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第二章・辺境伯夫人へ
16・一滴の黒い水
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王都から、ベルード辺境伯領に来て一ヶ月が経った。
ここに来るまで知らなかったが、今までずっと『女主人』というものが存在してはいなかったようで┉。
先代の夫人、つまりマクシミリアン様の母君はお亡くなりになるのが早く、それから先代は後添いをもらわなかった為、ずっとその座は空席のままだった。
そんな中、突然現れたのは私だ。
男の身なのに夫人と呼ばれ、他国の王族出身のガルド王の元妃。そんな男がこの地の女主人になる┉。
この地の貴族や有力者、住民の面々は一様に緊張していた。
私とマクシミリアンは、まずその緊張を解くべく場を設けて、誤解や偏見を出来る限りなくすように心を砕いた。
その甲斐があって、最近では少しずつ私達を理解し、心を開いてくれるようになった。
ここまでくるのは本当に大変で困難な道だったが、逆に言えば夫婦の絆は更に深いものになる──。
朝、目を開けるとそこには愛しい人の寝顔がある。
そのことに至上の喜びを感じる┉。
私はその逞しい身体に寄り添って、まるで猫のようにその腕の中に潜り込む。
やがて、そんな行動から目を覚ましたマクシミリアンが、腕の中にぎゅっと私を閉じ込めて離そうとしないんだ。
「フフッ!マクス┉離して?朝の支度をしないと」
「ダメだ!行かせないよ。まだこうしていよう」
そんな他愛もないやり取りが、私にとっては涙が出そうになるくらい愛おしい。
ここに来て、初めて知った愛する人との時間┉。
この人に毎晩のように抱かれ愛されて、もうこの人なしには生きてはいけないほどお互いに溺れた。
そんな中、意外な人物から手紙が届く。
カサンドラ国に嫁いで、今は王妃となっているルイス兄上からの手紙。
──カサンドラに嫁いでからの五年以上、全く音信不通だった兄上から?
それに、この辺境の地に居る事をどうやって知ったのか┉。
何やら嫌な予感がしたけれど、あの賢く優しかった兄上のことだ┉迷惑になるようなものでもないとは思うが┉。
あの神々しいくらいの美しさだった兄上に思いを馳せながら、手紙を読み出した。
最初は長年の音信不通を詫びる事から始まり、それから私が下げ渡されてこちらに行った事を知ったと┉そして、何か困った事態になった際、真っ先に自分を思い出して欲しい┉と。
──どうしたのだろう?何か困った事だって!?
あの見た目に反して、兄上という人はハッキリと物事をおっしゃる性格だ。
いつもは、このような曖昧な表現をする方ではないのだが┉
何か、含みがあるような気がする。
もしかして、私とは違う人物にこの手紙を見られる心配があったのか?
この辺境伯領に着くまでに、盗み見たり、奪われるような┉。
この地での幸せの中、ほんの少しの不安が拡がる。
まるで、澄み切った水の中に、一滴の黒い水を垂らされたように、じわりじわりと私の心に沈んでいく。
私の取り越し苦労であって欲しい!
私の身にやっと訪れた、平穏な暮らしと幸せの時間。
──ルイス兄上┉その幸せが壊されるような事態になれば、私はもう死ぬより他はないのですよ?
ここに来るまで知らなかったが、今までずっと『女主人』というものが存在してはいなかったようで┉。
先代の夫人、つまりマクシミリアン様の母君はお亡くなりになるのが早く、それから先代は後添いをもらわなかった為、ずっとその座は空席のままだった。
そんな中、突然現れたのは私だ。
男の身なのに夫人と呼ばれ、他国の王族出身のガルド王の元妃。そんな男がこの地の女主人になる┉。
この地の貴族や有力者、住民の面々は一様に緊張していた。
私とマクシミリアンは、まずその緊張を解くべく場を設けて、誤解や偏見を出来る限りなくすように心を砕いた。
その甲斐があって、最近では少しずつ私達を理解し、心を開いてくれるようになった。
ここまでくるのは本当に大変で困難な道だったが、逆に言えば夫婦の絆は更に深いものになる──。
朝、目を開けるとそこには愛しい人の寝顔がある。
そのことに至上の喜びを感じる┉。
私はその逞しい身体に寄り添って、まるで猫のようにその腕の中に潜り込む。
やがて、そんな行動から目を覚ましたマクシミリアンが、腕の中にぎゅっと私を閉じ込めて離そうとしないんだ。
「フフッ!マクス┉離して?朝の支度をしないと」
「ダメだ!行かせないよ。まだこうしていよう」
そんな他愛もないやり取りが、私にとっては涙が出そうになるくらい愛おしい。
ここに来て、初めて知った愛する人との時間┉。
この人に毎晩のように抱かれ愛されて、もうこの人なしには生きてはいけないほどお互いに溺れた。
そんな中、意外な人物から手紙が届く。
カサンドラ国に嫁いで、今は王妃となっているルイス兄上からの手紙。
──カサンドラに嫁いでからの五年以上、全く音信不通だった兄上から?
それに、この辺境の地に居る事をどうやって知ったのか┉。
何やら嫌な予感がしたけれど、あの賢く優しかった兄上のことだ┉迷惑になるようなものでもないとは思うが┉。
あの神々しいくらいの美しさだった兄上に思いを馳せながら、手紙を読み出した。
最初は長年の音信不通を詫びる事から始まり、それから私が下げ渡されてこちらに行った事を知ったと┉そして、何か困った事態になった際、真っ先に自分を思い出して欲しい┉と。
──どうしたのだろう?何か困った事だって!?
あの見た目に反して、兄上という人はハッキリと物事をおっしゃる性格だ。
いつもは、このような曖昧な表現をする方ではないのだが┉
何か、含みがあるような気がする。
もしかして、私とは違う人物にこの手紙を見られる心配があったのか?
この辺境伯領に着くまでに、盗み見たり、奪われるような┉。
この地での幸せの中、ほんの少しの不安が拡がる。
まるで、澄み切った水の中に、一滴の黒い水を垂らされたように、じわりじわりと私の心に沈んでいく。
私の取り越し苦労であって欲しい!
私の身にやっと訪れた、平穏な暮らしと幸せの時間。
──ルイス兄上┉その幸せが壊されるような事態になれば、私はもう死ぬより他はないのですよ?
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