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第五章・恋の進行状況

33・忍者エリオット

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 全代表者の紹介を終えて、これからは各チームの作戦タイムとして、半刻ほどの時間が与えられた。僕はトムさんに、トイレに行って来る!と誤魔化して、そーっと騎士学園チームの控え室へと来ていた。
 
 リーダーのガイ様は、この交流戦は騎士学園の沽券に関わる戦いなのだと説いている。誰にも負けない騎士となるべく日々鍛錬している自分達が、あの格下の王都学園の代表に負けるなど有るまじきことだと叱咤激励する。僕はまるで忍者のように、闘技場の外からその控え室がある窓の下に、張り付いて息を潜めていた。

 ──ガイ様の声が大きくて助かる~丸聴こえだね!だけど、格下って何よ?王都学園の生徒だって強いつーの!それアンディに聞かれたら、タコ殴りされるよ?お気を付けあそばせっ!
 
 あのヒーロー然とした、ガイ様も言っときゃ言うんだなぁ~と思いながら、さらに耳を側立てる。

 「あのスチュワート・グレイやラウル殿下は、前から強いと評判を聞いていた。それに近衛騎士団の副団長クリスティン・ガドリン卿の弟君も…。あとのアラン?と、ジュリアス?その二人は全く知らないな…そんなの余裕だろ?コテンパンにしてやるよ!」

 その言葉に殺意を覚える。何だと?「ジュリアス?知らない…余裕だろ?」…だとぉ~!
 クッソー誰だ?そんなことを言いやがったのは!と憤然遣る方無い気持ちになって、控え室の方を睨む。壁、あるけどね…

 「おいイーライ!余裕ぶってると、足元を掬われるぞ!何ごとにも慎重になれよ?いつもそう言ってるからな」

 ──イーライ、おめぇか!?子供の頃のままの性悪だな?

 ガイ様のイーライへのその忠告が頭の中に響いた。僕はもしかして、イーライが変わってくれたかも?と、ほんの少し期待していた。あれからアノー伯爵家にどんなことが起きたのかは知らないが、きっと大人になって少しは考えを改めてくれたかも?って…
 そうじゃ無かった!やっぱり僕の弟は…いや!弟は何にも学んでおらず、あの悪ガキのままだ…と呆然とした。

 ──それなら上等だ!何の戸惑いもなくが出来る。待ってろよ?イーライ、コテンパンにヤラれるのはお前だ!

 そう殺気立ってブツブツ言いながら、この場を離れた。もう少しで先鋒戦の時間かな?もう戻らないと、トムさんが心配するだろう。トイレで倒れてる!?って大騒ぎするかも?
 そう思って慌てて戻ろうとすると、何やら僕を惹き付ける涼やかな声が…

 「正直に言うが、代表の選考の時に本気を出していない。だって選ばれてしまったら面倒だろう?でも…今日は本気でやるつもりだ…皆もそのつもりで!」

 僕は、耳を疑った。今のお声は…坊ちゃま?

 王都学園チームの控え室がある窓の前に来た時、いつだって僕を湧き立たせる坊ちゃまの声が聞こえた。だけど…その物言いは、いつもの飄々としたものではなかった。今まで殆ど耳にしたことがないような、力強く真剣そのものだ。坊ちゃま…本気なんだ!!と驚いて、もしかしてイーライがいるからなのか?と思ってしまった。まさかね…そうなの?そうだったら、無茶苦茶嬉しい~んだけど!

 僕は感動して、涙がちょちょ切れた。俯き、目頭を押さえてその感動を噛み締めていたけれど、その後ろに近付く人物には全く気付いてもいなかったんだ。

 ──パキン。

 何かを踏み付けるような音が響いて、僕はバッと顔を上げる。何だ?とその音がした方へと振り返った。すると…

 そこに立っていた人に息を呑む。艶のある黒髪に、どこまでも青い瞳が輝く。「た、大公…殿下?」そう微かに呟いたまま、僕はカキン!と固まってしまう。

 ──こ、この人が、あの大公殿下?

 不穏な人物の筈の大公殿下。だけど僕に対して、優しげな微笑みを向けている。それに、こうやって挨拶もせず固まってしまって不敬だろう僕に、特に腹を立てている様子もない…

 「何をやってるんだい?」

 そう穏やかな声で尋ねられた。ヤバいところ見られた…と思ったけれど、早くご挨拶しなければ!という思いで、焦りながら声を張り上げた。

 「大公殿下にご挨拶申し上げます!私はエドモア公爵家の使用人、エリオットと申します。出場する主人が心配で、聞き耳を立てておりましたぁ~」

 嘘は言ってない…よね?騎士学園の方をメインに聞き耳を立ててはいたけれど、それは絶対に言えないし。

 「アハハッ!そうなのかい?正直でいいね。俯いて泣いてたみたいだったから、具合が悪いのかと声を掛けてみたんだが…ハハッ」

 朗らかにそう笑う大公殿下。あれ?イメージ、全然違くない?こんな優しそうな人が闇堕ちする訳!?
 何だか分からないが、殿下のゲームとは真逆のイメージに戸惑う。僕の発言がそれぼど可笑しかったのか、ちょっと涙ぐみながら笑っている。それから、あっ…!と思い出して、「もう試合が始まりそうです!先鋒はアラン様ですし、急ぎましょう」と深々と頭を下げて、闘技場の中へと戻って行った。
 
 それにしてもさ、いつも何でマズいところを王族に見つかっちゃうんだろ?覗きといい、盗み聞きといい…一歩間違ったら、犯罪者じゃん!
 ラウル殿下と、さらに大公殿下にも見つかっちゃうなんて…もーう!
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