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1章 結成
32.アレキサンドライトの怒り
しおりを挟む黒装束の者たちがトウカの両手足を雷の鉾で押さえつけている。
トウカの美しい面立ちが苦痛で歪んだ。
「トウカ!」
「おい!」
莉音が叫んだ。
アルアスルは手足を変化させてゼーローゼに向けて威嚇する。
たてのりは剣を置いてきたことを踏まえて近くに飾られていた銀食器のバターナイフを手に取った。
先に風呂に入って部屋着に着替えていたばかりに、誰も武器を持っていない。
たてのりはタスクと目配せをし、タスクは机を爪で叩いてアルアスルに合図を送る。
タスクが莉音を庇い2人がそれぞれゼーローゼと黒装束の者たちに飛びかかろうとした瞬間、空気が冷涼なものに一変する。
「やかましい!」
天翔ける竜のような美しく気高い声が屋敷中に響き渡る。
「騒ぐな、下等生物。妾の目を汚すな」
声の主は台の上に座する陶人形だった。
薄い金と銀の目は恐ろしいほどに冷たく底知れない怒りを湛えていた。
全員の動きが止まり一気に視線が声の主であるアレキサンドライトに集まる。
「アロイス・フォン・ゼーローゼ公爵、お戯れもそこまでにしてくださいな。汚らわしい酒場の下賎な牝エルフと同族扱いされて気が立っておりますの」
ゼーローゼはその言葉に小さく唸った。
アレキサンドライトはその美しい面立ちを歪めて虫けらを見る目でトウカを見る。
「セントエルフは聖域に住む神秘の種族。そして信仰上、俗世に堕落するなど万一にもありえません。ましてやこの者の踊りは民族舞踊だと伺いましたが?」
「あぁ、そうだ」
「セントエルフの舞踊魔法はその一挙手一投足が型通りに行われないと発動しません。その辺りで習えるような民族舞踊などを踊るような小娘がどうして我々と同じ種族だと言えましょう」
アレキサンドライトは冷たい声のまま堂々と言い放った。瞳には未だ怒りの色は消えず本当に気分を害している様子が誰の目に見てもわかる。
ゼーローゼはしばらくアレキサンドライトとトウカを比べるように見ていたが、大きく息を吐いて椅子に深く腰掛けると残念そうにパイプで吸った煙を吐いた。
「…ようやく酒場から引き出せたというのに…また違ったのか。その者を放せ。…客人だ」
ゼーローゼの合図でトウカは黒装束から解放される。
黒装束の者どもはどこへともなく立ち去っていった。
「…すまなかったね。私の勘違いだったようだ」
ゼーローゼは固まってしまった一行などお構いなしに昼間に見せていた穏やかな笑顔を顔に貼り付けた。
「アロイス様、確認してほしいものとはこれだけですの?」
アレキサンドライトの不機嫌な声が棘を持ってゼーローゼを刺す。
ゼーローゼは困ったように頰を掻いて台座を下げるようにと使用人に手で合図した。
「今後はこのようなつまらぬことでお呼びにならないでくださいまし。…あぁ、それと」
下がっていく台座の上からアレキサンドライトは唖然とする一行に視線を向ける。
「Muka Rinda Tianesie Kig」
「みゅ…?」
「…祈りの言葉よ」
聞きなれない発音と言葉に困惑する様子を見てアレキサンドライトはそう呟いた。
床に座ったままになっていたトウカだけがハッと顔を上げる。そして、閉まりゆく扉に向かって叫んだ。
「天竜の契りに祈りを…!」
言葉の最後までを聞き届けずに扉は閉まった。
「…今日はすまなかったね。明日、詫びといってはなんだが必要なものはなるべく用意しよう」
アレキサンドライトがいなくなった途端にゼーローゼがそう呟き、そそくさと部屋を後にした。
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