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第九章・エリオット、危機一髪?

73・弟との和解

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「ここはずっと無人のままだったんです。買ったはいいが父上はずっとそのままにしていました。保存が目的で、それを利用するとか始めから思って無かったんでしょうね…」

 そう言ってジェイデンは、遠くを見つめる。僕の頭の中は疑問で一杯だが、何から聞いていいのかもはや分からなくなっていた。

 「イーライ兄さんから、僕と母がアノー家を出たのは聞いていますよね?それから直ぐに母さんは事故で亡くなりました。それも父上から貰ったお金をギャンブルで使い果たして…勝手なあの人らしい最後です。それで住むところに困った僕は、秘密裏にここに住むことにしました。住むだけなら、お金もかかりませんしね?それにこんなあばら屋、誰も見に来ませんし」

 それでここに居たのだ…と納得した。でも一番の疑問なのは、それほど困窮しているというのに、何故アノー家に戻らなかったのか?と、それに尽きる。義母と出て行ったのもジェイデンの意思とは違うのに…

 「もう一つ教えて欲しい。では何故それからアノー家を頼らなかったんだ?それに従者の問題だって、頼めば付けて貰えた筈だよ。そして連絡の取れないお前をどれだけ心配していたと…」

 「それはイーライ兄さんだけだよね?父上は僕のことなど心配なんてしていないよ…絶対に!」

 間髪入れずそう答えられて面食らう。何故だ…何でそんな考えに!?それを感じ取ったジェイデンは、悲しそうな表情を浮かべて続けて真実を話し出す。

 「僕の瞳は黒じゃない…本当は黒に近い紺色なんだ!平民として王都に住んでいる時、母さんは笑いながら言ってたよ…イーライは間違いなく父上の子だけど、お前は誰の子だか分からないって!寂しさで遊びで付き合った奴の子かも?って…」

 僕は絶句した。そんな事が?それに何故自分の子にそんな酷いことを言える?それもそんな憶測でなんて…そして一つ、確信して分かったことがある。
 それはイーライとジェイデン、二人共虐待されていたんじゃないか?って…

 今は昔の面影もないけれど、ジェイデンは異様に痩せ細っていた。それは育児放棄されていたから?それに、母が亡くなっているとは知らないイーライ。だから交流がある今でも言わないが、もしかして子供の頃の僕に対する態度や言動は、弟を守る為にやっていたんじゃないか?ってことだ。僕よりも小さかった弟達…あの時、母親に支配されていたとしてもおかしくない!そう考えると空恐ろしい気持ちに…なさぬ仲の僕だけじゃなく、自分の息子までも虐げてきたのか?と。

 「ジェイデン…お前もしかして、虐待されていたんじゃないのか?アノー家に来るまで、育児放棄されていたんじゃ…」

 思わずそう聞いた。証拠はないけど、確信はある!そう思って…すると、ジェイデンの顔が明らかに歪む。辛そうで、泣きそうで…

 「そうだ…ずっと誰かに助けて欲しいって思ってた!だけどごくたまにしか現れない父上も、アノー家に来てから気付いてくれるかも?と期待した兄上も、全然気付いてくれなかったじゃないか!!」

 ジェイデンはそう憤ってダラダラと涙を流した。真っ赤な顔をして、吐き捨てるように僕にそう訴えた。その時僕はまた、イーライとの和解の時に抱いた、同じ感情が沸き起こる。結局僕は、何を見ていたのだろう?と…

 「ごめん…ごめんねジェイデン。兄さんが悪かった…何も気付いてあげられずに悪かったね?」

 僕はそう心からの言葉で伝えた。そしてジェイデンに近付き、そっとその身を抱き締めた。最初は遠慮がちに…だけど僕の気持ち伝われ!と、ギューッと力強く抱き締めた。
 僕よりもずっと細い身体を感じて、今までどうやって生きていたのかと泣きそうになる。そしてこれからは、イーライとジェイデンそして僕、三人兄弟として強く生きて行こう!と決意を新たにした。

 「ジェイデン今まで一人で、良く生きていてくれたね?これからは是非兄さんも頼ってね。そうだ!ジェイデンの従者としても掛け持ちするよ。どうせ坊ちゃまと同じ歳だし、ずっと一緒にいられるよ?兄さんにかかれば二人のお世話なんてお茶の子さいさいさ~」

 「お茶の子…さいさい?」

 これはこの世界の人は分かんないかぁ?と笑って、元気付けるようにバンバンとお尻を叩いた。それにおっかなびっくりのジェイデン。今はそれでいい…少しずつ兄弟として馴れていったらいいんだ!
 
 それに嬉しそうに笑ったジェイデン。笑うとやっぱり十七歳だ…どこか幼い。それからジェイデンに「イーライもジェイデンも僕より背がずっと高いね?」と言いながら笑い合う。和やかなムードに安心していると何故かジェイデンは、はたと動きを止める。どうも僕の手を見ているようだ…うん?

 「兄上その指輪は何ですか?普段使うようなものじゃぁ…」

 「これ?これは婚約指輪なんだよ。僕の主人のジュリアス様と婚約したんだ!それで学園を卒業したら結婚するって…」

 その僕の発言に驚きを隠せない様子のジェイデン。そりゃそうだよね?僕が伯爵家の令息だってもちろん知っているけど、公爵家の嫡男と結婚を許されるだなんて、普通は思わない。それも今は使用人として務めている家門の。それに何故かブルブルと震えだすジェイデンが…

 「また僕を捨てるんですね?兄上はそうやって僕達から直ぐに離れようとする。ずっと僕は、兄上を求めて来たのに!会いたい一心で、学園にまで通おうとしたのにー!」

 そう言いながら動揺するジェイデン。それもまた無理からぬことかも知れない。やっと和解した兄弟が、家門にも帰らずに結婚するなんて言うんだから…
 僕は自分の言動を悔やんだ…もう少し、後から告白しても良かったのだと。今日は誕生日で浮かれていたから…

 「そ、そんなことは言わないで?結婚しても僕達が兄弟なことは変わらない!そうだろ?ずっとそのままだ…心配しないで!」

 そう言って焦りまくる僕。そして僕は、細いけど自分よりも背の高いジェイデンがにじり寄って来るのをかわそうと、一歩後ろへと後ずさった。その床が経年劣化でめくり上がっているのも気付かずに…

 「おわっ!?」

 足が何かに引っ掛かって、驚きでそう呟く。そして躓いてよろけた身体を立て直そうと、横に一歩大きく足を開く。そこには運悪く、置かれたテーブルの脚が…

 ──バーン!

 僕は後ろへとひっくり返った。その瞬間、思いっ切り頭を打ちつける。「ぼ、坊ちゃま…ジュリアス…」そう愛する人の名を呼んだのを最後に、僕はプッツリと意識を手放した。
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