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3章 サマク商国
76.金稼ぎ
しおりを挟む莉音と等加が着替え終わった頃、アルアスルは数人の客を連れて戻ってきた。
客というよりは友達かのように肩を組んでやけに馴れ馴れしく親しげにしている。
「連れてきたでー!ほら、な?言うたやろ?別嬪さんやで。あのトウカやぞ!」
「ほ…ほんまや……なんで酒場から出てるんや…?」
「まさかお目にかかれるとは…」
アルアスルの胸元にはいかにも即席な名札がついており、そこには「ピエロ」と名前が刻まれていた。
大道芸人に擬態しているようだ。
きょとんとついてきた数人の猫人を見ていると、アルアスルは凶悪な睨みをかましながら口の動きだけで早く芸をやるようにと脅してきた。
「あ、え、えーと…では…」
慌てて咳払いをした莉音は胸の前で手を組み主に対しての讃美歌を歌い始める。
天まで聞こえるほどよく通る甲高いソプラノの前では手招いての集客などなんの効果も成しはしない。
いつもよりも豪奢なドレスに身を包んだ莉音は夕日に照らされて、ドワーフかどうかなど関係ないと思えるほど誰もが想像する聖女そのものだった。
「なんと美しい」
「なんか腰痛が治った気がする」
どこまでも透き通って響く声に露店の方から人が流れてきて人だかりができる。
そこを見計らって等加がしっとりと優雅に足を動かした。
「おぉ、あれは…!」
「伝説の踊り子、トウカじゃないか…!?」
「待ってあの後ろのやつ何?」
酒場で見せるような高潔でありながらも俗な踊りではない。
莉音の神への歌に沿った、極限まで洗練されたただただ美しい流れるような舞に観衆の心は鷲掴みになった。
光を撒きながら揺蕩う白魚の手足に付いて従う透けた羽織りが見る人を揶揄うように通り過ぎる。
その後ろで、棒立ちになって場違いなほど色とりどりな光を激しく点滅させて輝くセバスチャンにも人の目は釘付けになった。
「セバスチャン!ちょっと違う!もっとムーディに!」
「むーでぃ?」
「色っぽい…いや、子供の寝かしつけする感じや」
関節部分を虹色に光らせ、まるで祭りの夜に子供が買う光の玩具のようになっているセバスチャンにアルアスルが小声で指導を入れる。
セバスチャンはアドバイスを受け入れて仄暗く淡い光に変更した。
優しく眠たげな光の隣で響く大音量のソプラノと、その前で踊る舞い降りた天使を眺める観衆にアルアスルは上手い具合に滑り込んで大きな剣を腰や背中に差した人に声をかけていく。
「なあ…そこの剣士様…どうや?すごい師範がおるんやけど…」
「師範?なんや?」
のこのこと付いてきた剣士は全員たてのりのところへ集められ、次々に手籠にされていく。
そして武器売り風の男や装飾の厳ついこだわった武器を持っている人はタスクのところへと集められた。
莉音の声で集客をし、等加の躍りで足止め、そこですかさず声をかけてたてのりとタスクに客を集める。
これがアルアスルの考えた今回の金稼ぎ戦法だった。
「たてのり!?お前、ツェントルムの傭兵のたてのりか?」
「誰や?たてのりって」
「知らへんのか?防御捨ててアホみたいな火力積んどる剣士のロマンを体現したような男やぞ」
ただ剣の相手や握手をしているだけで夜の街のお嬢よりも稼ぐたてのりの隣では、数人の客がタスクの武器に唸っていた。
「なんちゅうええ武器や…邪魔なくらい派手な装飾やのに軽くて手に馴染む…こんなんどこにも売ってへん、マニアックな売り出しやな。どこのブランドや?」
「俺が作ったんや!かわええやろ、俺の自慢の娘たちは…」
アルアスルの目論見はこれでもかというほど成功をおさめていた。
日が暮れ始めて通りの露店が様変わりしても客はどんどんこちらに集まってくる。
金が何より大切な猫人族ではあるが、価値あるものに出し惜しむことはしない。
発光しながら観客の間を縫うセバスチャンの入れ物にはかなりのチップが投げ入れられていた。
ほくそ笑むアルアスルの耳に悲痛な叫びが刺さる。
「ほんまに?ほんまに買うん??」
華奢な片手剣を持つ客に涙目のタスクが縋り付いている。
客は巨体に縋りつかれて引きながらもしっかりと片手剣を握りしめていた。
「ああ、買うよ!お前の武器は最高だから言い値で買うと!言ってるやろ!」
「お前みたいなどこの馬の骨ともわからん男に俺の可愛い娘をやれるかー!ぐへっ!」
アルアスルの蹴りが飛ぶ。
タスクを踏み潰して上に乗ったアルアスルは剣を抱いた客ににっこりと微笑んだ。
「今のうちに金出して持ってけ!ひとつ銀貨3000や!」
「あ、ありがとよ!」
「まいどー」
ほぼ逃げるように銀貨が入った袋を投げ捨てて走り去る客にアルアスルは手を振る。
下敷きにされたタスクが涙ながらに手を出した。
「あぁあぁ…クリスティアーナ……!」
尊い犠牲がありながらも一行は面白いほど順調に金を稼いでいた。
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