故だろう?

 ──ジュリアス…その名を聞くと、僕の胸が早鐘を打つ。ドクドク…ドクドク。なんだ、これ…

 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

処理中です...