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第四章・過去の亡霊
26・弟
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ア、アノー伯爵家の…従者?知らないけど!って、知らないのは当たり前か…ジョナサン以外の使用人、総取っ替えしたんだよな…あの人。また義母の顔を思い出してしまって顔を顰める。それから目の前の人をマジマジと見る…この人は、分かってて言っているのか?と。
──自分が仕えている家門の本当の当主は、僕なんだってことを知っていて、わざと挨拶してきたのだろうか?
その柔和な笑みを浮かべる表情からは、窺い知ることは出来ない。僕はそれを見極めようと、その人をじっと見つめた。すると…
「あっ、エリオット~ここにいたんだな!部屋まで行こうと思ってたんだよ」
こんな緊迫した場面を一気に和らげるような、そんな暢気な声が聞こえてきた。
さっきまでは厳つい表情だったトムさんが、今はいつもの優しい顔に戻っている。そして手を振りながらこっちへと駆けて来る。そして…
「あれっ…ベンさん?エリオットとは知り合いだったのかい?」
それに僕は、慌てて首を横に振った。そしてそのベンさんが「初めてお会いしたので、挨拶をさせていただいたのですよ」と言っている。だけど僕は気付いていた…あなた僕の名前どころか、どこの家門の従者なのかも聞きませんでしたよね?と。
普通はこれから頼むと言う前に、失礼ですがお名前を…と尋ねるのじゃないだろうか?でなければ『お見知り置き』なんて出来ないだろうと思う。定かではないけれど、なんだか嫌な予感がした。
「そうなんだな。同じ歳の主人を持つ者同士、仲良くやろうぜ!」
そんなことを露とも知らないトムさんは、いつもの人懐っこい調子でポンポンと僕とベンさんの肩を叩く。それからベンさんは、よろしくと言いながらこの場を去って行った。僕はその背中を呆然と見ながら考える。
ということは、この学園に弟が通っているのか?と。
この前、街で見掛けたイーライ。それともう一人の弟は…名前何だっけなぁ?思い出そうとするが出てこない。
あの子と僕は、一度も言葉を交わしたことさえ無かった。
何故だかいつもイーライの後ろから、片目だけ出して僕を睨んでいた。そんな僅かな記憶だ…
ん…っと、ええ…っと。…そうだ!ジェイ?確かイーライがそう呼んでいた。ジェイス?ジェイソン?だか、そんな名前なんだろうと思う。
──あの子がこの学園に通っている…だって?
それから二度ビックリなのは、坊ちゃまと同じ歳だったという事実。だってそのジェイは、子供の頃物凄く体が小さかったからだ。初めてお会いしたあの頃の坊ちゃまと、あの小さなジェイが同じ歳生まれだって?信じられない!
だから僕はずっと、かなり年下なんだと思っていたんだ。知らなかったけど病弱だったのかな?
今となっては想像しか出来ないが、こんなに近くにいるのが分かった以上、自分の目で確かめてみなくては…
「おいエリオット。さっきは驚いたよなぁ~泣いてるからさ。もしかしてあの人にイジメられてる?って思っちゃって、飛びかかろうとしちゃったよ。あの後、オーナーに物凄く怒られちゃったし…」
そう情けない顔をしながら呟くトムさんに、ブハハッと吹き出して「心配してくれてありがとう!」と大木のようにデカい背中をポン!と叩いた。それからこんな暗い顔をしてたらまた心配されてしまう!と、考え事は後回しにして笑いながら一緒に歩き出した。
+++++
「今日はアルベルトが来たんだろう。何か言ってたかい?」
夕食を終えて坊ちゃまは、今は就寝前の読書タイムだ。すべすべのシルクのパジャマに身を包み、サラッと流れる髪が邪魔になるのか片耳にそっと掛けている。
──はあああっ…耽美♡そのパジャマになりたい!
いつもの妄想にうっとりしていると、坊ちゃまがスン…としてこちらを見ていた。ヤバい!と身を正して、その質問に答える。
「実は…長年アノー伯爵家で執事をしていたジョナサンが公爵家に訪ねて来たようです。どうも高齢から執事職を辞したのではないかと…。ジョナサンはあの家で唯一、僕を心配してくれた人物でした。だから今どうやって暮らしているのか、心配になってしまって…」
僕は表情を曇らせながらそう話した。従兄弟のガドリン家のブランさんも公爵領に住んでいるだろうし、知り合いもいないこの土地で、一体どうしているのだろう?と思いながら…
「分かった!どうなっているのか調べさせよう。そしてもしもお困りのようなら公爵家に身を寄せて貰うことにするから」
「いいんですか!?」
その有り難い提案に驚きで身を乗り出した。坊ちゃまには申し訳ないけど、高齢のジョナサンのことがやっぱり心配だ…出来れば目の届くところにいて欲しい。心の底から嬉しいと、思わず坊ちゃまに抱き着いてしまう…
「本当にありがとうございます!何とお礼を言ったらいいのか…。だけど僕は、坊ちゃまに甘えてばかりです。それにこんな宙ぶらりんの立場で、お返しも出来ずに心苦しいです。そんな僕ですが、このままお側に居てもいいのでしょうか?」
ずっと気になっていた…あの涙の告白からずっと。本当は伯爵家の嫡男なんだと、苦しい胸の内を話してそれでも離れたくないのだとわがままを言った。だけどずっと思っていた!坊ちゃまは、それで幸せなのか…と。
「いいんだよ。私は、エリオットが側に居てくれて初めて、生きているんだと実感できる。エリオット…愛しているよ」
それから坊ちゃまは、僕の額にチュッと口付けを落とした。へっ…?
──自分が仕えている家門の本当の当主は、僕なんだってことを知っていて、わざと挨拶してきたのだろうか?
その柔和な笑みを浮かべる表情からは、窺い知ることは出来ない。僕はそれを見極めようと、その人をじっと見つめた。すると…
「あっ、エリオット~ここにいたんだな!部屋まで行こうと思ってたんだよ」
こんな緊迫した場面を一気に和らげるような、そんな暢気な声が聞こえてきた。
さっきまでは厳つい表情だったトムさんが、今はいつもの優しい顔に戻っている。そして手を振りながらこっちへと駆けて来る。そして…
「あれっ…ベンさん?エリオットとは知り合いだったのかい?」
それに僕は、慌てて首を横に振った。そしてそのベンさんが「初めてお会いしたので、挨拶をさせていただいたのですよ」と言っている。だけど僕は気付いていた…あなた僕の名前どころか、どこの家門の従者なのかも聞きませんでしたよね?と。
普通はこれから頼むと言う前に、失礼ですがお名前を…と尋ねるのじゃないだろうか?でなければ『お見知り置き』なんて出来ないだろうと思う。定かではないけれど、なんだか嫌な予感がした。
「そうなんだな。同じ歳の主人を持つ者同士、仲良くやろうぜ!」
そんなことを露とも知らないトムさんは、いつもの人懐っこい調子でポンポンと僕とベンさんの肩を叩く。それからベンさんは、よろしくと言いながらこの場を去って行った。僕はその背中を呆然と見ながら考える。
ということは、この学園に弟が通っているのか?と。
この前、街で見掛けたイーライ。それともう一人の弟は…名前何だっけなぁ?思い出そうとするが出てこない。
あの子と僕は、一度も言葉を交わしたことさえ無かった。
何故だかいつもイーライの後ろから、片目だけ出して僕を睨んでいた。そんな僅かな記憶だ…
ん…っと、ええ…っと。…そうだ!ジェイ?確かイーライがそう呼んでいた。ジェイス?ジェイソン?だか、そんな名前なんだろうと思う。
──あの子がこの学園に通っている…だって?
それから二度ビックリなのは、坊ちゃまと同じ歳だったという事実。だってそのジェイは、子供の頃物凄く体が小さかったからだ。初めてお会いしたあの頃の坊ちゃまと、あの小さなジェイが同じ歳生まれだって?信じられない!
だから僕はずっと、かなり年下なんだと思っていたんだ。知らなかったけど病弱だったのかな?
今となっては想像しか出来ないが、こんなに近くにいるのが分かった以上、自分の目で確かめてみなくては…
「おいエリオット。さっきは驚いたよなぁ~泣いてるからさ。もしかしてあの人にイジメられてる?って思っちゃって、飛びかかろうとしちゃったよ。あの後、オーナーに物凄く怒られちゃったし…」
そう情けない顔をしながら呟くトムさんに、ブハハッと吹き出して「心配してくれてありがとう!」と大木のようにデカい背中をポン!と叩いた。それからこんな暗い顔をしてたらまた心配されてしまう!と、考え事は後回しにして笑いながら一緒に歩き出した。
+++++
「今日はアルベルトが来たんだろう。何か言ってたかい?」
夕食を終えて坊ちゃまは、今は就寝前の読書タイムだ。すべすべのシルクのパジャマに身を包み、サラッと流れる髪が邪魔になるのか片耳にそっと掛けている。
──はあああっ…耽美♡そのパジャマになりたい!
いつもの妄想にうっとりしていると、坊ちゃまがスン…としてこちらを見ていた。ヤバい!と身を正して、その質問に答える。
「実は…長年アノー伯爵家で執事をしていたジョナサンが公爵家に訪ねて来たようです。どうも高齢から執事職を辞したのではないかと…。ジョナサンはあの家で唯一、僕を心配してくれた人物でした。だから今どうやって暮らしているのか、心配になってしまって…」
僕は表情を曇らせながらそう話した。従兄弟のガドリン家のブランさんも公爵領に住んでいるだろうし、知り合いもいないこの土地で、一体どうしているのだろう?と思いながら…
「分かった!どうなっているのか調べさせよう。そしてもしもお困りのようなら公爵家に身を寄せて貰うことにするから」
「いいんですか!?」
その有り難い提案に驚きで身を乗り出した。坊ちゃまには申し訳ないけど、高齢のジョナサンのことがやっぱり心配だ…出来れば目の届くところにいて欲しい。心の底から嬉しいと、思わず坊ちゃまに抱き着いてしまう…
「本当にありがとうございます!何とお礼を言ったらいいのか…。だけど僕は、坊ちゃまに甘えてばかりです。それにこんな宙ぶらりんの立場で、お返しも出来ずに心苦しいです。そんな僕ですが、このままお側に居てもいいのでしょうか?」
ずっと気になっていた…あの涙の告白からずっと。本当は伯爵家の嫡男なんだと、苦しい胸の内を話してそれでも離れたくないのだとわがままを言った。だけどずっと思っていた!坊ちゃまは、それで幸せなのか…と。
「いいんだよ。私は、エリオットが側に居てくれて初めて、生きているんだと実感できる。エリオット…愛しているよ」
それから坊ちゃまは、僕の額にチュッと口付けを落とした。へっ…?
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