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第一章・憑依

1・神との約束

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 私は階段を上っていた…一心不乱に。だけどどれだけ上っても天井には着かない!
 
 私は死んだら「無」になるのだと思っていた。
 今まで生きた感情も姿も何もかもが無くなって、ただ無だけが残るのだと…だけど何一つ忘れてはいない。

 あの苦しさも哀しみも、そして恋しさも…忘れてはいないんだ!
 私は呆然としていた。ここには真っ白な空間があるだけ。
 
 ──そもそも空間といってもいいのだろうか?
 何処迄が境界線なのか、自分の他に誰かいるのかも分からない。ただ、目の前にある階段を上っていただけで…そして何故上ろうとしているのかも分からなかった。

 やがて疲れきってその場に座り込む。そして後ろを振り返って、このまま下に落ちていったらどうなるのかと…もう死ぬことはないだろう?
 そう思っていると、いきなり頭の中に声が聞こえだす。

 「聖者の命を救ってくれてありがとう。あの者には私の代弁者として長き間、私に仕えてもらった。だからあのまま死なすには忍びないと…思っていた。」

 余りの驚きに身体が震える。声を聞く…のではなく、頭の中に直接響いてくるような感覚だ。私の…代弁者という事は、「神」なのだろうか?

 この国…というか、この世界では精霊を神として信仰している。
 そしてその精霊の声を聞く事が出来る者を、聖者や聖女と言うのだ。
 万人に一人ほどのその聖なる者は、精霊の血を濃く受け継いでいる。
 だからその聖力で人々を癒やしたり病気を治したりする事が可能で。

 その精霊である神と、近い存在であるこの世界の人々は、気が遠くなる程の年月の末に男女の境が曖昧になっている。
 その中で両方の特徴を持つ第三の性の者が現れたのだ…
 男の容姿でありながら、女性のように妊娠が可能な存在。
 そして私はその第三の性を持つ。

 ──だから私はあの人と結婚したのだが…

 「いいえ。聖者様がご無事で良かったです。取るに足らない存在の私などではなく、サウラ様の命が助かったのでしたら」

 私は本当にそう思っていた。あのまま生きていたとして、もう再婚など望めない身でどうやって生きていけば良いのか…と。
 
 「お前は取るに足らない存在ではない。他人の命を救ったのだから。褒美として死に戻らせてやろう。そしてまたお前の人生を生きるが良い。そしてお前が死んだあの時に違う行動をとればそのまま生き続けられるであろう。」

 そう言われたが、とてもじゃないが嬉しいとは思えず…

 「生きたくはないと…言ったらどうしますか?私はもうあの辛い現実から開放されて、清々しているのですよ。もう還りたくはありません…このまま眠らせてくれませんか?それが無理ならば早く転生させて下さい。新しい生命で…」
 

 全く違う生命の方が良い。それで出来れば今世のように不幸にはなりたくない。平凡でも誰かに愛し愛され幸せに死ねる…そんな人生を!

 「でも…階段を上りましたよね?この階段は心残りの数です。上れば上る程、死ぬ前の生に執着がある。だけど違うと…?それではあなたの執着ではないのかも?あなたに近い者の…」

 ──私に近い者の…執着?そんな者がどこに居るというのだ!そんな者がいたとしたら、私はこんな所にはいないだろう…

 「私は再生の神です。ですから死に戻りさせるのが目的ではありますが、丁度よく死が間近に迫っている者がいます。この者にあなたを憑依させましょう。あなたはその者になって、今後生きて下さい。しかし、その人生でもし再び不幸な死に遭遇した時は…否応なしにシルフィとして死に戻る事になります。忘れないで下さいね?」

 「えっ…憑依?死にかけている人って、誰なんでしょうか!?…もうこのまま静かに死なせて欲しいのに!」

 何故なのです?…と呟いた瞬間、私の身体がスゥッと飛ばされる。何かに引っ張られているように凄い力で飛ばされて、一気に怖くなる。

 それから次は、突然箱のような物にきゅっと閉じ込められた。
 身動ぎ一つ出来なくなって辛いのに、外に出るのは叶わない…そんな感覚に。
 それからぱっと弾け散った瞬間楽になったけど、物凄く身体が重い。

 ──まるで鉛のように身体が動かない!そしてその重さで身体はどんどん沈み、息苦しさで意識を手放した…

 
 私が再び目を覚ました時、見慣れた人達がその場に居るのに驚愕する。
 

 ──えっ…誰かに憑依した筈なのに…憑依ではなく、死に戻ったのだろうか?
 
 目の前に居るのは、見慣れた父と母で…ここは?実家のグレン伯爵家…

 「良かった…もうだめだと思った!お前まで失ってしまうのかと…」

 およそ二年ぶり…久しぶりに見る両親に戸惑ってしまう。それに…

 どういう事なのかと不思議に思って辺りを見回すと、部屋の隅にある鏡台の鏡に写っている顔を見て愕然とする。

 そこにはロディア…私の弟が写っていた──。
 
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