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第十章・不思議の国のエリィ
79・一つの手がかり
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──トン、トン。
「どうした?」
突然のノックに、そう返した。今日は誰とも会う予定などなかった筈だが…と訝しく思う。
「坊ちゃま、お客様が来られています。アノー伯爵代理であるとおっしゃっていますが…どうなさいますか?」
その言葉に驚き、書きかけの手紙がインクで滲む。その名を聞いて、自分が思っていた以上に動揺したのが分かる。普段ならばそれに腹立ちを覚えて、その原因を取り去ろうとしただろう。だが、今回は違う…
「お通ししてくれ!この執務室で会おう」
「承知しました。こちらへご案内致します」
執事のスミンがそう落ち着いた声を出し、流石だな…って思う。内心は私と同じで、逸る気持ちが抑えられないだろう。そしてここにいるアルベルトも…
「坊ちゃま、アノー伯爵代理といえば、エリオットと父親ですね?行方不明になって直ぐの時に会った時は、動揺して話になどならなかったのですが…。何か思い出したことでも、あったのでしょうか?」
そうアルベルトに問われ私も同じ気持ちで、それを期待している自分がいる。何か小さな手がかりでもいい!どんなに些細なものでも…と。
エリオットの行方が分からなくなってから、そろそろ半年。その間私は、考えられる可能性の一つ一つを虱潰しにあたった。だが…依然として行方は掴めず、おまけに手がかりさえもなくて…だけど、諦めるわけにはいかない!
学園を退学することも一時考えた私だが、もしもエリオットが帰って来た時それを悲しむだろうと、平日は学園に通い週末だけ公爵邸へと帰って、エリオットの捜索にあたっている。最近は何か違う角度から考えてみる必要性を感じていて…。もしもこのタイミングで、何か情報が得られればいいのだが…
「アノー伯爵代理様がいらっしゃいました。」
私専用の執務室の前から、そう声が響く。それに私は「どうぞお入り下さい」とこたえて、目の前の扉を見つめる。
──ガチャリ…
扉の向こうから現れたのは、
鮮やかな赤い髪の人物。歳からだろう白いものが混じっているのが分かるが、その印象は大きく変わることはない。眉間に刻まれた深い皺と真一文字に閉じられた唇。それらは元騎士だというのを物語るかのように存在する。そして、夜の底のような真っ黒の瞳で…
「アノー伯爵代理様、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらに」
執務室にあるソファに座るようにと促し、私はその対面に迷わず座る。その背後にはアルベルトが、当たり前のようにスッと立つ。そして…
「突然の訪問で申し訳ありません!実は…エリオットの件で、一つだけ気にかかることが…」
アノー伯爵代理の思ったよりも低い声が響く。それに私の胸はドクドクと早鐘を打った。それを隠して、静かにその人を見つめて問う。
「どういうことでしょうか?どんなに些細な事でも、包み隠さずお話し下さい」
それにその黒い瞳を見開き、一つ二つ頷いた伯爵代理が、「実は…」と話し出す。
「ご存知のようにあの宿屋の建物は、何年も放ってありました。そこに誰かが黙って暮らしていた痕跡が見つかりましたが、浮浪者が住みついていたのだと思っていました。だけどあのようなことがあったところです…だから思い切って建物を解体しようと決心し、片付けていたところ奥の部屋から極微量な魔法石の欠片が見つかりました」
「魔法石の、欠片だと?」
私は困惑した…あの血が流れていたホール部分は隅々まで手がかりを探した。ただ、奥の部屋にエリオットが立ち入った形跡は無かった。だから恐らく、あの宿屋に住み着いていた者と鉢合わせし、それで何か理由があって揉み合いになったのではないかと判断したのだが…。魔法石というのは、誰もが手に入れられるものではない。それに奥の部屋…ということになると、その住み着いていた浮浪者が持っていたということになる。それならそもそも、浮浪者ではなかったのだろうか?
「はい、真っ赤な魔法石の欠片です。その魔法石で思い出すのは、私の息子です。エリオット、イーライ、その下の息子のジェイデンのことです。このジェイデンというのが、親の私が言うのは憚れることなのですが、凄く頭の良い子です。伯爵家に引き取る前には、母親が魔法石を息子に与えて魔道具を作らせ、それで儲けていたと聞いています。ですので…もしかしてあそこに住んでいたのは、ジェイデンかも知れません!」
私はそう聞いて、あの時を思い出した。学園に呼び出され、挑むような視線を向けられ対峙したあの時を。
「ではエリオットを攫ったのは、弟のジェイデンではないかとおっしゃるのですか!?それは一体、何の為に…」
その思ってもない事実に愕然とした。だけど住んでいたのは弟だとして、怪我をした兄を隠す必要などあるだろうか?と思うが…
それに目の前の伯爵代理は、苦しそうに顔を歪める。その顔見ていると、一つ疑問が浮かぶ。エリオットから、当時のアノー伯爵家で起こったことを詳しく話してもらったが、その時感じたのはエリオットは父親から愛して貰えなかった事実。唯一愛してくれていた母親が亡くなり、その後は家族から愛されず孤独の中に生きていたのだと…
──だけど、それは違うのではないのか?何故だかそう感じる。
この口下手そうな男が、ここままで語るのは珍しいことなんだろう。少し手が震えていて、それを反対の手でぎゅっと握っている。それがエリオットの為に話さなくては!という強い意志からの行動なんだということが見て取れる。
あの次男のイーライでさえも誤解からずっと疎遠だったが、その後誤解が解けて本当の兄弟のようになっている。もしかして、この父親もではないか?そしてそれは、もう一人の弟ジェイデンもかも知れない…
「どうした?」
突然のノックに、そう返した。今日は誰とも会う予定などなかった筈だが…と訝しく思う。
「坊ちゃま、お客様が来られています。アノー伯爵代理であるとおっしゃっていますが…どうなさいますか?」
その言葉に驚き、書きかけの手紙がインクで滲む。その名を聞いて、自分が思っていた以上に動揺したのが分かる。普段ならばそれに腹立ちを覚えて、その原因を取り去ろうとしただろう。だが、今回は違う…
「お通ししてくれ!この執務室で会おう」
「承知しました。こちらへご案内致します」
執事のスミンがそう落ち着いた声を出し、流石だな…って思う。内心は私と同じで、逸る気持ちが抑えられないだろう。そしてここにいるアルベルトも…
「坊ちゃま、アノー伯爵代理といえば、エリオットと父親ですね?行方不明になって直ぐの時に会った時は、動揺して話になどならなかったのですが…。何か思い出したことでも、あったのでしょうか?」
そうアルベルトに問われ私も同じ気持ちで、それを期待している自分がいる。何か小さな手がかりでもいい!どんなに些細なものでも…と。
エリオットの行方が分からなくなってから、そろそろ半年。その間私は、考えられる可能性の一つ一つを虱潰しにあたった。だが…依然として行方は掴めず、おまけに手がかりさえもなくて…だけど、諦めるわけにはいかない!
学園を退学することも一時考えた私だが、もしもエリオットが帰って来た時それを悲しむだろうと、平日は学園に通い週末だけ公爵邸へと帰って、エリオットの捜索にあたっている。最近は何か違う角度から考えてみる必要性を感じていて…。もしもこのタイミングで、何か情報が得られればいいのだが…
「アノー伯爵代理様がいらっしゃいました。」
私専用の執務室の前から、そう声が響く。それに私は「どうぞお入り下さい」とこたえて、目の前の扉を見つめる。
──ガチャリ…
扉の向こうから現れたのは、
鮮やかな赤い髪の人物。歳からだろう白いものが混じっているのが分かるが、その印象は大きく変わることはない。眉間に刻まれた深い皺と真一文字に閉じられた唇。それらは元騎士だというのを物語るかのように存在する。そして、夜の底のような真っ黒の瞳で…
「アノー伯爵代理様、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらに」
執務室にあるソファに座るようにと促し、私はその対面に迷わず座る。その背後にはアルベルトが、当たり前のようにスッと立つ。そして…
「突然の訪問で申し訳ありません!実は…エリオットの件で、一つだけ気にかかることが…」
アノー伯爵代理の思ったよりも低い声が響く。それに私の胸はドクドクと早鐘を打った。それを隠して、静かにその人を見つめて問う。
「どういうことでしょうか?どんなに些細な事でも、包み隠さずお話し下さい」
それにその黒い瞳を見開き、一つ二つ頷いた伯爵代理が、「実は…」と話し出す。
「ご存知のようにあの宿屋の建物は、何年も放ってありました。そこに誰かが黙って暮らしていた痕跡が見つかりましたが、浮浪者が住みついていたのだと思っていました。だけどあのようなことがあったところです…だから思い切って建物を解体しようと決心し、片付けていたところ奥の部屋から極微量な魔法石の欠片が見つかりました」
「魔法石の、欠片だと?」
私は困惑した…あの血が流れていたホール部分は隅々まで手がかりを探した。ただ、奥の部屋にエリオットが立ち入った形跡は無かった。だから恐らく、あの宿屋に住み着いていた者と鉢合わせし、それで何か理由があって揉み合いになったのではないかと判断したのだが…。魔法石というのは、誰もが手に入れられるものではない。それに奥の部屋…ということになると、その住み着いていた浮浪者が持っていたということになる。それならそもそも、浮浪者ではなかったのだろうか?
「はい、真っ赤な魔法石の欠片です。その魔法石で思い出すのは、私の息子です。エリオット、イーライ、その下の息子のジェイデンのことです。このジェイデンというのが、親の私が言うのは憚れることなのですが、凄く頭の良い子です。伯爵家に引き取る前には、母親が魔法石を息子に与えて魔道具を作らせ、それで儲けていたと聞いています。ですので…もしかしてあそこに住んでいたのは、ジェイデンかも知れません!」
私はそう聞いて、あの時を思い出した。学園に呼び出され、挑むような視線を向けられ対峙したあの時を。
「ではエリオットを攫ったのは、弟のジェイデンではないかとおっしゃるのですか!?それは一体、何の為に…」
その思ってもない事実に愕然とした。だけど住んでいたのは弟だとして、怪我をした兄を隠す必要などあるだろうか?と思うが…
それに目の前の伯爵代理は、苦しそうに顔を歪める。その顔見ていると、一つ疑問が浮かぶ。エリオットから、当時のアノー伯爵家で起こったことを詳しく話してもらったが、その時感じたのはエリオットは父親から愛して貰えなかった事実。唯一愛してくれていた母親が亡くなり、その後は家族から愛されず孤独の中に生きていたのだと…
──だけど、それは違うのではないのか?何故だかそう感じる。
この口下手そうな男が、ここままで語るのは珍しいことなんだろう。少し手が震えていて、それを反対の手でぎゅっと握っている。それがエリオットの為に話さなくては!という強い意志からの行動なんだということが見て取れる。
あの次男のイーライでさえも誤解からずっと疎遠だったが、その後誤解が解けて本当の兄弟のようになっている。もしかして、この父親もではないか?そしてそれは、もう一人の弟ジェイデンもかも知れない…
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