【完結】悪の華は死に戻りを希望しない

MEIKO

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番外編

春の訪れ③(サウラ番外編)

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 「聞いて悪かった…もう何も言わなくていい!」

 そう言ってハンソンは私をぎゅっと抱き締める。余りのことに驚いたけれど、父以外では初めてのその体温に包まれて安心する自分がいる。だからこの際甘えようと思った!昨日からずっとハンソンには甘えっぱなしなのは分かっている。ここまで来たらその好意に存分に甘えさせて貰おう…と。今まで一度たりとも人に甘えようとなど思った事がないのに不思議だ…

 ハンソンはまるで子供にそうするように背中を擦って、大丈夫だ…と繰り返し伝えてくれる。それに微笑みながらぎゅっと抱き締め返した。

 それから私達は他愛もない話を交わした。普段は鉱山関係の仲買をしているハンソンは、それに纏わる苦労話やこの村についての面白可笑しい話を聞かせてくれる。今まで全く知る由もない話に、興味津々になって…自分の知らない世界がそこにあった。それで今まで自分が本当に小さな世界に住んでいたんだと気付いた。

 ──ああ!あとどれくらい私に時間が残されているのか分からないが、広い世界を見てみたいな…

 そんな事を思うのは、生まれて初めてで。そう思わせてくれたハンソンに感謝だな…って思う。

 「だけどここの山小屋に以前はお爺さんが来てたよな?もしかしてサウラはその人の孫かな?何度か俺、子供の頃にここで遊ばせて貰った事があるんだけど…」

 「そうだよ!祖父が毎年来ていた。私も来た事があるんだけど…もしかして会ったことあるかも知れないね?」

 それを聞いて、ハンソンは代々この山小屋の管理を任されている家出身なのかも?って思った。祖父の時はお父様が管理していた…って事だよね?それにハンソンも付いて来ていて遊んだのだろう。自分は全く覚えていないが、もしかして一緒に遊んだ事だってあったかもな…って。そんな意外な縁に嬉しくなって微笑んだ。

 それから今から仕事に行くというハンソン。帰りにまた来るよ!という言葉に、手を振りながら見送った。わざわざ早起きして仕事の前に来てくれたんだな…と少し申し訳ない気持ちがするが、心の底から嬉しいと思った。意外な場所で意外な人物とこんな交流が出来るなんて、この領地に来てから思わなかったな…

 それからなるべく足を動かさないようにして一人静かに過ごした。すると山小屋の前に馬車が止まる音がする。ハンソン?一瞬そう思ったが、まだお昼にもなっていない時間で…

 何だろう?と窓から覗いてみた。荷馬車から大きな荷物を抱えた人が降りて来た。それからこちらに向かって歩いて来る。

 ──トン、トン!

 誰なんだ!?と慎重に扉を開ける。すると、執事と同じくらいの初老の人物が驚いた顔で立っていた。

 「サウラ様!一体どうなさったのです?その松葉杖は!ああ!申し遅れました…私は長年こちらを管理しております者でございます。エバンス伯爵家の執事とは従兄弟同士で…」

 私はその言葉を少ししか聞いてはいなかった…この者が管理人?それならハンソンは!?そう思って愕然とする。
 だけど…と思い起こしてみるが、確かにハンソンは管理人だとは一言も言ってはいない!私がそう思い込んでいただけで…

 その管理人が慌てて荷物を中に運び入れ、サウラ様がお怪我をした事を先に知らせなくては!と再び馬車に乗って去って行くのを茫然と見ていた。

 ──それじゃぁハンソンは、本当に通り掛かっただけ?もしかして仕事でここを通ったのだろうか…

 暫くして管理人が戻って来た時には医者を連れていて、腫れた足首を診てもらった。絶対安静を言い渡され、管理人はそのままここに居ると言う。どうしよう…ハンソンに聞きたい事があるのに!

 そんな心配通りにハンソンは夜になってもここには来なかった…それどころか次の日も。
 変わりに何と、血相を変えた執事が現れる。

 「だから私は言ったのです…一人だけでも誰かお連れになっては?と。サウラ様…今から直ちに帰ります!前伯爵様が一刻も早く帰るようにおっしゃっておられますので!」

 いつもは優しい執事が何時になく強い口調でそう言い放つ。
 それで私は事の経緯を話して、せめて命の恩人にもう一度だけ会いたいと願った。だけどこれは完全に裏目に出てしまった…

 「そ、そんな事が!?命の危険にさらされたのですか?絶対にいけません!今直ぐに出ます。その恩人の方は従兄弟に探させて充分にお礼を致しますのでご安心下さい」

 そう言う執事の顔を見た。長年の付き合いで、この顔をしていたらもう何を言っても無駄だ…絶対に言い分を変えないのを知っている。やはり一度帰る必要がありそうだ…直ったらまた頼んでみようと思う。
 
 それから慌ただしく帰る用意が行われて、馬車に乗り込む。
 窓からもしや…と思って道行く人をじっと見ていたが、ハンソンは見つけられずに…そのまま一日馬車で揺られてエバンス邸に帰り着いた。
 そこには驚いたことに、仁王立ちになっている父の姿が…

 「サウラ…まさか死にかけていたとは!そんな危険な真似をするのであれば、もう二度と一人での行動は許さないぞ!」

 父が怒りの余りに饒舌になっているのに驚く。だけど次の瞬間、足を引きずりながら馬車から降りようとする私の姿に表情がサッと変わって…

 「早くサウラを部屋に!医者も早く呼んで来い!」そう下知が飛ぶ。
 私は従者に抱えられて部屋まで運ばれ、直ぐに医師の診察を受けた。それから二週間、完全に直るまで庭に出ることも禁止された。その間に考えることは、やはりハンソンのことだ…

 「あんなに急に去って、心配してはいないだろうか…?ハァ…」そう呟いて溜め息をつく。そして父と執事のあの剣幕では、近い内にまた山小屋に行くのは難しそうだ…
 それに一つ気にかかるのは、管理人に探してもらったけれど、あの土地の何処にもハンソンという人は居ないのだと言われて…もしかして、本名では無かったのか?それに、髪色と瞳の色と髭の伸びた顔以外にハンソンについて何も知らなかった。平民なのかそうじゃないのかさえも。それでは探しようがないのかもなぁ…もう少し時間があったら色々と聞けたのだろうけど。

 それから一人で歩けるようになったところで、もう一つ問題が発生する。一度、王都に帰らねばならなくなった。足の怪我を理由に行かないと言ったが、認められなくて…兄が伯爵になった祝いの宴が開かれるのであれば、弟の私が欠席するのは当然無理で…これでハンソンとの再会はもっと遅くなると、落ち込みながら王都に向けて出発する。

 王都に来たら兄達からも散々叱られて、やっぱり父と同じなんだ…って思い知る。
 久しぶりの王都はポカポカと暖かくもうすっかりと春になっている。ほんの少し前の山小屋での雪が嘘のようだ…。それから祝宴に向けての準備が始まって、私もそれに勤しんだ。もうこうなったら、早く終わらせて早く領地に帰るしかない!って割り切る。

 そして祝宴当日──

 朝からバタバタと準備に余念がない。私はこういう席で聖者として神衣での参加が多かったが、今回は初めて貴族の令息として豪華な衣装を纏った。
 それを見た父が、まるで死んだ母を見ているようだ…と呟いた。母は私とソックリな綺麗な男性だったと聞く。これから少しでも近づけていけたらいいな…と思う。

 それから家族全員で、招待客の対応に追われる。来ていただいた一人一人に笑顔でお礼を言う。

 「ハァ~ッ!サウラ様はいつ見てもお綺麗で…」

 「ああいうお姿も聖者の時と同じ神々しさだ!」

 そんな声が聞こえてきて、もう二十代半ばなのにそんな訳ないでしょう?って思う。社交辞令も過ぎたら嫌味だな…それにしても、まだどなたか到着されるんだろうか?疲れてきたけど…そうキョロキョロしていると、真ん中の兄上がそっと耳打ちする。

 「あと隣りの領地を持つガゼル伯爵家だけだ。どうも領地から帰ってきた次男の到着を待ってから出たようで遅れているって…アッ!一行がいらっしゃったようだぞ?」

 その声に目を向けると、私達よりも頭一つ分ほど背の高い一行が現れる。一番前の眼鏡の方がガゼル伯爵様だろうか?そして次に更に背の高い…その人を見た瞬間、おや?っと思う。何故か見たことがあるようで…
 おまけにその人も私をじっと見ているように感じるけど、気のせいなのか?そんな不思議な感覚を覚える。

 戸惑いながらも挨拶を交わして、にこやかに礼をする。そしてやっぱりその人が私の目の前で立ち止まって…それをまじまじと見つめた。
 茶色の髪を流れるように後ろに撫で付けて、精悍な顔つきに鮮やかな青い瞳。だけど際立っているのはその立派な体格だ。ガッシリとした体躯に長い手足…こんな人もいるんだな!って。そう思いながら再び見上げたら、その人の目とピッタリと合う。えっ…嘘でしょ?

 信じられないけど、どうにもハンソンだと思えてならない!この綺麗な碧眼と少し赤みがかった茶の髪で…だけどあの髭がない!このツルンとした顔に髭を付けたらどうなる?って、食い入るように見てしまった…

 そんな私に兄が笑顔で近付いて来る。横にピッタリとくっついて肘で脇を突付く。

 「サウラ…どうした?何を見ているんだ…失礼だろ?そう言えばお前、見合いの話があるのを知ってたのか?ん…知ってる筈ないのか?お前が領地に旅立ってから来た話だったかな?」

 そんな意外な兄の話に、えっ?って振り向く。お、お見合いだって!?知りませんけど…

 「サウラ…俺だ!ハンソンだ。と言っても正式な名はハシュフォード・ガゼルだけど。」
 
 「ほ、本当にハンソン?ひ、髭がないんだけど…」

 私はそう言って茫然とハンソンを見上げた。


 
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