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第一章・結婚したのが運の尽き

2・僕のこれまで

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 僕の幼少期は地獄だった。父親が暴力を振るう人で、僕と母はいつもそれに怯えていた。おまけに父は、仕事にも殆ど行かない。母は元々病弱で、それでも頑張って働いた。だけどそんな母の収入など微々たるもので、それで家族三人が普通に暮らすなど無理だった。それで母の実家からの援助で、何とか食いつなぐ日々…
 だけどそんなギリギリの暮らしを送っている僕と母を嘲笑うかのように判明したのは、父の多額の借金。これ以上、どうすればいいのか…
 
 もう母も僕も、そんな毎日に疲れ果てていた。今月も給食費を払えないのか…と、学校に行くのもはばかられる。いつも同じ服で体操服はボロボロ、おまけに給食費未払いのことでからかってくる同級生達に心がすり減る日々。
 そんな酷い僕の生活に、やがて転機が訪れる。父が死んだのだ…
 
 車同士の事故に巻き込まれ、運転もしていない父が唯一の犠牲者になった。あんな父だったけど、心からその死を悼んだ。それは何故かと言うと保険金が支払われたから…

 今までの多額の借金を精算しても余りあるものだったその保険金。おまけに僕達が堪りかねて殺したんでもなく、正々堂々と受け取れるお金。もはや働くのも限界だった母の身体…このお金で少しは楽になれるだろうと、不謹慎ながらそう思った。

 それでも身に付いた貧乏性は健在で、少しずつ…少しずつだけ必要最低限で使う。僕も母もこの先、何があるのか分からないと骨身に染みている。父のように思ってもないことになるかも知れないし…
 そう思って慎ましく二人で生きていると、降って湧いたような幸運が!

 あれ程苦労したのだから、もうこの先は幸せしか残っていないのかも?と、流石の僕も思わざるを得ない奇跡が起こった。
 もう少し身体に負担がかからないような職場へと、転職していた母。そこの社長さんが母に一目惚れで、猛アプローチを受けたのだ!
 もちろん社長は独身で、母よりも二才も年下。最初母は騙されてるのではないかと警戒した…。だけどその社長は意外にも真剣だったんだ。社長とは思えぬ人柄の良さと腰の低さで、人々からは本当に好かれている。かと言って仕事が出来ない訳でもなく、その采配で業績はうなぎ上りで…

 だけど母は考えた挙句、丁重にお断りした。だってこんな子持ちの年上の女、そんな社長に似つかわしくないと思ったのだ。だけどその社長の情熱は予想を上回るものだった…猛プッシュでその難攻不落と思われた牙城を崩すことに成功する。それからは一気だ!

 僕はもちろん母が幸せになれるのならと賛成した。もしも今後上手くいかなくなったとしても、前の生活よりマシなはず!そうなったらまたやり直せばいいのだと、珍しく前向きに考えることが出来たんだ。
 
 新しい父親の名前は、広瀬ひろせ浩二こうじ。母は広瀬美千代みちよに、そして僕は広瀬静音しずねになった。
 それからはそんな心配はどこ吹く風、思った以上に新しい父はいい人で、僕のことだって諸手を挙げて受け入れてくれる。
 これで母の人生はやっと報われた。これからは僕自身のことを考えられるだろう…そう思った時、僕の身に重大な変化が!

 中学一年生の時のバース検査で、オメガだということが判明する。僕はショックだった…両親共にベータだったし、新しい父もベータだ。それで僕は自分をベータだと思い込んでいた。それなのに?と。

 最初僕は、自分を呪った…どこまでも僕は不幸を背負っているのかと。やっと幸せを掴んだというのに、またか?と。
 この世界は、三つの性に分かれている。一般的で大多数なベータ、それに何事にも優れたアルファ。それから一番底辺といえるオメガだ。アルファは少数しか存在せず、さらに貴重な存在がオメガだ。そんな貴重なオメガだけど、その特性から憐れみの対象なんだ。
 そんな社会の厄介者オメガが、自分だって?と、到底受け入れ難い思いに…

 そう落ち込む僕を見兼ねて、父が紹介してくれた人がいる。僕と同じ男性オメガで、専門カウンセラーをしている人だ。何でも、父の親友から相談を勧められたそうで、その人に悩みや憤りを話しているうちに、少しずつ落ち着いていった僕の心。それから効果的な抑制剤の存在や、ヒートのやり過ごし方、それから社会の底辺だったのは昔のことで、今は普通に暮らして行けることをその人から学んだ。それから一番大切なこと…大好きな番と暮らせるのは、得も言われぬほど幸福なことなのだと…

 それから僕は、自分の後ろ向きな考えを改める。自分を卑下せず、また努力を続ける。偏差値の高い有名高校へ進み、そこでオメガ初の生徒会長を務めて、オメガだと馬鹿にする者などいない状況を作り出すことに成功する。それからバース専門医になりたいと、大学の医学部に現役で合格し進学する。そんな両親の恩に報いたいと邁進していた僕の元に、意外な提案があったのは大学二年の時だ…

 まだ十九歳。これから輝かしい未来が開けている…それを疑わない僕に青天の霹靂ともいえる出来事が…
 それが今の夫、千海ちかい友貴哉ゆきやとの出会いだった。
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