上 下
80 / 95
第十章・不思議の国のエリィ

79・一つの手がかり

しおりを挟む
 ──トン、トン。

 「どうした?」

 突然のノックに、そう返した。今日は誰とも会う予定などなかった筈だが…と訝しく思う。

 「坊ちゃま、お客様が来られています。アノー伯爵代理であるとおっしゃっていますが…どうなさいますか?」

 その言葉に驚き、書きかけの手紙がインクで滲む。その名を聞いて、自分が思っていた以上に動揺したのが分かる。普段ならばそれに腹立ちを覚えて、その原因を取り去ろうとしただろう。だが、今回は違う…

 「お通ししてくれ!この執務室で会おう」

 「承知しました。こちらへご案内致します」

 執事のスミンがそう落ち着いた声を出し、流石だな…って思う。内心は私と同じで、逸る気持ちが抑えられないだろう。そしてここにいるアルベルトも…

 「坊ちゃま、アノー伯爵代理といえば、エリオットと父親ですね?行方不明になって直ぐの時に会った時は、動揺して話になどならなかったのですが…。何か思い出したことでも、あったのでしょうか?」

 そうアルベルトに問われ私も同じ気持ちで、それを期待している自分がいる。何か小さな手がかりでもいい!どんなに些細なものでも…と。
 
 エリオットの行方が分からなくなってから、そろそろ半年。その間私は、考えられる可能性の一つ一つをしらみ潰しにあたった。だが…依然として行方は掴めず、おまけに手がかりさえもなくて…だけど、諦めるわけにはいかない!

 学園を退学することも一時考えた私だが、もしもエリオットが帰って来た時それを悲しむだろうと、平日は学園に通い週末だけ公爵邸へと帰って、エリオットの捜索にあたっている。最近は何か違う角度から考えてみる必要性を感じていて…。もしもこのタイミングで、何か情報が得られればいいのだが…

 「アノー伯爵代理様がいらっしゃいました。」

 私専用の執務室の前から、そう声が響く。それに私は「どうぞお入り下さい」とこたえて、目の前の扉を見つめる。

 ──ガチャリ…

 扉の向こうから現れたのは、
鮮やかな赤い髪の人物。歳からだろう白いものが混じっているのが分かるが、その印象は大きく変わることはない。眉間に刻まれた深い皺と真一文字に閉じられた唇。それらは元騎士だというのを物語るかのように存在する。そして、夜の底のような真っ黒の瞳で…

 「アノー伯爵代理様、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらに」

 執務室にあるソファに座るようにと促し、私はその対面に迷わず座る。その背後にはアルベルトが、当たり前のようにスッと立つ。そして…

 「突然の訪問で申し訳ありません!実は…エリオットの件で、一つだけ気にかかることが…」

 アノー伯爵代理の思ったよりも低い声が響く。それに私の胸はドクドクと早鐘を打った。それを隠して、静かにその人を見つめて問う。

 「どういうことでしょうか?どんなに些細な事でも、包み隠さずお話し下さい」

 それにその黒い瞳を見開き、一つ二つ頷いた伯爵代理が、「実は…」と話し出す。

 「ご存知のようにあの宿屋の建物は、何年も放ってありました。そこに誰かが黙って暮らしていた痕跡が見つかりましたが、浮浪者が住みついていたのだと思っていました。だけどあのようなことがあったところです…だから思い切って建物を解体しようと決心し、片付けていたところ奥の部屋から極微量な魔法石の欠片が見つかりました」

 「魔法石の、欠片だと?」

 私は困惑した…あの血が流れていたホール部分は隅々まで手がかりを探した。ただ、奥の部屋にエリオットが立ち入った形跡は無かった。だから恐らく、あの宿屋に住み着いていた者と鉢合わせし、それで何か理由があって揉み合いになったのではないかと判断したのだが…。魔法石というのは、誰もが手に入れられるものではない。それに奥の部屋…ということになると、その住み着いていた浮浪者が持っていたということになる。それならそもそも、浮浪者ではなかったのだろうか?

 「はい、真っ赤な魔法石の欠片です。その魔法石で思い出すのは、私の息子です。エリオット、イーライ、その下の息子のジェイデンのことです。このジェイデンというのが、親の私が言うのははばかれることなのですが、凄く頭の良い子です。伯爵家に引き取る前には、母親が魔法石を息子に与えて魔道具を作らせ、それで儲けていたと聞いています。ですので…もしかしてあそこに住んでいたのは、ジェイデンかも知れません!」

 私はそう聞いて、あの時を思い出した。学園に呼び出され、挑むような視線を向けられ対峙したあの時を。

 「ではエリオットを攫ったのは、弟のジェイデンではないかとおっしゃるのですか!?それは一体、何の為に…」

 その思ってもない事実に愕然とした。だけど住んでいたのは弟だとして、怪我をした兄を隠す必要などあるだろうか?と思うが…
 
 それに目の前の伯爵代理は、苦しそうに顔を歪める。その顔見ていると、一つ疑問が浮かぶ。エリオットから、当時のアノー伯爵家で起こったことを詳しく話してもらったが、その時感じたのはエリオットは父親から愛して貰えなかった事実。唯一愛してくれていた母親が亡くなり、その後は家族から愛されず孤独の中に生きていたのだと…

 ──だけど、それは違うのではないのか?何故だかそう感じる。

 この口下手そうな男が、ここままで語るのは珍しいことなんだろう。少し手が震えていて、それを反対の手でぎゅっと握っている。それがエリオットの為に話さなくては!という強い意志からの行動なんだということが見て取れる。

 あの次男のイーライでさえも誤解からずっと疎遠だったが、その後誤解が解けて本当の兄弟のようになっている。もしかして、この父親もではないか?そしてそれは、もう一人の弟ジェイデンもかも知れない…
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

ヒロインの兄は悪役令嬢推し

西楓
BL
異世界転生し、ここは前世でやっていたゲームの世界だと知る。ヒロインの兄の俺は悪役令嬢推し。妹も可愛いが悪役令嬢と王子が幸せになるようにそっと見守ろうと思っていたのに…どうして?

風紀委員長様は王道転校生がお嫌い

八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。  11/21 登場人物まとめを追加しました。 【第7回BL小説大賞エントリー中】 山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。 この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。 東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。 風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。 しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。 ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。 おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!? そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。 何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから! ※11/12に10話加筆しています。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

処理中です...