【完結】冷遇され臣下に下げ渡された元妃の物語

MEIKO

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第三章・予期せぬ計略

26・隠し部屋(ルイスSide)

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 古びた小さな部屋の、壁一面にある本の背表紙を指でなぞる。

 指先は埃で白くなり、ほつれて千切れかけ枯色になった紙が、揺れ動いている。

 「こんなに沢山の本を繰り返し読んでいたのだな?エイダン。カサンドラ国のもあるが、他国の書物まで┉。それに分類も多岐にわたっているし。」

 私が自分の隠し部屋に来ている事で、落ち着かない様子のエイダン。どうしたら良いのかとすっかり狼狽えている。

 「私も王の身代わりを務めていますから。何事をも知らなければなりません。それで┉」

 この隠し部屋には、沢山の書物と机、それにベッド。隣の部屋にはバスルームがあるようだが┉。

 この部屋に窓は一つだけあるが、城の外からは見えない位置にある。
 おまけに下は堀になっていて、偶然に人に見つかる事もない。
 もしも城に何かあったとしたら、外に出る事が出来ないこの者は、ここから堀に飛び込む他はない。
 死ぬ事はないと思うが、なかなかの高さがあるし勇気がいる事だろう。

 王の部屋の隅に隠れた扉があり、そこからくるくると降りた先にこの部屋がある。
 私はずっと前から一度見てみたいと思っていたのだ。
 今日からまた王が秘密裏にお出掛けになったので、それを知らせる為にやって来た。
 いつもはその扉から声を掛けて知らせるのだけれど┉。

 この一ヶ月ほどここに閉じ籠もっていた割には、意外にも身綺麗にしているエイダン。普通は誰にも会わずにいたら、汚くなるものではないか?と不思議に思う。

 すると、私とエイダン二人だけの筈なのにどこからか微かに物音が聞こえてくる。

 ──えっ┉どこから聞こえてくるのだ?これは┉

 私のそんな様子にエイダンは、ベッドサイドに壁伝いに下りて来ている筒状のものを指差す。

 「この筒は王の部屋と繋がっています。今ちょうど侍従の者が片付けに来たようですね?その音でしょう。私は王にまつわるいろんな事を知らなくてはなりません。でなければ王の身代わりは務まりませんから。それで直接王に聞く訳にいかず、こちらで情報を得ているのです。あと机の方にある筒は王の間に、バスルームにある筒は執務室に繋がっています。」

 私は驚いた。そうやって情報を自ら得なくてはならないなんて┉。それではこの隠し部屋に居る時でさえも、休まる時などないのではないか?
 そう思った瞬間、私は一つの可能性に思い当たって愕然とする。

 ──この筒が王の部屋に?それではもしや┉あれも聞かれているのか?

 アルベルト王は、私を盲目的に愛している。
 この城に居る時はかたときも私を側から離さないほど┉。

 そして私は王に抱かれる。寝室だけでなく、王の希望するところで昼夜を問わず┉。あの部屋のソファでも何度となく抱かれている┉もしや!?

 ──そんな!あの声を?
 執拗に責められて思わず出ている艶めいた声を┉何度も王から奥を穿うがたれてむせび泣く声を?

 私は思わず口元を押さえて、顔は真っ赤になり途端に何も言えなくなる。
 そして色んな感情がぐるぐると湧き上がり居た堪れなくなった。

 「大丈夫ですよ王妃様。この筒はこうやって蓋をする事で聞こえなくなります。王妃様の私的なお声は聞いておりませんので。」

 私は羞恥で潤んだ瞳で、私に安心させようとそう言ってくれているエイダンを見た。
 いつもの優しい微笑みを見る限り、言っている事は本当なのだろう。だが、全てを聞かないのは不可能だ。これは聞いてはいけないと判断してから塞ぐのだと思う。

 ──私はこの者を好いている。自分でも何故かは分からないが、本当に好きだ。
 そんな好いている相手に、他の人との行為を聞かれているなど耐えられない!

 だけど、そんな感情は私だけなのは判っている。エイダンにとってはどうでも良いのだろうし。
 
 私は滲む目の端の涙をサッと指先で拭って、何事も無かったように、そうなのか┉と力なく呟いた。

 だけど一つ気になるのは、アルベルト王があの部屋で、事に及ぼうとするのが増えてきた┉ということだ。それも最近特に。

 ──もしかして、私の気持ちに気付いている訳ではあるまいな?声を聞かせようとわざとやっているのでは。┉馬鹿な。
 この者にとって、私に対する感情などあるまいに。

 そして私は、この部屋唯一の窓から堀を見下ろす。
 もしも子供達が居なかったなら、今すぐここから飛び込んでシルバの元へでも行ってみたいと思うのに。

 人質のように子供達を扱っている王がいる限りは、それも叶わないだろう。
 これからもこうやって、自分の心を押し殺して、ただただ王から泥のように愛されているしかないのであろうな┉。

 それは考えても不毛だな┉と気を取り直して、エイダンに「では上に行こうか?」と声を掛けた──。
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