太陽の向こう側

しのはらかぐや

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2章 西ドワーフの村

40.予定変更

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一行の足取りは軽かった。それはもう、もしかすると普通なら二晩かかる山越を半日で行けてしまうのではないかと錯覚するほどだった。
しかし、予定よりも大幅に日数が過ぎたとき、未だ一行は山にいた。

「なぁ~ガウ…もうちょっと頑張れへんか…」

「へっへっ…」

莉音を乗せて山道を歩くガウは非常に牛歩だった。むしろ牛の方が足が速いくらいである。
少し歩いては息を切らし立ち止まり、少し歩いては水を飲んで休憩をとる。
アルアスルの足であれば数秒で行けてしまう範囲をもう数時間もかけて歩いていた。

「ガウくん、あては自分で歩けるさかい…」

「さっき莉音はそう言って降りた瞬間転んだだろ」

申し訳なさそうに背に乗る莉音は何度も降りようとするがその度に等加にそっと戻された。
木々に覆われて光の届きにくい山は昼でも街より薄暗い。
自分で歩くと言い張って降りたもののほとんど見えない莉音は蔓に足を取られてすぐに転び、またくだらないことに殉教じゅんきょうを使う羽目になったのだ。
その上、誰も口には出さないが莉音の歩幅では本人がしっかりした足取りで歩いたところで今のガウと同じ速度にしかならない。

「まぁ、莉音のことは俺らが交互に担いで行ったるし…な?ガウ」

「ウゥ…ガウッ!ガウッ!」

そこに加えて厄介なことに足が遅いだの体力がないだのアルアスルに散々揶揄われたガウ自身が躍起になってしまっており、食料が減ってタスクの収納区間に空きができてからも決して入ろうとはしなかった。
代わりに歩きにくそうにしていたエレジーが収納され、たてのりと等加は歩きになったがやはりエルフの血のせいか山道は難なく進んでいた。
一行は完全にガウと莉音をお荷物に抱えている状態だ。

「なぁ、あれお前が盗んできたんやろ?どんな生き物やねん、山道あかんのか?」

前を行くタスクがアルアスルに耳打ちする。
アルアスルは困り果てた様子で小さく首を振った。

「実は知らんねん…見たこともない生き物や…毛の量と質的には雪国の生き物っぽいけど…」

「あのサイズ、ドワーフ専用の乗り物ちゃうか?」

「いや、そもそも乗り物かどうかも怪しい…」

言っても後の祭りではあるが、2人は大きくため息をつく。
そうこうしている間にまた日が暮れてきた。
野宿をするのは多くても2日ほどだろうという予想を遥かに超えたもう連日4回目のことだった。
完全な日暮前に水辺に体を清めに行った莉音と等加を見送って、男性陣はタスクの収納空間から出したゼーローゼの袋を覗き込む。

「この山越で食料がこんだけ減るとは想定外やったな…これサマクまでもつか?」

「どう見てももたないだろうな」

袋の中には楽観視してもこの人数ではあと2日ともたない僅かな食料しかない。
サマクまではドワーフ村を超えてさらに何日も砂漠を渡らないといけない過酷な旅だ。
道中は山と森と砂漠しかないため金貨があってもなんの助けにもならないだろう。

「先に行ってきたで!ん?何見てるん?」

水浴びから連れられて戻った莉音は気難しい顔でうなる男性陣に倣って袋を覗き込み、手で触り、厳しい顔をした。
流石にこれで旅をするのは厳しいということくらいはわかる。

「…アルちゃんの故郷に行く前にさ、あての村に寄って行かん?すぐ近くやと思うんやけど」

莉音の提案に一行は驚きに目を丸め、考え込む。
確かに、寄らないつもりで少し遠ざかってはいたがドワーフ村は同じ方向ですぐ近くだ。
どれだけ鈍足でももう2日もしないうちには到着するだろう。
それでもその話が誰の口からも持ち上がらなかったのは、莉音が“大使”として村を出てまだ数日しか経過していないからだった。
明らかにお勤めを果たさずに戻ってきた口減らしが食料を催促して、果たして村のものはいい顔をするだろうかという思いがあった。

「あてのことは大丈夫。村の人はみんないい人ばかりやさかい。な?」

日が暮れて暗くなっていくにも関わらず明るい莉音の笑顔に一行は顔を見合わせ、頷いた。
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