【完結】悪の華は死に戻りを希望しない

MEIKO

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第二章・葛藤

15・深い哀しみ

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 私は呆然としたまま、涙を流し続けていた…目を見開いてはいるけれど、その目には何も映してはいない。

 あの時大事な命が失われていた…私は、それすら気付いてあげられてなかった!
 何という罪だろうか?私がここに留まり続けているという事は、たった一人で逝かせてしまった…
 
 大事な…大事な命が…私なんかより、大事な命だったのに!

 そんな胸をむしられるような苦しみを味わいながら時を過ごした。
 それからふと前を見ると元聖者であるサウラが、追悼の祈りを捧げている。
 その声であの時の「神」の言葉が思い出された。あなたに近い者の執着…

 ──それはもしかして私の子?あの子が、私に生きて欲しいと?
 この世に生まれ落ちることも出来ず、愛でてやることも気付いてもやれなかった私など、そんな資格もないのに…

 「うっ…ぁ、は…っ」

 そうして私は、やっと声を上げて泣くことが出来た。
 声にならない叫びを上げることで、自分を罰しているかのように心が引き裂かれた苦しみだったが、それによってまるで浄化されたような気持ちになった…

 ──あなたが私を生かしているんだね?ごめんね…生んであげられなくて。そして、ありがとう。

 今この生命は、ロディアと私の子の上に成り立っているんだ!大切に生きなくては…そう改めて思う。

 あの時、もう静かに死なせて欲しいと思ったけれど、あの子が望んで私が生きているのなら無駄には出来ないと思った。
 そして祭壇の花々を眺めながら、その魂はいつか私の元へと還って、再び私の子供として生まれて来て欲しい…と。

 いつの間にかその追悼の会は終わって、私の様子を見た侯爵夫人が気持ちを落ちつける為に、庭園を見に行くのを勧めてくださった。
 それで私は、かつて眺めるのが好きだった庭園へと足を踏み入れる。

 赤、黄、そしてピンクの美しいシュラブローズと、その季節の花々は癒やしだった…こうやって一人、誰もいない庭園を歩いているだけで嫌な事を忘れることが出来たから。そしてガゼボ…

 目の前にすると、あの時の恐怖で少し震える。シルフィとしての私が死んだ場所であり、そして私の子が死んだ場所。

 「この階段だ…」

 あの時、妊娠に気付いていたらここには来なかった。そしてこんな階段を急いで降りるような真似も…
 悔やんでも悔やみ切れない思いで、心乱れる。

 それから私が落ちた所であろう石畳の上にそっと手をやる。固い石を敷き詰められたその石畳に、やっぱり打ちどころが悪かったのだろうな…と思う。

 「こんなところに落ちたせいで…ごめんね。」

 それから目を瞑り、子の冥福めいふくを一心に祈った。すると…

 「何故そこに…」

 そんな声が聞こえて、パッと目を開ける。振り返るとそこにはドミニクが。

 「どうしてここがシルフィが死んだ場所だと?」

 そう言われて、私は動揺した。な、何て言ったら…

 「さ、先程屋敷の者に聞きました。兄が亡くなった場所を見ておきたかったので」

 「そうか…」
  
 ドミニクは虚ろな表情でそう言った。それから、先程までの私のように石畳に手をつく。

 「ここで…死んだんだ!あっという間で。頭を打って血が流れた…うっ…ハァ」

 私が見つめていたその石畳にポタリ、ポタリと涙が落ち、じわりと広がっていくのが見える。

 ──あっ…ドミニク?

 「すまない…シルフィ、すまない俺の…子」

 私はそれを茫然として見ていた。もしかして、私を悼んでくれていた…のか?そしてお腹の中の子を!

 ドミニクの、そんな意外な姿に困惑した。少しは責任を感じてくれているとは思っていたけれど、ここまでだったとは…

 ひとしきり泣いて、ドミニクは立ち上がる。そして…

 「学園での事はすまなかった。シルフィは君の治療費のせいでこの家に来た。俺と結婚していなかったら、死ぬことも無かったんじゃないかと思ってしまった。元気な様子で学園に通っている君の姿を見ていたら、シルフィは死んだのに何故って思わず言ってしまっていた…」

 そう言って項垂れるドミニク。そんな姿を見ていたら、もう赦そうと思った。
 この先ロディアの私とは、ほぼ会うこともないだろう。そして、あの子の父親だ。

 もう、恨みつらみを忘れて新しい人生をやり直してみたいと…

 こうして私は、シルフィとしての人生にやっと区切りをつけ、ロディアとして前を向いて生きていける!と、心からそう思えていた。
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