【完結】悪の華は死に戻りを希望しない

MEIKO

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番外編

山小屋にて①(サウラ番外編)

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 エバンス家の領地に来てから、半年以上が過ぎた。
 王都からここまで来るのに馬車で四日ほどかかるのだが、父との旅路は正直拷問のようで…

 まず父は話さない!元々寡黙な性格だとは知ってはいたが、あれほどまでとは…

 亡くなった母は、どうやって父と意思の疎通を?って思ってしまった…
 だけどそのお陰で一つだけ分かった事は、実は私を無視していた訳でも無かったのかも?という事だ。

 子供の頃から殆ど無視されていると感じていて、私とは話すつもりもないんだと思っていたけれど、あれでは誰に対しても同じかも?って…。もしかして父と性格が似ている兄達だってそうだったのか!?可能性はあるかも知れないな…

 母の生命と引き換えに産まれた私は、それだけで家族達に相当な負い目があった。そしてそれで憎まれるのも仕方が無いんだと思って生きて来たけれど、気負わずにこちらから話し掛けたら良かったのかも?って今更ながらに思った。
 結局私も、兄達と同じで言葉が足りないんだな…次に会う時は勇気を出してみようか…

 そんな感じで領地までやって来たが、ここは王都とはまるで時間の流れが違うのかも…と思わせるほど、ゆっくりと時が流れている。
 それほど裕福な土地ではないが、農業も盛んだし鉱山では宝石が取れ、その加工技術では国で指折りなほど優れている。

 分家筋の者達がこの領地を管理してくれていて、今さらそれに口出ししようとか参加しようとかの気持ちはないし、気楽に過ごさせて貰っている。
 ちょうど冬が始まる前にやって来て、その半年の間に本当に寒い時期は過ぎ去って、これから新しい生命が芽吹く春が…と、私にしては珍しくうきうきとしだしていた時、ふと昔の事を思いだした。

 もうとっくに亡くなっている祖父がここに住んでいた時、一度だけ遊びに来た時があった。一人で遊ぶ私を見兼ねて、祖父が山小屋に連れて行ってくれた…

 ──あの山小屋、まだあるんだろうか…?
 そう思って執事に尋ねてみる。

 「以前、祖父に山小屋に連れて行って貰った事がある。そうだな…十七年ほど前だろうか?近くでエメラルドが取れる鉱山があって…。あそこは今どうなっているんだろうか?」

 何気なくそう聞いてみたのだが、執事は思った以上の反応を見せて…

 「はい!覚えております。隣の領との境にあるクルド村にある山小屋ですね!まだございますよ?定期的に管理を任せている者がおりますので。懐かしいですね…先代は山がお好きでしたから良くあそこに行かれて。私もご一緒したのを思い出します…」

 祖父の代からこの家に務めてくれている執事は、少し涙ぐみながらそう思い出している。確かに私も、たった一度だけだが凄く楽しかった思い出が…

 「サウラ様、お行きになりますか?冬の間は閉ざされた土地ですが、もう春ですし…大丈夫だと思いますが?今なら空気も澄んでいますし、景色もとっても綺麗だと思いますよ!」

 そう言われると行きたくなってきた…かなり幼い頃だったし、殆ど覚えてはいない。
 だけどこうやって屋敷に居てもやる事もないし…

 「では行ってみようかな!来週末にでも。その管理人にそう伝えてくれるかい?」

 その私の返事に、執事は嬉しそうな顔をしながら「お任せを!」と胸をたたいて、では早速…と呟きながら去って行った。

 楽しみが出来た!そう思って久しぶりの山での生活にワクワクとしていた。それから一週間後…

 「サウラ様…本当にお一人で、大丈夫なんですか?何なら使用人一人だけでもお連れになっては…」

 執事がそう言って心配する。だけど、私は一人で行ってみたいな…って。
 貴族の令息という立場だけだったら、一人は不安かも知れない。だけど十年の間、聖者として神殿で過ごしてきた。
 神殿では基本、自分のことは自分でやらなければならない。
 だから一通りは自分でも出来る!そう思って一人で行こうかと…

 「私は一人で大丈夫だ。たった二週間ほどだし、食材や必要な物を週に一度持って来てくれるように管理人に言っておいてくれれば…。料理だって自分で出来るんだぞ?私は。」

 「そ、そうですか…分かりました。そう手配します。」

 ちょっと疑いの眼で見ているようだが、私だって一人になりたい時だってある。それには山小屋行きはうってつけだし。

 それから馬車で一日かけて向かう。やがて目的地のクルド村に入って、鉱山で栄えた町を眺めながらさらに山の奥地へと進んで行く。

 「あの町まで来れば買い物出来るんだな!」

 少し離れては居るが、近くに何でも揃いそうな町があるのは安心出来る…馬を走らせれば、たいした時間もかからず来れるだろう。
 それから山道をぐるぐると進んだ先に、その山小屋が見えて来た。

 相当前の記憶なのに、それとさほど変わらない山小屋に前来た時の情景がサァーッと浮かんでくる。
 懐かしさで感動しながら中に入ると、管理人がきちんと必要な物を用意してくれていたようで快適に過ごせそうで安心する。

 「それではサウラ様、二週間後に迎えに参ります。三日後に管理人が来る事になっていますので足りない物がありましたら、その者にお申し付け下さい」

 御者が持って来た荷物を運んでくれて、そう言って頭を下げた。その言葉に頷いて一人山小屋に残された。
 
 ──完全に一人って、初めてかも知れないな…
 
 貴族や聖者としての立場から、いつも誰かにかしずかれていた。一人になりたいと思っても、逆にそれが叶わなかったから…
 今日からの二週間、私の人生で初めての事が起こるんだな…とどこかワクワクとして。

 そんな私がたった二日で、そんな事を考えたのを後悔するなんて思わなかったんだ!何故かというと…
 もう四月だというのに、雪が降った!一晩で辺りが真っ白になるくらいの。こ、これはマズい…ぞ?

 食料はたっぷりある…それに、明日になったら管理人が来てくれるだろう。だけど見るとそれまで保つくらいの薪がない!暖炉の側には薪が積んではあるけれど、この天候でこの量ではどうにも心許ない。
 朝晩のほんの少しの時間だけ暖炉に火を入れれば良いと思っていたのに、これは1日中暖炉をつけておかないと…寒くていられないし。

 「よし!薪を取りに行くか!確か少し登った所に薪小屋がある筈だ…」

 物置を覗くと管理人の物だろうか?ブーツが置いてあった。
 それを生まれて初めて履いて…

 「王都って、雪降らないからね」

 温暖な気候の王都は基本雪が降らない。冬に降ったとしてもほんの僅か道が白くなるくらいの。この地に来たからこそ体験出来る雪の量だ。
 それから赤いマフラーを首にグルリと巻いて、いざ行かん!と意を決して扉を開けると、雪が家の中にザザッと雪崩込んで来てドキッとする。

 「わあ!凄い…もしかして、ブーツでもギリギリ!?」

 ふくらはぎの辺りまできそうな見たこともない量だ…まあ、この辺の人達からしたら普通なのかも知れないけど。

 おっかなびっくりしながら、一歩一歩足を進めて裏山の方へと向かって行く。
 確かそんなに遠くない筈なんだけど…そうは思うが、全くといっていうほど雪道を歩くのに慣れていないので不安しかなくて…
 
 ──ズボッ…サクッ、ボッ

 何とか足を進めて振り返ると、全く進んでいない事に気付いて笑いが出る。

 「ハハッ!このままじゃ日が暮れるかも…」

 明日まで我慢して管理人に頼もうか…これ以上は降りそうにもないし。
 そう思って戻ろうかと思っていた時、踏み込んだ足に違和感が!下に縁石?のような段差があり、上手く上に乗っていなかった為に均衡が崩れる。

 ──グキッ!…ドサッ…

 「あ、足を!挫いてしまったー!」

 予想外の事にサーッと青くなる。右足首を思いっ切り挫いてしまった…おまけに積もった雪の中で身動きが取れない!
 冷たい雪の上に手をついて、何とか立ち上がろうとするけどそれを雪が阻んで上手くいかなかった…

 「こんなところで!どうしたらいいんだろう…?」

 せめてスコップや棒などを持って出れば良かった…支えられるのもさえあれば、立ち上がれると思うけど…
 辺りを見渡しても、掴まることが出来そうな木さえも無いし…これもしかして、絶体絶命じゃないだろうか?

 「まさか…こんな所で…死ぬのかも?」

 思わずそう呟きながら体勢を崩して、雪の中に仰向けでバサっと埋もれた。
 少しだけ小止みになってきた雪は、ひらひらと私の身体の上に落ちる。それがどんどん積み重なりあっという間に真っ白になっていく…こうやって埋もれて誰にも気付かれずに死ぬんだな…って思った。

 ──だけどそれも悪くないのかも知れない…
 私は聖者として沢山の人を救ってきたけれど、あの時大事な人が自分の命よりも愛している人の生命を奪うところだったのだから…こうして死んだとしたら、その罰なんだろうか…

 鉛色の空から自分に目掛けて落ちてくるような雪を見ながらそう思って、何処か諦めていた。身体が冷えすぎて逆に温かいような気がしてきた時、遠くから馬の鳴き声と馬車が雪を跳ねながら走る音が聞こえてきた。

 「ば、馬車が…通る?」

 そうか細い声で呟いたけれど、もう既にどうにも出来ない。雪で半分ほど埋もれている身体は動かないし、大きな声ももはや出せるほどの体力もない。たとえ声が出せたとしても、まずその馬車に乗っている人には聞こえないだろうし…

 私は目を閉じて、この山小屋の直ぐ側の道を通って行く馬車の音をただじっと聞いていた。 
 雪道に慣れたこの土地の馬でも、突然の積雪の道は走り難いのだろう大きな音を立てながら過ぎ去って行く。これが最期に聞く音なんだな…と、まるで他人事のように思ってしまっていた。すると、少し走った先で何故かその馬車が止まる。えっ…?

 ガチャガチャン!と音を立てながら、後退りながらこちらに戻って来ている。
 私は完全に諦めていたが、もしかして…と胸がドキドキとしてきた。それから馬車が山小屋の前で完全に止まった。

  誰かがこの山小屋に人が居るのだと気付いて戻って来たのだと思うが、流石にこんな外に人が転がっているのを見えた筈はない!だから何とかここに人が居るのを…と声を出そうとするが、全く声が出せない!
 それでも何とか力を振り絞って…

 「は…っ…あぁ…」

 やっとの思いでそう声に出して、力尽きて身体の力が完全に抜ける。…これでダメならもう望みはないだろう。

 「おい!誰か…誰かいるのか?気のせいか…」

 そんな声に身体がビクリと震える。意外と…若い人なのだろうか…?張りのある声が辺りに響く。私はもう声を出す気力は残っていないが、少しでも…とほんの僅か頭を揺らした。

 ザクッ…ザクザクッ!

 誰かが雪を蹴散らしながらこちらに駆け寄って来るのが分かる。もしかして、私に気付いてくれたのだろうか?
 もう自分で動かせるのはここだけ…そう思いながら重たい瞼を開く。睫毛に雪が絡みついているのか半分ほどは白く見えるだけだが、僅かに見える部分でその人を捉える。
 自分を驚きの表情で見下ろしているのはモッサリとした髭面の男の人で…青空のような瞳だけが際立っていた。

 ──なんか熊みたいな人だな…そう思いながら私は意識を手放した。
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