27 / 57
第三章・予期せぬ計略
26・隠し部屋(ルイスSide)
しおりを挟む
古びた小さな部屋の、壁一面にある本の背表紙を指でなぞる。
指先は埃で白くなり、ほつれて千切れかけ枯色になった紙が、揺れ動いている。
「こんなに沢山の本を繰り返し読んでいたのだな?エイダン。カサンドラ国のもあるが、他国の書物まで┉。それに分類も多岐にわたっているし。」
私が自分の隠し部屋に来ている事で、落ち着かない様子のエイダン。どうしたら良いのかとすっかり狼狽えている。
「私も王の身代わりを務めていますから。何事をも知らなければなりません。それで┉」
この隠し部屋には、沢山の書物と机、それにベッド。隣の部屋にはバスルームがあるようだが┉。
この部屋に窓は一つだけあるが、城の外からは見えない位置にある。
おまけに下は堀になっていて、偶然に人に見つかる事もない。
もしも城に何かあったとしたら、外に出る事が出来ないこの者は、ここから堀に飛び込む他はない。
死ぬ事はないと思うが、なかなかの高さがあるし勇気がいる事だろう。
王の部屋の隅に隠れた扉があり、そこからくるくると降りた先にこの部屋がある。
私はずっと前から一度見てみたいと思っていたのだ。
今日からまた王が秘密裏にお出掛けになったので、それを知らせる為にやって来た。
いつもはその扉から声を掛けて知らせるのだけれど┉。
この一ヶ月ほどここに閉じ籠もっていた割には、意外にも身綺麗にしているエイダン。普通は誰にも会わずにいたら、汚くなるものではないか?と不思議に思う。
すると、私とエイダン二人だけの筈なのにどこからか微かに物音が聞こえてくる。
──えっ┉どこから聞こえてくるのだ?これは┉
私のそんな様子にエイダンは、ベッドサイドに壁伝いに下りて来ている筒状のものを指差す。
「この筒は王の部屋と繋がっています。今ちょうど侍従の者が片付けに来たようですね?その音でしょう。私は王に纏わるいろんな事を知らなくてはなりません。でなければ王の身代わりは務まりませんから。それで直接王に聞く訳にいかず、こちらで情報を得ているのです。あと机の方にある筒は王の間に、バスルームにある筒は執務室に繋がっています。」
私は驚いた。そうやって情報を自ら得なくてはならないなんて┉。それではこの隠し部屋に居る時でさえも、休まる時などないのではないか?
そう思った瞬間、私は一つの可能性に思い当たって愕然とする。
──この筒が王の部屋に?それではもしや┉あれも聞かれているのか?
アルベルト王は、私を盲目的に愛している。
この城に居る時はかたときも私を側から離さないほど┉。
そして私は王に抱かれる。寝室だけでなく、王の希望するところで昼夜を問わず┉。あの部屋のソファでも何度となく抱かれている┉もしや!?
──そんな!あの声を?
執拗に責められて思わず出ている艶めいた声を┉何度も王から奥を穿たれて咽び泣く声を?
私は思わず口元を押さえて、顔は真っ赤になり途端に何も言えなくなる。
そして色んな感情がぐるぐると湧き上がり居た堪れなくなった。
「大丈夫ですよ王妃様。この筒はこうやって蓋をする事で聞こえなくなります。王妃様の私的なお声は聞いておりませんので。」
私は羞恥で潤んだ瞳で、私に安心させようとそう言ってくれているエイダンを見た。
いつもの優しい微笑みを見る限り、言っている事は本当なのだろう。だが、全てを聞かないのは不可能だ。これは聞いてはいけないと判断してから塞ぐのだと思う。
──私はこの者を好いている。自分でも何故かは分からないが、本当に好きだ。
そんな好いている相手に、他の人との行為を聞かれているなど耐えられない!
だけど、そんな感情は私だけなのは判っている。エイダンにとってはどうでも良いのだろうし。
私は滲む目の端の涙をサッと指先で拭って、何事も無かったように、そうなのか┉と力なく呟いた。
だけど一つ気になるのは、アルベルト王があの部屋で、事に及ぼうとするのが増えてきた┉ということだ。それも最近特に。
──もしかして、私の気持ちに気付いている訳ではあるまいな?声を聞かせようとわざとやっているのでは。┉馬鹿な。
この者にとって、私に対する感情などあるまいに。
そして私は、この部屋唯一の窓から堀を見下ろす。
もしも子供達が居なかったなら、今すぐここから飛び込んでシルバの元へでも行ってみたいと思うのに。
人質のように子供達を扱っている王がいる限りは、それも叶わないだろう。
これからもこうやって、自分の心を押し殺して、ただただ王から泥のように愛されているしかないのであろうな┉。
それは考えても不毛だな┉と気を取り直して、エイダンに「では上に行こうか?」と声を掛けた──。
指先は埃で白くなり、ほつれて千切れかけ枯色になった紙が、揺れ動いている。
「こんなに沢山の本を繰り返し読んでいたのだな?エイダン。カサンドラ国のもあるが、他国の書物まで┉。それに分類も多岐にわたっているし。」
私が自分の隠し部屋に来ている事で、落ち着かない様子のエイダン。どうしたら良いのかとすっかり狼狽えている。
「私も王の身代わりを務めていますから。何事をも知らなければなりません。それで┉」
この隠し部屋には、沢山の書物と机、それにベッド。隣の部屋にはバスルームがあるようだが┉。
この部屋に窓は一つだけあるが、城の外からは見えない位置にある。
おまけに下は堀になっていて、偶然に人に見つかる事もない。
もしも城に何かあったとしたら、外に出る事が出来ないこの者は、ここから堀に飛び込む他はない。
死ぬ事はないと思うが、なかなかの高さがあるし勇気がいる事だろう。
王の部屋の隅に隠れた扉があり、そこからくるくると降りた先にこの部屋がある。
私はずっと前から一度見てみたいと思っていたのだ。
今日からまた王が秘密裏にお出掛けになったので、それを知らせる為にやって来た。
いつもはその扉から声を掛けて知らせるのだけれど┉。
この一ヶ月ほどここに閉じ籠もっていた割には、意外にも身綺麗にしているエイダン。普通は誰にも会わずにいたら、汚くなるものではないか?と不思議に思う。
すると、私とエイダン二人だけの筈なのにどこからか微かに物音が聞こえてくる。
──えっ┉どこから聞こえてくるのだ?これは┉
私のそんな様子にエイダンは、ベッドサイドに壁伝いに下りて来ている筒状のものを指差す。
「この筒は王の部屋と繋がっています。今ちょうど侍従の者が片付けに来たようですね?その音でしょう。私は王に纏わるいろんな事を知らなくてはなりません。でなければ王の身代わりは務まりませんから。それで直接王に聞く訳にいかず、こちらで情報を得ているのです。あと机の方にある筒は王の間に、バスルームにある筒は執務室に繋がっています。」
私は驚いた。そうやって情報を自ら得なくてはならないなんて┉。それではこの隠し部屋に居る時でさえも、休まる時などないのではないか?
そう思った瞬間、私は一つの可能性に思い当たって愕然とする。
──この筒が王の部屋に?それではもしや┉あれも聞かれているのか?
アルベルト王は、私を盲目的に愛している。
この城に居る時はかたときも私を側から離さないほど┉。
そして私は王に抱かれる。寝室だけでなく、王の希望するところで昼夜を問わず┉。あの部屋のソファでも何度となく抱かれている┉もしや!?
──そんな!あの声を?
執拗に責められて思わず出ている艶めいた声を┉何度も王から奥を穿たれて咽び泣く声を?
私は思わず口元を押さえて、顔は真っ赤になり途端に何も言えなくなる。
そして色んな感情がぐるぐると湧き上がり居た堪れなくなった。
「大丈夫ですよ王妃様。この筒はこうやって蓋をする事で聞こえなくなります。王妃様の私的なお声は聞いておりませんので。」
私は羞恥で潤んだ瞳で、私に安心させようとそう言ってくれているエイダンを見た。
いつもの優しい微笑みを見る限り、言っている事は本当なのだろう。だが、全てを聞かないのは不可能だ。これは聞いてはいけないと判断してから塞ぐのだと思う。
──私はこの者を好いている。自分でも何故かは分からないが、本当に好きだ。
そんな好いている相手に、他の人との行為を聞かれているなど耐えられない!
だけど、そんな感情は私だけなのは判っている。エイダンにとってはどうでも良いのだろうし。
私は滲む目の端の涙をサッと指先で拭って、何事も無かったように、そうなのか┉と力なく呟いた。
だけど一つ気になるのは、アルベルト王があの部屋で、事に及ぼうとするのが増えてきた┉ということだ。それも最近特に。
──もしかして、私の気持ちに気付いている訳ではあるまいな?声を聞かせようとわざとやっているのでは。┉馬鹿な。
この者にとって、私に対する感情などあるまいに。
そして私は、この部屋唯一の窓から堀を見下ろす。
もしも子供達が居なかったなら、今すぐここから飛び込んでシルバの元へでも行ってみたいと思うのに。
人質のように子供達を扱っている王がいる限りは、それも叶わないだろう。
これからもこうやって、自分の心を押し殺して、ただただ王から泥のように愛されているしかないのであろうな┉。
それは考えても不毛だな┉と気を取り直して、エイダンに「では上に行こうか?」と声を掛けた──。
68
お気に入りに追加
1,500
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる